こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第16回

英語を学ぶだけではない、ICTで生徒が自己発見できる学びとは?

〜工学院大学附属中学校・高等学校 中川千穂教諭がめざす学びのアップデート①

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先⽣⾃⾝の⾔葉をお伝えしていく。プロジェクトベースの英語教育を加速させる工学院大学附属中学校・高等学校の中川千穂教諭。「Cambridge Englishスクール・コンペティション」で最優秀賞を受賞した中川教諭の取り組みを、全3回にわたってお届けする。
英語の授業でポスター制作に挑戦

私の勤務する工学院大学附属中学校・高等学校は2017年4月、日本で初めて「Cambridge Englishスクール」に認定されました。これは、英国のケンブリッジ大学が出版する教科書で英語を学習し、ケンブリッジ英検で生徒の英語力向上に取り組む学校を認定するものです。

英語は日本で教えても、他国で教えても同じ教科ですから、日本の学習方法や評価にこだわる必要はありません。Cambridge Englishスクールでは、映像と音声が付いたデジタル教科書を使用し、生徒たちは教員が進捗状況を確認できるLMS(ラーニングマネジメントシステム)を使って家庭学習に取り組みます。私の生徒はオールイングリッシュの授業で、自分の視野や教養を広げながら英語を学んでいます。

生徒たちが体験を通して自己発見する「問い」が大切

Cambridge Englishスクールでは、世界中の認定校を対象に「Cambridge Englishスクール・コンペティション」という大会が開催されます。生徒たちは学んだ英語でどれだけアウトプットができるのか。与えられたテーマについて、英語で自己表現する取り組みです。2019年は「Our hometown」をテーマにしたポスター制作が課題でした。

みなさんの中には「英語の勉強にポスター制作?」と思われるかもしれませんが、ポスターを作る過程においては、文献を参照したり、グループで意見を言ったりと、英語の4技能を駆使できます。またポスターにはデザインする、内容をまとめる、アイデアを起こすなど、創造的に考える作業も加わり、多様なアウトプットが求められます。

ポスター制作は最初、生徒たちが「ポスターとは何か」を考えることからスタートしました。学校中を歩き回り、教室や廊下に張ってあるポスターを鑑賞。そして、一番心に残ったポスターとその理由、ポスターの存在意義について議論しました。日常生活では何気なく見ているポスターですが、改めて再確認することで、ポスターは啓蒙するもの、伝えるもの、問題解決方法のひとつであると気づき、ポスター制作の目的を共有しました。

ポスターを見ながら、議論する生徒たち

次に生徒たちはグループに分かれ、1人1台で所持しているiPadを活用しながら、ポスターで伝える内容を調べました。ICTを活用したリサーチは、自分の住む町の歴史や、見たこともない工芸品、遺跡など、自分が興味・関心をもった内容について探究しやすいので、生徒たちの”町の魅力を伝えたい”という想いを膨らませてくれました。一方で、知らないことを知るのが楽しくなり、どんどんマニアックな内容に突き進み、認知度の低いものに対しても伝えたい想いを持つようになりました。

しかし、ポスターは誰が見るのでしょうか。ケンブリッジが主催するグローバルなコンテストにおいて、ポスターに書くべき内容は、自分たちでさえ知らなかった街の魅力でしょうか。その問いを投げかけたところで、私は、その理屈を生徒に説くのではなく、体験を通して生徒たちに気づかせようと考えました。

アプローチとして活用したのは、オンラインで世界中のCambridge Englishスクールの生徒がペンフレンドになれるサイトです。このサイトを通して、ギリシャの生徒が食べている朝食や、ポーランドの生徒が自分たちの夕飯を紹介している文章などに触れ、興味深く読みました。ネットを通して時間と手間をかけず、会ったこともない同年代の生徒が書いた作品を見ることで、世界とのつながりを感じることができました。

ギリシャの生徒たちが自分たちの文化を紹介したもの

すると、今度は自分たちについても考え始めます。ギリシャやポーランドの生徒から見れば、日本に住む自分たちの日常も、特異なものではないかと。世界の他の地域と自分たちを比較することで、自分たちにとって当たり前だった日常がどれだけ独自の文化にあふれ、特徴的であるのかを実感します。

これは、単にネットを通して他者を知っただけでなく、同じテーマでも異なる内容を書いている他国の生徒から、文化や習慣を学び、その違いを尊重し、自分は何者なのかを知る、生徒たちは自分自身の独自性を認識するのです。

学校で学んでほしいのは、生涯を通して学び続ける術

こうした思考プロセスを経て、ようやくポスター制作に入ります。しかし、授業や放課後の時間を使ってポスターを仕上げるのはむずかしいため、帰宅後、クラウド上で共同作業をしてもらいました。制作にはAdobeのillustrator、Photoshop、またはMicrosoft のWord、PowerPointなど生徒たちが自由にツールを選んで制作しました。完成したポスター作品は、「Edmodo」という教育用SNSに投稿し、コメントを互いに残したり、作品をプロジェクターで投影し、内容について発表をして議論をしました。

ポスター制作中の生徒たち

生徒たちが作成したポスターは、地域を象徴する色や書体でデザインし、伝えたい言葉に地域への想いが込められ、生徒自身を表現しているように思いました。またポスター制作を通して、生徒は自分自身を探し、自分の価値を知ろうとしていたようにも思います。

ちなみに、クラウドを活用したポスター制作は、一つの作品を一度に多くの生徒が細部まで鑑賞できるため、共有の範囲が拡大しました。作品の数が多くなる場合は、OneDriveでクラスごとに共有し、タイル表示で本物のポスターのように表示し、臨場感を出しました。またMicrosoftの「Flipgrid」を利用し、非同期型で質疑応答をしたり、オンライン投票をしたり、アンケートや感想を集めたりもしました。Zoomなどオンラインで集い、質疑応答をすることもできますが、「Flipgrid」の場合は、各自のペースでじっくりと作品を鑑賞し、質問や感想を伝えられるのがメリットです。

生徒たちが作成したポスター

こうしたポスター制作を通して、私は2019年に開催された同コンペティションで、最優秀賞を受賞しました。 私は英語の授業で、生徒が単に英語を学ぶだけでなく、プロジェクトを通して自己発見できるようなプロジェクトベースの学び(PBL)を重要視しているので、評価していただき光栄でした。

「Cambridge Englishスクール・コンペティション」で最優秀賞を受賞した際の記事

人は一生、学び続けます。学校が終われば、それで学びが終わるわけではなく、よりよい自分になるために変革を続けなければなりません。そのため、自分のどこを変革すべきか、自己分析し、変化できる術を学校で学ぶことが大切ですが、受け身な授業では身に付きません。

ベンジャミン・フランクリンの言葉で、“Tell me and I forget. Teach me and I remember. Involve me and I learn(言われたことは、忘れてしまう。教わったことは、覚えているかもしれない。深く関わったことは、身に付く)”というのがありますが、まさに生涯に渡って学び続けるためには、体験を通して学び方を学び、自分で工夫し、手法を考えることが必要です。そのひとつとして、生徒たちが自分で発見できるプロジェクトベースの学びが重要であり、私はそれを大切に授業を組み立てています。

そんなプロジェクトベースの学びを加速するのがICTです。生徒はICTを活用して、大量の情報を取捨選択し、まとめ、発信へとつなげる中で、情報を受け取るだけでなく、広く伝える喜びを体験します。また、自分の周りだけでなく、広範囲から多様なものを学びとることを通じて、自分自身を多方面から俯瞰し、自己形成することができます。

学ぶ喜びを知った生徒は、学びを還元する社会貢献に意欲が湧き、積極的にさらに学び続けることになることでしょう。ICTはそうした学びを可能にするツールのひとつなのです。

第2回目は、英語で綴る小説執筆活動について書いてみたいと思います。

工学院大学附属中学校・高等学校(東京都八王子市)
東京都八王子市に位置する工学院大学附属の私立中学校、高等学校。理念は、挑戦・創造・貢献。多様化する世界で、知識・技能を活用し、主体的・協働的に活動できるグローバルリーダーを養成する21世紀型教育を実践。日本初のCambridge Englishスクール認定校。国際規模の私立学校連盟、Round Squareの正会員校。Microsoft Showcase-School Incubator Path 2020。
中川千穂(工学院大学附属中学校・高等学校教諭)

工学院大学附属中学校・高等学校 英語科教諭、英語科主任、インターナショナルコース担任、Round Square Rep。Microsoft Innovative Educator Expert, Adobe Education Leader, Edmodo Certified Trainer。IB English B, CELTA (Pass with all A)、文部科学省認定英語教育推進リーダー。兵庫県出身。2019Cambridge English School Competition 最優秀賞受賞。薙刀2段、趣味はキャンプとスキー。3女の母。大学卒業後は百貨店に就職、バチェラーオブシューフィッター。映像制作授業、プロジェクトベース、ICTを活用した授業を多数実践。通勤は高速道路をバイクで。