こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第20回

「課題」はこなさない、STEAM教育で「作品」を創造する学びの価値を求めて

〜聖徳学園中学・高等学校 品田健教諭がめざす学びのアップデート②

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先⽣⾃⾝の⾔葉をお伝えしていく。昨今、注目を集めているSTEAM教育の授業を受け持つ聖徳学園中学・高等学校の品田健教諭。そもそもSTEAM教育とは何か、改めて語ってもらった。
STEAM教育でめざすのは、クリエイティブな課題解決

「課題」をこなすのではなく、「作品」を作り出す。クリエイティブな学びが大切

これからの子どもたちは、正解がない問題に向き合い、自分で課題解決できる力が重要だと言われています。そのため、学校での学習も、単に教員の話を一斉授業で聞くのではなく、テーマや問題に基づいて自分で答えを見つけていく、課題解決型学習や探究学習などが増えています。

聖徳学園中学・高等学校では、そのための学習実践のひとつとしてSTEAM教育に力を入れています。高1は情報の授業で、高2は情報と総合的な学習の時間を組み合わせてSTEAM教育を実施しており、生徒たちはさまざまな問題に挑戦しています。その際に重視しているのがクリエイティビティです。生徒の取り組みが「課題」をこなすことではなく、「作品」を作り出しているか、という視点を大事にしています。

たとえば、情報の授業で実施した「定期考査の模擬問題を作ってみよう」という学習は、ワープロの基本的な操作を学ぶのですが、よくあるのは、見本になる文書があって、それと同じものを作ることで操作を学ぶという実習でしょう。生徒にとっては作る必要性を感じない文書で、見本と同じものを作るだけでは「課題」でしかありません。しかし、「自分で模擬定期考査問題を作ろう」という課題になるとどうでしょうか。その作成過程で必要なことをするために操作を学びます。

定期テストの解説動画を作る授業風景

文字のサイズや書体、アンダーラインの引き方、図の挿入、表や図を使った解答用紙の作成など、生徒たちはやり方を調べて、自分で考えて試し、友達と教え合いながら進めていきます。分からないことがあれば、説明動画やデジタルテキストで参照したり、私に質問したりします。そして、完成したものをGoogle Driveで共有することで、生徒はみんなに見られることを意識し、アートの必要性を感じることで、「課題」から「作品」へと変わっていきます。

あらかじめ設定した設問に取り組んで答えを出す「課題」は、先生から生徒に課され、先生に評価を受けるために提出します。そのため、「課題」は生徒にとって“こなすもの”になりがちです。

一方、生徒が自分で考え、取り組むべき問題を決め、誰かに伝えるため、見せるために作るものが「作品」です。取り組んだ結果は、先生だけの評価ではなく、生徒同士で評価したり、時には学外の人にも見てもらうこともあります。聖徳学園では、たとえスタート段階が「課題」であったとしても、自分で取り組んでいくうちに「作品」になる、そんな学びを重視しており、これが、STEAM教育だと考えています。

そもそもSTEAM教育ってなに?正体不明のSTEAM教育

そもそも「STEAM教育」とは何でしょうか。最近メディアでも取り上げられるこの言葉は、本校のみならず、様々な学校のWebサイトや私塾、果ては知育玩具売り場でも目にするようになりました。

しかし、目にする機会が増えたとはいえ、正体不明なのがSTEAM教育です。社会にとっては新しい概念ですし、人によって捉え方が異なるのは無理もありません。

まず、STEAM教育の元になった語である「STEM教育」からおさらいしましょう。「STEM」とはScienceの「S」、Technologyの「T」、Engineeringの「E」、Mathematicsの「M」の頭文字から成るものです。つまり、「理系の教科横断的な学び」を意味しています。

問題解決型のような新しい学びを進めていくと、今まで決められていた「教科・科目」という分類では扱いきれない学びが出てきます。たとえば、二酸化炭素の排出量を減らす課題解決から、理想の美味しい茹で卵を毎回作るにはどうすればいいか、という課題解決まで、ある特定分野の学問だけで解決できるものはほとんどありません。

STEAMの授業風景

そのような中で登場したのがSTEM教育です。もちろん、こうした学びが生まれた背景には、IT人材不足の課題を解決するために、学校の理系教育を活性化したいという意図もあるでしょう。しかし、答えのない問題に向き合い、課題解決力を高めていくためには、さまざまな分野の学問を組み合わせる力が大事であることは間違いありません。

そして、STEM教育にArt(アート)の「A」を加えたSTEAM教育が出てきました。なぜ、理系科目の教科横断にアートが加わるのか。それが冒頭に述べた「課題」が「作品」になるということです。取り組んだ課題に対して、アウトプットをし、誰かに伝えたいと思うようになると、見られることを意識して、より良く伝わるようデザインを工夫します。ここでアートの感覚が必要になってくるのです。

本校はSTEAM教育に長年取り組んできましたが、実は当初から確信があって「アート」を取り入れていた訳ではありませんでした。「この取り組みでいいのかな?」「これってアートの要素があるって言えるのかな?」と手探りで数年間、取り組んできたに過ぎません。それでもこの数年で、ようやくSTEAM教育の「アート」の意味がわかってきたように思います。

自分たちが取り組んだ課題をアウトプット。見られることを意識してデザインも考える

自分の創造性を発揮できるツールや力を身につけてほしい

たとえば美術では、作りたい「作品」に応じてツールを選びますよね。同じモデルで絵を描くにしても鉛筆なのか、水彩なのか、油彩なのか。そもそも絵で表現したいのか、彫像で表現したいのか。選択の幅が広ければ広いほど、自分の表現したいものに最も適したツールを選べるはずです。

同様に、STEAMの授業においても可能な限りたくさんのツールから自分で選べるようにしてあげたいと考えています。そうすることで問題や課題を解決する際にも最適なツールを選択し、最善のプランが提案できます。ツールの不足や制限が問題解決の足枷になってはいけません。

ARを活用して写真撮影。さまざまなアウトプットの手段を学んでほしい

たとえば動画編集のアプリだけでも、今の高校2年生は授業で「Clips」「iMovie」「Adobe Premiere Rush」を使っています。自動的に字幕を入れたいならClips、グリーンバックを使った動画の合成をしたければiMovie、フィルターなどエフェクトにこだわりたいならAdobe Premiere Rushと使い分けることが出来ています。

実はこの使い分けも私が想定しているだけで、実際には生徒一人ひとりが自分なりのこだわりや好みで使い分け、私たちが想像もしなかった作品を創りあげます。もし、アプリやサービスにガチガチの制限をかけていたら、課題が作品になるまでにはもっと時間もかかったのではないでしょうか。

プログラミングやロボットだけを使ってもSTEAM教育にはならない

STEAM教育でひとつ私が懸念していることは、「STEAM教育=プログラミングやロボットを使った学び」という認識が定着してしまうことです。

プログラミングもロボットもSTEAM教育で扱うものですが、STEAM教育の紹介記事や、「STEAM教育に対応」と謳う学習教室などの内容を見ていると、プログラミングでロボットを動かす「だけ」の学びがほとんどです。世間でSTEAM教育への関心が高まるのは喜ばしいことですが、「コードが書けてロボットを動かせればいい」と理解されてしまうのはとても残念です。

もちろん、自分の思い描いた解決策を現実化した「作品」を作り上げることができれば、プログラミングでも、ロボットでもいいのです。そこで重要なのは、自分の創造性が活かせるツールを選び、できあがったものが自分の「作品」だと本人が自信を持ってみんなに見せられることです。

STEAM教育においては、できる限り余計な制限をかけずに自分の思い描いたことを自由に表現できるような環境やツールを与えたいと考えて取り組んでいます。

次回は、ICTの活用で失敗したエピソードについてお話しようと思います。

The Teachers' Voice 目次

聖徳学園中学・高等学校(東京都武蔵野市)
東京都武蔵野市に位置する私立中高一貫校。同法人に幼稚園・小学校もある。正解のない問いに挑戦できる発想力や思考力、創造力をSTEAM教育を通して育成する。多様な人々とボーダレスにつながるためのグローバル教育にも取り組み「世界と共にある自分」を意識させる。学校情報化優良校認定、ユネスコスクール指定。

品田 健(聖徳学園中学・高等学校教諭)

聖徳学園中学・高等学校 Executive ICT Director・学校改革本部長。STEAM教育の開発を担当。国語科の出身だが現在は情報科所属。Apple Distinguished Educator Class of 2015,Adobe Education Leader 2020,iTeachers Academy 理事,SOZO.Edメンバー。趣味は読書と音楽と料理。音楽は弾くのも聴くのも。料理は作るのも食べるのも。