鈴木淳也のPay Attention

第94回

拡大する「あと払い」の国内最新事情

ノルウェーのオスロ空港にあるATMコーナー

2020年12月30日(米国時間)にWall Street Journalが公開した「Covid-19 Economy Boosts ‘Buy Now, Pay Later’ Installment Services」という記事によれば、新型コロナウイルスの影響による厳しい情勢のなか、何百万という米国の消費者がクレジットカードでの支払いを避け、「BNPL(Buy Now, Pay Later)」という仕組みに殺到したという。BNPLとは日本語で簡単にいえば「あと払い」のことであり、商品はその場ですぐに入手しながら、支払いタイミングは“後まわし”という仕組みだ。

結果として、BNPLソリューションを提供する米Affirm、豪Afterpay、スウェーデンのKlarna Bankといった企業の動向に注目が集まっている。例えば、Afterpayのアカウント数は1,300万を突破し、そのうち750万は過去1年間に何らかの買い物を行ったというアクティブユーザーだ。昨年11月の1カ月間での購入額は10億オーストラリアドル(日本円で約840億円)に達し、これは前年同月比の3倍に相当する。Klarnaの10月時点でのユーザー数は1,100万、Affirmの年間アクティブユーザー数は390万となるが、Affirmについては前年比で63%増と急成長がうかがえる。つまり、2020年のこのコロナ禍においてBNPLは急成長したビジネスというわけだ。

BNPLのビジネスモデルと成長理由

BNPLにおけるポイントの1つは「オンラインショッピングに適したソリューション」という点にある。ケース・バイ・ケースではあるものの、前述のAffirm、Afterpay、Klarnaといった事業者は売り手と消費者の決済仲介を行ない、一種の支払い代行サービスとして機能する。もちろんリアル店舗の店頭で利用可能なBNPLも存在するが、従来までオンラインでの決済時に表示されていた「クレジットカードまたはデビットカードでの支払い」に代わり、「BNPLで購入」というオプションが新たに追加されたものだと考えればいいだろう。

つまり、デビットカードであれば即時に引き落とされ、クレジットカードであれば与信枠内での支払いが即時に決定されるのに対し、BNPLという「あと払い(Pay Later)」という3つめの選択肢が提供される。

この流れで分かりやすいのがPayPalの「Pay in 4)だ。昨年8月に発表されたサービスで、6月にはオーストラリアでの提供も予定されている。名称からも分かるように「4分割払い」の「Pay later」オプションであり、購入決定時に全額のうち“4分の1”さえ支払えば、あとは指定された期限内に残り3回分の支払いを完了させることで、追加の手数料(Interest)なしに商品を支払いを完了させずに入手できる。

PayPalの提供するBNPLオプション「Pay in 4」

このBNPLの仕組みは前述のように2020年に入ってから急速に伸び始め、PayPalが「Pay in 4」のリリースを同年のホリデーシーズン前に投入したのも、このトレンドをキャッチアップするためだ。昨年のホリデーシーズン商戦の状況は以前にレポートした通りだが、「購入のオンラインシフト」「商戦の分散化(具体的には、11月末ではなく9-10月に商戦がスタートする)」の2つの傾向が顕著であり、BNPLの成長要因の1つとみて間違いないだろう。

人々がなぜBNPLを利用するようになったのか、興味深いデータがBusiness Insiderで紹介されている。複数回答によるアンケート調査では、理由の約4割で「クレジットカードの手数料支払いを避けたい」「予算オーバーの買い物をしたい」がトップ2として並んでいる。それに続く形で「与信チェックを避けたい」「クレジットカードを使いたくない」という理由が並ぶ。「クレジットカードの審査に通らなかった」「与信枠を使い切った」という回答もあり、理由がほぼ「クレジットカードを使いたくない(あるいは使えない)」という部分に集中している。つまり、「買い物はオンラインで」→「でも、これ以上クレジットカードで支払いたくない」→「お、BNPLのオプションがある」→「予算オーバーだけど購入してしまえ!」→「商品入手」といった流れだ。

実際、IBISWorldが公開している「オーストラリア準備銀行(Reserve Bank of Australia)」のデータによれば、オーストラリアでのクレジットカード枚数が2016年以降減少を見せるなか、それに合わせる形でBNPLでの売上は急上昇している。クレジットカードの役割を補完する存在としてのBNPLという位置付けがある程度確立されつつある。

オーストラリアでのクレジットカード枚数とBNPL売上の推移(出典:IBISWorld)

BNPLの消費者にとってのメリットは分かりやすい。シンプルに、クレジットカードに代わる支払い手段という点と、「Pay Later」の柔軟性だ。忘れられがちだが、日本国外のクレジットカードは「リボ払い」が中心だ。最初に支払額が決定され、それを全額期限内に弁済すれば基本的には手数料は追加で請求されない。ただし、それが厳しいという人には「支払い期限を延長する代わりに手数料を請求する」という道が用意され、可能な範囲で定期的に弁済を行なっていく。

結果として、この手数料支払いがカード会社の収入源となる。

日本のクレジットカードの場合は一括払いがほとんどのため消費者が手数料を意識することは少ないが、多くの諸外国の消費者にとってクレジットカードの手数料支払いは悩みの種だ。結局、大きな買い物をした場合に相応の支払残高が銀行口座になければ、クレジットカードで借金をして手数料を支払うことになる。ここで先ほどのPayPalの「Pay in 4」のオプションが提供されれば、手持ち金が購入額の4分の1しかなくても、手数料ゼロで分割購入が可能になるわけで、BNPLは有力な選択肢になり得る。

「手数料も請求しないのに、提供側に何のメリットがあるの?」という疑問が当然あるだろう。このあたりはJifitiのBNPLに関する解説が詳しい

前出のBNPL事業者が手数料を請求するにあたり「Merchant transaction fee loan」「Shopper Interest loan」の2つのパターンがある。クレジットカードは後者であり、消費者にサービスを利用する代わりに「“延滞費”としての手数料」を請求する。今回テーマに挙がっているサービス群は主に前者であり、商店側にトランザクション費用として手数料を請求する。消費者側の視点では、支払期日を超過しない限りは「手数料は無料」だが、その分の費用負担は商店側が行なう。

つまり「費用を負担してBNPLサービスを導入している」ことになるが、その理由としては「(消費者の)購入機会を逃したくない」「通常の予算よりも大きな買い物をしてもらえる確率が高い」といったものが挙げられる。

あるレポートによれば、クレジットカードでのインターチェンジフィー(Interchange Fee)が2-3%程度なのに対し、BNPLでは5-6%ほどが請求されることが多いという。つまり売上増加と機会拡大のために、それだけの自己負担であってもBNPLをわざわざ導入しているわけだ。

拡大するBNPL

オンラインストアでの導入は売上拡大における重要なファクターだが、PayPalのような決済代行事業者の導入により活用場面がさらに拡大しつつあるというのがBNPLの現状だといえる。

直近の大きな話題では、米StripeがAfterpayと2月に提携を発表し、米英豪などでのBNPL市場に参入している。StripeはWebサイトやモバイルアプリなどに決済の仕組みを簡単に組み込めるサービスで知られており、気付かずにStripeのサービスを利用しているという消費者も少なくないはず。Stripeでは日本市場向けに「コンビニ決済」「銀行振込決済」という一種の「あと払い」サービス提供に向けた準備を進めており、関連ソリューションの拡充を急いでいる。

AfterpayのWebサイト

またConsumer Reportsでも触れられているが、American Express、Citi、JP Morgan Chaseといったカードイシュアや銀行においても、クレジットカードに対してBNPLと同様の「分割払い」オプションの選択を可能にするサービスの提供を始めている。店頭での分割払いオプションは日本ではお馴染みのものだが、オンライン上では利用できないことがほとんどだ。同様に、海外でもリボ払い方式が中心であることから、支払いタイミングでは基本一括で、後で支払いタイミングを手数料を支払いながら調整することになる。こうした慣習を越えてBNPLのようなサービス形態を導入しつつあるというのは興味深い傾向だ。

米ニューヨークにあるChaseの支店の1つ

日本における「あと払い」の市場

BNPLの波は日本にも押し寄せている。例えば[PayPalは4月15日にPaidy(ペイディ)との提携を発表しており、世界中のPayPal決済対応加盟店において「どこでもペイディ」の利用が可能になった。支払いオプション選択時に「あと払い」「3回あと払い」を選ぶことができる。

提携の背景についてPayPalでは「ポストペイは2021年の決済トレンドの1つとして認識しており、日本ではPaidyとのパートナーシップ強化に注力しています。コロナ禍で海外旅行が行けない状況の中、海外ショッピングを楽しみたいと思われているPaidyのお客様にファッション、ゲーム、ビューティーなどのPayPalの海外加盟店にてお買い物を楽しんでいただければと考えています」と説明している。

この支払いオプション提供によってどのようなことが可能になるのだろうか。「Paidyのお客様はクレジットカードを持っていますが、使いすぎやセキュリティ面が心配で利用に躊躇がある方がほとんどです。ペイディは携帯電話番号とメールアドレスだけでお買い物ができるスマートなキャッシュレスサービスでありながら、現金で賢くお金の管理ができることから好評をいただいています。今回のどこでもペイディの提供開始により、世界2,900万のペイパル決済が使える加盟店でペイディを使ったお買い物ができるようになります。ペイディをより便利にお使いいただけるようになることから、既存のペイディユーザーの方の需要促進を見込んでいます。ファッションやコスメが大好きなミレニアル世代、日本未発売や海外の掘り出し物などを求める方、最新のデジタルコンテンツやゲームに目がない方などをはじめ多くの方のご利用を想定しています」(同社)と説明している。

このほかの動きとして、以前のレポートでも紹介した「NP後払い」や「atone」などのサービスを提供するネットプロテクションズがここ最近立て続けに資本提携を発表して地固めを進めつつあることが挙げられる。2月にはJCBとの第三者割当増資を含む資本提携を発表しており、4月にはインフキュリオンとの第三者割当増資を発表している。Paidyの件でも触れられていたように、この手の「あと払い」系サービスの利用者の中心は女性だ。「クレジットカードの利用は最低限に」「支払いタイミングは自分で調整したい」というニーズをうまくつかみ、オンラインコマースの市場で成長を続けている。

この「クレジットカード or あと払い」の部分で興味深いデータがある。

メルペイは3月23日に「後払い決済サービスに関する実態調査」と題した発表を行なっているが、やはり男女でどちらを好むかの傾向は異なっており、普段「あと払い」を利用するユーザーが「クレジットカード」を利用するタイミングについても触れられている。

メルペイスマート払いの属性(出典:メルペイ)

サブスクリプションなどクレジットカード利用が前提となるサービスのほか、やや高い金額の決済でクレジットカードが利用される一方、「公共料金」「通信費(携帯電話)」「飲食店」「大きな決断が必要な買い物」といった場面で「あと払い」が登場する。また決済タイミングが「即時ではない」という部分も選択理由で、「あと払い」を適用した後に支払いタイミングを見計らっていくという使い方になるようだ。

「あと払い決済サービス」の利用頻度に関する調査(出典:メルペイ)
サービスにおける支払金額の分布(出典:メルペイ)

メルペイでは「メルペイスマート払い」という「あと払い」サービスを提供しているが、利用傾向でいえばBNPLにおける諸外国の事例とそう大差はない。前述のように日本のクレジットカードの場合にはマンスリークリアが中心のため、消費者にとって手数料の有無はそれほど意味を成さないが、「そもそもクレジットカードの利用を抑えたい」「支払いタイミングは選びたい」という層に特に刺さっているのが国内のBNPL事情だ。このあたりは競合である「NP後払い」も同様だが、1点大きな違いはメルペイはメルカリと連動している点だ。

「メルペイスマート払い」に利用するウォレットの残高にはメルカリの売上金を充てることが可能だが、これをそのままメルペイでの支払いに充てる率が半数を超えているという。つまりメルカリで商品を売却し、その売上で次の買い物をリアルまたはオンラインで行ない、場合によってはまたメルカリで出品して売却益を得るというサイクルだ。

この際、必要に応じて「メルペイスマート払い」を組み合わせることで、直近の残高が不足していても“少し大きな”買い物が可能になる。手数料と引き換えに定額払いを選ぶオプションもあるが、これは副次的なもので、どちらかといえばBNPLの本分である「ほしいタイミングで商品を入手する」という部分が重要だ。

特にメルカリのようなタイムセールスに近い市場の場合、この“タイミング”は非常に重要な意味をもつ。これに「クレジットカードは使いたくない」というニーズと合わせ、新しい市場を醸成しつつある。

柔軟な支払いオプションを提供する「メルペイスマート払い」

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)