鈴木淳也のPay Attention

第31回

QRコード切符が将来の「Suica」になる?

高輪ゲートウェイ駅で導入が予定されている新型改札機

以前、本連載でJR東日本がQRコード改札を導入しようとしている背景について説明した(JR東日本がQRコード改札を検討する理由。QR採用は退化じゃない)。3月13日に開業する山手線新駅「高輪ゲートウェイ駅」において新デザインの改札が実証実験を兼ねて導入されることを受けて、その背景をまとめたもので、QRコード導入が必ずしも技術的退化ではない理由を紹介している。

JR東日本がQRコード改札を検討する理由。QR採用は退化じゃない

そして1月29日、JR東日本は同駅で導入予定の新型改札の詳細ならびに、同駅と新宿駅で実施予定の実証実験の日程について発表している。最大のポイントはICカードタッチ部とモニタの位置や角度を大きく動かしたことだが、新機構のQRコード読み取り部も含め、新改札は将来の布石となる技術が含まれていると筆者は考えている。

JR東日本が「タッチしやすい自動改札機」。ICカードとQRコード両対応

前回の記事で解説した部分も含め、今後5年ほどの期間を経てどのように日本の鉄道改札システムが変化していくのか、まとめたい。

QRコード切符の従来の磁気切符との違い

まずQRコード部分について、前回のレポートでは「紙の切符を処理するための改札機のコスト」の高さを強調したが、改札に使われる磁気切符はリサイクルにおいて特殊な処理が必要とされるため、鉄道会社は使用済み切符の処理のために年間膨大なコストを支払っているという(磁性体保護のため酸化鉄などの媒体が塗布されており、これの分離にコストがかかるとされている)。

QRコード切符移行論を補強する話題だが、各社のモチベーションとなっているのがコストに起因する問題というのが改めて分かる。

さて、仮に導入する段階に至ったとして、「本当にできるの?」と思われるポイントがいくつかある。

1つはセキュリティ面で、コピー対策などをどのようにクリアするのかという点。2つめはパフォーマンスの問題で、実際に今日Suicaや磁気切符で実現されている改札の処理スピードを本当にQRコード改札で実現できるのかという点。3つめは相互互換性の部分で、日本の鉄道は乗り継ぎを前提に路線が設計されているため、仮に1社が特定路線のみをQRコード改札に対応させたとして、QRコード切符のままでは乗り継ぎできず不便だ。

変えるのであれば、ある程度一斉にシステムを導入または置換しなければならず、このあたりのタイミングが重要だろう。

これら課題の1つめと2つめは共通の方法で解決が図られる。一般に、磁気切符には起点となる駅の情報と有効期限のほか、場合によっては改札機に券を通した後に入場記録などが保持されて不正チェックが行なわれる。重要なのは、磁気切符そのものに必要な情報がすべて記録されており、“記録された情報が正しい”のであれば切符は有効とされる点で、これが何を意味するのかといえば「すべてローカルの改札機で処理できる」ことにある。

つまり、同じ切符が何枚あろうと、それが複製されたものであろうと、磁気切符に記録された情報が有効であればいいということになる(実際に可能かは別の話とする)。これを仮にQRコードの切符にそのまま展開しようとすると、QRコードにはすべての情報が記録されることになり、そして複製もまた容易になる。つまり、QRコード切符では磁気切符とは異なる仕組みが必要になるというわけだ。

そのため、QRコード改札では「ID認証」と呼ばれる仕組みが登場することになる。

改札通過時は当該のQRコードが有効かどうかのみをチェックし、出場時に必要な条件を満たしているのかを確認する。このQRコードに含まれるべき情報は「ユニークな番号(ID)であるか」「そのIDが料金の引き落としに有効なものかどうか」をチェックできればいいわけで、単純に一意のIDが含まれているだけでいい。

例えば区間切符を購入した場合、1枚のQRコード切符を複数人でコピーして利用されたら鉄道会社にとってはたまったものではない。そこで、切符の1枚1枚にユニークIDを埋め込んでおけば、最初の1枚が改札を通過した瞬間にそのIDでの入場は無効となり、コピーを使っての複数人乗車はできなくなる。同様に、定期券なども使い回しができないように、その定期券に紐付けられたIDが乗車中、あるいは物理的に離れた場所にあるところで短時間に利用が確認された場合、後から利用されたものをロックすることで不正利用が防げる。

そして、仮にQRコードでSuicaのようなプリペイド方式やポストペイドの乗車券を実現しようとした場合も、その残高が乗車に充分かどうかを判断して改札通過の可否を決めればいい。

モバイル端末に表示させたQRコード切符。ここには切符的な情報は何も含まれていない

ここまではセキュリティの話だが、これはパフォーマンスにも密接に関係している。先日東京都内で開催された「DOCOMO Open House 2020」では、5Gを使った数々の応用事例や最新技術に関する展示が行なわれていたが、その中に「5Gを活用したクラウド型ID乗車券システム」と呼ばれるものがあった。

0.2秒で自動改札通過。5G+QRコードのドコモ クラウド型ID乗車券

この記事ではQRコード改札の通過スピードが高速であることを紹介していたが、その秘密はローカルの改札機そのものには何ら処理機構を持たず、QRコードから読み込んだ情報をそのまま5G経由でサーバーに転送し、その“ID”が有効かどうかを判定して通過の可否を決めていることによる。

ここでのポイントは2つあり、「改札機自身は何ら処理機構を内蔵しないため、本体のコストが非常に安価」「通信回線は5Gのため、電源さえ取れれば改札設置のために通信ケーブルを這わすなどの工夫が必要なく、設置が容易」という特徴がある。

高速処理できるかは「ネットワークが高速か」「(クラウド上の)サーバーの反応速度(処理速度)は充分か」の2点にかかっており、「今後新宿駅のような世界一混雑する駅で5G回線が輻輳せずにデータを通せるのか」「朝夕のラッシュ時に何百もの駅から同時に大量の“ID処理”リクエストが殺到したとき、サーバーは処理を遂行できるのか」といった部分に不安が残る。

こうした効果を測定するため、例えば新宿駅のような混雑する場所にあえて機材を設置して効果をみたり、今後少しずつ設置台数を増やしてサーバーへの負荷をテストしていくといったことが求められるようになるだろう。

DOCOMO Open House 2020の東芝ブースで展示されていたQRコード改札

つまり、新型改札におけるテストは始まりでしかなく、今後広範囲にロールアウトしていくうえで、一気に導入を進めていくのではなく、徐々に設置範囲を拡大していくことになると筆者は考えている。

広域展開と「Suica」のID化

QRコード切符を日本で採用しようとしているのはJR東日本だけではない。すでに採用している事例としては沖縄のゆいレールや北九州モノレールが知られているが、例えば先日顔認証ゲートの実証実験をスタートした大阪メトロでもQRコード改札の実験を行なっている。

現在大阪メトロでは4つの駅で顔認証ゲートの実験を行なっているが、そのうち同本社に近いドーム前千代崎駅では2つの特設ゲートが設けられ、片方が顔認証ゲート、もう片方がQRコード用ゲートとなっている。

取材で訪問した日はQRコードゲートは封印されており、関係者も全員が顔認証ゲートを利用していたのだが、大阪メトロでは新技術として顔認証ゲートを進める一方で、QRコード技術もまた今後の改札システムで重要な位置を占めると考えているわけだ。

いずれも2025年の大阪万博を導入の目処としており、実証実験を経てより実用段階のシステムへと進んでいく。余談だが、4つの駅に設置されたゲートを開発にはそれぞれ異なる4つのベンダーが参加しており、ドーム前千代崎駅の担当は東芝となっている。DOCOMO Open House 2020に展示していたのは東芝、またJR東日本が開発中とされる新型改札の受注ベンダーがJREM経由の東芝という話を聞いており、偶然かは分からないが、興味深い並びだ。

大阪メトロがドーム前千代崎駅で実験中の顔認証ゲート。ゲートは2つ並んでおり、左が顔認証、右がQRコード改札となっている
QRコード改札の読み取り部。ここだけを見るとデンソーウェーブ製のリーダーに酷似している

さて、実は顔認証ゲートもQRコード切符と深い関係がある。QRコード切符がそうであるように、顔認証ゲートもまた「ID認証」の仕組みを採用しているからだ。改札通過時はその人物の“顔”が有効かどうかをチェックしているだけで、出先のゲートで必要な処理を行なうことで改札システムが成り立っている。つまり、クラウド経由のID認証が可能な仕組みがバックエンドで構築されているわけで、本稿でここまで触れた一連の動きはすべてリンクしていると考えていい。

すでに気付かれた方もいるかもしれないが、このID認証の仕組みは「交通系ICカード」にも有効だ。SuicaのようなICカードは「Value Stored」方式と呼ばれ、ICチップ内部に残高など必要情報をすべて記録して保持している。ICカードを使って改札を通過したり、物販時にリーダーに読み取らせることで残高が上下するが、基本的には読み取り機を通じて集めた情報が1日に数回程度サーバーと通信される形で同期され、カードの有効性チェックなどが行なわれている。

なぜこのように非同期な仕組みを採用しているかといえば、Suicaが導入された当時のネットワーク技術やサーバー処理能力では中央集権型のシステムを構築すると200ミリ秒とされる改札の高速処理を行なえなかったから。コスト的には高価になるが、各駅にローカルサーバーを置くような形でICチップとの通信処理を優先し、後でまとめて集計する仕組みを採用している。

のちに、Suicaのシステムを物販などに広く拡散するため、あまり高速処理を必要としない店舗や自販機での決済のケースでは1秒を超える処理時間を許容するようになり、ローカル側に複雑な処理機構を置かない「クラウド」方式のシステムが導入されていたりする。

話を改札に戻すと、前述のように5G+高速サーバーの導入で改札機にID認証の仕組みを持ち込めるようになることで、この既存のSuicaのローカル処理の前提は崩れることになる。なぜなら、わざわざ高いコストをかけて現状のようなSuica改札を多くの駅に設置する必要はなくなるからだ。

つまり、SuicaそのものもValue StoredなICカードである必要はなく、ID認証に必要な情報を保持さえしていればいい。残高にまつわる処理はクラウド側に投げればいいので、現状1日数回といわれるネガ反映を待たず、カードの無効化処理も一瞬で行なえるためセキュリティも高い。鉄道会社にとっては改札にまつわる設備投資が大幅に削減でき、コスト効果も高い。

今後、QRコード改札がある程度広がりを見せ、一定水準まで普及を果たしたとき、そこで起こる変化は次世代のSuica誕生と、それに対応した改札システムの登場だろう。実は、技術的にみて一番面白い部分は、この足回りの変化がSuicaのあり方そのものを変化させてしまうのではないかという点にある。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)