鈴木淳也のPay Attention

第40回

働き方改革でスマートロック市場が盛り上がっている? Akerunの逆風と追い風

2018年に移転してきたフォトシンスの芝オフィス。デザイン装飾が動物園やジャングルを想起させるものになっていた

先日、FeliCaが電子マネーなどの「決済」の枠を越えて新たな活用法を模索しつつあるという話を紹介したが、その流れで「うちにもFeliCaなどを活用した面白いソリューションがある」ということでフォトシンス(Photosynth)社にお邪魔させていただいた。

同社は2014年起業のスタートアップで、その最初の製品はスマートロック市場に投入された「Akerun Smart Lock Robot」だ。同市場では同じ2015年にQrioがデビューしているが、当初はコンシューマ市場をそのメインターゲットとしていた。だが、Akerunのラインナップを拡充するなかでフォトシンスはターゲットをBtoBの市場へとシフトし、現在の主力製品はサブスクリプション制のスマートロック「Akerun Pro」となっている。

この製品の面白いところは、「ICカードで扉のロック開閉を自動化する」というシンプルな動作をID管理に紐付けた点にある。

人の出入りはIDを通して可視化され、勤怠管理ソリューションと結びつければ出退社が自動記録され、またIDによってセキュリティが確保されるため、Webインターフェイスを通じていつでも有効化や無効化が可能だ。これにより特定時間だけ指定人物の出入りを許可したり、あるいはID管理を通じて人の流れを把握することでデータビジネスのような新しい可能性も生まれる。

昨今、新型コロナウイルスの感染拡大により人の移動や働き方が大きく変化しつつあるが、こうしたトレンドも交えフォトシンス代表取締役社長の河瀬航大氏に話をうかがった。

企業ユーザーをターゲットにしたAkerun ProはID管理が鍵

Akerun Proについて簡単に説明すると、サムターン錠に取り付けることで扉を簡単にスマートロック化するデバイスだ。

Akerun Proの背面は接着テープがついており、下部のギミックをサムターン錠に引っかける形で扉に取り付けるだけだ。あとは解錠と施錠の方向を連携したアプリで設定すれば準備は完了だ。

Akerun Proの外観
Akerun Proの背面。下部の回転ギミックをサムターン錠に“噛ませる”ことで電気的な操作が可能に

この状態でもアプリ経由の鍵の開け閉めのほか、Akerun Proを直に操作する(ツマミを直接まわしたり、“プッシュ”する動作で電気的に解錠できる)ことで利用可能だが、その本領を発揮するのは標準添付のNFCリーダーと扉の開閉センサーを組み合わせたときだ。

サムターン錠に引っかけた状態のまま扉に押しつけると装着完了
アプリで鍵の開閉方向を指示してセットアップ完了

NFCカードリーダーもまた扉(あるいは扉横)に貼り付ける形になるが、こちらは2個で1ペアとなっている。扉の内側と外側にそれぞれ取り付けることで、人の出入りを管理するためだ。個々のユーザーには1つのIDが割り当てられ、それぞれ1つの“NFCデバイス”を紐付けられる。FeliCaまたはMifareベースのものであれば何でもよく、例えば通勤に使っているSuicaやPASMOのカードでもいいし、モバイルSuicaのようなスマートフォン内の「ICカード」でもいい。オフィスビルによってはビルの入退場に必要なICカードが全従業員に配布されるケースがあるが、こうしたICカードはFeliCaまたはMifareベースであることが多い。そのため、手軽な手段としてはこうしたビルや従業員に配られる社員証やIDカードをそのままAkerun ProのNFCデバイスとして登録してしまうことが挙げられる。

今回話をうかがった担当者の1人、フォトシンス ソフトウェア開発マネージャー ファームウェアエンジニアの石井大樹氏は、ICチップが埋め込まれた指輪型のデバイスを登録しているとのこと。会社が許せば個々人が好きなデバイスを登録していいだろう。

また1つのIDに1つのデバイスしか登録できない点については「セキュリティ上の理由」(フォトシンス広報の木下雄亮氏)とのことで、利用者が望むのであればIDを複数登録すれば複数のデバイスを紐付けられるので、(管理が煩雑になるというデメリットがあるが)そうやって対応してほしいという。

NFCリーダーを取り付けたところ。1つのIDに好きなNFCデバイスを登録して「鍵」として利用できる

もう1つは扉の開閉センサーの存在だ。Akerun Proは一定時間がくると自動的に鍵をロックする仕組みがあるが、開閉センサーを取り付ければ「扉が閉じた」と判断された瞬間に施錠される。セキュリティを考えると開け放しの状態が一定時間続くよりは、このようにすぐに施錠された方が安全だろう。

開閉センサーにより扉が閉じた状態かを認識し、すぐに施錠が行なわれる

だが実際のところ、Akerun Proの本領はID管理に紐付いた人の出入りを把握する部分にある。初期費用は0円、あとはAkerun Proが1セットあたり17,500円の月額サブスクリプションからという料金体系になっており、デバイスは必要に応じて交換などが行なわれる(電池での連続駆動は約半年となっており、この電池残量もリモートで管理されている)。クラウドサービスとしてAkerun Managerという管理コンソールが提供され、ここから先ほどのID管理のほか、個々のIDの出入り状況をすべて把握できる。この出入り状況を勤怠管理システムに連携することで、勤怠における自動打刻が可能という仕組みだ。

例えば同社は昨年2019年8月にfreeeの人事労務ソフトとの連携を発表しているが、このように市場に数多ある勤怠管理システムとの連携がAPIを通じて容易になっている。

この機能は特に昨年4月1日に施行された「改正労働基準法」が大きく作用しており、「働き方改革」をうたうなかできちんとした勤怠管理の仕組みがない限り労務局の査察をパスできなかったり、個人情報保護法の観点からは情報を管理する事業所での入退室の全ログを取得することが義務付けられているなど、特に中小企業や支店を多く持つ大企業にとって負担の重い内容になっている。ゆえに、勤怠管理を簡素化できるAkerun Proの仕組みはこの点でのアピールがしやすく、実際に引き合いがあり、3月末時点で4,000社との契約を達成したと発表している。

基本的に改造工事なしで取り付け可能な点がAkerun Proのメリットではあるが、一方で扉の形状などから導入が難しいケースもある。

その場合は若干電気装置に介入する形でAkerunを設置し、前述の勤怠管理の仕組みに結びつけることも可能だ。既設の電気錠や自動ドアが設置されているケースなどにおいて、「Akerunコントローラー」と「Bluetoothレシーバー」を組み合わせることで対応できる。扉の解錠などはBluetoothレシーバーが担い、これをAkerunコントローラーが管理する。出入りのログや登録済みのID+NFCデバイス情報はすべてAkerunコントローラーに記録されており、クラウドを通じて定期的にAkerun Managerと連携される。

そのため、仮にクラウド側のサービスが一時的にダウンしていたとしても問題なく扉の解錠は行なえるし、勤怠管理に必要なログはつねに収集し続けられる。

ビルによってはAkerunコントローラーとBluetoothレシーバーを組み合わせて入退場を管理する
電気的な解錠を行う扉の例。この電気系統に介入し、Bluetoothレシーバーを取り付ける

新型コロナウイルスの意外な影響

このAkerunビジネスを語るうえで面白い話がある。昨年12月に発表された愛媛の道後温泉「大和屋本店」でのAkerun入退室管理システムと顔認証システム「おもてなしマスター・スマートドア」の連携だ。単純にいえばホテルの部屋の鍵を顔認証にする仕組みで、NECの顔認証システムをその鍵とすることで、大和屋本店でのチェックインから部屋の入退室、チェックアウトまでをすべて顔認証で済ませることができる。

Akerun Managerにはもともと特定IDに指定時間だけ鍵の機能を許可する仕組みがあるが、これが会議室などの仕組みだけでなく、ホテルや民泊などの宿泊施設の用途にも利用できるというわけだ。

課金連携の仕組みもあり、シェアリングサービスとの相性もいい。将来的にはホテル内で完結せず、温泉街の土産物屋や食事処などでハンズフリーでサービスを利用できるようにするというアイデアもあるという。これはあくまで実証実験だが、商圏を広げるアイデアはいろいろあるというわけだ。

Akerunビジネスの現状についてフォトシンス代表取締役社長の河瀬航大氏は「すごく加速している印象があり、やはり個人情報法の改正や働き方改革など、モニタリングの重要性が認識されたことが大きい」と説明する。また昨今の新型コロナウイルスがビジネスに与える影響について尋ねたところ「業績的にはプラスとマイナスでトントンという状況」(同氏)だという。理由の1つとしては、コワーキングスペースなどオフィス以外の需要が伸び、このあたりの問い合わせが急増していることが挙げられるという。NTT都市開発のサービスや三井不動産のワークスタイリングなどのデベロッパーが顧客として挙げられているが、こうしたコワーキング需要がかなり伸びているという状況だ。

フォトシンス代表取締役社長の河瀬航大氏

「Akerunは無人化のお手伝いをするという部分で、例えば有人ではコストがかかってしまうようなコワーキングスペースでも、Akerunで無人運用が可能になります。都市部ではどこの駅でもコワーキングがある印象ですが、最近でも地方やその通勤の動線となる沿線沿いの駅に多くできつつあり、活発化している印象です。働き方改革やテレワークの増加で、遠近さまざまな拠点を活用する取り組みが増えているのでしょう。従来のAkerunであれば、オフィスに入るのは移転や増資のタイミングということが多かったのですが、逆に最近の事情で移転を断念するという会社が出てきています。こうした影響が出てくるのは半年か1年先かと思いますが、民泊やホテルの事情と同様に、このあたりがマイナス要因となります。全体でみればスマートロック自体の市場が広がり、認知度も広がっており、そのおかげで4,000社の契約を達成できました。このプラスマイナス両方の要因を鑑みつつ、市場をさらに拡大させていければと思います」(河瀬氏)

また情報の取り扱いには注意が必要と前置きしつつも、河瀬氏は将来的な可能性についても言及する。「僕らの描いているキーレス社会、すべての鍵をインターネット上で管理し、1つのIDですべての鍵を開けられる世界。それが実現できれば、Akerunによって誰がどこにいたかという情報が取れてしまうので、例えば新型コロナウイルスの陽性患者の方がいたとして、その行動履歴から直前の空間に誰がいたかったといった情報も可視化できますので、そういった活用法も考えられます。またMaaSについては、一番大事なのは認証の部分なので、1つのIDで車に乗れるというだけでなく、ビルでの行動も把握できますし、『あと30分ほどでその場を離れる』といっただいたいの情報もわかりますので、あらかじめ無人の車をそちらに向かわせたりとか、人の動きを予想したサービスが提供できます。こうした連携が将来的に可能なのか、それによってマネタイズが可能なのか断言できませんが、データはそのように活用できるのではないかということです。夢は広がりますが、その前にまずAkerunの市場を広げなければなりません(笑)」(同氏)

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)