西田宗千佳のイマトミライ

第15回

「電動キックボードシェア」は日本でも始まるのか

8月9日、KDDIは、「電動キックボードシェアリング」ビジネスでは世界トップクラスのシェアである「Lime」を運営するNeutron Holdingsに対して出資したことを発表した。

KDDI、キックボードシェアリングサービスのLimeに出資、福岡で実証実験へ

このリリースに先だって、Limeは、7月31日付けのTechCrunch Japanに掲載されたLime CEOのブラッド・バオ氏のインタビューにて、「早ければ年内にも日本市場に参入する」とコメントしていた。

KDDIからの出資に伴うニュースでも、9月に福岡市内で実証実験を行ない、共同で日本参入を目指すことが語られている。

この他にも、国内ではオリジナルの電動キックボードシェアサービスとして、「LUUP」「mobby」などがビジネスを準備中だ。世界最大手の日本参入の報もあって、にわかに注目度も高まってきた。

一方、これまで日本になかったサービスということもあって、内実を知っている人は意外と少ない。筆者は海外出張時などに便利に使っているが、一方で危険性や問題も認識している。

ここであらためて「電動キックボードシェアとはなにか」を解説してみよう。

海外の都市で「足」としてブレイクする電動キックボードシェア

電動キックボードシェアリングとは、読んで字のごとく、モーター内蔵で自走する電動のキックボードを「借りて使える」サービスのことだ。海外では「キックボード」といういい方は日本に比べると少なく、「スクーター」という呼び方が多い。そのためこの種のビジネスは「スクーターシェア」と呼ぶ事が多い。

次の写真は、フランス・パリ市内で撮影した風景だ。キックボードが多数、街中に転がっている。これらは個人の持ち物ではなく、電動キックボードシェアリングを展開するサービス事業者の持ち物。これを一時的に借りて好きな場所へと移動し、その場所で乗り捨てる、という形式だ。

パリ市内の街角。このように、電動キックボードが無造作に置かれているのが日常だ。

キックボードにはモーターが内蔵されていて自走する。自分で蹴る必要はない。最高速度は時速十数kmと、意外に速い。体感として、「ちょっと遅い自転車」くらいである。

車体の中には、GPS付きの通信モジュールが組み込まれている。これによって、「キックボードがどこにあるか」「バッテリーがどのくらい残っているか」「カギの状態がどうなっているか」を事業者が管理できるようになっている。

だから、利用にはスマホアプリが必須だ。各事業者のアプリを開くと、周囲にあるキックボードの位置がわかるようになっている。

大手サービス「Lime」の画面。このように周囲の地図が表示され、近くにあるレンタル可能な車体がわかるようになっている

この後、アプリ上で「利用開始」すると、キックボード側のブレーキやモーターのロックがはずれて、使えるようになる。その際には、キックボードについているQRコードなどを使うのが一般的だ。

大手サービス「Bird」のキックボードについているQRコード。これをアプリで読み込んで個体認識し、「ロック」をはずす

利用料は15分から30分使って数百円というところで、そんなに安いものではない。だが、どこでも使えて乗り捨てられる「自由さ」がポイントで、特に渋滞の多い街では人気が出ている。アメリカの都市部はもちろん、パリでは特に人気が高い。

仕組み的には自転車シェアリングとほぼ同じであり、事実、大手の中には、Limeのように自転車シェアとキックボードシェア、両方を提供しているところもある。

その人気ぶりを示すエピソードがある。

陸上選手として著名なウサイン・ボルトはこのキックボード事業に出資し、フランスで「Bolt Mobility」というサービスを6月にスタートした。ボルトの知名度を使ってサービス展開を考える人々がいるほど、拡大余地があって「儲かる可能性がある」とみられているのだ。

ウサイン・ボルトが電動スクーターシェアに参入

日本では「原付」扱い。法的な緩和をどう実現するのか

では、問題がないか、というとそんなことはない。サービス展開している地域では様々な軋轢を産んでいるし、日本では法的な問題が残っている。

日本の話からいこう。

電動キックボードは、日本では道路交通法上「原動機付自転車」、いわゆる原付と同じ扱いになる。公道を走る場合、乗る人は原付免許が必要にあり、電動キックボード自体も、「ナンバープレート」「ブレーキやバックミラーなどの保安設備」が必要になる。また、自賠責保険などの加入も必須になる。

公園などで乗る場合も、公園のルールとしてキックボード類の利用を禁じている場合が多い。

海外の場合、免許も不要だしナンバープレートなどもない。保険加入などももちろんない。サービス側は「ヘルメットの着用を強く推奨」しているが、法律で定められているわけではない。なので、そもそも、とても気軽に使える。

日本の場合には、道路交通法上の扱いをどうするか、という点がまず、あまりにも大きなハードルだ。

各社が繰り返している実証実験も、基本的には公園などを使ったもので、公道は走っていない。利便性や価値を知らしめた上で、法律の壁を下げていきたい、と考えているのだろう。

7月15日にLUUPは、三井住友海上とともに電動キックボード向けの保険制度を構築した、と発表した。これも、上記のような法制度整備に向けた外堀を埋める作業のひとつ、といえる。

福岡での実証実験の座組

「安全」と「景観」の問題をどう解消するのか

そもそも、サービスが自由に展開されている海外でも、問題は山積だ。

まず大きいのが「安全性」。軽快に使えるのが利点だが、時速10kmの速度が出ること、自転車に比べ小さなタイヤを使っていることなどから、想像以上に転倒しやすい。速度を出しすぎると、転倒や衝突による人身事故が簡単に起きる。

実は筆者も、海外で使っている時に転倒した経験がある。タイヤが小さいために、坂道でのちょっとした段差で滑ったのである。幸い大きな怪我はしなかったし他人にも迷惑はかけなかったが、足には十数年ぶりに「青たん」を作った。

歩道で使う人が多いのだが、衝突の可能性は高く、危険性もある。フランスでは、9月から全土で、歩道での電動スクーター利用が禁止される見通しであり、それに先立ち、4月3日には、パリ市内の歩道で電動スクーターを走らせることを禁止する条例が制定された。

Limeは安全性をアピールするため、2018年11月から、25万個のヘルメットを無償配布するキャンペーンを行なっている。逆にいえば、そのくらい「安全性」が大きなテーマなのである。

技術的にも対策はある。どこを走っているかはGPSでわかるので、人が多い地域や坂道などの危険な地域では自動的に最高速度を落としたり、急減速を繰り返す危険な利用者にはペナルティを科したり、という仕組みを導入しているところもある。

もうひとつの問題は「景観」だ。

乗り捨て可能なので、どうしても街中に、無秩序にキックボードが散乱する。かといって、決められた位置に停めていくパターンだと、キックボードの快適さは生きてこない。

電動キックボードが「自分のものではない」ためか、海外ではかなり荒い扱いを受けていた。キックボード自体が汚くなりがちで、故障している機器もあった。「汚れたキックボードが街中に散乱する」ことを喜ばない地域住民も多い。

例えば、今年3月に米ロサンゼルスのビバリーヒルズを訪れた際には、ビバリーヒルズ周辺では「キックボードの乗り捨てが禁止」されていた。アプリ上でも、「この地域で乗り捨てるとアカウント剥奪などの処置が行なわれる可能性がある」との警告が表示されていた。

そういう技術的なサポートもできるのだな……と感心する一方で、高級住宅街では明確に排除されているという世知辛さも感じた。

電動キックボードは、都市部の他、観光地などでも便利だろうと感じる。だが、観光地の景観を破壊する結果になれば本末転倒だ。

電動キックボードシェアリングは便利だ。海外出張時には、本当に「足」として重宝している。日本でも展開してくれればと思う。

だが、本質として「危険」であり「景観問題」も抱えていることに変わりはない。

自転車が道路の中でどうふるまうべきか、というコンセンサスがあるように、電動キックボードについても、適切なルールが必要になっている。日本でのサービスには、法制度の整備とともに、そうした課題についても「日本的な解決」が必要とされるのではないか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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