鈴木淳也のPay Attention

第159回

すべてのペイはカードに向かう なぜコード決済がカードを強化するのか

メルカリのクレジットカード事業初参入となる「メルカード

QRコードやバーコードをスマートフォンの画面上に表示させる、あるいは店舗のQRコードをカメラで読み込んで決済を行なう、いわゆる「コード決済」が一定の市民権を得て久しい。こうしたなか、PayPayやメルペイなどコード決済事業者大手が立て続けに「クレジットカード事業に参入(あるいは強化)」という戦略を発表して話題となった。

もともと「コード決済」というフォーマットが登場したのも、「(おサイフケータイのように)機種を選ばずにサービスを提供したい」「システム投資を必要とするNFCやFeliCaといった非接触決済ではなく、中小個店でも気軽に導入できる仕組みならキャッシュレスを推進できる」といったお題目があったことが大きい。2016年のOrigami PayとLINE Payをスタートとし、業界参入のピークとなった2018年のPayPay登場以降、さまざまなサービスがしのぎを削ってきたわけだが、なぜいまここで「“設備投資を必要とする”クレジットカード」なのかを考えてみたい。

クレジットカード決済天国「日本」

まず前提として、日本のキャッシュレスが過去10年間にわたって変わらず「クレジットカード天国」であることを覚えていきたい。

経済産業省の資料だが、2021年におけるキャッシュレス決済比率は32.5%で、そのうちクレジットカードは27.7%を占める。キャッシュレス決済全体に対する割合で約85%だ。近年でこそやや減少傾向があるものの、コード決済がカウントに加わった2018年時点まで、カード決済比率は9割をコンスタントに超えていた。デビットカードが主力の米欧豪などに比べるとこの点が際立っており、日本のキャッシュレスの特徴といえる。

日本のキャッシュレス決済比率の推移(出典:経済産業省)

店頭でクレジットカードを出して支払ったり、あるいはオンラインやモバイル端末のアプリ上でカード番号を入力して買い物したりといった使い方が一般的だと思われるが、実際のところ他のキャッシュレス決済、例えば「電子マネー」や「コード決済」において、その“チャージソース”が「クレジットカード」であることが少なくない。モバイルSuicaのチャージであったり、VIEWカード経由のSuicaオートチャージなどが代表的だが、コード決済においても、その支払い手段として「クレジットカード」が指定されていたりする。

コード決済のチャージ方法としては主に3通りあり、前述クレジットカード経由のほか、「銀行口座を登録しての口座振替によるチャージ」「ATMや店頭窓口を介してのアカウントチャージ」が挙げられる。

チャージ手数料はコード決済事業者が負担する形になるため、理想としては「それなりの金額を銀行口座やATM経由で一度にチャージしてもらう」というのがありがたいが、実際には「クレジットカード紐付け」による支払い手段を選んでいるユーザーが最大勢力であり、これは冒頭に紹介したPayPayとメルカリ(メルペイ)も実数こそ公表していないものの認めている。筆者が聴き取りを行なう範囲で、他のコード決済事業者もほぼ同じ事情を抱えており、店頭やアプリでの支払いはコード決済サービスでありながら、その実は裏でカード決済が走っているのが実情だ。

なぜここまでクレジットカード偏重の状況が生まれているかといえば、シンプルに「クレカ利用はユーザーにメリットしかない」という一言に尽きる。

多くが知るように日本のクレジットカードは翌月一括払いのマンスリークリア方式が主流であり、諸外国のようにリボなどで利息払いをするケースは少数派だ。それでいて、年会費無料で各種特典がつくクレカが多数存在し、実際に利用すればポイント還元で実入りさえある。また一括払いの与信枠である「ショッピング枠」は諸外国に比べても“緩め”に付与されるため、利用上限をあまり意識せず使える。

近年でこそ“ルート”が塞がれつつあるが、コード決済のようなサービスにクレカを結びつけることで、複数のポイントや特典を同時に得られたりと、もはや「クレカを使わない方が損をする」という状況さえ生まれている。

これがクレジットカード決済天国「日本」の現在だ。

コードとカードのマルチチャネル戦略

以上の前提情報を把握したうえで最近のコード決済事業者の戦略を見ていくと、「そうなるしかないよね」というのが理解できてくる。

これだけキャッシュレス決済が一般化して、Airペイや楽天ペイのように中小個店向けのカード決済サービスが拡充されてくると、カード決済が利用できる場所にあまり困らない。仮にカード決済を受け付けていない店舗でも、コード決済や電子マネー(特に交通系ICカード)を受け入れているケースも多く、クレカを紐付けておくことで現金を経由せずに支払いが行なえる。

メルカリではカード事業参入の意図として「既存の与信枠付与の仕組みを使った“決済チャネル”の拡大」(メルペイCEOの山本真人氏)と述べており、コード決済を捨てたわけではなく、クレカという支払い手段をメルペイのサービスの1つとして加えたと位置付けている。

つまり、決済サービスの提供において「クレカがないとニーズを取りこぼす」という事情が大きい。

メルペイCEOの山本真人氏

この「取りこぼし」という点に着目し、周辺事業の整備を強力に進めているのがPayPayを擁するソフトバンク陣営だ。同社は2022年度第3四半期(2021年10-12月期)に新たに「金融事業」というカテゴリを新設したが、ここではPayPayを軸にPayPayカード、PayPay証券、そしてSBペイメントサービス(SBPS)という4つの企業をまとめ、新たなグループシナジー創出の柱としている。

興味深いのは「PayPayカード」と「SBPS」で、特にPayPayカードについては「コード決済との併用で月間決済金額を最大化」とマルチチャネル政策を明確にうたっている。また筆者が知る限り、ソフトバンクが決算会見でSBPSに詳しく言及したのは初の出来事で、ここでは“リアル”と“オンライン”の両方の場面で決済サービスの「アクワイアリング」を積極的に行なっていくとした。もともとSBPSはGMOペイメントゲートウェイ(GMO-PG)などと並んでオンライン決済の主要プレイヤーであり、最近ではPayCASというリアル店舗でのアクワイアリング事業を強化している。カードを発行し(イシュイング)、それを受けるビジネス(アクワイアリング)も商うことで“両取り”を目指すというわけだ。

金融事業を成長の柱とするソフトバンク。壇上で解説するのはソフトバンク代表取締役 社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏
決済事業においてコード決済とカード決済を併用するマルチチャネル戦略で月間決済金額を伸ばす
カード発行の“イシュイング”事業のみでなく、それを受ける“アクワイアリング”事業も込みでグループ戦略を立てる

ここまでを見てきて「まぁ、順当だね」という感想を抱いたかもしれないが、クレカ事業に舵を切るコード決済事業者にはもう1つ切実な事情がある。それは「カード決済手数料」だ。

PayPay有料化の話のところでも触れたが、QRコードをレジ横に掲示してユーザーがそれを読み込む「MPM」方式について、PayPayがサービス開始当初の無料から有料化へと移行しなければならなかった背景に、「支払い手段としてクレカを紐付ける多数のユーザーの存在」「その決済手数料を負担するのはPayPay」という2つの問題があった。

そして実際に有料化したわけだが、これでもなお現状の水準としては「赤字にならないギリギリのレベル」であり、収益体質に持ち込むには、「ユーザーをクレカ以外の支払い手段に誘導する」か、あるいは「クレカの決済手数料そのものを下げる」の2択となる。PayPayにおいて前者はなかなか難しいと考えられ、選ぶ手段としては後者ということになり、それが「PayPayカード」へとつながる。

PayPayカード単体でも事業としては成り立つが、PayPayアプリにPayPayカードを登録して支払うことで、ブランドネットワークを通さない取引、いわゆる「オンアス(On-Us)」取引が可能となる。通常のブランドネットワークを介した場合に比べ手数料で有利なため、PayPayにとって収益性が向上する。またPayPayカードにとっても、PayPayを通じて取引されることで取引高に還元されるためメリットがある。

PayPayカード利用者に優先的にポイント還元などの多少の“インセンティブ”を与えても“お釣り”がくるため、組み合わせとしては申し分ない。この事情についてはメルカリ側でも認めており、「(具体的数字は挙げられないが)他社カードをメルカリの決済手段として利用するユーザーが多数おり、できればこのユーザーを『メルカード』へと誘導していきたい」(メルカリ上級執行役員 SVP of Japan Regionの青柳直樹氏)と本音もこぼしている。

いかに循環経済を魅力的に見せるか

「メルカード」については、「常時1%、最大で4%」という還元率がクレカそのもののセールスポイントとなっている。常時還元ポイントがどこまで維持できるかは毎回各クレカの勝負どころとなっているが、メルカードについてもまたここを強く推している。

最大で4%とあるが、これはあくまで「メルカリ」の利用を前提としており、1-4%の還元率はメルカリの利用度合いによって大きく変化する。メルカリ利用といっても「購入」だけでは還元率が上昇するとは限らず、「売りと買いなど総合的に判断して還元率を決定する」(山本氏)ということで、明確な基準が示されているわけではなく、割とメルカリのヘビーユーザーでなければ4%還元に到達できないのではないかと想定される。

メルペイ自体もメルカリの利用を前提に建て付けが行なわれたサービスであることを考えれば、「メルカリユーザーのためのカード」というのは設計上も正しい方向性だろう。

最大還元率4%をうたうメルカードだが、メルカリ利用を頻繁に行なった場合の最大数値であり、あくまでメルカリユーザーのためのカードであることがわかる

ただ、個人的にメルカードで注目したのが、そこへと誘導するUIだ。メルカリのアプリから申し込みが可能で、物理カード到着まで4日間ほど。到着後はカードをアプリを起動したスマートフォンにかざすことで利用を開始できる。

アプリでの残高や利用履歴確認に加え、前倒し返済が可能など、一連の流れは「Apple Card」を彷彿とさせる。Apple Card自体、米国に多数存在するiPhoneユーザーをカード事業に誘導することを意図しており、洗練されたUIやUXで利用者を惹きつけつつ、Apple Storeでの買い物では3%還元といった具合にヘビーなAppleユーザーほどメリットが大きい。

おそらくこれを意識した商品開発が行なわれているとみられるが、「メルカリはよく利用するけど、クレカはあまり使わない」という層を取り込む戦略として、アプリとうまく連携した仕組みは秀逸だ。

到着したカードのアクティベートは、メルカリアプリを起動したスマートフォンを近付けるだけ。このスライドを見て最初に連想したのがApple Cardだ

コード決済というと支払い部分のUIやUXに着目しがちだが、実は決済アプリそのものが“鍵”であることが多い。単純に決済インターフェイスのみであればApple PayやGoogle Payに任せればいいわけで、ユーザーが決済アプリを起動する“モチベーション”がそこには必要だ。

メルペイの場合にはメルカリのアプリが本体であり、メルカリが利用のトリガーになっている。対してPayPayは決済に特化しているものの、さまざまな周辺機能がアプリ内に取り込まれており、利用機会の多さと相まって“ホームスクリーン”を頻繁に経由することになるだろう。

「スーパーアプリ」という一時期もてはやされたキーワードがあったが、ソフトバンクでは決済に関連する機能、例えば何らかの支払い行為が発生するものについてPayPayアプリに集める戦略を推し進めており、実際に宮川氏が金融事業の柱の1つとした「PayPay証券」の利用を促す誘導路として活用を始めている。ユーザーや決済回数が増え、“ホームスクリーン”を経由する回数が増えるほどに周辺事業へとユーザーを環流させる率が上昇するという流れだ。

PayPayアプリを活用することで、PayPay証券におけるユーザー獲得コストが大幅削減できたという

また周辺事業だけでなく、PayPayを活用してカード事業そのものの収益性も向上させようという取り組みが、同社が準備しているという「ゴールドカード」の提供だ。具体的にどのような商品になるかは不明だが、年会費を徴収しての付帯サービス各種に加え、利用金額に応じた高還元など、ユーザーのヘビーなサービス利用を促す施策が多数盛り込まれると思われる。

決算資料では「ARPUの向上」と記されているが、単純にカード決済金額を増やすだけでなく、グループ内になるべく多く環流することを目指すとみられ、その中核としてPayPayアプリをさらに活用してくると見られる。

ゴールドカードの年内投入でさらに収益性の向上を目指す(出典:Zホールディングス)

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)