こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第5回

高校は大学入試の予備校ではない、今こそ問題解決型学習への挑戦を

〜近畿大学附属高等学校 乾武司教諭がめざす学びのアップデート⑤

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先⽣⾃⾝の⾔葉をお伝えしていく。1人1台の自由なiPad活用を進めてきた近⼤附属⾼等学校の乾武司教諭。最終回となる第5回では、コロナ禍の学び、GIGAスクール構想と、大きな転換期を迎えた日本の学校教育への想いを綴ってもらった。
近大附属高校はiPad導入をきっかけに課題探究活動を取り入れるようになった。写真は、隣接する近畿大学の多目的図書館で生徒たちが取り組む様子

中学・高校は、大学に行くための下部組織ではない

「私の州の大学受験も、知識偏重の退屈なものですよ」

オーストラリアの高校で教える先生とお話をした時、こう答えられたのを聞いて私はびっくりしました。

なぜなら、その先生の学校では、受験対策のために知識を詰め込む教育ではなく、生徒が自ら問題を発見し、解決策を考案する問題解決型の学習を推進しているという話を聞いていたからです。

他のオーストラリアの先生方とお話をしていても、生徒自らが学ぶ「問題解決型学習」の重要性について熱く語られるので、私はてっきり、オーストラリアの大学入試は高校時代のそんな学びをポートフォリオなどで評価し、合否を決めるのだろうと勝手に思っていたのです。そして、その先生に「問題解決型学習で学んだ内容のレポートが大学入試に大きく影響するのですね」と質問したときの回答が冒頭の言葉だったのです。

「大学入試が知識偏重であるなら、学校として対策はしなくていいのですか?」と、私はさらに、その先生に質問を投げかけました。すると、驚くべき回答が返ってきました。

「中学・高校は、大学の下部組織ではありません。中学・高校では、『問題を解決する』という大切なスキルを、しっかり身につけさせる責任が私たちにはあります。それさえ身につけることができれば、くだらない退屈な知識偏重の大学入試なんか、一つの解決すべき問題として生徒自ら乗り越えていきます」

ちょうどこの話を聞いたとき、本校は高大接続改革に伴う大学入試制度の変更に対応していた時期であり、学校はあたふたしていました。私自身も、自由なiPad活用を通して、生徒たちが自分で学んでいく姿にさまざまな可能性を感じていながらも、大学入試のために多くの時間を費やし、知識を詰め込んでいく受験対策の授業に対して自分自身モヤモヤしていました。

iPadを活用した新しい教育と、大学入試に必要な既存の教育をどのように進めていくか。近大附属高校だけでなく、多くの学校が抱える課題でもある

しかし、その先生の答えを聞いた瞬間、「あー、そういう事だわ」と、とてもスッキリしました。”高校は大学入試の準備をする予備校ではない”、そんな当たり前のことをオーストラリアの先生と交流する中で、改めて再認識したのです。

そして、「自分たちは、今まで誰の方を向いて授業をしていたのか?」「本当に、この授業は生徒のためを考え、彼らの将来を支えるものなのか?」、そんなことを考えるようになったのです。

海外の教育者との交流で実感した日本の遅れ

私が勤務する近畿大学附属高等学校は、2014年に「Apple Distinguished Program(ADP)」、2016年からは「Apple Distinguished School(ADS)」に認定されています。これは、Apple製品を教育現場で活用し、Appleの教育理念に沿った学校に与えられるものです。また私自身も、2015年にAppleの認定教員である「Apple Distinguished Educator(ADE)」に選ばれました。

「ADS」や「ADE」になって一番良かったと思うのは、Apple製品を教育に活用する海外の教育者と交流する機会をもらえることです。特に、2015年にシンガポールで開催されたADEのカンファレンスは衝撃的でした。

Appleは2年に1度、世界中のADEを集めて国際カンファレンス「ADE Institute」を開催。2015年はシンガポールで開催された

このカンファレンスに参加する前、近大附属高校はiPadも導入し、日本でも先進的なICT環境を築いていたので、自分の授業での取り組みも正直なところ”イケてる”と思っていました。そして、そのカンファレンスの中で自分の取り組みを発表する機会をもらい、スピーチをしました。

ところがスピーチ後、海外の先生方から、「本当にお前の学校は、日本の中で先進的なのか?その程度の取り組みは、自分の国では当たり前だよ」と言われたのです。さらに、海外の先生たちと話をすればするほど、ICTを活用した授業は当たり前で、その先を目指した取り組みが主流であることを思い知らされたのです。

私は、今まで先進的だと思っていた自分の取り組みが、世界の中で見れば、しごく当たり前で平凡なことだったことに落ち込みました。

さらに日本の教育について、海外の教育者たちから「まだ教師主導の授業をしているのか?」「日本はテクノロジーの国なのに、教室のICT環境はそんなに整備が遅れているのか?」と質問されたりもしました。世界標準から完全に取り残されたICT後進国の日本の中で、ちょっと環境を整備したからといい気になっていた自分が心底恥ずかしかったことを今でも鮮明に覚えています。

海外の教育者たちの前で近大附属の取り組みを発表する乾教諭

シンガポールで世界の現状を見せつけられ、落ち込んで帰国してきた私は少しの間、立ち直ることができないくらいのショックを受けていました。

しかし、時間が経つにつれて、「少なくとも、ICT環境だけは世界標準レベルで整備できているのだから、あとは授業の質を上げればいいのではないか?」と考えられるようになってきました。そして、世界の教育機関が何を目指しているのかを意識するようになりました。

「Ungoogleable Question」に対応できる”チカラ”を育てたい!

そんな時に、オーストラリアの姉妹校との教員交換で渡豪されていた英語の先生が帰ってこられました。その先生は、オーストラリアの学校で教えながら、教員、生徒、保護者に対して、「学校教育に望むものは?」というアンケートをとっていました。

その結果の中で、私の脳裏に深く突き刺さったのは、『Ungoogleable Question』という言葉でした。これは「Googleで検索しても解決できない問題」という意味で、オーストラリアの学校では『Ungoogleable Question』に対応できる力の育成を学校教育に望むという声が多かったというのです。

確かに、自由にネットを利活用できる環境であれば、何でも調べられるので、用語を暗記する必要性はないでしょう。それよりも、その用語が意味するものや概念、さらにネットで得た知識や情報をどう活かせば目の前にある問題を解決できるのか、それを考える方が遥かに重要になってきます。

そのため、ICT活用が普及した海外の教育現場では、「問題解決型学習(PBL)」を重視しており、世界の多くの国がこのPBL中心の学びを目指しています。これは、生徒に問題を提示もしくは発見させ、解決するために必要な知識を生徒主導で調べ、知識を自ら取りに行く学びの形で、問題解決能力の育成を重視した学習です。

ADEの国際カンファレンスに出席して、世界中の先生方とお話をしていても、”いかに生徒の問題解決能力を育成するか”が必ず議論の中心になります。複雑な要因が絡み合う問題を解決するためには、他者との協力やコミュニケーションが必要であり、さらに相手にしっかり伝えるための言語能力、表現力、そして、創造力を養うことが大切だという話になるのです。

課題探究活動の様子。iPad導入前は時間的な余裕がなく探究学習ができなかった近大附属高校。iPad導入をきっかけに授業の効率化を図り、課題探究活動の時間を捻出できるようになったという

しかし、このような話は何も海外の教育者だけが語っていることではありません。まさに新しい学習指導要領が求めているものでもあります。中学校では2021年度から、高等学校は2022年度から新学習指導要領が実施されますが、高等学校では「総合的な探究の時間」という科目が必修になり、中学校でも、必修科目である「総合的な学習の時間」の中で「探究的な学習」を通して問題を解決することを目指すと示されています。つまり、日本でも問題解決型学習が重要視されているというこです。

ただ私は、日本の学校で「問題解決型学習(PBL)」が教科学習の中心になるのは難しいと考えています。まだまだ多くの大学で知識偏重の入試が実施されている以上、それに対応するための知識注入型の授業は無くならないと思うからです。これを変えていくためには、多くの教員が「問題解決型学習」を経験し、生徒の自発的な知識習得が非常に効果的であると実感することが大切だと考えます。

現在、日本は、世界の中でも遅れた学校ICT環境をGIGAスクール構想で払拭しようとしています。これは、日本の教育を前進させる大きなチャンスです。しかし、ICT活用レベルを今の自分たちの物差しで見ていては、大きな変化は起きず、教育の前進はないと思っています。

世界の教育現場では、何を目指しどのような授業が行なわれているのか?
日本の子どもたちを将来どのように世界で活躍できる人材にしたいのか?
今の子どもたちに対して、私たち大人は何をしてあげることができるのか?

それらを意識して、世界の教育機関が挑戦しているレベルの問題解決型学習を生徒に提供できる可能性を模索することが大切だと思います。まずは、教師が目の前の問題に立ち向かい、それを解決しようと努力すること。このような教師の挑戦こそが、世界の中で戦える子どもたちを育てることにつながると信じています。

近畿大学附属高等学校(大阪府東大阪市)

2013年度に高校1年生1048名に対して、iPadによる1人1台環境を実現。アプリのダウンロードやウェブサイト、SNSへのアクセスに制限を設けず、生徒による自由な使い方を認めるiPadの運用ポリシーで注目を集めた。現在は、中学・高校合わせて約4000台のiPadが稼働する。2014年から3期連続で、アップルが認定する先進的な学びに取り組む教育機関「Apple Distinguished School」にも選ばれている。

乾 武司(近畿大学附属高等学校 教育改革推進室室長)

高等学校、塾、予備校等の講師を経験後、平成14年より理科専任教員として近畿大学附属高等学校に勤務。電算室主任として校務学績管理システムの構築や教科「情報」の設置に携わる。学内情報のデータベース化・ペーパーレス化とともに、 lCT教育環境のアウトラインデザインに取り組む。 平成31年度から教育改革推進室室長。Apple Distinguished Educator 2015。