レビュー

Apple Watch Ultra 2を使う iPhoneがサイクルコンピューターになる衝撃

iPhone 15シリーズの登場が世間を賑わせているなかで、Apple Watchの方ではサイクリストにとって注目のアップデートがあった。新しいwatchOS 10を使うと、なんとiPhoneがサイコン(サイクルコンピューター)になるというのだ。その実力をチェックするべく、「Apple Watch Ultra 2」(128,000円)をお借りして試してみた。

iPhoneをサイコンにするのに必要な環境と機材

iPhoneをサイコン化するにあたってあらかじめ確認しておきたいのは、端末の世代やOSのバージョンだ。サイコン化が可能な新しいwatchOS 10に対応するのはApple Watch Ultraシリーズを含むApple Watch Series 4以降で、まずはそれらのApple Watchを所有していなければならない。

お借りしたApple Watch Ultra 2
新しいバンド「トレイルループ」は腕にフィットさせやすく、汗をかいても不快にならないのがいい

もう一方のiPhoneではiOS 17をインストールしている必要があり、これにはiPhone XR以降が当てはまる。Apple Watch Series 4やiPhone XRは2018年の発売だから、よほど古い端末の組み合わせでない限りは大丈夫そうだ。

iPhoneにiOS 17以降がインストールされていることを確認

ところで、ここで言う「サイコン化」が何を意味しているかといえば、自転車用の各種センサーを連携してその情報を画面に表示したり、ワークアウトの記録に残したりできるようになる、ということ。なので、機材としてはApple WatchとiPhoneの他に自転車用のセンサーも必要になる。たとえば車速を測るスピードセンサーやペダリングの回転数を検知するケイデンスセンサー、脚力を測るパワーメーターなどだ。

自転車用のスピードセンサー(左手前)とケイデンスセンサー(右手前)

そういったセンサーを持っている人なら、専用のサイコンもすでに持ってるんじゃないの? と思われそうだが、たしかにそうかもしれない。でも、iPhoneであれば一般的なサイコンより大きな画面で情報が見られるし、カジュアルにサイクリングを楽しんでいるくらいの人だと、「手元のiPhoneがサイコンになるならセンサーも買って試してみようかな」と思う人もいるだろう。

筆者はどうかというと、かなり以前にサイコンやセンサーを使っていたものの、パーツが欠けたり有線で接続する古いタイプの機材だったりして、使うのをやめてしまっていた。そもそも圧倒的に室内サイクリングする方が多いので、最近は屋外走行用のセンサー類の必要性が薄かったのだ。けれども、iPhoneがサイコンになるなら外を走るのも楽しくなりそう……なんて思ってセンサーを新調することにした。ついでに普通のサイコンも思い切って購入してしまった……。

古い自転車のセンサーたち。有線のサイコンはとにかく使いにくかった

パワーメーターは概ね10万円を超える投資になってしまうので今回は見送り。スピードセンサーとケイデンスセンサーならセットで1万円もしないのでわりと気軽に購入しやすい。最近のセンサーは無線接続は当たり前。以前は一緒に取り付けるマグネットでホイールやペダルの回転を検知する仕組みだったが、今ではマグネットなしにセンサー単独で計測できるので、取り付けの手間も減っている。

スピードセンサーはホイールのハブ部分に装着
ケイデンスセンサーもクランクアームに取り付けるだけ

あと、筆者のように外をあまり走らず、インドアサイクリングメインでもiPhoneサイコン化の恩恵は受けられる、ということも付け加えておきたい。インドア用にスマートサイクルトレーナーを使用していれば、それ1台でスピード、ケイデンス、パワーセンサーの3役を兼ねられ、iPhoneの画面に情報表示できるのだ(サイクルトレーナーの機種によって連携・表示できる情報は異なる可能性がある)。

スマートサイクルトレーナーは1台3役のセンサーとしてApple Watchと連携できる

なお、Apple Watchで計測した心拍情報は、インドアサイクリング用のハードウェアやソフトウェア(またはサイコン)などの外部機器に対して送信することはできない仕様になっている。そのため、インドアサイクリングで消費カロリーを正確に計測するには、別途心拍センサーを装着する必要があることに注意したい。

Apple Watchの心拍センサーを外部機器でも使いたいというニーズは少なくないと思うのだが、今のところは不可能

Apple Watch側での設定手順

さて、今回「iPhoneのサイコン化」と書いてはいるが、実はもっと正確に言うと「Apple WatchとiPhoneのサイコン化」だったりする。直接連携するのはあくまでもApple Watchと自転車のセンサーであり、Apple Watchの画面にセンサー類の情報を表示しつつ、同時にiPhoneにも同じ情報を送信してミラー表示する仕組みだからだ。

センサーなどの情報はApple WatchからiPhoneに送信される仕組み

つまり、サイクリング時はApple Watchを身に付けてそれをサイコン的に使えばいい、みたいな話にもなる。とはいえ、サイクリング中に腕に巻いたApple Watchの小さな画面を見る、というのはあまり現実的ではないので、やはり画面の大きなiPhoneをサイコンとして使った方が何かと便利だろう。

自転車をこぎながらApple Watchの画面を見るのはかなりつらいし、危ない

というわけで、設定は主にApple Watch側で行なう。Apple Watchの設定アプリでBluetoothの設定画面を開き、「ヘルスケアデバイス」以下に表示される自転車用センサーをタップしてペアリングする。このときセンサー類が稼働状態になっていないと認識されないことがあるので、たとえばセンサーを取り付けている自転車のホイールやペダルを実際に回転させてから設定するとよい。

Apple Watchの設定アプリでBluetoothの設定画面へ
「ヘルスケアデバイス」に現れる複数のセンサーをペアリングしていく
スマートサイクルトレーナーとスピード・ケイデンスセンサーの3種類を接続した

パワーメーターやスピードセンサーについては、ホイールサイズ(タイヤ周長)とクランク長を設定できる場合がある。できるだけ正確な速度や距離、パワーなどを記録できるように、自分の自転車に合わせて調整しておきたい。

スピードセンサーではホイールサイズを設定可能
パワーメーターではホイールサイズとクランク長を設定できる。が、スマートサイクルトレーナー(パワーメーター代わり)ではクランク長を設定しようとするとエラーになった。純粋なパワーメーターではないからだと思われる

ペアリングが完了したら、あとはApple Watchから自転車関連のワークアウトをスタートさせるだけ。屋外の「サイクリング」と屋内の「インドアバイク」のどちらでもOKだ。ワークアウトが始まるときに自動でApple Watchがそれらのセンサーに接続し、センサーから収集した情報をウォッチ画面に表示してくれる。

ワークアウトから「サイクリング」か「インドアバイク」を選択してスタート

でもって肝心のiPhoneの方では、「フィットネス」アプリを立ち上げておく。そうすると画面がワークアウト表示に切り替わり、Apple Watchに表示されるものとほぼ同じ情報を映し出してくれる。

では、さっそく走り出してみよう!

iPhone側では「フィットネス」アプリを手動で立ち上げると、ワークアウト画面に切り替わる

ワークアウト中、リアルタイムに「ゾーン」がわかる

ライドスタート! ちなみに屋外サイクリングはコスト的な事情によりパワーメーターはなし……

iPhone側画面の表示内容は、Apple Watch側の情報をベースにしているためなのか、そういうデザインコンセプトなのか、文字表示中心でコントラスト強めのシンプルなものだ。Apple Watch本体で測定した心拍数のほか、自転車センサーによるパワー(ワット)、時速、回転数(ケイデンス)、移動距離、経過時間などが表示される。

屋外サイクリング(パワーメーターなし)時のApple Watchの画面(左)とiPhoneの画面(右)
インドアサイクリング(パワーメーターあり)時のApple Watchの画面(左)とiPhoneの画面(右)

画面を左右にスワイプ(Apple Watchは上下スワイプまたはクラウンを回転)すれば、パワー表示に特化した推移グラフ付きの画面や、その日の運動実績をリングで表現するアクティビティリングの画面を見られる。Apple Watch側とiPhone側とで画面は別個に切り替えられるので、Apple Watchはアクティビティリングの画面にし、iPhoneは速度やパワーがわかりやすい画面にしておく、といった使い分けもおすすめ。

パワー表示に特化した画面
アクティビティリングの画面

そんななかでも一般的なサイコンではあまり見かけない面白い機能が、パワーゾーンと心拍数ゾーンのリアルタイム表示だ。パワーゾーンや心拍数ゾーンというのは、ユーザーの最大パフォーマンス値(最大パワーや最大心拍数)を元にした負荷レベルごとの継続時間をグラフで表したもの。たとえば低い心拍数ゾーンでのワークアウトは体力の回復を促し、脂肪燃焼にも効果的で、高い心拍数ゾーンは運動能力の向上につながる、とされている。心拍数ゾーンはwatchOS 9で追加されたが、今回から自転車センサーとの連携も可能になったことで新たにパワーゾーンの表示も可能になった。

iPhone側のパワーゾーンと心拍数ゾーンの画面
屋外サイクリングでは高度の推移もわかる

こうしたゾーンは通常ワークアウト終了後に、各ゾーンをどれくらいの時間継続したか、という結果として見る形になる。ワークアウトが終わるまで自分がどんな負荷レベルでアクティビティをこなしたのかがわからないわけだ。しかし、サイコン化したiPhoneではワークアウトの真っ最中でもリアルタイムに「今どのゾーンで運動しているか」がわかる。脂肪燃焼したいなら心拍数(パワー)を上げすぎないようにその場で調整するなど、目的に合ったワークアウトがしやすくなるだろう。

ゾーンはワークアウト終了後にも「フィットネス」アプリで見られる。従来はこの結果表示しか得られなかった

ゾーンの各負荷レベルは自分にとっての最大値の割合から導き出されるものなので、現在のパワーや心拍数さえわかれば今どの負荷レベルなのかわからないこともない。けれど、よほどこだわってフィットネスに取り組んでいない限り、「これくらいの心拍数なら有酸素運動になってるかな」「今けっこうキツいからパフォーマンス上がるかも」くらいの解像度でしか判断しないものだ(少なくとも筆者は)。

ところが、ワークアウトが終わった後にゾーングラフを見てみると、思っていたような負荷になっていなくてトレーニングが無駄になった……なんてパターンも少なくない。サイコン化したiPhoneではワークアウト中に状況が明確にわかるので、そうした失敗が減り、狙った効果も出しやすくなるはずだ。

サイクリングが楽しくなるが専用機を脅かすものではない

意外な活用もできそうなiPhoneのサイコン化だけれども、使い勝手の面で少し気になるところもある。1つは「フィットネス」アプリに「地図機能」がないことだ。

AppleマップやGoogle マップに切り替えればそれで済む話ではあるけれど、ただのタスク切り替えでもライド中のタッチ・スワイプ操作は容易ではないし、そもそも自転車を走らせながらの画面操作は危険。どうしても停車中に操作することになる。他方、地図・ナビ機能も内蔵している多機能な専用サイコンの場合、画面切り替えは多くの場合物理ボタンをプッシュするだけなので手元を注視せずに安全に操作できる利点がある。

地図アプリとの切り替えは、スワイプ操作だけでもライド中だと難しい
専用サイコンだと画面切り替えに物理ボタンを使うことが多い

もう1つ気になるのは、なぜiPhoneのサイコン化にApple Watchが必要なのかという根本的な部分。もちろんApple Watchに心拍センサーなどヘルスデータを効率的に得られるハードウェアが搭載されているから、というのは理解しているものの、技術的にはiPhone単体で自転車のセンサーと連携することも可能に思える(iPhoneと市販の心拍センサーとの接続は今でも可)。

それを実現しているサードパーティのサイコンアプリも存在するとはいえ、「フィットネス」とのデータ連携や独自性もあるサイコン機能などを考えると、やはりApple自らの手でiPhone単体で自転車のセンサーと連携してほしいな、と思わなくもない。

正直なところ、サイコンとして見たときの完成度はそこまで高いわけではない。たとえば自転車センサーの情報は直近数回分の計測値の平均を算出しているのか、専用のサイコンに比べると3テンポくらい遅れるし、信号待ちで停車するときなどのワークアウト自動一時停止機能もない。その意味では専用サイコンのアドバンテージはいまだ大きいと言える。

と言いつつも、ガチサイクリストにとって効果的にトレーニングに取り組めそうなゾーンのリアルタイム表示はうれしいだろうし、ライトな自転車乗りならiPhoneのサイコン化で自転車がもっと楽しくなることは間違いない。ぜひ一度センサーを連携させて、iPhoneと一緒にサイクリングに出かけてみて、とおすすめしたくなる面白い仕掛けだ。

日沼諭史

Web媒体記者、IT系広告代理店などを経て、フリーランスのライターとして執筆・編集業を営む。AV機器、モバイル機器、IoT機器のほか、オンラインサービス、エンタープライズ向けソリューション、オートバイを含むオートモーティブ分野から旅行まで、幅広いジャンルで活動中。著書に「できるGoProスタート→活用 完全ガイド」(インプレス)、「はじめての今さら聞けないGoPro入門」(秀和システム)、「今すぐ使えるかんたんPLUS+Androidアプリ 完全大事典」シリーズ(技術評論社)など。Footprint Technologies株式会社 代表取締役。