鈴木淳也のPay Attention

第137回

規模感でポイント経済圏を攻略する。PayPayの新ポイント戦略

4月以降はPayPayを含むソフトバンクグループのポイントプログラムは「PayPayポイント」へ集約へ

PayPayは10月より「PayPayポイント」の外販を開始し、2023年には発行額で業界1位を目指すことを発表した。ポイントプログラムのメリットはいくつかあるが、1つにはユーザーの利用回数や再訪問率を向上させ、同社が主要指標としている「決済回数」の増加に大きく貢献する点が挙げられる。

従来まで「PayPayボーナス」の名称で提供されていた同社の還元プログラムだが、今年3月には「PayPayポイント」に名称を変更し、これまでソフトバンクグループやYahoo! Japanで採用していいTポイントからの切り替えを進めている。

ポイント外販を進めることで経済圏を拡大し、先行する楽天ポイントやドコモのdポイント、そして古巣であるTポイントと正面から競合する形となるが、このあたりを含めて同社のビジネスモデルを分析してみたい。

PayPayの戦略を俯瞰する

ポイントの話題に入る前に、まずPayPayの現状を俯瞰する。

同社は収益モデルとして「3階建て」構造を模索しており、現在の収益の柱である「手数料収入」を1階とすれば、2階にあたる部分は「PayPayマイストア」などの「サービス収入」、そして3階部分にあたるのが「金融サービス」だ。

PayPay代表取締役社長の中山一郎氏によれば、PayPay単体での事業となる1階と2階の部分に比べ、3階の部分は「PayPayを中核としてグループ全体で稼ぐ領域になる」と説明している。

例えば現状の「PayPayあと払い」サービスは競合他社のBNPL(Buy Now, Pay Later)を主体としたものとは異なり、ヤフーカード改め「PayPayカード」をその基礎としている。この事業自体はワイジェイカードから社名を変更したPayPayカードが主体となっているが、スマートフォン側の管理画面はPayPayアプリ経由で行なわれるといったように、フロント側から見ればPayPayのサービスの一部のようになっている。つまり、3階部分にあたる事業領域は、PayPay(PayPay for Businessを含む)アプリを“ハブ”に、グループ各社をつなぐ構造で成り立っている。

「PayPayあと払い」は3ヶ月で100万人の登録者数を突破。つまりそれだけPayPayカードの市場が拡大している

現状で「2階」にあたる部分で出せる数字はないとPayPayでは説明しているが、「1階」部分については傾向が見えている。5.4兆円という年間決済取扱高は、日本の年間最終消費支出を300兆円と仮定したときに1.8%に相当し、これが同社の決済全体に占めるシェアとなる。

日本のキャッシュレス決済市場ではクレジットカードが大多数を占めており、最上位にあたるJCBや三井住友カードの年間取扱高が30兆円超であることを考えれば遠く及ばないが、中堅クラスのカード会社を凌ぐ規模に成長してきている。中山氏自身も「PayPay 1社だけではどうにもならない規模の市場」とコメントしており、棲み分けの形でうまくキャッシュレス全体のパイを広げていきたいという考えのようだ。

この年間取扱高を伸ばすポイントは「決済回数を増やす」「決済単価を上げる」「使える場所を増やす」「ユーザー数を増やす」の4つがある。

1つめの決済回数についてはポイント還元を含む送客プログラムがあるが、例えば'22年3月時点でPayPayクーポンの利用社数が1,000万人を突破したことを報告している。中山氏は「従来の紙のクーポンなどとは異なり、事前にクーポンを取得すると自動的に使われる仕組みになっており、理解いただくまでに少し時間がかかった」と説明する。

また決済単価については「PayPayあと払いの導入以後は1人あたりの利用額が上昇する傾向がある」と同氏は述べており、少しずつ周辺サービスの追加が功を奏している形だ。

PayPayクーポンは開始当初はほとんど使われず、認知向上とともに利用が急拡大したという

加盟店についても引き続き伸びていると中山氏は説明する。'21年10月の手数料有料化(MPM加盟店)について、影響は軽微だったという説明が以前にあったが、その後も加盟店は伸び続けているという。その時点では営業リソースはPayPayマイストアの開拓やフォローにシフトするという話だったが、それにもかかわらず増加カーブを描いていると同氏は加える。

ユーザー数についても以前ほどの劇的な伸びはないものの、四半期ごとにほぼ同じペースで伸びている。日本国内のスマートフォン比率が94%に達したという話もあったが、少なくとも8,000-9,000万程度の潜在的ユーザーが存在し、このうち7割のシェアを獲得すれば6,000万前後には達することになる。以後の伸びは大きく鈍化するとみられるが、少なくともあと2-3割は積み増す余地があるというのが筆者の予測だ。

ユーザー数と決済取扱高の推移

ユーザーが増えれば個人間送金を使う機会も増えるし、これまでクレジットカードを含めてキャッシュレス決済が使えなかった場所でPayPayが使えるようになれば、さらにその利用機会も増える。中山氏も指摘しているが、都市部ではそれほど目立たないものの、地方に行くほど「現金かPayPayのみ」という店舗は多い。これまで現金しか扱わなかった店がPayPayを導入することで、それ以外の支払い手段を選択する余地が生まれたというわけだ。

税金などの支払いの対応状況

規模感でポイント経済圏を攻略する

一般に「2兆円市場」などといわれるポイント市場だが、決済市場では最大手となる楽天ポイントを一気に1年で追い抜き、このパイの多くを獲得していくというのがPayPayの目下の目標となる。現状、Tポイントを含むグループ各社のポイントプログラムを統合したPayPayポイントだが、「LINEポイントについては現在協議中」(中山氏)とのことで、遠からずグループの総力を結集してポイント争奪戦に乗り出すことになる。

ポイント発行額でトップのA社(楽天と思われる)を1年で一気に抜き去るのが目標。グラフは縦軸の数字がないので、あくまで視覚的な目安と捉えればいい

同社が最大のライバルと目するA社こと楽天だが、楽天は2021年8月末時点でポイントの累計発行額2.5兆円に達し、1年間で5,000億を積み増ししたことを報告している。グラフの時間軸から判断して、過去2年ほど急速に利用を増やしているようだ。

楽天が昨年2021年9月に発表したポイント発行額累計のマイルストーン

ポイントに関する調査報告は各所から出されているが、年間発行額の視点ではキャッシュレス関連の業界合計で1兆円前後の規模になると考えている。例えば野村総合研究所(NRI)が11月に出した2020年度のポイント・マイレージ市場調査報告)によれば、2020年度のポイント発行額は1兆399億円となっている。ただ、実際に各社が出している数字と2~3倍近い乖離がみられるケースもある。例えばdポイントは2021年時点で3,000億円程度の年間発行額があるという話で、NRIのデータ含め、あくまで参考程度に考えておくべきだろう。

競合ポイントとの実績比較の例

発行額そのものの話をいったん置いておけば、やはりここで気になるのはPayPayがポイントプログラムでどのような流れを描いているかだ。

発行されたポイントは決済を経て使われた“店舗”に環流されることになる。店舗的にはポイント還元を“餌”に顧客を集めることになるが、この“原資”を購入して自ら還元キャンペーンを張れる点が「ポイント外販」における“ポイント”となる。共通ポイントの特徴として、貯めたポイントは(PayPayで支払える場所であれば)ユーザー自身が選んで好きな場所やタイミングで使えるわけで、店舗側では顧客獲得のキャンペーン予算に対し、どれだけの集客効果と“環流効果”があるかが共通ポイントプログラムを導入するうえでの判断基準となる。

今後ポイント外販により、加盟店向けの決済サービス以外でも「PayPayポイント」を導入するケースが出てくることになるが、集客のみならず、“環流効果”がどれだけ期待できるかを示すのがPayPayの腕の見せどころとなる。

正確な数字は未公表のため不明だが、例えば楽天は自身の経済圏、特に楽天市場をはじめとするオンラインサービスが充実しているため、発行したポイントの多くは楽天にそのまま“環流”されることが多いといわれている。逆に自身の商圏が弱い携帯キャリア系のポイントでは流出分(つまり“環流”されない)が多い傾向がある。

PayPayを擁するソフトバンクグループでは自身の商圏が強い傾向が高いと思われるため、目標とする楽天グループに近い流れを生み出すのではないかと予想できる。PayPayポイントを導入するだけのモチベーションを生み出せるか。PayPayはおそらく、ユーザー数や決済規模、送客ツールなどを軸に、集客効果の高さをアピールしていくことになるだろう。

PayPay代表取締役社長の中山一郎氏

これに関して中山氏は興味深い話題を提供している。「東京都だけで3月までに60の市町村区で還元キャンペーンを行なっているが、PayPayも担いだところと、そうでないところで顕著な違いが出ているので調べてみてほしい」と同氏はコメントしており、PayPay自体の集客効果の高さを暗に示している。つまるところ、その規模感と「どこでも使える利便性」というのがPayPayの武器であり、これをそのままポイント市場に持ち込もうというのが戦略なのだろう。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)