西田宗千佳のイマトミライ

第229回

アップル、EUで外部ストア解放 日本への影響と「もう1つの解放」

アップルが、EU圏におけるDMA(デジタル市場法)対策のため、App Storeの運営ルールなどに変更を加える。

中心となるのは「外部アプリストアの開設を容認し、そこからアプリの取得を可能とする」ことだ。俗にいうサイドローディングだが、ストアなしでインストール可能にする、いわゆる「野良アプリ」を容認するものではない。あくまで他企業が運営するアプリストアからのアプリインストールを認める、という形である。

今回の変更はあくまでEU向けだが、日本も似た規制を求めており、影響は避けられない。

どう変わるのか、そして今後どう日本に影響すると考えられるのかを考察してみたい。

「EUでは」外部ストアでのアプリ流通が可能に

冒頭で述べたように、今回の施策は、EUで進むDMAに絡む規制へと対応するための施策である。デベロッパー向けにはiOS 17.4のベータ版が公開され、その中でEU向けの規制対策がテストされる。

今回の変化は、大きく分けて以下の4つの施策に分けられる。

  • 外部決済の本格的な導入
  • 外部ストア形式でのサイドローディング対応
  • NFCを使った決済において、Apple Payをデフォルトとする設定を変更可能に
  • WebKitベースのウェブブラウザー以外を許容し、デフォルト設定も変更可能に

中でもやはり影響が大きいのは「外部アプリストアの開設を容認し、そこからアプリの取得を可能とする」ことだろう。

EUのDMAでは、App Store以外にアプリを流通させる方法がないこと、その上での決済が実質的にアップルを介したものだけに限定されることが問題視された。

そこで、「アップル以外の決済への誘導を可能とすること」と、「アップルが他社によるアプリストアを認証し、その外部ストアを介してアプリを配布することを容認する」という2段階の施策で、自由度を高める施策が採られた。

いうまでもなく、アップルはこの流れを良いと思っているわけではない。厳密に言うなら、他ストアを使った仕組みであっても、App Storeの管理体制を離れてアプリが使われることはセキュリティの低下につながる。

ただ、意見を変えないEUとの間での落としどころとして、「野良アプリは認めず他ストア経由で」という選択になったであろうことは想像に難くない。

これは、日本で内閣官房デジタル市場競争本部が進めている「モバイル・エコシステムに関する競争評価」でも出てきた施策である。

導入される「コアテクノロジー利用料」とはなにか

今回の施策に合わせてアップルは「コアテクノロジー利用料」を設定する。

他社ストアを使った場合であっても、年間にアプリのインストールが100万回を超える場合には、として毎回0.5ユーロ(約80円)を徴収する仕組みだ。つまり、アプリを別経路で流通させたとしてもアップルに支払うコストはゼロになるわけではなく、大規模な事業者は相応の支払いが必要になる。

PCやAndroidでは似た施策はなく、自由な流通が可能であることから、Epic Gamesなどは「アップルが関わらない流通でも料金徴収するのはおかしい」と反論している。

これには一理ある。一方、OSなどの維持コストを考えた時、アップルが一定額を徴収したいと考えるのもわかる。ソフトやサービスの維持にはコストがかかる。

オープンにすることのリスクをアップルは強調している。それは事実だろう。

リスクは従来よりも高くはなる。新たにマルウェア保護やNFC決済に対してリスク対策を追加するとしており、そうした部分に「コアテクノロジー料」が関わる部分もありそうだ。

ただ筆者は、「コアテクノロジー料」と「iPhoneの本体価格」の関係をもっと透明にしないと、この主張は受け入れられづらいのでは、と考える。アップルがハードウェアの流通の武器としてアプリ流通を使うなら、そこから収益も得られるのでは……と考えられるからだ。

同時に、アップルはEUでのApp Store利用手数料を下げ、10〜17%とする。さらに、アップル自体の決済を使う場合には、プラス3%が必要になる。

おそらくアプリを流通させる企業の側としては、この施策で「減額もしくは横ばい」になるところがほとんどだろう。アップルは、ほとんどの企業で支払額が小さくなり、コアテクノロジー料の支払いが必要となる企業もごく少ない(1%以下)と主張している。

アップルは、ほとんどの企業が支払い料減額もしくは横ばいになり、コアテクノロジー料を支払うのは1%以下の企業と主張

これはすなわち、「よほど強い主張があるのでなければ、従来通りApp Storeを利用した方が良い」というアピールなのだ。

外部アプリストアの実効性は「薄い」可能性大

現実問題として、EUの施策が大幅にアプリ流通のエコシステムを変えるか……というと、「おそらくそうならない」と予測している。

理由は「外部アプリストアを使ってまでApp Storeを回避するメリットが大きい企業は少ない」からだ。

外部アプリストアを運営するには、相応のコストがかかる。しかしコストと手間を考えると、自ら大規模にゲームを配信して収益を回収する事業者くらいしか、大きなメリットが出てこない。

例えば、ゲームコンテンツ向けの独自決済を行ない、ポイント還元や割引策を展開したいなら、独自ストアの方がいいだろう。しかし、そこまでやる企業はどこまであるだろうか?

おそらくは、決済のみApp Store経由から外部決済への選択肢を追加する事業者の方が多く、アプリ流通の軸としてはApp Storeがそのまま使われるのではないだろうか。その上でどう公平な扱いを担保するかは重要だが、App Store自体を回避する意味合いは薄い。

すでにサードパーティーストアが容認されているAndroidにおいても、ほとんどの人はGoogle Playを使っているし、メーカーとしてもGoogle Playを主軸にしている。iOS上でも同じ流れになるのではないだろうか。

ただ、App Storeを回避するストアを作った場合、アップルがコンテンツの審査に関わらなくなる。

そのため、外部アプリストアはコンテンツの内容がより自由になる。それをウリにしたストアを作るところはあるかもしれない。

しかしそれも、ウェブ経由である程度展開できるし、単純な経済合理性だけだとアプリストアまで作る意味は薄い。経済合理性+ある種の主張をセットにしたストアはできるかもしれないし、仮に経済合理性を見出すなら、審査などのコストを下げた、安全性などの精査が低いストアが出てくることになるかもしれない。どちらにしても、マスに影響するかというと怪しい。

だから筆者は、以前より「決済自由化と透明性確保が本丸であり、アプリのサイドローディング自体は方法論でしかない」と主張してきた。本当の課題は「決済とそれに紐づく税収」であり、相手に言うことを聞かせるのが目的ではないはずだ。

今回のEUの施策については、その点がどう影響するのか、動向を見てから日本などの姿勢を決めてもいいのではないか……と思える。

だがきっと、EUの動きを見て、日本は対応を加速することだろう。そんなに慌てる必要はないと思うのだが。

そもそも、このような記事を書いておいてなんだが、「サイドローディングの必要性」に対する一般の興味はかなり低い。興味がないから検討しなくていい、という話ではないが、拙速である必要はなく、他国の状況を見てうまく立ち回るくらいでもいい速度感ではないか、という印象もある。

EUのDMA法では、アップルやグーグルなど6社の“ゲートキーパー”を指定し、各社の“コアプラットフォームサービス”の開放を求める

実は大きいグローバルでの「ミニアプリ規制緩和」

個人的には、今回のEU圏向けのルール改正よりも注目している動きがある。

それは、ほぼ同じタイミングで公開された、「全世界のApp Storeで、ストリーミング・ゲームやミニアプリ、チャットボットなどの提供を認める」というルール改正だ。

1月25日付で、「ストリーミングゲームアプリ」や「ミニアプリ」に関するルール緩和も発表になった

これまでアップルは、「アプリ内で別のアプリ動作環境が生まれる」ことを良しとしてこなかった。

正確には、アプリ内にアプリがあるような構造の場合、アプリ自体は同じで「アプリ内で提供されるアプリ」が変わる場合であっても、毎回アプリの審査をやり直す必要がある、というルールだった。

だから、Xbox Cloud GamingやGeForce NOWのようなクラウドゲーミングを「アプリとして展開する」のは現実的ではなかったし、アプリ内で「ミニアプリ」「チャットボット」などを提供するアプリも、サービス展開の自由度が制限されていた。

しかし今後は、「アプリ内で提供されるアプリについても、App Storeのガイドラインに沿う必要がある」という制約はあるものの、個別の変更に伴う審査は不要になる。だから、「クラウドゲーミングやミニアプリを提供するサービス」をアプリ展開しやすくなる。

さらに、アプリ内のアプリを発見しやすくする仕組みや、サブスクリプション購入などの提供も可能になる。

すなわち、「スーパーアプリ」や「ミニゲームアプリ」などのビジネスを活性化しやすくなるわけだ。

こうした動きは、「外部アプリストア」を求める人々の中の、幾らかの需要を満たすことになる。さらに「外部決済可能」という要素が加われば、「App Store経済圏を守りつつ、ビジネスの自由度を上げる」ことが可能になってくる。

この施策はEUだけでなく、日本を含む全世界で有効だ。

EUでの対策にある部分先手を打つことで、App Store経済圏を維持する動きに出たわけで、アップルの方針が見えてくる。

もちろん彼らは「解放される」リスクやApp Store経済圏の解体を避けたいと思っている。だから、色々な施策を加えて、実質的な影響を回避する動きに出ているのだろう。

まさに「政府との綱引き」であるが、結果として、消費者にとってよりよい落とし所が見つかることを願っている。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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