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「社長のおごり自販機」はなぜ誕生した? 自販機に“渇きを潤す”以外の価値を

みなさんは「社長のおごり自販機」という自販機があることをご存知でしょうか。法人向けの自販機で、専用タッチ部分に2人で社員証を掲げると1本ずつ無料になるというもの。福利厚生の一貫ではありますが、「社長のおごり」といわれると何やら得した気分です。このネーミングからしてユニークな「社長のおごり自販機」誕生秘話を聞きにいってきました。

始まりは自販機をオフィスの主役にしたいという願望

訪れたのはサントリー食品インターナショナル。お話をうかがったのは「社長のおごり自販機」の生みの親、森 新(あらた)さんです。Webサイトでは「コロナ禍によってコミュニケーションが減りつつあるオフィスをちょっとハッピーに」とアピールしているので、さっそくコロナ禍によるテレワークの浸透やリアルなコミュニケーションの意義、といったところから口火を切ると……。

「“働き方が変化していく中でのリアルなコミュニケーションの促進”は狙いの1つですが、もともとはそこから始まったわけではないんです。ぼくは自販機が大好きなので、まずオフィスの真ん中に置きたかったんですよね」

サントリー食品インターナショナル VM事業本部 マーケティング部 森 新さん

自販機のポジションを壁際からセンターへ。自販機愛ゆえに自販機の地位向上を目指すその想いだけは一瞬で伝わりました。なお、森さんは1日1企画を日課に自販機のことを考え続けているほどの愛の持ち主。しかし、オフィスの真ん中に置くというのはどういうことなんでしょう。

「最初に考案したのは、裏側にも操作部を設けた自販機です。オフィス中央に設置した自販機の背中にもボタンがあって、Aさんがそのボタンを押す、Bさんが正面から好きなドリンクボタンを押すと、ドリンクが出てくる、というアイデアでした。その名も『ふたりでやってみなはれ自販機』です」

アイデアの発端「やってみなはれ自販機」から「社長のおごり自販機」へ

ほかにも自販機の右上と左上にボタンを設置して、それらを2人同時に押す案などもあったそうですが、ラグビーチーム「東京サンゴリアス」やバレーボールチーム「サンバーズ」を擁するサントリーだけあって、長身のアスリート社員さんは右手・左足でらくらくにボタンを押せてしまうのでボツったといいます。

と、ギミックポイントの話だけしていると、森さんはおもしろ自販機をつくりたい人のように思えてしまいますが、さにあらず。やはりコミュニケーションツールとしての自販機を考えているのでした。だから無料ドリンク獲得のため、2人で力を合わせる仕掛けにこだわっているのです。

「コロナ禍は関係なく、もともとドリンクはコミュニケーションを育むものなんです。1人で飲むより2人の方がおいしい、さらに多くの人といっしょに飲めばもっとおいしい。コロナ禍であってもなくても、そのおいしさは変わらないと思うんです。誰かと話をすればのどが乾きますしね!」

森さんは人と人とのコミュニケーションの場を創造することが、飲料事業を成長に導くポイントのひとつと考えています。自販機はドリンクを求めて人が集まる場所であるからこそ、そこにコミュニケーションの種を蒔く。そして咲いた花の一輪が「社長のおごり自販機」というわけです。

「あまり話をしたことのない同僚をランチに誘うのは気が重くても、自販機だったら気軽に誘えるんです。自販機×雑談のリフレッシュタイムがオフィスの雰囲気を変えてくれると思っています」

2人の社員証を自販機にかざすと2本のドリンクが選べる。サントリー食品インターナショナル社内の自販機ではゲストカードにも対応

なお、あくまでも2人でしか「社長のおごり自販機」は使えない。3人、4人がなぜNGかといえば「自販機が詰まってペットボトルを取り出せなくなるから」というシンプルな理由です。

狙いは的中。「自販機に行こう」と誘いやすい

コミュニケーションが生まれるアイデアの1つとして始まった「社長のおごり自販機」誕生への道。その最終形態は「2枚の社員証を同時にかざす方式」となりました。

「現実的にお客様のニーズを考えたとき、上限本数や対象時間の設定などの機能を付与するには社員証がぴったりでした。もちろん、オフィスの真ん中に自販機を置く方式(2人でやってみなはれ自販機)があまりにも不評というのもありましたが……。ちなみにICカード社員証を採用していない企業には、専用カードを用意しています」

写真は「社長のおごり専用カード」。2人で社員証や専用カードをかざさなければいけないところがミソ。森さんいわく「後輩や先輩が自費で購入しようとしているその瞬間に、サッと社員証を出して『おごってもらう?』っていうのがスマートでいいですね!」とのこと
社員証をかざしてからは10秒以内に商品を選択しなければならない。このわずか10秒で決定するところに、その人の性格が出るのだとか。ダンディなイメージの役員が、あせってつい甘いドリンクを押してしまうなど、意外な素顔を覗いてしまうことも

社内でテスト運用していたとき、森さんは離れたところからずっと利用者を眺めていたそうです。

「やっぱり自分がつくったサービスでみんなが笑顔になるところ見たいんです。その瞬間がサイコーなんです!」

完成した「社長のおごり自販機」は、文具用品大手のコクヨで実証実験をスタート。実証実験中の利用者からは、1人の作業中でも、「自販機行かない?」と声をかけられるなど、他の人に声をかけるきっかけになっているとの声があったそうです。コロナ禍とは関係なくスタートしたとはいえ、結果としてコロナ禍でのリアルなコミュニケーションの減少に歯止めをかけることにつながったといえるでしょう。

「コクヨの黒田社長から『本来、我々が提案すべき内容だった』という最大の褒め言葉をいただいて、本当にうれしかった。そしてコロナ禍で出社人数が少ないからこそ、自販機に誘うきっかけづくりになることも実感しました。ぼく自身も社内でテストしたとき、何回も自販機に誘いました。10年ぶりに話す同期もいて、自販機前の近況報告会が楽しかったんですよね」

なお、社員のおごられる本数(回数)は企業の予算によりますが、社長も含めて1日〇本までという事になります。この場合、もし勇気を出して新入社員が社長を誘った場合に、「今日はもう〇本分使ってしまって……」と社長が言うのも、社長のおごり自販機の名前に則っていない!と考え、この課題を解決すべく「無限カード」が用意されています。これにより、例えば社長がこのカードを持っていれば、全社員におごることも可能になります。

無限マーク付きの専用カード

「社長など上長クラス以外にも新入社員や中途採用の社員、異動してきた新スタッフなどが利用することで、新たな職場での円滑なコミュニケーションを図れると思います。たぶん水分の摂りすぎでおなかがタポタポになりますが、それも含めてみんなの記憶に残ると楽しいですね」

そして、自販機にとりつけるトップボードというアイキャッチも契約企業にサントリー食品インターナショナルが提供しています。「社長」でなくとも「部長」でも「工場長」でも「センター長」のおごり自販機でも大丈夫とのこと。おごりたい人が積極的におごれるような提案をしています。

自販機の在り方を変える「社長のおごり自販機」

コクヨでの実証実験を経て首都圏エリアで展開を始めた「社長のおごり自販機」は、その約半年後、'22年5月から全国展開を開始。'22年度は200社、'23年度は500社を目標にしているそうです。全国展開するということは、全国からの引き合いが多いということ。じわじわ「社長のおごり自販機」が浸透しています。

「これまでの自販機営業は『ウチの自販機置いてください』だったんですよね。ドリンクを買ってください、ということです。でも『社員同士のコミュニケーション改善のご提案です』と、新たな付加価値が生まれることにより、これまでとまったく異なるビジネス展開になったように感じています。従来は総務など自販機の担当窓口との交渉だったんですが、経営者の方に話を聞いてもらえるようになりました」

確かに設置する企業からすれば通常、すでに設置している自販機を置き換える理由は見つけづらいかもしれません。それが「社長のおごり」という福利厚生になり、社員が2人揃うことでコミュニケーションが生まれる仕掛けは、経営者の視点からすれば、自販機が自販機以上のものに映るのでしょう。

「先日も『獺祭』で有名な山口県の旭酒造様に納入しにいったのですが、会社の成長とともに働く仲間が増えたので、コミュニケーションをとれるきっかけになったとおっしゃってくださいました。同じような課題を抱えている企業からすれば、コミュニケーションを円滑にするツールとして考えてもらえると思っています」

コロナ禍によりオフィスの縮小傾向にある現在、設置スペースも限られており、法人向け自販機が選ばれるには、ただドリンクが買えるだけでなくプラスαの付加価値が求められる。その答えのひとつが「社長のおごり自販機」といえる

さらに「社長のおごり自販機」により自販機に対する認識が変化することで、顧客企業とサントリー食品インターナショナルとの関係も少しずつ変化してきたといいます。社員同士のコミュニケーション促進を図る「社長のおごり自販機」が、顧客企業とサントリー食品インターナショナルのコミュニケーションまでも促進しています。

「自販機は設置後よりも、設置する前が、契約などの相談をするために、お客様との密にコミケーションを取っているのが今までの実態でした。お客様もただドリンクを購入している意識しかないですよね。しかし『社長のおごり自販機』によって毎月、社員さんが何人、どういう時間、タイミングで『自販機コミュニケーション』をとっているかのフィードバックが可能となりました(※利用された個別データの開示は行なわず、社長のおごり自販機で発生した費用の請求に関係する統計データのみをフィードバックしている)」

のどを潤すために設置している自販機が社員同士の交流を可視化してくれる。設置後は顧客法人とのコミニケーションが濃いとは言えなかった自販機事業に、コミニケーション支援の要素がプラスされることにより、サントリー食品インターナショナルとその顧客企業の関係性は、また違ったフェーズに入った、といったら言い過ぎでしょうか。それぐらいのインパクトを「社長のおごり自販機」は与えているように感じられます。

ところで「社長のおごり自販機」というナイスなネーミングはどのように生まれたのでしょうか?

「社内でテストをしていたとき、多くの社員が『社長、ゴチになります!』っていってたんです。その感じがいいなぁと思いまして、飲み会のときの勢いみたいな、ちょっとした連帯感が生まれるみたいな。この社長ゴチをヒントに『社長のおごり』にいきついた感じです。その裏には『おごってくれてありがとう』という言葉が隠れているんですよ」

自販機が大好きすぎて自販機のことばかり考えていたら、自販機の新たな可能性を見出してしまった森さん。「社長のおごり自販機」が全国の会社で社員のみなさんのコミュニケーション促進に、仕事の合間のちょっとしたおしゃべりに一役買ってくれそうです。