鈴木淳也のPay Attention

第194回

セブン銀行ATMの新サービスにみる次世代の2つのトレンド

セブン銀行の第4世代ATM。「コクーン」と呼ばれる覗き見防止シェルで囲まれている点が特徴で、カメラやICカード読み取り機など多彩な機能を備える

セブン銀行は第4世代ATMを活用した新サービス「+Connect」を発表し、9月26日から「ATM窓口」をはじめとする対応サービスが開始される。口座開設や住所変更など、従来であれば銀行窓口でのやり取りが必要だった業務であってもATM上で(ある程度)完結するのが特徴で、利用者の利便性が大きく向上する。

今回のセブン銀行ATMの新サービス群は、「本人確認」という作業において2つの新しいトレンドが起きていることを意味している。そのあたりについて順番にまとめたい。

「身分証」で“本人確認”の最新事情

「+Connect」では、セブン銀行を含む複数のパートナー企業のサービスへの接続機能を包含しており、それを取り次ぐための“本人確認”の手段として「身分証明書」「顔認証」の2つのうち、いずれかを用いることが可能だ。

9月26日開始時点で利用可能なサービスの詳細は別記事を確認してほしいが、口座開設や住所変更など、従来であれば身分証明書の確認が必須の業務は、その確認のために窓口を通す必要があった。これがセブン銀行ATMであれば、端末上の操作のみで申請が可能になる。通常の銀行ATMではカードや通帳、そして場合によっては指紋認証などのセキュリティを高めるための本人確認手段や処理しか行なえないが、セブン銀行ATMの場合、公的身分証を読み取り、かつ本人であることを確認する機能を持つために実現できたことだ。

「身分証明書」「顔認証」を使った本人確認サービスに対応

具体的な処理フローを見ていくと、銀行手続きの開始にあたり、まず3種類の公的身分証(マイナンバーカード、運転免許証、在留カード)のいずれかを読み取り機にセットし、「顔認証」により、所有者本人であるかの確認が行なわれる。

ここでいう「顔認証」だが、マイナンバーカードの例でいえば、以前のレポートでも紹介した「照合番号B」の手法を用いる。カードを所定の位置にセットすると、券面情報のOCRが(QRコードの読み取りにも使われる)ATMのカメラで行なわれて、同時にICチップ内の顔写真へのアクセスし、ATMを操作する目の前の人物との本人確認判定が行なわれる。この情報が一致した場合、マイナンバーカード内の電子証明書へのアクセスが可能となり、公的身分証が正規のものであるか、確認する。

なお、発表会のデモンストレーションでは漢字氏名と住所情報が自動入力され、読み仮名と電話番号を追加入力する様子が披露されたが、前者はマイナンバーカードのICチップにある「券面事項入力補助AP」の記録情報で自動補完される。後者はICチップ内に情報が存在しないため追加で入力が必要となる。前提として、引っ越しにともなう住所変更があった場合、まず先にマイナンバーカード側の住所情報を変更しておく必要がある。

セブン銀行によれば、第4世代ATMで利用可能な3つの公的身分証はどれもICチップ対応が必須で、この情報を基に身分証の真贋判定や本人確認が行なわれ、確認作業を経てはじめて提携先のパートナー企業への取り次ぎが行なわれるという。現在発行されているマイナンバーカード、運転免許証、長期日本滞在者に入国時点で配られる在留カードはすべてICチップ内蔵となっているが、特に在留カードについては偽造や悪用が多発しており問題となっている。

筆者の把握している事例では、在留カードを利用して携帯電話端末を携帯ショップから安価に大量購入して売り捌くといった事案があったが、公的身分証であり国籍による差別を避けるという理由から明らかに問題があると認識していても取り扱いを止められなかった事情がある。近年この偽造はより精巧なものとなっており、正規の番号や有効期限であるケースも少なくない。そのため、券面確認だけでの真贋判定は難しく、ICチップを使った本人確認が必須という状況だ。

公的身分証の本人確認では券面撮影とICチップ読み取りの両方が同時に行なわれる

窓口対応はリアル店舗からリモート、モバイルへ

以前に銀行のATM閉鎖や支店統廃合が話題になったとき、「コンビニATMがこの市場を積極的に取りにいっているのでは?」といった疑問を抱き、セブン銀行ならびにローソン銀行に取材をしたことがある。

実際のところ、顕著な動きはなく、2つのコンビニ系銀行の担当者も「もしかしたらそうした事例があるのかもしれないが、数字で把握できるレベルではない」との回答だった。

一方で今回は、地方支援を名目にセブン銀行は積極的にパートナーとしての地銀との提携を積極的に模索しており、戦略に変化があったのかとも思った。だが静岡銀行デジタルチャネル営業部長の大石康太氏によれば「銀行業務を積極的にコンビニATMに移管するのではなく、あくまで対応時間や場所の拡大で利便性を増やすための施策。実際、日中は仕事で営業時間内に銀行窓口に顔を出せないという声も多く、実証実験ではこうした支店の営業時間外利用が多かった」という。

静岡銀行デジタルチャネル営業部長の大石康太氏

これは興味深い話で、銀行の窓口業務の位置付けが変化しつつあることを意味する。大石氏は「以前に比べても(営業時間内の)支店の窓口が混雑しているという状況にはなく、むしろそこで生じた余裕は(各種相談などの)他の業務に割り振りつつ、他方で“窓口”の拡大で利便性を向上させたい」と述べている。「“窓口”の拡大」とは、今回のコンビニATMやスマートフォンを通したモバイルでの銀行サービス利用だ。

これまで銀行では各種手続きにおいて窓口での本人確認が必要とされてきたが、それゆえに銀行口座の存在自体が「本人確認済みのものである」という証明になっていた。

今後これがコンビニATMのようなリモートやモバイルへと移行するにあたり、法律上必須となる本人確認プロセスは前述のマイナンバーカード、運転免許証、在留カードといった公的身分証を通してのものとなる。そのため、マイナンバーカードをはじめとする公的身分証はあらかじめ“対面による”本人確認を済ませている必要があり、本人確認は公的身分証に内蔵されたICチップ内の電子証明書をもって行なわれるようになる。

セブン銀行ではホテルへのチェックインを事前に行なうサービスも検討しているという話だ。これもまた本人確認手段の高度化により、「窓口の場所を選ばない」というトレンドが進みつつあることを意味する。

スマートフォンのマイナンバーカード機能内蔵は、現状おサイフケータイ対応のAndroid端末に限られ、セキュアエレメント(SE)内に搭載される機能も本人確認のための電子証明書と署名用電子証明書の2種類のみだが、今後は券面事項入力補助APなども加わり、例えばモバイルアプリ上から端末に搭載した電子証明書を使って各種申請を行なう場合など、名前や住所情報の自動補完が利用できるようになる。

イメージ的にはプラスチックのマイナンバーカードのように“かざして”使うような印象のあるスマートフォン搭載のマイナンバーカードだが、デジタル庁によれば主にモバイルアプリ経由での利用を想定しており、今後はセブン銀行ATMでやっていたようなサービスも、その一部はモバイルアプリ上で処理できるようになり、コンビニのみならず場所を問わずにいつでも利用できるようになるだろう。

なおマイナンバーカードのiPhone対応だが、複数の情報源によれば、現在は日本政府よりもむしろApple側が採用に積極的になっており、デジタル庁などとかなり密に連携して作業が進んでいるという。一方で年内(年度内)のスケジュールには間に合わない可能性が高いとのことで、おそらく2024年夏期以降の対応となるとみられる。

生体認証を用いた決済と新たなアプリケーション

最後のトピックは「顔認証」を含む「生体認証」にまつわるものだ。今回のセブン銀行ATMの場合、顔認証は公的身分証の本人確認の過程で必要になるものだったが、セブン銀行が“フェイズ2”として準備を進めているのが「ATMカードなしで顔認証のみで出入金を可能にするサービス」だ。

筆者も最近は財布そのものを持たないで外出する機会が増えたが、スマートフォンさえ必要とせず、ATMで現金を下ろせたら便利というシチュエーションは、散歩帰りにラーメン屋に寄る際などいろいろと考えられる。セブン銀行では「大規模災害で財布を持ちだせずに現金が必要となるケース」を例として挙げていたが、物理カードの“くびき”から解放されるというのはそれだけでメリットとなる。

手ぶらでATM入出金

2024年春をめどに開始を予定しているATMカードなしでの顔認証による出入金サービスだが、当初はセブン銀行限定のサービスとして開始する。

ただ、この「顔認証を用いた(公的身分証を使わない)本人確認」という仕組みに興味を持っている企業は多く、潜在的パートナーとして相談してくるケースは多いという。また、セブン銀行代表取締役社長の松橋正明氏によれば、検討中のレベルだが、セブン-イレブン店舗での顔認証による決済サービスも視野に入っているようで(ただし現状ではセブン店舗のPOSが未対応なので何らかの手を入れる必要がある)、今後生体認証を使った各種サービスは、割と早い時期にやってくることになるのかもしれない。

セブン銀行代表取締役社長の松橋正明氏

こうした生体認証を使った各種サービスは過去のレポートでも何度か触れているが、「事前登録」というハードルがある一方で、「会員向けサービス」との相性が非常にいい特徴があり、今回のケースでいえば「セブン銀行利用者」という会員サービスの一環としては非常に面白い試みとなる。

その点で興味深いのが、先日、日立製作所と東武グループが発表した認証基盤の話で、当初は東武グループ内のスーパーやスポーツクラブなどで「会員向けサービス」として提供しつつ、徐々に利用範囲を拡大していこうという試みだ。

日立製作所と東武グループが組んで開始する手のひら認証によるセルフレジでの決済サービスのデモンストレーション

日立製作所によれば、認証データベースとして数百万人規模でも問題なく利用できる仕組みということで、おそらく東武グループが想定する登録利用者の範囲は問題なくカバーできると思われる。各種決済や認証ゲートの通過、そして会員アカウントのポイント付与までをワンストップで行なえる点で利便性が高い。

一方で、広域の決済基盤としての活用を考えた場合、想定するデータベースのマッチング対象は桁が1つから2つは上がってしまう。ここまでくると数としては依然少ないものの、誤認識率が無視できない水準になると考えられ(件数が増えると数字として表れる数が増加する)、事前登録の手間と相まって会員向けの限定サービスとして機能させた方がいいという考えも出てくる。

事前に登録された本人情報とのマッチングにより年齢確認が行なえるため、セルフレジでの酒類販売などがよりスムーズになる効果も

最近、中国のセブン-イレブン店舗で手のひら認証による決済サービスが開始されて話題になっているが、ユーザー数と利用率のバランスを鑑みて、適用範囲を徐々に拡大していくことが求められるのかもしれない。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)