小寺信良のくらしDX
第35回
行政DX第1ラウンド締め切り間近 3.5万システムの壮大な引っ越し大作戦
2025年12月25日 10:00
日本の様々な業界でDXが行なわれているところだが、もっとも規模が大きいDXが、地方行政DXである。本稿でも以前、地方行政DXの必要性についてご紹介したところであるが、その第1ラウンドとも言える業務システムの全国標準化の締め切りが、26年3月末日に迫っている。
すでに報道では全自治体の41.6%が間に合わない見通しとなったことが報じられている。何せ日本には1,788も自治体があり、そのシステム数は約3万5,000弱と言われている。間に合わないところも出てくるだろうというのは、最初から想定されているところだ。
地方行政DXは何のために行なうかと言えば、超高齢化社会に突入する2040年には行政サービス量がピークに達するが、少子化による労働人口減少により公務員が足りない。今から多少の痛みは覚悟の上で効率化や最適化をしていかないと、日本が破綻する。とはいえ、業務システムの全国標準化とは何なのかがピンとこない人もいるだろう。
これは例えるならば、戸建てからマンションへの引っ越しである。これまでの自治体システムは、概ねデジタル化は完了しているが、独自仕様であった。さらにはカスタムで増築や改築を繰り返したために汎用性がなくなり、互換性が下がった。
互換性がないので、紙にデータを移してハンコを押して各戸建てに郵便とかFAXで送る、あるいはFAXの場合は後で原本送ってくださいね、となる。紙で受け取ったらまた各自治体で手入力する。
これを、全体で統一規格のマンション(ガバメントクラウド)へ引っ越しましょうというのが、地方行政DXである。1つのマンションであれば、全体をメンテナンスすれば済むし、隣近所とのデータ連携も楽になる。
そのためには、マンションの入口に入らない巨大家具類は捨てて標準サイズ品に置き換えたり、大量の紙データを電子化して圧縮する必要がある。
今やっている第1ラウンドがここで、各自治体は引っ越しに備えて荷造り(標準化)し、試しに主要業務20個だけ先にマンションに運んでみる、という作業を行なっている。最終的に運ぶ業務数は、1自治体で2,000〜4,000個ぐらいだ。
仮に中央値をとって3,000個だとすると、自治体が1,788あるので、トータルで運ぶ段ボール(業務)数は540万個ぐらいである。何年かかるんだという話だが、滅多に開けない段ボールは後回しといった交通整理も必要だ。
さらにいえば引っ越し業者(開発ベンダー)も全然足りてないが、それでもあと15年以内にやり切らなければならない。また標準化も一度やったら終わりではなく、法改正や技術革新に合わせてバージョンアップを繰り返す、終わりのないプロセスになる。OSのアップデートに終わりがないのと同じだ。
立ちふさがる漢字70万個の謎
最初に標準化される主要業務20個には、住民基本台帳や戸籍が含まれる。付随してそれらの交付業務もある。
日本の常用漢字や人名用漢字は約3,000字程度だが、戸籍に使われている文字、特に人名に使われている漢字は、およそ70万個あるということが分かった。
これは、かつて出生届が手書きであり、書き間違えた文字や独自の崩し字であっても役所が受理してしまった結果、それらが「正しい文字」として戸籍に登録され続けてきたためだ。いわば出生届が「膨大なオリジナル漢字クリエイティブマシン」となっていたわけである。
もちろんこの70万個は、全部がフォント化されているわけではない。だが新たにフォントを作るのも大変な話である。しかもそれらは、世界に1個しかない漢字かもしれず、その人が使わなければ一生日の目を見ることがないかもしれない。
そこでシステム化にあたり、70万個の漢字の中からこれは同じ文字だろうというものを探してまとめ、1/10まで圧縮した。その7万字を、「行政事務標準文字」としてデジタル庁で定めた。
ところが、一般的なフォントファイルに収まる漢字の上限は約6万字程度である。整理してもまだ1万字入らないのだが、とりあえずこの6万字を収蔵したフォントファイルはできた。「IPAmj明朝フォント」というのがそれである。なんでこんな覚えにくい名前にしたのか謎だが、とにかくフォントはできた。
残り1万字は、追加フォントとして提供されることになった。だが基幹システムや業務アプリの中には、複数のフォントを同時参照できないものがある。漢字変換には当然、IMEやFEPと呼ばれる漢字変換プロセスが動くわけだが、それが2つ以上のフォントにまたがって漢字を探してくれるという機能は、聞いたことがない。普通は外字として、別パレットを出してそこから探す、ということになる。
これでは大変すぎるので、7万字の中からおそらく行政業務で使うのはこれぐらいだろうというようなものを4万字集めて、これもフォント化した。「行政事務標準当用明朝フォント」というヤツである。これは地方公共団体に提供されるもので、一般には提供されていないようだ。
とはいえ、だ。紙の書類がなくなってデジタルサービスに移行すれば、実際にサービス提供を受ける我々としては、それらの漢字を表示するのはスマホやパソコンである。こうした一般的なデバイスで表示できる漢字は、約1万字程度と言われている。
つまり、すごく珍しい漢字が使われている名前の人、例えばワタナベさんの「ナベ」がものすごく特殊な漢字のナベさんも、実務上はその漢字を表示させる手段がないので、それに近い漢字を選んで日常生活を過ごしているはずなのだ。なので、役所のデータ上はわりかし正しい、あるいは正解に近い漢字として収蔵されているが、実際のサービス上は略字や近い字で代用しますけど許して、という運用で行くことになる。
年末年始、役所も長い休みに入るが、おそらく地方行政DX関係者はこのタイミングで様々なテストをやってみるチャンスと見ているだろう。もちろん間に合うところは、の話である。
間に合わないところはどうなるかというと、「移行困難システム」として期限を延長する。この後はデジタル庁の支援を受けながら、移行完了を目指すことになる。
ただ間に合う自治体もとりあえず引っ越すだけで手一杯で、データ連携まで手が回らないという状態であることも分かった。データ連携は第2ラウンドに持ち越される。
第2ラウンドをどう設計し、どう移行させていくか、ある意味そこが地方行政DXの本丸になるわけだが、自治体では終わりが見えない移行作業に疲労感も広がっている。メディアの風当たりも厳しくなり、批判的な報道も増えている。
一方「国側」のシステムはかなり標準化が進んでおり、地方行政との差が広がりつつある。仮に地方同士で違いがあっても、住民はどこか1カ所に住むだけなので、引っ越してもしない限りそれほど困ることはないのだが、国と地方自治体間の情報連携が「詰まる」と、国レベルでの施策を享受できるタイミングが地方によってバラバラ、ということは起こりうる。
これまでは、「うちは田舎だから」で諦めてきたことだが、それでいいわけはないのだ。当たり前のことが当たり前に行なわれるために、地方自治体は血と汗と涙を流している。自分たち公務員のためではなく、市民のためにやっているという意識をどれだけ持てるかが重要になっている。


