鈴木淳也のPay Attention

第161回

「スーパーアプリ」は必要なのか? Twitter金融プラットフォーム化の課題

2020年はオンラインのみ。2021年は規模を縮小してのハイブリッド開催。そして2022年のMoney20/20は写真のようなステージを組んでの講演など、リアルイベントとしての機能を取り戻しつつある

10月後半のことになるが、米ネバダ州ラスベガスで金融系カンファレンス「Money20/20 USA」が開催された。昨年の同カンファレンスはワクチン接種証明書の事前提示や当日の抗原検査による陰性証明の提出を求められるなどの規制があったほか、イベントそのものも従来のスタイルを変更して規模を縮小。参加も国外からの渡航者は少なく、ほとんどが米国内からの人だったことを考えると、最盛期ほどではないにしても、リアルイベントとしてそれなりの規模へと戻りつつあることが実感できた。

以前のMoney20/20は大手金融機関や大手IT企業のいわゆるビッグネームがステージ上に登場し、大きな発表をぶち上げるといったケースが多かった。以前に紹介したJP Morgan Chaseによる「Chase Pay」の発表が好例だろう。だが最近ではこの傾向も薄れ、特に昨年以降はスタートアップ支援やFintechをテーマにした情報収集、そして商談を軸にした割と原点回帰に近いスタイルになりつつある。

一方で会場内に複数あるステージ上で散発的にパネルディスカッションや“ピッチ”が行なわれているため、興味あるテーマを事前に絞っておかないと、思ったように情報収集が行なえない弊害もある。別記事で予告したように、Money20/20で出てきた興味深そうなトピックを複数抽出して記事化していくことになるが、今回はこのうち「Do “SuperApps” Have a Future in the U.S.?」というセッションで行なわれたパネルディスカッションを基に、「スーパーアプリ」の現状と将来について考えてみたい。

Money20/20 USAのスーパーアプリのセッション。このような大小さまざまなステージが展示会場内のあちこちに配置されており、来場者はアジェンダの講演情報を参考に会場中を走り回ることになる

そもそも「スーパーアプリ」とは何なのか?

日本でも株式上場を控えるPayPayの戦略の1つとしてたびたび言及されることがあるが、「スーパーアプリ」のおおよその意味は「1つの日常使いのアプリが複数の周辺機能を包含し、それ1つでさまざまな役割を果たす」というもの。

もともとは中国のテンセント(Tencent)が提供するチャットアプリ「WeChat」が送金機能を軸にさまざまな周辺サービスを取り込んでいったり、オンライン決済機能を提供していたアリババ子会社のAnt Financialの「Alipay」アプリが周辺機能を取り込んだことで「スーパーアプリ」の呼称で呼ばれるようになるなど、その発祥は中国にあった。やがて東南アジア地域でもこの文化は拡大し、配車サービスを提供していたマレーシアのGrab(後にシンガポールに移転)、同じく配車サービスを提供するインドネシアのGojekが金融機能を組み込むことでやはり「スーパーアプリ」として見られるようになるなど、アジア地域発祥のモバイル文化であることは間違いない。

Cornerstone AdvisorsのChief Research OfficerであるRon Shevlin氏はスーパーアプリについて「メッセージングやコマースといった基本機能に加え、交通サービスやヘルスケアなどさまざまな機能を包含したものであり、その根本には金融サービスがある」と説明する。

メッセージのやりとりや買い物の機能は、WeChatやAlipayを見ても分かるように“スーパーアプリ”と呼ばれるものの標準機能だが、その周囲に存在するさまざまな機能についても「鉄道であれば乗車チケット、ヘルスケアであれば診療代といったように金融サービスが根幹にある」ということだ。

また2つめの重要なポイントとして同氏は「技術的視点でいえば、スーパーアプリは多くの“ミニアプリ”の集合体であり、そうした仕組みに至った理由はアジアにおいて低性能のスマートフォンが利用されていることに起因する」ということを挙げている。

Cornerstone AdvisorsのChief Research OfficerであるRon Shevlin氏

南米を拠点に活動しているMercado LibreのCOO Mercado PagoであるPaula Arregui氏は、それに加えて「データ活用」の存在を指摘する。決済はスーパーアプリの機能の一部だが、数多くの機能やミニアプリ群の上位にはデータが存在し、それらを束ねてレコメンデーションなど新たな価値を創造できる点が特徴になっているというわけだ。

同じくパネラーの1人であるRapydのGlobal Head of Financial Networksを務めるLarry Lee氏は、もう1つの指摘として「普段使いのアプリであること」を挙げている。シンガポールでの10年以上の在住歴がある同氏だが、1日1回とかではなく、WeChatを見ても分かるように1日に何度も使われる存在であることが特徴であり、ゆえにそれが成功へと続いている見解だ。

Lee氏は東南アジア方面でのスマートフォンがギガバイト未満のメモリ(この場合はストレージの話だと思われる)しかない低性能だった背景に触れ、ミニアプリはそうした空き容量、そして利用時間の奪い合いの結果生まれたものだと説明する。

なぜ(日本を含む)西欧諸国でスーパーアプリが流行らないのか

表題にあるような「スーパーアプリが日米欧などの国で流行らないのか」というテーマは、かつて別誌での記事でも少し触れているが、Lee氏が指摘するようにアプリ文化が成立する過程での差異に起因するものであり、そもそもWeChatのようなアプリだけである程度の作業が完結する文化と、機能やサービスごとにアプリを使い分ける文化では比較しようがないというのが結論だった。Shevlin氏は特に米国での傾向として「選択の存在を尊重する」ことがあると述べており、特定のサービスにロックインされることを好まないことが背景にあるとも指摘する。

アジア以外の地域に目を向けると、南米でもアジア同様の文化が醸成されていることをArregui氏は述べており、特に重要なポイントとして「Financial Inclusion(金融包摂)」というキーワードを挙げている。現金や、あるいは自給自足で貨幣経済が浸透していない地域も含めて金融サービスを広げるという取り組みだが、これがスーパーアプリによって実現されつつあるという視点だ。

新興国での携帯電話インフラの浸透が始まった2000年代後半以降、モバイル端末を介して金融サービスを提供する試みがアジアやアフリカなどで広まった。もともと「アンバンクト(Unbanked)」と呼ばれる銀行サービスが提供されていない層にもモバイル端末を通じての接触が可能になり、2010年以降に本格化した経緯がある。スーパーアプリの存在は、そうした試みの進展の一翼を担ったというのが同氏の意見だ。

Mercado LibreのCOO Mercado PagoであるPaula Arregui氏

このように根本の成立背景が異なる日米欧の世界でスーパーアプリは存在し得るのか。パネルディスカッションの司会を務めるAccentureのeコマース&ペイメント・グローバル担当マネージングディレクターのLaura McCracken氏はあえて「米国でスーパーアプリを作ろうとした場合、どこから手をつけるか」という問いをパネラーらに投げかけている。

これに対してShevlin氏は「もし既存の(米国の)プレイヤーがスーパーアプリを始めようと思った場合、彼ら自身がすでに持っているサービスから始める必要がある」と述べつつ、前述のように米国人が自らそのようなスーパーアプリを使うことはないだろうと指摘する。一方で、例えばWalmartのように頻繁に買い物に行くことになる事業者が自身のアプリを通じてさまざまなサービスを提供するようになったとき、スーパーアプリになり得るのではないかとも述べている。

実際、Walmartは遠隔医療を含むさまざまなサービスを自身の“スーパーストア”で提供し始めており、こうした仕組みに足を踏み入れつつあるのは確かだ。

Shevlin氏は「Amazonも然りだ」と加える。

さらに「もし彼らがこの市場で勝機を見出したいなら、B2Cの市場でそうであるように、B2Bの視点も持つべきだ」と説明する。これはマーケットプレイスの市場でAmazonがやっていることと同等で、パートナーに“場”を提供しつつ、販売から配送チャネルまでを整備するといったように、さまざまなサービスを提供するための“ガワ”を用意することが求められるという。

Lee氏は「決済は重要なスーパーアプリの開始地点」としつつも、そもそもアジア地域でスーパーアプリと呼ばれるサービスを提供する事業者は“スーパーアプリ”を目指していたわけではなく、結果としてそうなったとも指摘する。例え最初は利益が売上の1%未満、あるいは赤字であっても投資とコスト削減を続け、結果としてビジネスが成立していったというのが同氏の考えとなる。

これに対してMcCracken氏は「スーパーアプリの実現には熱狂的なリーダーシップが求められるのではないか」と同意しつつ、Twitter買収によって同サービスを送金などの金融サービスやクリエイター向けのマネタイズの場として発展させていこうとしているイーロン・マスク(Elon Musk)氏の動向についてパネラーに問いかける。

Accentureのeコマース&ペイメント・グローバル担当マネージングディレクターのLaura McCracken氏

Twitterの金融プラットフォーム化は成功するか?

マスク氏のTeslaやSpaceX設立以前の経歴をご存じの方には復習となるが、後にConfinityとの合併でPayPalとなる「X.com」という金融サービス企業を1999年に設立している。今日のPayPalは送金・決済プラットフォームとして主に英語圏諸国で広く利用されているが、設立直後の同社は2002年にeBayに買収される形でマーケットプレイス上での送金サービスとしての性格を強めて利用者を増加させている。2015年にはeBayから独立して上場企業となり、マスク氏は当時まだPayPalの保有資産だった「X.com」のドメインを2017年に買い戻している。

現在「X.com」のドメインにアクセスしてみると分かるが、Webブラウザ上に「x」という文字が表示されるだけというシンプルなページだ。ページソースを見ても、シンプルに「x」としか書かれていない。Wikipediaによれば、一時期はやはりマスク氏の会社である「Boring Company」へのリダイレクトが行われていたようだが、現在では元のシンプルな「x」に戻っている。なお、Boring Companyはラスベガスの巨大な地下道路「Loop」を推進している企業だ。

Lee氏は「X.com」の存在に触れ、これを介してマスク氏が何かスーパーアプリ的なサービスを始めるのではないかという予想を立てている。シンプルに配車サービスや自動運転でもいいが、もしかしたらSpaceXを使った配送サービスなんてものを始めるかもしれないというもの。話としては荒唐無稽かもしれないが、もともとの「X.com」の設立経緯を考えれば、電気自動車や通信、宇宙と地下を含む交通インフラを経てきた同氏が、「X.com」で再び金融を軸にした新たなサービス分野に乗り込んできてもおかしくないというのが根幹だ。

RapydのGlobal Head of Financial Networksを務めるLarry Lee氏

話をTwitterに戻すと、Twitterの金融プラットフォーム化、ひいてはマスク氏がおそらく描いているであろう世界規模の金融プラットフォーム展開はハードルが高いというのがパネラーの多数意見であり、この点には筆者も同意している。

例えばArregui氏は「金融の世界ではデータの信頼性とプライバシー、セキュリティが重要な要素となるが、スーパーアプリを目指すSNSにはそれが欠けている」と指摘する。同様に、Shevlin氏も「マスク氏の政治的スタンスもさることながら、金融プラットフォームの広域展開は多くの法規制と直面することになり、その解決に多くの時間を要する」と述べている。

実際に例を挙げれば、比較的広い地域で利用されているPayPalだが、その主流は英語圏がであり、日本における同サービスは必ずしも米国のそれとイコールではなく、法規制の存在が垣間見える状態になっている。それは日本にやってきた他の海外金融サービスも同様で、商品性が大きく変わっているのが実情だ。

これは日本の法規制だけが悪というわけではなく、世界中どこにでも存在しており、金融サービスの広域展開における課題となっている。以前にアフリカの金融事情を取材していたとき、「国によっては為政者が変わる、あるいは時期によって方針をコロコロ変更するため、外資はそれについて行けずに地元に根付いた企業が残りやすい」といった話があった。結果として、こうした仕組みの存在が安易な外資参入を良しとせず、一種の選別手段として機能している背景もある。

一方で、こうした規制を比較的容易にクリアする方法も出てきつつある。Lee氏は過去20年以上にわたる電子マネーに関する法規制の話に触れ、当時はこうした金融サービスを世界中で立ち上げるのは容易ではなかったものの、現在では実際にそれを実現しているサービスが存在し、同氏の所属するRapydも実際にそうしたサービスを提供していると述べている。

いわゆる「Embedded Finance(組み込み型金融)」と呼ばれる分野だが、金融機能を切り出して各種アプリやサービスに埋め込んで使う仕組みを提供する企業が出現しつつあり、近年のMoney20/20でも大きなテーマの1つになっている。

もし金融分野を主軸としていなかった企業がスーパーアプリへの進出を考えたとき、「Embedded Finance」は有力な選択肢の1つになるだろうというのが同氏の見解だ。実際にマスク氏がTwitterの金融プラットフォーム化でこの手段を選択するかは分からないが、「X.com」が登場したころとは金融の世界も大きく変化しているというのは間違いないだろう。

ラスベガスの夕暮れ

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)