鈴木淳也のPay Attention

第179回

Twitterスーパーアプリ化は成功するのか

WeChatを提供するTencentが拠点とする中国の深セン。写真は香港との国境にあたる羅湖口岸の出入国管理施設。2017年4月撮影

4月14日のことだが、TV東京系列のWBSの依頼で「スーパーアプリ」に関するコメントを提供した。イーロン・マスク氏が買収して以降、何かと騒がしいTwitterだが、イスラエルを拠点とする仮想通貨や株の取引を行なうサービス「eToro」との提携が発表され、TwitterユーザーがeToroを介してこれら資産の売買が可能になるという。

マスク氏はTwitter買収の過程のなかでたびたび「スーパーアプリ化」について言及しているが、今回の動きはその“スーパーアプリ化”の一環ではないかとの推測を経て、その現状について番組中で解説するというものだった。

全部入りアプリを目指すTwitter。イーロン・マスク氏'22年11月のツイートから

スーパーアプリについては以前に本連載でもトピックとして何度か扱っており、直近のものでは2022年10月に米ネバダ州ラスベガスで開催された「Money20/20 USA」でのセッションの話題を紹介した。

繰り返しになるので詳細は省くが、もともとスーパーアプリという文化は中国の「WeChat」などに代表される人気アプリが機能強化や外部連携を繰り返すことで成立したものであり、後に東南アジアでも「Grab」や「Gojek」といったサービスが登場し、スーパーアプリ化していく過程で対象市場をASEAN全体に拡大させつつあるという状況だ。

一方で、日本を含む欧米圏ではこうした文化は醸成されず、「スーパーアプリは中国と東南アジアの文化」という構図ができている。

こうしたなか、Twitterを含む欧米のIT大手や関係者らは同地域での「スーパーアプリ」の地位を手に入れるべく夢を語り、事あるごとにこの話題に言及している。

マスク氏はその代表格であり、構想だけで語るならば、現在はPayPalとなった起業の原型であり、同氏が1999年に起業した「x.com」にそのスタート地点を見ることができる。

PayPalで実現されている決済や送金サービスは「x.com」の中核であり、同サービス上に他のさまざまなサービスを載せて、現在でいう“スーパーアプリ”のようなプラットフォームにしていく構想だ。事実、Twitterという会社はすでに存在しておらず、「X」という会社の一部になっている。マスク氏が2017年にPayPalから買い戻した「x.com」ドメインだが、現在はまだ中身が何もない(正確にいうと「x」のみが存在する)このサイトに、Twitterを含むサービスが統合されていく未来が存在するのだろうか。

スーパーアプリの始まりは生き残り競争から

誰が呼んだのか知らないが、「スーパーアプリ」というジャンルが存在していたというよりも、既存の特定機能を提供するサービスが発展改良され続けた結果として「スーパーアプリ」が誕生したという表現が正しい。

インドネシアのGojekのように(同社は2021年にTokopediaと合併して「GoTo」社となった)、自ら「スーパーアプリ(Super App)」を主張している例もあるが、基本的にはGojek自身もオートバイで人物を運ぶ現地のタクシーサービスを呼ぶためのアプリとして誕生したもので、いわゆる「Ride Hailing(配車)」アプリがその原型だ。

それがUber Eatsのように食事の配達業務も担うようになり、やがてはそれをベースにした決済サービスやローンサービスを取り込み、金融機能を軸としたプラットフォームとして発展改良を続けて現在の形となった。

マレーシア発祥で後に拠点をシンガポールに移したGrabも同様だ。以前にベトナムのホーチミンを訪問したとき、ちょうど同国に進出したばかりの同社が宣伝商材を撮影している場面に出くわしたことがある。

GoogleでGojekを検索すると、自らを「スーパーアプリ(Super App)」としてアピールしている

WeChatの話に戻すと、もともとTencentはQQというインスタントメッセージングのサービスを提供しており、これを発展改良させたものとしてWeChatをリリースした。日本でいうLINEを想像していただくと分かりやすいが、WeChat本来の機能は「チャット+α」だ。

中国ではこの頃、フィーチャーフォンと呼ばれる単機能な端末から、「山塞機」と呼ばれる端末群を経て、ちょうどスマートフォンが普及の兆しを見せた時期でもあり、WeChatが登場した背景はスマートフォンの普及と切っても切り放せない関係にある。

ただ、比較的ハイエンド端末がスマートフォン普及のドライバーだった欧米などの先進国に比べ、収入などの面で中国や東南アジアにおける一般層はこれら端末の入手が難しかった。必然的に今日でいうミッドレンジやローエンドの端末を中心にスマートフォンが普及することとなり、“スーパーアプリ”の文化はこの状況で醸成された。

プロセッサパワーもそうだが、これら端末で最もネックとなったのは「ストレージ容量」であり、導入するアプリは厳選する必要がある。この時期に選ばれたアプリの特徴として「使う機会が多いこと」「軽量動作であること」が挙げられ、この選考から漏れたアプリ群の機能をHTMLベースの「ミニプログラム(ミニアプリ)」として集約するスーパーアプリの原型が形作られた。

つまり、初期のスーパーアプリで重要だったことに「利用頻度」「滞留時間」といった要素がある。WeChatは中国における主要なコミュにケーションツールであり、各種リンクやQRコードの読み込みで閲覧できるサイトを通じての情報収集など、利用機会が非常に多い。eコマースの機能提供からスタートしたAlipayと合わせ、このあたりが数多存在していた中国の決済サービスのなかで「WeChat Pay」が生き残れた理由の1つだろう。

WeChat Payはもともと個人間送金機能として提供が開始され、中国におけるインターネット企業のアクワイアリング業務参入の規制緩和を受けて「支払い」機能が付与されたことで誕生した。後にAlibaba(Ant Financial)との競争のなかで各種キャンペーンの提供を経て積極的に中国全土で加盟店開拓を行なったことで、Alipayと並ぶ決済サービスとしての地位を確立した。

現在はこの決済機能をミニプログラムを通じてパートナー企業に提供することで、決済が絡む各種サービスを利用するための「窓口」として機能している。

これが中国や東南アジアでスーパーアプリが誕生した背景だが、後の分析でよくいわれることに「変化に対して素早く柔軟に対応すること」が勝利の鍵として挙げられる。成功したと呼ばれるこれらサービスでもすべて順風満帆だったわけではなく、時には失敗したり、ニーズに対応できず競争上不利になることもあった。そのたびに生き残りをかけて素早くサービスを発展改良させ、適時方向修正を行なってきたことが勝因になったのだという。

東南アジアの金融ハブとして機能するシンガポール

西方諸国(Western)と東方諸国(Eastern)の違い

このようにスタート地点や競争環境の違いから、欧米諸国ではスーパーアプリのような存在が出現するに至っていない。あくまで各サービスはそれぞれの機能に特化したもので、ユーザーはそれらを適時使い分ける。「スマートフォンのストレージに残れるかという生き残り競争」を経なかったこともあり、割と緩い共存関係がこの市場では成り立っている。それがいま再び「スーパーアプリ」というキーワードに着目したわけで、どうすれば自身が欧米圏における「スーパーアプリ」になれるかを模索し始めた段階だ。

これに関して、Andreessen HorowitzのBlogの「What is a Super App?」という投稿のなかで興味深い指摘が行われている。少し長いが段落部分をそのまま引用すると、西方諸国(欧米)と東方諸国(アジア)の企業の考え方の違いに触れた部分だ。

All of these developments show a mindset shift (finally!) happening in the West. Historically, Western companies have thought about growth horizontally: they want to launch a hit product and then grow the product’s number of users across the world. This is reflected in our obsessive focus on metrics like monthly subscriber growth and daily active users. Eastern companies, on the other hand, have long thought about growth vertically: after they launch a successful feature, they then focus on how else they can help their existing customers. Success is measured more in terms of visits per day (i.e., how many tasks they’ve helped their customer tick off a list), versus simply total active users.

企業の拡大政策に関する考え方の違いで、西方諸国ではヒット商品が誕生すると、それを世界に拡大してユーザー数を求めるのに対し、東方諸国ではいちど機能の提供に成功すると、それをいかに既存ユーザーの支援に振り向けられるかを考えるという。

つまり、水平志向と垂直志向の違いで、「(ユーザー)規模を求める西方諸国」と「既存顧客に機能を提供することで囲い込む東方諸国」の対比となる。これは両地域の企業の各種指標を見ていると明らかで、最近になり意識が変わってきているものの、スーパーアプリを生めるかの大きな差異になって表れているのではないかというわけだ。

そのため、近年欧米圏におけるスーパーアプリに近い事例としてよく挙げられるようになったのが「Amazon」や「Walmart」のように特定地域では確実に市場を押さえているサービスのアプリで、これらが発展改良を加えることでスーパーアプリの領域に近付いているのではないかということだ。同様の事例はほかにもあり、中国や東南アジアほどの寡占状況にはないにしても、着実にユーザーのスマートフォン操作の占有時間を奪いつつあると考えられている。

ニューヨークのタイムズスクエア

金融の世界ではよく「ローカライズ」が課題となるが、言語のみならず、現地の法規制や金融文化を理解せずにサービスを一方的に持ち込んでも成功できない。以前は「GAFA」などと呼ばれた米大手IT企業が日本の金融業界を席巻するという言説がメディアや評論の世界で語られていたが、実際にそうならないのは「ローカライズ」の存在が大きい。ゆえに、これら米大手IT企業も日本を含む各国進出においては現地企業との提携を模索したり、あるいは国境をまたいでサービスを提供できるプラットフォーム企業の手を借りたりと、自身がプラットフォームを1から構築するのではなく、提携や買収により確実な手段で市場攻略を進める戦略にシフトしつつある。

Twitterはどうするべきなのか

ではTwitterはどうだろうか。現状で金融プラットフォームとしては中途半端であり、少し前に掲げていた「クリエイターのマネタイズプラットフォーム」を実現するにも至っていない。

金融プラットフォームを目指すなら自らその仕組みを構築する必要があるが、いまからそれを目指すには時間がかかりすぎる。近道は前述の「国境をまたいでサービスを提供できるプラットフォーム企業」との提携だ。現在TwitterはBlueのWeb課金システムにStripeを採用しているが、コミュニケーション機能を活かして世界で決済プラットフォームを実現するのであれば、このような形で他社の力を借りない限り、プラットフォームを構築する前に運営資金が尽きてしまうだろう。

そしてAndreessen HorowitzのBlogでも指摘されていたジレンマだ。提携や機能開発を駆使してプラットフォームを強化することは可能だが、競争力や利用頻度を上げるには「ローカライズ」が重要となる。

もともとTwitter自身は世界展開を目指したプラットフォームであり、どちらかといえば米国外の利用比率が高い。つまり、スーパーアプリで目指すべき方向性と相性が悪い。

例えばの話になるが、冒頭で紹介した「eToro」だが、日本からはアクセス自体行えない。そのため、今後Twitterやx.comを通じて機能強化が行なわれたとして、あくまで米国視点での機能強化に留まり、世界からはスーパーアプリとしてはまったく認知されない存在となる。

「米国内でスーパーアプリを目指す」のか、あるいは「世界のTwitterを目指す」のか、その岐路にあるのかもしれない。

日本からはeToroにアクセスできない

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)