西田宗千佳のイマトミライ

第210回

auとスペースXの「スマホから衛星で通信」の仕組みを紐解く

「空が見えれば、どこでもつながる」という刺激的なキャッチコピーで衛星通信をアピール

8月30日、KDDIはスペースXとともに会見し、「2024年中に、スターリンクとスマートフォンでの直接通信を実現し、あらゆる場所をサービスエリアとする」サービスを始める、と発表した。

KDDIの髙橋誠・代表取締役社長 CEOは会見で、「空が見えれば、どこでもつながる」というキャッチコピーを強調した。すでに日本国内で、生活圏内はほとんどの場所がエリア内だ。今後は、旅行時や緊急時を含め、山間部や島嶼部など、「人口カバー率では示せない領域」のエリアカバーが重要になる、との見解も示す。

KDDIの髙橋誠・代表取締役社長 CEO(左)と、スペースX SVP of Commercial BusinessであるTom Ochinero氏(右)

ただこのサービス、「衛星と携帯電話がつながる」と言っても、いろいろと考慮すべき点も多い。

衛星での緊急通報については、すでに昨年からアップルがiPhoneで、アメリカなど一部地域を対象に提供を開始している。

また、楽天モバイルもASTスペースモバイルと組んで、KDDIと同様の「衛星からのエリア拡大」を目指している。両社の取り組みはどう違うのだろうか?

今回は、「衛星と携帯電話」の関係について、改めてまとめてみたい。

低軌道衛星による「衛星コンステレーション」

衛星携帯電話の歴史は長い。日本ではNTTドコモが船舶向けとして、1996年に「ワイドスター」としてサービスを開始しており、決して新しい技術ではない。

ただ、過去の「衛星電話」と、今回話題に出ている「衛星と携帯電話の通信」は似て非なるものだ。

まず使う衛星と軌道が違う。

衛星電話は地球から約3.6万km前後離れた軌道に、いわゆる「静止衛星」として打ち上げられたものを使う場合が多かった。幅広い地域を安定的にカバーできるが、大きなアンテナの専用端末を使うことが前提であり、大量の利用者を見込むサービスでもないので、コストも比較的高い。

それに対してKDDIのパートナーであるStarlinkが使うのは「低軌道衛星(LEO)」。地上からの距離は2,000km以下と低く、打ち上げが比較的容易で、通信帯域の確保やそれに使うエネルギー量も少なくて済むが、世界中をカバーするには大量のLEOを組み合わせてネットワーク化し、世界中の空を覆う必要がある。

この、LEOのネットワークを「衛星コンステレーション」と呼ぶ。スペースXは通信向け衛星コンステレーションの草分けであり、すでに5,000基以上の衛星を打ち上げている。同社の衛星コンステレーションによるブロードバンドネットワークが「スターリンク(Starlink)」だ。

スターリンクは昨年秋から日本でもサービスを開始しているので、知っている方も多いだろう。

スターリンクは下り100Mbpsから200Mbps、遅延が20ms程度とされており、日本国内の光ファイバーよりは遅いが携帯電話網よりは速い、というくらいのサービスだ。だが、光回線を敷設することなく、いろいろな場所に十分高速なネットワークを提供できることから、海上を航行するフェリーや山岳地帯にネット回線を提供するものとしても注目されている。KDDIは2019年からスペースXと提携、昨年末以降積極的に法人展開を行なってきた。

ソフトバンクもスペースXと提携、今年9月下旬より、KDDIと同様に法人向けサービスを展開する。

衛星コンステレーションによる通信サービスは、多数の企業が検討している。Amazonの「Project Kuiper」はその代表格だが、楽天の組むASTスペースモバイルも同様だ。ソフトバンクは「OneWeb」と提携している。

ただ、スターリンク以外のサービスはまだ「試験中」というところ。個人向けに十分なサービスができているのはスターリンクだけだ。スペースXが「Falcon9」「Falcon Heavy」といった効率の良い打ち上げ機の開発と運用に成功しており、その分有利にビジネスを展開できているのが大きい。

スペースXが運用している打ち上げ機。一番右の「Starship」はまだ開発中だが、成功すれば月・火星ミッションも見えてくる。後述するが、携帯電話向けの通信もStarshipの運用が前提の1つ

楽天モバイルが組んでいるASTスペースモバイルは、スターリンクより先に「衛星と携帯電話を接続しての通話」に成功しており、9月には北海道で接続試験も行なう予定だ。だが、いかんせん、衛星コンステレーションを構成する「衛星の数」が足りない。実用に向けたアピール自体でKDDI+スペースXに先を越されたのは、そうした部分の影響が大きかったのだろう。

衛星を携帯基地局にする仕組みとは

さて、今回話題となった「スターリンクと携帯電話の直接通信」とはどういうものなのだろうか?

実は同じようなサービスは、アメリカなどでも検討されている。昨年8月、T-MobileとStarlinkが共同で「衛星での直接通信」に関する発表を行なっている。内容的には、今回のKDDIとのものとほぼ同じであり、同様のビジネスになるのだろう。

以下が、スターリンクとKDDIの携帯電話をつなぐ仕組みの模式図だが、衛星と携帯電話が直接通信しているのがわかる。実際にはそこからKDDIの地上局に電波を落とし、さらにそこからKDDIネットワークに入る。

すなわち、「宇宙に基地局を置いて、そこに向けて通信をする」ようなものだと思えばいいだろう。

会見で示された模式図。携帯電話からスターリンク衛星を「宇宙にある基地局」のように扱う

KDDIとスペースXは、携帯電話とスターリンクの間で使う周波数帯を公開していない。「国際的なミドルバンド」「国により異なる」とだけコメントしているが、おそらくは俗に「バンド3」と呼ばれる、1.7GHz帯が使われるのだろう。これはKDDIから販売されるスマートフォンが対応している帯域であり、そこで特別なアンテナを使うわけでもないので、「現在のauスマホでそのまま使える」と言ってもいいだろう。ただし、キャリア設定の変更を含む、ソフトウェアアップデートはあっても不思議ではない。

では、これでスターリンクのブロードバンドサービスのような高速通信が、どこでも可能になるのだろうか?

それは明確に「ノー」だ。

前述のように、スターリンクのサービスは下り100Mbpsから200Mbpsで、十分にブロードバンドと言っていいものだ。だが、それはスターリンクの専用アンテナと現在のスターリンク衛星を組み合わせた場合のもので、携帯電話でのサービスではない。

以下の写真がスターリンク衛星用のアンテナだが、24型のPC用ディスプレイのようなサイズであり、これを「衛星が見えるように拓けた空がある場所」に設置する必要がある。

アンテナはLPレコードより大きい

これだけ大きなアンテナでやっと「ブロードバンドサービス」なのだ。携帯電話での直接受信が難しい理由も、なんとなく納得していただけるのではないだろうか。

衛星で「メッセージを送るサービス」はすでにある

実はすでに、同じように「いまある携帯電話」で衛星との通信を実現しているものがある。iPhoneだ。

iPhoneは昨年モデルの「iPhone 14シリーズ」から、衛星経由での緊急通報に対応している。電話が圏外でも、衛星を経由してテキストメッセージでSOSを出せるわけだ。ただし、サービスに対応しているのはアメリカやカナダなど数カ国であり、日本は未対応である。

筆者はアメリカで、この衛星緊急通報の「デモ」を体験している。確かに、写真のように衛星を掴み、テキストメッセージを送れるようになっている。

アメリカで体験した衛星緊急通報の「デモ」。実際に衛星を追いかけ、テキストを送る直前までをやってみることができる

実際にはこのサービスは、スターリンクとは別の衛星を使い、さらに使う電波の周波数帯も異なる。また「携帯電話サービスそのもの」と「緊急通報」では背後の仕組みも異なっているので、あくまで参考程度に考えていただきたい。

ただこの時も、すばやく動く衛星に合わせてiPhoneを動かし続ける必要があった。そのくらい、片手で持てるスマホで衛星と直接通信するのは大変なのだ。

「Starship+V2」本番 それでも地上の基地局は必要

スターリンクは携帯電話での直接通信を想定し、新しい衛星を打ち上げていく。先日、新世代衛星である「Starlink V2mini」の打ち上げに成功している。

スペースXが公開している「Starlink V2mini」の写真。先日衛星軌道への打ち上げ・導入に成功した

「V2 mini」という名前でお分かりのように、本来はminiでない「V2」がある。

V2は本格的な携帯電話との接続を目指した衛星であり、V1に比べ巨大なアンテナを搭載し、音声通話やデータ通信を行なう機能も持つ、とされている。

ただ、V2はV1に比べて非常に重く、重量が300kgから1,250kgへと大幅に増える。そのため、打ち上げは現在スペースXが運用している「Falcon 9」「Falcon Heavy」ではなく、新世代型である「Starship」の利用が前提となる。

Starshipとその第一段ロケット「SuperHeavy」の組み合わせは現在試験中。今年4月の実験に失敗したことが記憶に新しいが、まだ「失敗から学んでいる段階」ということでもあるのだろう。

そのためか、先に運用が始まったのが「V2mini」だ。こちらは巨大なアンテナも備えておらず、Falconシリーズでの打ち上げが可能。すでに衛星軌道にも投入されている。

先日の会見で、スペースXのSVP of Commercial BusinessであるTom Ochinero氏は、「KDDIとのサービスではV2miniもV2も使う」と説明した。

すなわち、最初のうちはV2miniでテキストメッセージだけを扱い、そこからV2の本格導入を経て、音声やデータ通信へと広げていくことになりそうだ。

なお、データ通信についても、結局は前述のようにアンテナサイズや通信安定性の問題は解消できないし、1つの衛星で扱えるバンド幅にも制約がある。衛星経由での通信速度は下りで数Mbps程度と見られている。

だから、「衛星でつながるから基地局がいらなくなる」わけではない。あくまで、基地局がない「屋外の拓けた場所」での通信をカバーするものだ。そもそも、衛星だけでは日本国内の通信需要ですら満たせない。世界中となるとなおさらだ。

これは、スターリンクのブロードバンドサービスがあっても、光ファイバー網が不要になるという話ではないことに似ている。

結局適材適所なのである。

だから当面は「緊急時や旅行時に、圏外がなくなって助かることもある」くらいに考えておくと良さそうだ。

ただそれだけのことで、誰もが毎日使うものではない。また緊急通報のみであれば、アップルやクアルコムが規格化と運用を進めており、それを導入することで他の携帯電話事業者でも利用は可能になるだろう。

だが、万一を考えたとき、「衛星経由のサービスがあるかないか」は、消費者の選択に大きな影響をもたらす可能性はある。KDDI・髙橋社長が「差別化点」と語るのは、そういう発想があってのことなのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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