西田宗千佳のイマトミライ

第217回

NTTと通信事業者が衝突。「NTT法見直し」はどうなるのか

10月19日には、NTTとその他通信事業者がそれぞれ会見を開いた。写真は大手3社による会見のもの

10月19日、NTTとその他の通信事業者が「NTT法」をめぐって激しい舌戦を繰り広げた。その他の事業者とは、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルなど「NTT以外」の180者だ。

それぞれの主張には聞くべきところがあり、難しい話ではある。

そもそもの発端や影響などについて、内容をまとめてみたい。確かにこの話は、我々の生活に関わる重要な問題だ。

NTT法は今後どうなるのか

10月19日午前、NTTと他の通信事業者はそれぞれ「同じ時間に別の場所で」記者説明会を開いた。主題は同じ「NTT法の今後について」だ。

NTT法とは「日本電信電話株式会社等に関する法律」の通称。1985年に電電公社が民営化し「NTT(日本電信電話株式会社)」になる際、電電公社がもつ特別な役割を維持する目的で作られたものであり、1999年にNTTが持ち株会社制に移行した後も、現在に至るまで維持されている。

NTTの特殊性は、電電公社時代に税を使って用意したインフラをベースにした企業であるということ、そして、国のインフラを支える企業であるので、国民すべてが必要な利益を享受できるように「ユニバーサルサービス」を提供する責務を負っている、ということに尽きる。

通信サービス向けのインフラで支配的な地域にいるということは、強い責務を負うと同時に、他の事業者にとって有利な立場にいる、ということでもある。

今回の騒動の中心にあるのは、40年近く続いてきたNTT法を存続すべきか、ということにある。

NTT法を「実質的な廃止状況」としたいNTTに対し、NTTが依然として特別な企業であると感じるそれ以外の企業の考えは、完全に対立した状態にある。

実は今回、両者の会見は同じ日の同じ時間に開催されたため、記者は「どちらか」しか直接聞くことはできなかった。筆者が参加したのは、KDDI・楽天モバイル・ソフトバンクの3社で開いた会見の方である。

KDDI・楽天モバイル・ソフトバンクの3社で開いた会見には各社トップが参加

議論は「NTT株式売却ありき」で始まった

前出のように、NTTは電電公社時代の「公的な存在であった」ことを引き継いでいる部分がある。そのため、国などはNTT株式のうち32.29%を所有しており、筆頭株主となっている。

NTTのホームページより。6月現在、NTT株式の32.29%を国などが所有している。これはNTT法に定められた規定による

今回NTT法見直しの議論が出てきたのは、今年7月頃から、政府から「財源として政府保有株式を売却する」議論が出てきたからだ。2024年もしくは2025年度、NTT株を中心に政府保有株式の一部を売却、それを主に防衛費などの財源に充てる計画がある。

現実的には、NTT株が暴落しないような配慮が必要になる。そのため現状では、25年かけて5兆円分を分割しながら売却していく計画になっている。短期的に株主構成が変化することはないだろう。

だが国がNTTの筆頭株主から降りることになるわけで、長期的視点に立つと、経営方針への影響が考えられる。外資がNTTの経営権を取得することも不可能ではなくなってくる。

NTT法では国が株式の3分の1以上を保有することが義務付けられている。財源としてNTT株式を売却するのであれば、NTT法の改正もしくは廃止が必要になる。ここにきて急にNTT法の話題が盛り上がってきたのは、政府側の思惑による部分が大きいのである。

NTT法の改正・廃止はNTTにとっては「悲願」とも言える部分がある。

NTTは国に紐づく会社であるので、複数の制約がある。

特にNTTが問題視していたのは、研究開発内容について開示義務があるため競争力強化にはマイナスである、ということだ。正式社名である「日本電信電話株式会社」を法律上変更できないこと、役員の選任について、外国人の登用を含めた制約が多いことなどもあり、「世界的に最先端で大きなことをするには不利だ」という主張である。

これは確かにそうだろう。NTT法の規定が現在求められるものとずれてきている、という部分はある。

NTT法廃止で衝突する通信事業者

ただそれは、他の事業者も認めていることだ。一方で、それが「NTT法の廃止」につながることについて、他社は反発する。

今回NTT法廃止に反対する企業は「各論だと違いは山ほどあるが、改正には賛成・廃止には反対という点は一致している」(ソフトバンク 代表取締役 社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏)と語る。

論点は2つある。

1つは「過去に得た資産」の問題。

KDDIの髙橋誠・代表取締役社長CEOは次のように語る。

「NTTが特別法人なのは、特別な資産を持っているからだ。では民営化にあたって(過去に税金で整備した)資本を分離するかと問われると、イヤだと言う。それなら、NTT法を残して、内容の改正でいいじゃないですか? なぜそこまで廃止にこだわるのか」

KDDIの髙橋誠・代表取締役社長CEOと、KDDIの主張

一方で、NTTはここに反対する。

回線や設置可能設備などの資産について、「公正競争上のルールとして、公平な価格で貸し出す」ことと電気通信事業法で規定されているので、NTT法で規定する必要はない……というのだ。

NTTの会見より。設備などの貸し出しは電気通信事業法で規定されており、現在も守られている

2つ目の論点も似ている部分がある。

「ドコモのTOBをしれっとやられた。ああいうことを10年後や20年後にもやられるかもしれない。電気通信事業法で規制されるのはシェア50%以上の支配的事業者。例えばNTT法がなくなってすべて一体になったら、資産を細かく分割譲渡して50%以下にできる。こういう問題を丁寧に考えながら議論しなければいけない」(宮川氏)

ソフトバンク・社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏と、同社の主張

「NTT法は非常に重要。完全民営化されると経済合理性第一で動くことになり、今の決め事も反故にされる可能性がある」(楽天モバイル代表取締役 共同CEOの鈴木和洋氏)

楽天モバイル代表取締役 共同CEOの鈴木和洋氏と同社の主張

要は、過去のNTTのやり方から「信頼できない」とされているのだ。

一方でNTTはどうか。

NTTの島田明社長は、「NTT東西とNTTドコモを統合する考えはない。(統合しないという)『担保がない』というなら、電気通信事業法の禁止行為の中に書いてもらっても構わない」と会見で発言している。

NTT 島田明社長
NTTは今後も東西とドコモの統合を行なわないと主張する

要は、「NTT法を根拠とせずとも状況は維持できるので、NTT法は廃止してもかまわない」と考えるNTTと、「NTTにフリーハンドを与えないためのエンフォースメントとして、他の法律に加えNTT法が必須」と考える他社の間では、明確に考え方の違いが存在するわけだ。

これはどちらの言い分に一定の理がある。要はどちらがわの視点に立つかという話に過ぎない。

「ラストリゾートとしてのブロードバンド」は誰がどう実現するのか

筆者の意見として、NTT法が廃止されるか否かは正直どうでもいい。それ自体が国民生活に大きく影響するとは思えないからだ。

ではどうすべきなのか?

消費者の視点に立てば、問題は「ここからの国内通信基盤整備をどう進めるのか」に尽きる。

誰もが必ず一定のサービスを得られる規定を、「ユニバーサルサービス」「ラストリゾート供給」などと呼ぶ。現状は「通話」が対象とされているが、これが「通信」、つまり一定速度以上のインターネット接続サービスになっていくのは間違いない。ブロードバンドが全国民必須のサービスに位置付けられるなら、これは大きな変化になる。

日本のブロードバンド回線自体は(携帯電話回線も含めれば)普及しているものの、意外なほど「あたりまえのインフラ」にはなっていない。だから、その点の常識を変え、行政サービスを含めたあらゆるものが「ネットから使える」前提で考えられるよう、素早く実現するにはどちらの方法論がいいのか、という点で考えたい。

その時の方法論が最大の論点である。

NTTが主張するのは、ラストリゾート供給を電気通信事業法で「複数の事業者が複数の回線を使い、複数の事業体で担うべき」という方法論だ。

他の事業者の主張は、「税金を投入した資産を持つNTTが中心となって担うべき」というものだ。

日本の光ファイバー網は、設備ベースではNTTグループが78%のシェアで、圧倒的な支配力を持っている。

現状の供給体制について、NTTは「公平だ」と思っている一方で、供給を受ける事業者には不満も相当にあるようだ。意見が分かれるのもそうしたところに原因がある。それぞれの立場で有利な意見を主張しているので、話が平行線を辿るのも当然だ。

筆者の意見としては、ここからの強化は「共有型」で進めるべきと考える。

携帯電話ではインフラの共有が進み始めている。インフラコストを共有・分散しつつ広げることで、「通信可能かどうかは競争領域でない」世界に近づき、「いかに良い品質で通信ができるか」「通信の上でいかに快適に、安価にサービスができるか」という議論が中心になってきた。

おそらくブロードバンドに求められるのも同じことだ。

NTT法を廃止するなら、光回線などの共有可能なインフラについて別会社にまとめ、それを日本の資産として効率的に管理する方法を考えるべきかもしれない。

政府は11月中には、NTT株式売却の方向性を定める、とされている。日本の通信インフラと社会インフラの将来を考えて決断するには、ちょっと短時間すぎるような気はする。

NTT法の見直しや廃止が既定路線だとしても、そうした影響まで含めて検討をお願いしたい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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