西田宗千佳のイマトミライ

第230回

Apple Vision Proをハワイで買う 見えてきた「空間コンピューティング」

ハワイ・ワイキキビーチ。せっかくなのでやってきてみた

この記事を書いているのは2月3日(米ハワイ時間)。「Apple Vision Pro」(以下Vision Pro)購入のために、ハワイ・ホノルルにやってきている。

入手したVision Pro実機

予約までの経緯は本連載でも書いたが、結局、ホノルルにあるApple Storeでの受け取りを選んだ。予約のキャンセルなどもあったのか、発売日受け取りが可能になったため「せっかくだから」と来ることにした。

実機を使ってのインプレッションなどはAV Watchに掲載予定なので、そちらをご参照いただきたい。ここではせっかくの珍しい体験なので、現地での受け取りがどうだったか、そして、製品の外観などをお伝えしておきたい。

なお、当面はアメリカだけでの販売であり、対応言語も英語のみ。現状、日本で使うには様々な課題があるので注意して欲しい。

意外に多かった店頭在庫

アップルの新製品の多くがそうであるように、Vision Proは初期需要が旺盛だ。結果として、ほとんどが予約で売り切れた、と言われていた。

だが実際には、少なくとも店頭在庫があった。

筆者の場合、ハワイ州ワイキキにあるアラモアナセンターにあるApple Store Ala Moanaで受け取ったのだが、これはもともと受け取り予約をしていた店舗とは異なる。

Apple Store Ala Moanaの店頭も、発売日には「Vision Pro」のロゴが

朝の開店時を取材し、先に同店舗で受け取る予定の石川温さんの様子を取材・確認してから別店舗(車で30分ほど移動したところにあるApple Store Kahala)で受け取る予定だったのだが、Ala Moana店で聞くと「在庫はあるから、こちらでの受け取りに変えられる」とのことだった。

そこで急遽予定を変更、Ala Moana店で新規に店頭在庫を購入、元々の予約をキャンセルする形になった。店舗でのデモを予約し、その後に希望すればそのまま購入に移行できるというフローになっていたのだ。

これは店舗での受け取り予約者も同様だった。店頭在庫がある場合には、フィッティング+デモののちに購入、というのが基本導線となるのだろう。アメリカ国内配送の場合には、体験なしに受け取る。

店舗には店員と一緒に座る椅子が用意され、そこでフィッティングとデモが行なわれる。フィッティングやデモをスキップして購入することもできるが、一応デモと一緒に買うのが基本ではあるようだ。

店内ではフィッティングやデモも行われ、その流れで店頭在庫を買うことができた

Vision Proはメガネの併用ができないので、ソフトコンタクトレンズかインサートレンズの利用が必須。どちらかの用意が必要だが、店舗にはインサートレンズを簡易的に選ぶための機器もあり、メガネ利用者はそれを使える。ただしこれは購入用というわけではなく、あくまで簡易的なもののようだ。

デモは20分から30分程度、Vision Proの基本をおさらいするもの。筆者が昨年6月に体験したものとほぼ同じであったので、個人的にはそこまで驚きはなかったのだが、初体験の人々には、この時点でかなりの驚きだったようである。

なお、今回は本体の他にApple Vision Pro Travel Caseを購入している。199ドルとこちらも高価ではあるのだが、モノとしては非常に良い。

純正ケースである「Apple Vision Pro Travel Case」

「あたまにつけ続ける」ことが前提のハードとOS

製品はかなり仕上げが良い。デザインとしては独特で、他のHMDとはずいぶん異なる印象だ。3,500ドル(約52万円)という価格が決まった時点で、色々な部分を無理にコストダウンして大量に売る、という路線ではなくなったことが影響しているように思う。まったく技術に詳しくない人からみれば「HMDはHMD。どれも同じ」と思われる可能性はあるが、HMDを見慣れた筆者の目から見ると、「意外と違う」という印象を受ける。

Vision Pro本体をクローズアップで

というのは、「頭にがっしりつけてブレない」という装着方法ではなく、「ちゃんと支えているが負担は減らす」方向でデザインされているのではないか、と感じるからだ。

重いデバイスなのでバンドを強く締め、顔に押し付けてズレないようにつける……と思われがちだが、実際にはそこまで強く締め付けない。「圧迫感がある」というレビューも目にするが、おそらく締め付け過ぎているのが原因だ。頬骨より額で支えるような感じでつける方が良い。

調節用ダイヤル。締めると中のワイヤーが引っ張られて縮む仕組みだが、締めすぎると顔が痛くなる

サッとかぶるようにつけて楽に載せ、首もまっすぐ伸ばすのではなく、少し椅子にもたれかかるような姿勢が、Vision Proにはベストではないかと思う。

なぜそんなことまで考えるかといえば、これは間違いなく「できるだけ長く、外さずに使う」機械だと感じられたからだ。

従来のHMDは、特定の1機能を使うために使うことが多かった。その大半はゲームだろうが、映画を見ることかもしれないし、エクササイズかもしれない。PCの画面をミラーリングし、マルチディスプレイで使うことかもしれない。

どちらにしろ、それらの操作が終わったあと、ダラダラとつけ続けるのは稀だ。VR SNSでのコミュニケーションのように「そもそもダラダラと空間で過ごすこと」が目的である場合は別だが、狙いのゲームを遊び終わったら、HMDを外す人がほとんどだろう。

これは、多くのHMDがAndroidベースで「1アプリを使う」ことに特化しているからだとは思う。MetaなどもOSをアップデートし、「PC的な使い方を広げる」方向性を模索してはいるものの、現時点ではうまくいっていない。

それに対してVision Proは、複数のアプリを同時に使い、「空間自体を今までのディスプレイの拡張版とする」ような使い方になる。だから、空間の好きなところにウインドウを置き、相互に参照したりコピペしたりしながら使う。もちろん、映画やゲームのように「それだけを楽しむ」ものもあるが、そうでない使い方の時にも「扱いが並列である」のがポイントだ。

Vision Pro利用中の画面。背景は実際に筆者がいるホテルの部屋だ

例えば、ビデオ会議をするとする。相手にメッセンジャーなどで会議参加のリンクを送り、資料を見ながら顔を出してコミュニケーションをする……という一般的な使い方を考えてみよう。

従来のHMDでは、こうした使い方には意外と制限が大きく面倒だった。

だがVision Proでは、いとも簡単にできる。iPadで操作している時とほとんど同じだからだ。空間全体を画面として使えるということは、色々な情報を置きつつ話すのも簡単、という話でもある。

Personaという自分の顔を使ったアバターシステムがあるのも、「会議の時にはHMDを外して対応する」という形ではなく、Vision Proをかぶったまま会議に出られるようにするためだ。

Personaを使い、自分の顔をアバターにして会議に出る

こうしたことをするには、OSをちゃんと作らねばならない。Vision OSの元になったものはiPadOSと言われており、確かにVision Proでのアプリ動作は「タブレットを使っている」のに近いところがある。だが、空間を活かす方法や周囲の状況を把握する機能など、iPadOSの下で動く領域の「空間コンピューティング」向け開発も多いと感じた。MetaなどはAndroidをうまく扱って機能向上をしているが、ハードウエアの(主にコストに起因する)制約も多く、Vision Proほどのことは実現できていない。

こうした点に着目し、「空間コンピューティング」を謳うアップルは、今後どう進化を続けていくのだろうか。筆者の目下の興味はそこにある。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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