鈴木淳也のPay Attention

第58回

「○○Pay」のシェアはさほど高くない。その役割と目指すべきもの

2019年11月に開催された合併会見に登場したZホールディングス代表取締役社長CEOの川邊健太郎氏(左)とLINE代表取締役社長CEOの出澤剛氏(右)

QRコードやバーコードを使ってスマートフォンのアプリ上で決済を行なう、いわゆる「コード決済(アプリ決済)」の世界はすでに第2ステージに入っている。平澤寿康氏の「中小店舗のキャッシュレス対応(第12回)」で紹介されているデータが顕著に語っているが、政府のポイント還元施策の効果は大きく、終了前後でキャッシュレス決済比率が2倍近く上昇している一方で、コード決済全体でみればPayPayがある程度のシェアを確保している以外は低い水準にとどまっている。

結局のところ、キャッシュレス決済におけるボリュームの多くはクレジットカード(デビットカード)とFeliCaなどの電子マネー系サービスがその中心であり、コード決済すべてを合算してもキャッシュレス決済全体における比率は多くて1割前後だ。

スーパーなどの日常使い用途でのアクワイアリングを行なっている“ある事業者”によれば、コード決済における利用は過半数をPayPayが占めているものの、クレジットカードと電子マネーを含むキャッシュレス決済全体でいえば、そのシェアは10%にさえ達しておらず、多くても5-8%程度の水準だという。依然、日本におけるキャッシュレス決済の中心はクレジットカードにあり、そのまわりを電子マネーが取り巻き、隙間を埋める形でコード決済が入り込んでいる構図になる。

筆者が現在関係者に聞いてる範囲でいえば、前述3つの方式を合算した日本のキャッシュレス決済比率は28%前後だという(その意味では平澤氏が題材としている「紀の善」の37.3%というキャッシュレス比率は国内水準を大幅に上回っている)。

仮にPayPayのシェアを8%と仮定すれば、現金を含む決済手段全体でのPayPayの利用率は2.24%となる。これを鑑みれば、コード決済の利用比率は全体で(多くて)3-4%という水準であることが分かる。これは3-4年前の電子マネー利用率に匹敵する数字だが、キャッシュレス化の底上げ効果はあるものの、まだまだメジャーな決済手段には達していないというのが筆者の考えだ。

以上の背景を踏まえ、コード決済が突入する第2ステージは単なる加盟店開拓とユーザー積み増しによる拡大合戦ではなく、本業であるビジネスとのリンクを重視したシナジーを目指すことになる。

詳細は本稿後半で触れるが、その戦いはすでに始まっている。

一方で、他のコード決済事業者とは少し違う道を歩んでいるのがPayPayだ。日本全土にあるすべての小売を加盟店にすることを目指し、人が疎なエリアから離島まで、ソフトバンクグループの総力を結集して万に近い営業部隊が日夜加盟店開拓に励んでいる。

結果は明らかで、これまでクレジットカードなどの決済手段を導入したことのない都市部の中小店舗から、普段は地元民しか利用しない地方の小さな店舗まで、PayPayだけが利用できるというところが増えてきている。これは間違いなく日本のキャッシュレス化を底から推進する効果を持っており、クレジットカードやデビットカードだけでは開拓が難しいキャッシュレスの空白エリアを埋め、日本全体でみれば1-2割程度の底上げ効果が望めると推察する。

キャッシュレス決済はPayPayのみ対応する西宮のスーパー

コード決済の役割は「少額決済」

こうしたなか、今年10月を目標としていたヤフー(Zホールディングス)とLINEの経営統合は2021年3月頃になることが8月3日に両社から発表され、業界大手2社の合併による寡占を独占禁止法の観点から調査していた公正取引委員会が翌4日に合併のゴーサインを出し(ニュースリリース)た。この調査報告の「Zホールディングス株式会社及びLINE株式会社の経営統合に関する審査結果について」というPDFファイルに興味深い記述があるので、冒頭のシェアの話題を踏まえて少し確認したい。

ZホールディングスとLINEはそれぞれインターネットを中心とした複数の事業領域を抱えているが、今回の話題はZホールディングスとソフトバンクグループの決済子会社である「PayPay」と、LINEの決済サービス部門である「LINE Pay」なので、この部分を見てほしい。両社が合併して市場シェアが2社の総和となった場合、その業界シェアは60-70%程度の水準に達するため、「一定程度の競争圧力が認められる」としており、下記の結論で結ばれている。

直ちに競争を実質的に制限することとなるとまではいえないが,統合後における当事会社グループの行動や今後の市場の状況等によっては,当事会社グループが,ある程度自由に,価格等の条件を左右することができる状態が容易に現出し得るおそれがあるという懸念を払拭しきれない

Zホールディングス株式会社及びLINE株式会社の経営統合に関する審査結果について

つまり直近での影響は考えられないものの、将来的にシェアの大きさを背景にした圧力をライバルならびに加盟店にかけるようになり、ユーザーの不利益につながる可能性も考えられるというわけだ。

ZホールディングスとLINEの経営統合に関する審査結果の事業領域別コメント(出典:公正取引委員会)

もう1つは、コード決済の事業者別シェアをまとめた表だ。

LINE Payの落ち込みに驚くが、おそらく金額全体でみればシェアの減少ほどには下がっておらず、それだけ市場が拡大して相対的にシェアが落ち込んだ結果だと筆者は考えている。

PayPayのシェアは50-55%の水準に収まっており、おおよそ各方面で聞いている数字から大きく乖離していない(6割超という意見も聞く)。具体的な事業者名が隠されている残りについては、D社がKDDIと推察される以外ははっきりと分からないが(au PAYは2019年4月スタートなため、平成31年4月時点の集計ではほとんど数字が出ない)、キャンペーンの有無でシェアが増減するものの、どれも大きく秀でたものがないという感想だ。大量のキャンペーン予算を投入しても、利用金額シェアの面では数%の水準を前後するだけで、PayPayを除けば市場全体のパイを大きく広げるまでには至っていないというのがコード決済の現状だ。

Zホールディングス傘下のPayPayとLINE Payのコード決済市場における市場シェアの推移(出典:公正取引委員会)

では、コード決済はどこを目指すことで市場をさらに拡大していけるのか。報告書の中でも触れられているが、メインとなるのは「少額決済」の分野で、現状で現金と電子マネーが中心にある1,000-2,000円以内の比較的少額の買い物を置き換えていくことになるとみられる。

クレジットカードは手数料や決済端末設置の問題で高コスト体質であり、特に少額決済が中心の場所や中小の小売店にとっては導入しづらかった。

そこで登場したのが「J-Debit(ジェイデビット)」だが、手数料の下限が設定されるなどさまざまな問題があり、本来であれば低いコストで利用可能なシステムだったにもかかわらず、「利用金額は5,000円以上を想定」ということでユーザーも加盟店も広がらない状態にあった。最近でこそNTTデータのCAFISや全銀システムの手数料の高さに物言いがついて引き下げの方向性が見え、銀行各社もJ-Debitをベースとした安価な少額決済インフラ構築に向けた動きを強化しつつあり、クレジットカードやブランドデビットの気軽な利用が日本でも可能な環境ができつつあるが、これが本格化するのはまだ5-10年単位の時間がかかるだろう。

少なくとも、現在の高い決済手数料は日本特有のビジネスモデルに結びついている部分があり、すぐには変われないというのが筆者の意見だ。

ゆえに、そこにコード決済の入り込む余地がある。電子マネーはSuicaが上限2万円のチャージ式、QUICPayはQUICPay+になるまで決済金額の上限が低く、基本的には手軽さを利点にした少額決済向けのインフラとして発展してきたが、比較的高価な決済端末を必要とするなど導入のハードルは高かった。だがMPM方式(店舗が提示するQRコードを顧客が読み取る方式)のQRコード決済であれば加盟店側の負担も少なく、電子マネーの普及していないエリアであっても導入しやすい。ある業界関係者からは「そもそもCPM方式のコード決済は不要だったのでは?」という意見も聞いたが、MPMが求められる領域こそコード決済は真価を発揮し、その意味でPayPayのばら蒔き戦略は正しかったともいえる。

面白いのが沖縄で、もともと同地域では「Edy天国」と呼ばれるくらい楽天Edyが普及しているが、クレジットカードや他の電子マネーはほとんど利用が進んでいなかった。地場スーパーの「かねひで」ではクレジットカードと電子マネーを数年前に導入し、最近ではコード決済のキャンペーンを展開していることが知られているが、一方でキャッシュレス化のタイミングで導入した交通系電子マネーの取り扱いを止めてしまっている(iDは継続して利用可能)。手数料の高さと利用者の少なさが理由と推察するが、興味深い動きだと思う。

沖縄の地場スーパー「かねひで」では3種のコード決済(PayPay、メルペイ、au PAY)とクレジットカード、電子マネー系サービス(楽天Edy、iD)に対応
かねひででは2015年前後からクレジットカードと電子マネー対応を始めているが、昨年2019年4月に突然交通系電子マネーの取り扱いを止めている

ポイント加盟店とクレジットカードビジネス

以前に「○○Payのゆくえ。今後1年でモバイル決済の世界に起きること」の記事でも触れたように、PayPay以外の各社は自身が主戦場とする領域との連携を重視しつつ、ユーザーや加盟店らをその経済圏に取り込もうとしている。

この分かりやすい施策が「ポイント」であり、ローソンとKDDIがPontaポイント経済圏を共同で作り、一方でローソンから弾かれる形になったドコモは提携可能で有力なチェーンやサービス事業者の発掘にあたっている。もともとTポイントを採用していたファミリーマートに、楽天ポイントと並ぶ形でドコモが同社と提携したことがきっかけでローソンとの距離が開いたという一連の流れだが、こうしたオンラインや通信を拠点としてポイント経済圏を持つ各社が熾烈な争いを繰り広げている。

現在最もデッドヒートを繰り広げていると思われるのが、ドコモのdポイントと楽天の楽天ポイントだ。例えばマクドナルドでは両社のポイントを買い物で貯めることができるが、ドトールであればdポイントのみだし、ラーメンチェーンの幸楽苑であれば楽天ポイントのみとなる。貯めるだけ、あるいは消費も可能な場所など複数の組み合わせがあるが、こうした契約(可能であれば独占)をとるために現場で提携先の奪い合いが頻繁に発生していると聞いている。

極端なケースでは導入で必要な各種費用を全部持ち出したり、あるいは契約的に不利になるケースであっても提携を優先するといったこともあるようだ。コード決済ではキャンペーンによるばら蒔きが中心だったが、むしろこの世界では加盟店に還元している形だ。

コード決済のキャンペーン合戦では目立った動きのなかった楽天ペイだが、楽天グループにおける本丸は「楽天カード」であり、グループ各社のサービスを通じて構成される「楽天ポイント経済圏」だ。「日本で一番使われているカード」を標榜している楽天カードが軸にあり、これを活かして経済圏内でなるべくトランザクションをまわしていくことを同社では重視しており、国内最大級のポイント経済圏となっている。

対するドコモはdカードとdポイントがあり、KDDIはau PAYや銀行系のサービスを組み合わせてそれに続く。ポイント加盟店の草刈場となりつつあるのがTポイントだが、このビジネスの主役は「決済サービス」というよりもクレジットカード側にある。実際、ドコモでもd払いとdカード+dポイントでは事業部が別であり、この競争の枠組みがクレジットカードビジネスの延長であることが分かる。

筆者は「コード決済」という言葉よりも「アプリ決済」という言葉をどちらかといえば好んで使っているが、「QRコードやバーコードを読み込んで支払いを行なう」だけの枠組みを越え、新しい用途やサービス提案を行なわない限り、スマートフォンを使ったアプリ決済が既存の枠組み以上に活用され、さらに広がるのは難しいのではないかと考える。

加盟店開拓はポイントを使った顧客の囲い込みと送致へと主戦場が移りつつある。これは3種類の主要ポイントカード(Tポイント、dポイント、楽天ポイント)を取り扱うファミリーマートにおいて撮影したもの

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)