西田宗千佳のイマトミライ

第218回

「スナドラ搭載PC」が導くノートPCの大きな競争

Qualcommは「Snapdragon X Elite」を発表。搭載デバイスは2024年中に発売になる

10月24日から26日までの3日間、Qualcomm(クアルコム)は米ハワイ州マウイ島で、年次開発者会議「Qualcomm Summit 2023」を開催した。今年最大のトピックは、新アーキテクチャを採用したCPUコア「Oryon」を搭載したPC向けSoC「Snapdragon X Elite」を発表したことだろう。

ただ、同社が主張したかったのは「PC用プロセッサーを本気で狙う」ということだけではない。

この2年間で起きた生成AIの波が将来のスマホやPCを変える中でどのようなことが期待できて、そこではどのようなプロセッサーが必要となるか、ということをアピールしたのである。

今回は基調講演の内容を、そうした文脈に沿って解説していきたい。

なお、基調講演自体はYouTubeで公開されており、以下のリンクから視聴できる。気になる方はチェックしてみていただきたい。

Snapdragon Summit 2023: Keynote Livestream

スマホの次は「オンデバイス生成AI搭載スマホ」

「基調講演では伝えるべきことが多くある。だがまずこの話をしたい」

クアルコムのクリスティアーノ・アモンCEOは基調講演の冒頭でそう話した。

クアルコムのクリスティアーノ・アモンCEO

そういって持ち出したのは「生成AIがデバイスをどう変えるか」ということだ。

今年のテック系イベントでは、ほぼ全ての領域で「生成AI」がテーマだった。

だが、アモンCEOが語ったのは「生成AIでなにができるか」ではない。デバイスの中に生成AIが入る、すなわちデバイスの中で高速に、素早いレスポンスで動作する生成AIが組み込まれるとなにが起きるのか、という点だ。

「生成AI」と書いたが、実のところ、別に「生成」AIだけに限った話はしていない。画像認識や音声認識など、昨今利用可能になったAIももちろん含まれる。

画像や音声は、従来ならば「人間は理解できるが再利用が面倒」な情報だった。しかし、AIによる認識が可能になり、その情報をさらに生成AIが処理することで、「要約」「提案」「予測」といったことが可能になってくる。電話の内容をそのままテキスト化した上で要約したり、次にすべきことを提案してもらったり……といった使い方が出てくるわけだ。

アモンCEOは、そうした変化を「モバイルコンピューティングの次」と語った。アプリベースのスマホという路線から、スマホではあるがもっと別の使い方をするデバイスへと変わっていく……という予測だ。

アモンCEOは、オンデバイス生成AIが「Next Device」のカギと話す

ただ、そうした処理をすべてクラウドに投げて処理していては大変だ。命令をしてから反応するまでの速度は遅くなるし、通信コストもかかる。自分のプライベートなデータをクラウドにアップロードし続けるのは、プライバシー面で問題もある。

そこで出てくるのが、デバイス内(オンデバイス)でAIを処理する手法だ。オンデバイスでの生成AI処理による高レスポンス化とプライベートデータ処理が、スマホやその他のデバイスの性質を変えてしまい、さらにそのこと自体が生成AIの可能性を高めていく、とクアルコムは考えている。

オンデバイスでの生成AI処理が、生成AI自体の可能性を大きく広げていく

発想としては珍しいものではない。この数年、スマートフォン用のプロセッサーにはAIの推論処理をサポートする「NPU(Neural Processing Unit)」が搭載されるようになっている。その多くは画像や写真の処理に使われているが、より汎用性の高い用途へと広がっているのが実情。先日Googleが発表した「Pixel 8」シリーズも、そういう設計思想のスマホだった。

またPCにおいても、インテル・AMDともにNPU搭載の流れにある。

クアルコムも同様で、従来スマホ向けに進めてきたNPU搭載をPC向けも含めた幅広い用途でさらに拡大してゆく。当然、NPUだけでは処理しきれないものも増えていくので、CPU・GPUに加えNPUを効果的に使い、さらにクラウドとローカルの処理をうまく分けていくことで、「オンデバイス生成AI時代のデバイス」ができていく……と考えているのだ。

Snapdragon X EliteでのAI処理の模式図。CPU・GPUとNPUがそれぞれ強化され、広帯域のメモリーとともにAI処理を行なう

結果として、デバイス内で動くものとしては規模の大きな生成AIが使えるようになる。最適化を行えば、画像生成AIである「Stable Diffusion」の生成処理も1画像で1秒以下にまで縮められるという。コンテンツ生成からセンシング、ビデオ処理に至るまで、多くのことが可能となる。

クアルコムは新プロセッサーで、多くのAI処理がより高速化できると説明

最大の課題は、「そういうソフトウェアやサービスを作ること」にある。そこでクアルコムは、マイクロソフトやMetaなど、多数のプラットフォーマーの協力が得られていることをアピールした。

業界内の水平分業をいかし、クアルコムは半導体のパートをカバーする……という宣言でもある。

クアルコムはAI処理でも多くのプラットフォーマーと連携していることをアピール

Snapdragon X Eliteは「ARM版PCのジレンマ」を解消するのか

前出のように、生成AIのオンデバイス利用はまだまだはじまったばかり。今年から来年にかけてのデバイスは「構想初期段階」と言えるかもしれない。いくつものサービスは出てくるが、消費者が「オンデバイス生成AIを使ったサービス」で商品を選ぶようになるのは、早くても来年後半から再来年、というところではないだろうか。

その前の段階として、最大の話題となるのは「パフォーマンスの向上」だ。

パフォーマンス自体はどんな製品に使う半導体でも求められている。だが、「なによりそこが課題」というジャンルはそこまで多くない。スマートフォンは特にそうかもしれない。だから生成AI活用が持ち出されてくるのだが、消費者が求めているのは単純な「速度」ではなくなっている。

だが一方、PCは話が変わってきた。商品として「高性能かつ低消費電力」なものを求めるニーズは、PCの方で活性化しているといってもいいだろう。

そんなこともあってか、今年のSnapdragon Summitの基調講演は、スマホ向けのSnapdragonよりもPC向けのSnapdragonを先に紹介し、より長い時間を割いていた。それだけ、「Snapdragon X Elite」とそのCPUアーキテクチャである「Oryon」に自信があるのだろう。Oryonは来年発表のスマホ版Snapdragonにも搭載が決まっており、2024年のスマホ以上に、2025年のスマホは性能アップする可能性が高い。

Snapdragon X Eliteの機能まとめ。競合に対する大幅な性能向上と、消費電力の少なさをアピールしている
キーとなる「Oryon」を発表するアモンCEO

以下は、M2搭載Mac・インテルの第13世代CoreアーキテクチャCPUとの性能比較だ。どちらもSnapdragon X Eliteが有利、とされている。

アップルのM2とSnapdragon X Eliteの比較
インテルCPUとSnapdragon X Eliteの比較

この種のデータは製品に搭載され、いくらくらいの価格で出てくるかを見るまでなんともいえないところはある。インテルにしろアップルにしろ似たような比較を出すことは多いが、製品に搭載されてみると印象が変わったりもする。

そのため、Snapdragon X Eliteも製品を触るまで評価は控えたい。

だが、期待したくなる製品なのは間違いない。

以前よりクアルコムは、マイクロソフトなどと共同でSnapdragonベースのPCを作ってきた。しかし、性能やコストパフォーマンスは「わざわざx86でないものを選ぶ意味が薄い」ものだった。

一方で、Appleシリコン搭載Macの上で仮想マシンを使って使うARM版Windowsは、コスパはともかく性能の面ではかなり満足度が高い。

ゲームの互換性やパフォーマンスを含め、まだ気になる点は多々ある。しかし、もしSnapdragon X Eliteが期待通りの性能を発揮するなら、ノートPCの世界に大きな競争が生まれることになる。

Snapdragon 8 Gen3が「写真来歴記録」に対応

最後にもう一つ、気になるニュースをお伝えしたい。

スマホ向けのSnapdragonである「Snapdragon 8 Gen3」も発表になった。

高性能化した「Snapdragon 8 Gen3」も発表

Snapdragon 8 Gen3では、撮影した写真の来歴を記録・管理する「Truepic」社の技術に対応した。

Truepicでは、アドビやマイクロソフトも参加する業界標準規格である「C2PA」での来歴記録をサポートする。

Snapdragon 8 Gen3はTruepicを介してC2PAでの来歴記録に対応

来歴記録とは、写真などが「どう撮影され」「どう編集され」「誰から提供されたものか」を記録し、トラッキングできるようにするものだ。詳しくは昨年掲載した以下の記事をご参照いただきたい。

来歴記録とは「本物か偽物かを証明する」ものではない。来歴記録は改竄こそできないが消去は可能だからだ。

だがそれは問題ではない。来歴記録はコンテンツからフェイクを作ることを防ぐ技術ではなく、「目の前にあるコンテンツはどう作られたものか」を可視化する技術だからだ。

作品に来歴がついていればそれが判断基準となるし、来歴がなければ「本物か偽物かの判断基準がない」=フェイクの可能性を否定できない、ということになる。

今年もAdobe MAXで新情報を取材してきた。昨年以降著しい生成AIの進展をふまえ、写真の来歴だけでなく「生成AIである」ことの記録や、「生成AIの学習に使わない」意思表示などの用途が広がっていた。AIを否定するのではなく、「これはAIで作られたものである」ことを明示するためにも使える、とされたわけだ。

同時に課題となるのは、やはり「撮影段階から来歴を残す方法」が少ないことだった。撮影したカメラまで来歴をたどれれば、価値は大きく高まる。ただ、来歴記録には相応の処理能力が必要で、OSベンダーやプロセッサーメーカーとの協力が必須だ。

Adobe MAXの段階では「スマホでのネイティブ対応はまだ先になる」とのコメントだったが、「まだ先」は意外と近かったらしい。

今年はライカのカメラがC2PA規格による来歴記録に対応したが、来年はそこにスマホも加わってくる可能性が出てきた。

おそらく、多くの人の日常的な撮影にはあまり関係してこないだろう。

だが、フェイクコンテンツだけでなく、建築や事故の確認など、写真の来歴が重要な用途では、スマホやデジカメ内での来歴記録が有用であり、産業用途の可能性も広がっている。この辺のニュースも、少し気にかけておく必要はありそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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