鈴木淳也のPay Attention
第198回
無人決済店舗の国内最新事情とドイツ田舎町の“緩い”無人コンビニ
2023年11月17日 13:17
本連載でもたびたび取り上げているが、今回は「無人決済店舗」の話題だ。米国で2018年に「Amazon Go」が対象者限定の実験店舗を公開したのを皮切りに、世界中で画像認識などを駆使した最新技術による小売店の決済処理自動化の試みが行なわれるようになった。コロナ禍を経て当時から6年近くが経過しつつあるが、実のところ「思ったほどには広がっていないかも?」という印象を抱いている方がいるかもしれない。
先日、東京駅日本橋口にある「ファミマ!! サピアタワー/S店」を訪問したところ、ポイントカードや会計の選択方法が分からずに戸惑っている訪日外国人客と思われる方のお手伝いをしたところ、手に取った商品が全部自動記録されていることを知って「Cool!!」などと驚かれていたが、体験してみるまでその便利さはなかなか伝わらないのではないかとも思った。
このような形で利便性が伝わっていくことで理解が進み、その需要も伸びるとも考えられるものの、実際にはそうなっていないのが現状だ。筆者はその理由の1つに「ビジネスモデル」があると考えており、コストと需要のバランスを見極めていくことが、この新技術を活用していくうえでの重要なポイントだと分析している。
今回はこの仕組みを用いた最新事例として、先日ダイエー横浜西口店跡地にオープンした「イオンフードスタイル横浜西口店」内のウォークスルー店舗「CATCH&GO」を見ていきたい。
横浜に新規オープンした無人決済店舗のポイント
この店舗についてはす本誌でレポートを紹介しているので、ポイントだけをかいつまんでいく。
技術提供はNTTデータで、以前にも本連載でレポートしたCloudPickの技術をベースとしている。店舗スペースの上空に行動追跡用のカメラを設置し、実際にどの商品を手に取ったかを棚の重量センサーで判定してバーチャルカートを満たしていく、この分野の技術ではオーソドックスなものだ。
入場時にはクレジットカードなどの決済情報を登録したアプリでQRコードを表示させ、これを読み取ることで前述の行動追跡時に付与される識別IDに紐付けが行なわれ、退場時にバーチャルカート内の商品を登録済みのカード情報で決済するという流れになる。ファミマなどで採用されているTOUCH TO GO(TTG)が「入場時には特にアカウント登録を求めず、退場時にいったんセルフレジ前で止めて決済を行なう」のとは反対の、いわゆる「Amazon Go方式」にならっている。
同様の仕組みはNTTデータ本社が入っている豊洲のビル内にも設置され、従業員が日々活用していると同社では説明する。
TTGなどの事例が典型だが、この手の技術を既存店舗に入れようとすると、天井の高さや店舗形状に応じてカスタマイズが必要になるケースが多く、それが迅速な導入のネックになったりする。特に行動追跡用のカメラが天井に設置されるため、もし天井が低い構造の建物だと1台あたりのカメラがカバーできる範囲が狭くなり、カメラの台数を増やす必要があるなどの制約が出てくる。今回の店舗の場合はリニューアルオープンの時点で設置が決まっていたこともあり、こうした問題は特になく、最初からスムーズな導入が可能だったようだ。
今回のケースで筆者が注目したのは「ビジネスモデル」の部分で、通勤・通学客が毎日通過する横浜駅西口の目抜き通りの目立つ位置に店舗を設定した点にある。否が応でも毎日店舗を目にするため、興味を引いていずれかのタイミングで「試してみよう」と考える人は少なくないだろう。
スマートフォンアプリをダウンロード後、クレジットカード情報を登録してアカウントを設定するといった手間はあるものの、こうした通勤・通学客であれば2回目以降の利用も期待できるため、“一見さん”をターゲットとした店舗とは異なり、初期登録のハードルがいくらか下がる効果が期待できる。
こうした入場時にアカウント情報提示を求めるタイプの無人決済店舗において初期利用のハードルを下げる方法として、「クレジットカードでの入場を許可する」というものがある。Amazon Goなどで採用されている“手のひら”認証の「Amazon One」の場合、最初にクレジットカードと“手のひら”情報、そして電話番号のみを取得し、後で電話番号にSMSを送信してAmazon.comのアカウントへの紐付けを促すという誘導を行なっている。
またポーランドで展開されている「Zabka Nano」の場合は、「クレジットカードのみ」あるいは「アプリ認証」のいずれでも店舗利用が可能だ。ただ今回の「CATCH&GO」の場合、決済手段としてクレジットカード以外に「PayPay」の利用も可能になっている。
PayPay連携は現状ではまだ珍しい「直接接続」が行なわれており、PayPayアプリを介さずともアカウント情報の登録のみで決済が完了する(決済時にPayPayアプリへの遷移が発生しない)。間口を広げるのであればクレジットカードのみでの入場も許可すべきだが、アプリ方式を採用した代わりに決済手段が多様化しており、このあたりの判断は難しいところだ。
技術面に目を向けると、面白いのは弁当の販売コーナーだ。弁当の形状やサイズはさまざまだが、それゆえに定形になりがちな無人決済店舗の重量センサー付きの棚では“仕切り”での区分けが難しい。商品列ごとに細かく重量センサーが配置されているため、“仕切り”の位置を少しだけずらして商品を詰め込むことが困難だからだ。異なる形状の商品が入ってくることを想定して、“仕切り”の幅を広めに取れば解決する問題だが、そうすると今度は1つの棚に配置できる商品点数が減ってしまう。コンビニ型店舗の宿命として限られたスペースにどれだけ商品が並べられるかが売上に直結するため、弁当のようなさまざまな形状を持つ商品の存在は悩ましい。しかも売上比率が比較的高めな人気商品だけに無視できないという事情もある。
今回のケースでは、複数の重量センサーをまとめて1つの商品陳列に使えるという仕組みが採用されており、これで商品陳列の自由度を高める工夫が行なわれている。こうした商品の組み替えはNTTデータを介在せず、ダイエーの担当者がSaaS型のアプリを端末から操作することで自由に変更できるため、陳列する商品が更新される際も大きな作業が発生しない。
商品自体はダイエー内で扱っている商品マスタDBの情報があるため、新規登録作業もそれほど手間がかからないメリットがあるようだ。
「スーパーでじっくり商品を購入するのではなく、ほしい商品のみを素早く入手」という形で、スーパーの食品コーナー併設で設置された「CATCH&GO」だが、その効果はいかほどか?
実際、開店1週間ほどが経過したタイミングで1時間ほど店舗前で関係者への聴き取り取材を行なったが、その間にも何人も客が店舗に入っていき、しかもその多くが初めての利用とみられるにもかかわらず、ちゃんと入場していた。当初ダイエー側が期待していた効果はある程度得られたようだ。
ドイツのコンビニ事情
日本のコンビニ事情は多くが知るところだが、これが通用するのは主にアジア圏だけだ。例えばコンビニで先行していた米国では、どちらかといえばガソリンスタンド併設の軽食や車用品購入の場所という側面が強く、このほか7-Eleven店舗が展開されている北欧方面でもまた、その位置付けは日本とは若干異なっている。特に欧州の場合、日本におけるコンビニに該当する店舗は「都市型のミニスーパー」であり、「何でも揃う便利屋さん」というよりは「(店舗スペースが限られているため)商品点数の少ないスーパー」と考えた方が正しい。
そのため、日本でのコンビニ文化に慣れていると、好きなときにほしいものが入手しにくい欧州では困ることも少なくない。特にドイツでは長年の労働規制により深夜や週末の店舗営業が限られていたため、平日の間に買い物を済ませないと食料の入手さえ困難となる。一部には「ドイツでは長年の習慣で、日本のような24時間365日営業のコンビニは不要だし、根付かない」という言説も見られたが、最近になりドイツでも地域ごとに営業規制の緩和が進んでおり、いわゆる24時間365日営業の店舗や日本でいうコンビニ型店舗が出現し始めている。
代表的なものがスーパーチェーンの「REWE(レーヴェ)」だ。REWEはドイツのケルンを中心に「REWE To Go」という店舗を積極展開しているが、この業態の中に「24時間365日」の営業が行なわれているものが存在する。1つはケルン中央駅構内のREWE To Goで、駅では深夜時間帯も列車の発着があるため、これに合わせて営業時間が長くなっているものと思われる。また、それ以外のREWE To Goで24時間365日営業となっているのはガソリンスタンド併設店舗だ。
もともとドイツでもガソリンスタンド併設の軽食店舗で深夜営業をやっているところはあったが、REWE To Goは店舗面積も比較的広く、扱う商品も軽食のみに留まらない。先ほど触れた米国でのコンビニ文化に近付いているといえるかもしれない。
もう1つ、ドイツのREWEで注目したいのが「無人決済店舗」の存在だ。「REWE City」という都市型スーパーの業態があり、ここで「無人決済店舗」が展開されている。
ただ興味深いのは、これまで紹介してきたような完全な「無人決済店舗」ではなく、おそらくケルンのみで展開されている「ハイブリッド型」という点が挙げられる。
店舗内には有人レジが存在し、普通のスーパーのように買い物ができる一方で、アプリを使った入場も可能になっており、こちらの場合は会計時に有人レジやセルフレジへと向かう必要はなく、そのままウォークスルーで登録済み情報を利用して自動決済が行なわれる。
入口は両者で分けられており、このケルンの1店舗のみがREWE Cityでも特殊な営業スタイルとなっている。
ドイツの田舎の無人決済店舗
「ドイツでは日本のコンビニのような24時間365日営業の店舗は流行らない」という意見が眉唾だと思うのは、実際にそうした営業スタイルを導入してみるとそれなりに需要があることが分かるからだ。
もちろん平日日中の営業に比べると売上比率では落ちるかもしれないが、営業時間を延ばしただけ売上が増える。ただし、それに比例して売上が伸びるわけでもないため、バランスを見極める必要がある。
重要なのは人件費などの運営コストを最小限に、かつ少なくない需要をいかに取り込むかという点だ。これに挑戦しているのが「tegut(テグット)」というドイツのスーパーチェーンだ。
tegutはドイツ中部のフランクフルト周辺のエリアを中心に店舗展開を行なっているスーパーチェーンで、今回24時間365日営業の「tegut...teo」という新業態を「フルダ(Fulda)」という街を中心に複数展開し始めている。フルダと聞いて反応できるのは歴史に興味ある方かと思うが、ここにはかつて司教座が置かれた要所であり、その中心であるフルダ司教座聖堂には7-8世紀に活動した聖ボニファティウスの墓所が存在する。
このように比較的古い歴史を持つ街ではあるものの、現在は欧州金融の中心地であるフランクフルトから高速鉄道ICEで1時間ほどの距離にある普通の田舎町と呼んでいいだろう。
そんなドイツの田舎町につい最近突然出現したのが「tegut...teo」だ。切り落とす前のバウムクーヘンのような特徴的な円柱型の構造物だが、これが24時間365日無人運営される店舗となっている。入場にあたってはクレジットカードを受付の端末に提示するか、あるいはアプリをインストール後に決済情報などを登録し、QRコードを読み込ませればいい。入口のロックが解除され、店舗内に入場できる。
「tegut...teo」で特徴的なのは、朝などの商品搬入の時間を除き、完全に無人状態で運営されている点だ。ときどきスタッフのTシャツを着た人物が店舗に巡回に来ることがあるが、フルダ滞在中に複数の店舗をまわっていたが、基本的には誰も店員がいない状態だった。
加えて、この店舗では入口の自動ドアロックの部分以外のセキュリティ機構は存在しておらず、店舗内部に行動履歴を追跡するようなカメラや重量センサーも存在しない。あるのは、商品のバーコードを読ませて自分で会計を行なうセルフレジの端末だけだ。このほか、アプリで入場したユーザーは、そのアプリを使って商品のバーコードを読み取り、その場でアプリを使ったオンライン決済をする機能が提供されている。
つまり、入場から会計まで、すべての行動は利用者に委ねられており、本当に最低限のセキュリティ機能を備えた「無人運営店舗」となっている。「無人決済店舗」ではあるものの「自動会計店舗」ではないのだ。
このように「tegut...teo」は究極の省力運営で、セキュリティ的にも非常に割り切った構成になっている。もちろん監視カメラは存在すると思われるが(トラフィック計測用のカメラが確認できた)、ここまで利用者の善意に依存した仕組みは正直驚きだ。
フルダがのどかな田舎町という事情があるかもしれないが、不正利用比率も含め、どれだけ売上増加に貢献していくのかはこれからもウォッチしていきたい。またtegutでは、teoを地域の“憩いの場”のようにする意図があるらしく、古本交換用の棚が据え付けられていたり、店舗によっては休憩所として機能するベンチの設置や、電動バイクの充電ステーションがあったりと、なるべく頻繁に店舗を訪れるような工夫がなされていた。
実際、滞在中に店舗に入ってくる顧客はそれなりの人数がおり、地域のコンビニ的な役割を担いつつある様子はうかがえた。