鈴木淳也のPay Attention

第117回

PayPay手数料有料化のその後。コード決済の未来

筆者お気に入りの麻辣香鍋の店。コロナ禍で中国方面への渡航ができないいま、家からは遠いが1-2カ月に1回程度、東京の蒲田にある店舗に通っている。ここで唯一使えるキャッシュレス決済がPayPayだ

今回は答え合わせだ。8月以降、PayPayの記事を書きすぎてどこにどの内容の記事を送ったか把握できなくなりつつあるが、同社のQRコード決済手数料の有料化に関する話題はImpress Watchの記事をはじめ、同社取締役副社長執行役員COOの馬場一氏へのインタビューを掘り下げて内容を補完したもの、そしてタイトルで煽っているが「PayPayの店舗手数料有料化で“加盟店の離脱”は起きない モバイル決済ジャーナリストが予想する理由」の形で、その後の行方についての考察をまとめている。

PayPay手数料1.60%決定の秘密。最強営業部隊の“次”

答え合わせというのは、前述のタイトル部分にも出ている「PayPayの店舗手数料有料化で“加盟店の離脱”は起きない」の部分だ。正確にいうと、一定数の離脱は見込まれるものの、全体からみた割合は極小で(多くて1%程度)、多くの加盟店は継続していくとみていた。離脱が起きる可能性があるのは「PayPay利用がほとんどなく、入金の少なさに反した口座管理の手間や、会計上の煩雑さを嫌う加盟店」が中心だとみており、“マメ”な加盟店は状況をみて解約を申し出るものの、それでも多くの加盟店は留まり続けるのではないかという予想だ。

答えはすでに本誌でも紹介されているが、PayPay親会社のZHDが11月2日に発表した2021年度第2四半期決算において、決済手数料有料化にともなう解約の影響は加盟店数で0.2%、決済取扱高で0.1%だとしている。

両者の比率を比べると分かるが、やはり利用が少ない店舗での解約が多いと判断していいだろう。そのうえで、全体としては0.2%の解約率であり、現状の加盟店数の増加率全体を考えれば影響は軽微だといえる。「身近で解約店舗をよく見かける」といったソーシャルネットワーク上での書き込みをよく見かけるが、あくまで参考値であり、全体の話として捉えるのは危険だ。トレンドを見る場合、その点に留意したうえでデータを掘っていく必要がある。

ZHD決算で紹介されたPayPay決済手数料有料化にともなう解約の影響(出典:ZHD)

決済手数料有料化の総括

今回の件に関して、PayPayに改めて質問してみた。発表以降、実際に加盟店からの意見が複数寄せられていると思うが、それについて同社の回答は次のようになる。

当初から有料化のタイミングを宣言していたこと、決済システム利用料をクレジットカードの手数料率よりも安く設定したこともあり、多くの加盟店からはポジティブな反応を得られております。ネガティブな意見はほぼありませんでした。設定したシステム利用料率は、弊社発表に際して良いサプライズとしてとらえていただいたと考えております。

弊社の発表後、他のコード決済のキャンペーンの発表もあり、一部の加盟店から「併用を検討する」というお声は入ってきましたが、現実的には弊社の決済回数や決済取扱高は堅調に推移しており、そういった加盟店もごく少数であると考えております。

解約率の詳細は前述の通りだが、実際に解約に至ったケースについて同社は「これまでにPayPayの利用が少なく、今後も多くの利用が見込めないなどが挙げられる」と述べており、利用の少なさから検討はしており、発表のタイミングで改めて解約を決断したとその流れを分析している。また解約こそ申し出ていないものの、密かにQRコードを取り下げて利用を停止、あるいは顧客が利用しにくい環境を作る“シャドウ加盟店”のような存在の可能性について、PayPayでは「現状では認識していない」と回答している。

また、一部で話題となった加盟店手数料を価格に転嫁して現金支払時と差を設ける行為についてPayPayでは次のように述べている。

SNSにおいて、一部加盟店で当社の決済システム利用料に相当すると思われる料金を商品やサービスの代金に上乗せする形で、ユーザーへの請求が行われている事象が存在することは承知しております。

当社としては、PayPay加盟店規約 第4条第3項およびPayPay残高加盟店規約 第18条第1項に規定しておりますように、「会計時にPayPayを利用するユーザーに手数料を上乗せして請求する行為」や「現金払いの場合のみ割引する行為」を禁止しております。

よって、加盟店においてPayPayを利用する上で発生する手数料を、当該加盟店を利用するPayPayユーザーに負担させる行為は弊社として許容しておりません。「会計時にPayPayを利用するユーザーに手数料を上乗せして請求する行為」や「現金払いの場合のみ割引する行為」が確認されたり、その他PayPayを利用する中でお気づきの点がございましたら、カスタマーサポート窓口までご連絡いただけますと幸いにございます。

通報は可能なものの、実際には規約違反で加盟店契約を解消されるのがせいぜいだろう。筆者個人の意見だが、不愉快な思いをしてまで当該の店舗で買い物やサービスを利用したいとは思わないため、その旨の表記があった場合には利用せず無視するのが適当かと考えている。もっとも、会計時に初めてそのような提示が行なわれた場合にはクレームすると思うが……。

PayPayの戦略を改めて俯瞰する

さて、ここからは未来の話だ。

加盟店手数料有料化のメリットは大きく2つある。

1つは「ビジネスの正常化」で、同社を「赤字状態から脱する」ための鍵となる。過去の連載でも触れたが、中小企業向けの1.60/1.98%という手数料水準は実はほぼ“ギリギリ”だ。

理由としてはシステム維持費用もそうだが、PayPayの裏側に「Yahoo以外のクレジットカード」を入れるユーザーの決済の費用負担がある。銀行口座接続やキャリア決済であれば振込手数料負担のみで相殺できるが、支払いソースとしてクレジットカードを挟まれると、決済時のカード手数料負担はPayPayが肩代わりすることになる。

本来であれば2-3%の決済手数料を徴収して維持しているクレジットカード決済を、PayPayを利用することで中小加盟店は決済手数料無料の恩恵を受けていたわけで、この逆ざやを解消するのが有料化の狙いとなる。

ただ、同様のシステム構造を抱える競合他社が2%後半から3%台の手数料を設定していることから鑑みるに、それでもPayPayの決済手数料水準は業界最安値クラスであり、ライバルにとっては充分脅威だ。

メリットのもう1つは「PayPayマイストアへの誘導」だ。

月額1,980円の「PayPayマイストア ライトプラン」を契約すれば、決済手数料が1.60%になるのに加え、同サービス上からクーポン配信を始めとする機能のほか、“露出機会”を増やす仕掛けなど、さまざまな恩恵を受けることが可能だ。前述PayPay馬場氏は「現状のライトプランはまだ価格相応の価値を出せていない」とインタビュー時にコメントしていたが、今後機能が拡充されて既存加盟店に対して「店舗DXを考えるうえでこういう選択肢もある」というアピールができるようになれば、新たな収益源として期待できる。

正直なところ、1.98%の決済手数料を1,980円払って1.60%にした場合、その差分を埋めるには50万円の月額決済が必要なので、小規模な店舗にはハードルが高い。ゆえに、ライトプラン、あるいは今後登場する上位プランに顧客を誘導するには、手数料割引だけではだめで、「PayPayマイストア」自体の魅力を打ち出せなければならない。水準は不明なものの、PayPayによればこの立ち上がりは順調とのことで、今後の成長の鍵の1つとなるだろう。

また、LINE Payの加盟店をPayPay側で吸収したことで、加盟店獲得やプロモーションに関する費用が一元化できるため、この点のメリットもZHDの決算では強調されていた。利用こそ停滞しているものの、LINE Payユーザーはそれなりに存在しており、これを取り込んで効率化を進めることはコスト削減とユーザーベース底上げの面で重要だ。

PayPayの事業拡大におけるポイント(出典:ZHD)

ZHDの決算ではPayPayの今後の収益モデルについて、「3階建て構造」をうたっている。

1階部分は決済手数料だが、今回の有料化でベース部分だけで黒字化にもっていくのが目標だ。また意外と認識されていないが、大手チェーンなどが導入している「CPM」方式やQRコードでも包括契約を選択したケースでは、すでに有料化の対象として手数料徴収が行なわれている点に注意したい。

2階部分はPayPayマイストアで、サブスクリプションモデルであることから、全加盟店の一定割合が加入したとして、その件数分が収益として積み増されることになる。

そして、おそらく最大の本命は3階部分の金融サービスで、ローンやあと払いサービスが該当する。PayPay銀行など他の関連サービスと組む必要はあるが、付加サービスによる追加収入がない限り上限がある程度見えてしまうサブスクリプションモデルに対し、金融サービスは工夫しだいでさらなる拡大が可能だ。本来は地方銀行など地元の金融機関が融資で育てるべきモデルにPayPayが食い込むことを意味しており、やり方しだいでは既存の金融機関にとって大きな脅威になる。

複数の情報源によれば、現在PayPayは上場に向けた準備を水面下で進めており、金融事業を含めたビジネス拡大と早期の黒字化はそのアピールポイントになるだろう。

PayPayが志向する収益の3階建て構造(出典:ZHD)

PayPayとコード決済のこれから

下記の図は、現在の日本のキャッシュレス決済比率とPayPayの立ち位置だ。成長余地と矢印の部分はともかく、現状の数字だけ着目してほしい。2020年の日本のキャッシュレス決済比率は約30%とされており、PayPayのシェアは全体の1%前後といわれる。複数のデータを参照する限り、キャッシュレス決済全体に対するPayPayの比率は1割いくかどうかという水準だ。

PayPayのキャッシュレス決済全体における立ち位置(出典:ZHD)

もう少し詳しくみていく。決済取扱高はやや停滞傾向がみられるが、全体としては比較的堅調に伸びている。このデータを好意的に解釈すれば、「大きな買い物をするわけではないが、日々の生活でPayPayを利用する回数は増えている」となる。現状においてなお登録者数は増え続けており、加盟店数もまた有料化直前ではあるものの伸び続けている。PayPayは決済回数をすべての指標で最も重視しているが、おそらくその目標はほぼ果たされているとみていい。

PayPayの各業績の進捗状況(出典:ZHD)

よく「キャンペーンがなければコード決済なんて誰も使わない」という発言を聞く。

これはある意味で真実で、例えば先ほどの話でキャッシュレス決済全体に対するPayPayの比率が1割未満としたが、実際にキャンペーン効果がないとコード決済の実質的なシェアは高くて2-3%程度とある関係者は語っている。クレジットカード取り扱いがない加盟店の場合にはもう少し高くなるというが、本来の実力はこのレベルということだろう。

そして最大の問題は、キャンペーンを行なっている間は数字が“跳ねる”が、それが終わった瞬間に元に戻るという点にある。つまり、まったく底上げにつながらず、これがコード決済各社の悩みとなっている。

一方で、「中小店舗のキャッシュレス対応」の例題にも挙げられている「紀の善」の場合、店舗のある新宿区で25%の還元キャンペーンが行なわれていた9月のPayPay決済高は前月比1.8倍で、10月の決済高は8月との比較で1.14倍だったという。これが自然増か、あるいはキャンペーン後の滞留効果によるものかは判断がやや難しいが、他社がキャンペーン後の反動に悩むなか、PayPayは変わらず順調に業績を伸ばしており、それが大きな差になって表れている。

これについてPayPayでは次のようなコメントを出している。

「あなたのまちを応援プロジェクト」を含め、各種キャンペーンを実施することで、新規ユーザーの増加や既存ユーザーの決済回数の増加についてポジティブな効果を認識している。これらのキャンペーンを継続的に行なってきたことでユーザーの認知や利用が進み、PayPayの決済回数、取扱高の伸長に寄与していると考えている。

ここで1つ、取材に協力いただいた店舗から興味深いデータをいただいたので紹介したい。以前にカード決済手数料についてのトピックでスマートフォンアクセサリーメーカーとしても活動するトリニティ代表取締役の星川哲視氏に話を聞いたことがあるが、今回のPayPayの決済手数料有料化についてもいろいろ触れていたので改めて話を聞いてみた。トリニティではレストラン「トラットリア・トリニータ」を運営しており、決済手段の1つとしてPayPayを採用しているが、その継続可否を含めて検討していたというものだ。現在トリニータではSquareでクレジットカードと電子マネー、それとは別にQRコード決済でPayPayを導入している。

「トラットリア・トリニータ」のサイト

10月の同店の決済内訳はPayPayが4%(前年比177%)、Squareが64%(前年比108%)、現金が32%(前年比65%)だという。つまり、確実にキャッシュレス化が進んでいる。Squareでは電子マネーなどの扱いが一緒くたのため細かい分析は現在できておらず、スタッフの感覚的には交通系、QUICPay、iDはほとんど増えておらず、やはり決済はカードが中心。PayPayは徐々に増えている一方で、全体の比率からみれば少なく、いまのところは利用を中止しても問題はないと考えているという。

実際、星川氏によればディナーはカード利用が中心で、PayPayはほぼないとみているようだ。同店はランチの単価が1,000円程度、ディナーの単価が4,000円程度ということで、それが決済傾向に反映されている。ランチは地元の婦人層が多く、決済も現金が中心とのこと。「コード決済が電子マネーを抜く日」でも少し触れたが、このトリニータのケースでも、本来は電子マネーが担っていた部分にPayPayが食い込む一方で、高額決済の部分には変わらずクレジットカードが居続けるという棲み分けができている。

これはあくまで一例だが、これまで高価格帯のクレジットカードと低価格帯の電子マネーという領域にコード決済が進出するにあたって、両者の中間くらいのポジションに収まった感があったが、実際にはより低価格帯の方へとシフトしつつあるという傾向が出始めているのではないかと筆者は推測する。低価格帯というのは普段使いのポジションであり、それが先ほどのZHDが出したPayPayの取扱高と決済回数のグラフの伸び率であったり、紀の善のキャンペーン後の傾向につながっているのではないかという考えだ。同時に、その部分をさらに開拓するためのヒントのようなものも星川氏は示唆している。

現在PayPayはSquareとは無関係に契約していますが、もしコード決済にも対応してくれるとレジ周りがすっきりすると思います。お店側からすると、PayPayに限らずですが、レジと連動しないので手続きが面倒、時間がかかる、支払いもお客によっては時間がかかる、などで、ランチでは敬遠したいというのはあります。通路が狭いので、溜まっちゃうんですよね。

おそらく決済回数が増え、小額決済の分野で利用が広まるにつれ、QRコードをベースとしたコード決済はレジまわりのフロー解消でネックになるケースが増えてくると思われる。小さなレストランでもランチ時は個別会計で多くの人がレジを通過していくわけで、その作業負担や行列を捌く時間は大きな課題となるだろう。「CPMを導入するほどではないけれども、対策はしたい」というニーズがあったとき、おそらくだが、この問題を解決する機能をアプリ内に包含することは今後重要になるかもしれない。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)