西田宗千佳のイマトミライ
第164回
iPhone 14で注目 いま「スマホで衛星通信」が盛り上がる理由
2022年9月12日 08:15
米・クパティーノのアップル本社で開催された、同社新製品発表会を現地取材してきた。3年ぶりに、iPhoneの新製品発表を現地で取材したことになる。
日本では円安の影響から「高い」との声が多いようだ。その点はしょうがない部分もある。
一方、iPhone 14の目玉の1つである「衛星通信による緊急通報」機能が日本でも使えたならば、少し印象も違ったのかもしれない。この機能は現状アメリカ・カナダ向け(11月から開始)となっている。
それ以外にも、今回のアップル製品には「衛星」にまつわる話題が多いし、携帯電話や通信と「衛星」に関する話題も多い。
ここでちょっと改めて、「スマホ」と「通信」と「衛星」の話を整理してみよう。
iPhone 14搭載の「衛星によるSOS」の仕組み
今回の新製品の概要は以下の記事に詳しいが、注目したいのは、今回、iPhone 14シリーズ全てに、衛星を使ってSOSを発する機能が搭載されたことだ。この機能は11月にアメリカ・カナダで開始され、入手から2年間は無料で使えるという。
アメリカにおいて、アップルはこの機能をかなり重要なものと考えているようだ。アップルのiPhone同士を比較するページには、「SOS」という項目が設けられた。そこでiPhone 13と14シリーズを比較すると、ちゃんと「衛星経由でのSOS」が表示されるようになっている。
今回は同じくiPhone 14シリーズ全モデルに、自動車事故を想定した「衝突事故検出」機能が搭載されている。その関係もあって、日本のアップルのページにも同じ項目があるが、こちらには衛星関連の記述はない。
では日本で販売されるiPhone 14に衛星経由でのSOS機能がないのか……というと、そうではないそうだ。
今回の機能は以下の記事にもあるように、アップルと米Globalstarの提携によって実現している。Globalstarは低軌道衛星(LEO)を多数組み合わせて使う「LEOコンステレーション」を使って衛星電話などを提供している会社なのだが、iPhone 14もそのLEOコンステレーションを利用する。
iPhone 14シリーズの「衛星通信でSOS」 米Globalstarと提携
このサービスではGlobalstarが持つ5Gのn53(2.4GHz帯)の電波を使って行なわれるのだが、iPhone 14は、日本で販売されるものもn53に対応しているため、「機能としては存在する」ことになる。
そもそも、衛星通信SOSはカナダでもサービスされることになっており、iPhoneのハードウェアとして、アメリカ仕様と日本仕様は違うものだが、カナダ仕様と日本市場は、対応周波数帯は同じになっている。だから「おそらく使える」と発表時から予測はされていたのだが。
LEOでの衛星通信が続々と登場
日本にも、スマートフォンと衛星の直接通信を考えている企業もある。楽天モバイルだ。
同社は米・AST SpaceMobileと提携し、スマートフォンから直接通信を行なうことを公言している。ここでも使うのはLEOコンステレーション。AST SpaceMobileが構築する衛星ネットワーク網を使う。
楽天モバイルが手を組むAST社の衛星通信「SpaceMobile」
楽天モバイルの計画は、1.7/1.8GHz帯をそのまま使い、4Gもしくは5Gでスマホと衛星の間を直接つなごう、というものだ。もちろん、都市部などをカバーするだけの能力はない。しかし、山間部など、基地局を設置する経済合理性が薄い部分については、衛星でカバーすることでネットワークの確保を狙う。
現在はテスト段階であり、6月には「まもなく実証実験」とされていた。現在の総務省の計画では、2024年度以降の実現、という流れになっている。
最新「周波数再編アクションプラン」案、スマホと衛星の通信システムなど
現在、LEOコンステレーションを使った通信を提供している企業としては、Space Xの「Starlink」が最も有名だろう。すでに「ベータ版」としてサービスを展開しているが、ロシアから侵略を受けたウクライナに対し、通信回線として提供されたニュースも記憶に新しい。
同社はKDDIとも提携しており、auの基地局バックボーン回線としても活用される予定だ。
KDDIがSpaceXと業務提携、衛星通信「Starlink」活用へ
さらに8月25日には米T-Mobileと提携し、通信エリアを拡大する「Coverage Above and Beyond」計画を発表した。
そのほかにも、Amazonが「Project Kuiper」を計画中で、ソフトバンクは2021年5月に、OneWebと提携し、LEOコンスタレーションの導入を検討している。
スマホではまず「テキスト」が現実的? インフラ向けから端末での利用へ
このように並べると、「なるほど、もうすぐ衛星で携帯と通信をするのが普通になるのだな」と思うかもしれない。
だが、それはちょっと誤解もある。
現実問題として、ここで語られている「通信」の内容はいくつかが混ざっており、整理が必要だ。
まず、現在のStarlinkが行なっているような「一般的なインターネット」に近い衛星通信を、手持ちサイズのスマホで行なうのは色々困難が伴う。「衛星から携帯で直接通信」することと、今回iPhone 14で実現された「衛星からSOS」はかなり異なるものだ。
現実問題として、小さなスマートフォンで衛星との通信を直接行なうのはかなり難しい。アップルは会見の中で、従来の衛星携帯電話を示して「大きく扱いにくいものとは異なる」と説明したが、アップルがiPhone 14でやっている「テキストベースのSOS」と、衛星携帯電話がやっている「通話・通信・テキストメッセージ」では、イコールで語れない部分がある。
業務用機器としての衛星携帯電話は当面必要で、個人が緊急時に使うものに限ったシステムがアップルのもの、と考えるべきだろう。「メッセージの送信には長い時間がかかり、QAに応える方が反応は早い」という注意書きもある。
Starlinkが今使っている地上用のアンテナは大きなものだ。特に上り速度を安定的に稼ぐのが大変であるため、今は「大きなアンテナで安定的な通信を目指す」ものが多い。KDDIとの協業が「基地局向け」であるのも、十分な通信速度を稼ぐにはその方が現実的で手堅いからだ。
T-Mobileとの提携による展開も、まずは「テキストメッセージから」ということで、アップルが今回選んだ「テキストメッセージでのSOS」に近いデータ量しか扱わない。
一方で、AST SpaceMobileと楽天モバイルの計画は、まさに「携帯電話での通信・通話」を想定している。スマートフォンのアンテナで現実的に可能なのか、と疑問を持つ関係者もいるが、彼らは実現性に自信を持っているようだ。
AST SpaceMobileは10m×10mの大きな衛星を畳んで打ち上げるとしている。このサイズはStarlinkのもの(現行のGen 1が高さ3m程度、開発中のGen 2は6m程度と言われている)よりかなり大きいので、そこがカギなのかもしれない。
T-MobileとSpaceXの提携でも「将来的には音声通信やデータ通信も行なう」としているので、衛星の世代交代やアンテナ技術などの進化によって、不利はカバーされていく可能性は高い。
とはいえ、これはどの場合も同じだが、「街中でスマホを使っている時に衛星で通信する」ことはまずあり得ない。コスト的にも技術的にも、既存の基地局の方がはるかにリーズナブルだ。
人里離れた場所のエリア化が難しいからこそ、そこを空からカバーする、という話が出てくるのである。
アップルがアメリカ・カナダで「衛星からのSOS」を展開するのも、国土が広大であり、少し車や飛行機で移動するとエリア外に出てしまうからでもある。
そういう意味で、衛星での対応は実にアメリカ的なニーズにあった、アメリカ的なやり方でもある。日本でも、山間部や島しょ部、船の上などのエリア化には重要であり、各携帯電話会社が考えているのも、まずその部分である。
そう考えると、アップルがやったような緊急通報対策は、仕組みさえ整えば日本でも行なわれる可能性は高い。レスキューや警察などとの連携も必須でシステム化コストは重いが、それをやることが「iPhoneから顧客を逃さない」ことにつながる、とアップルは考えたから、投資を始めたのだと考えている。
「高精度2周波GPS」がiPhoneとApple Watchに
最後にもう1つ、衛星がらみの話をしておこう。いわゆる「GPS」だ。
iPhone 14シリーズのうち「iPhone 14 Pro」と、新しいApple Watchである「Apple Watch Ultra」は、新しく「高精度2周波GPS」に対応する。
GPSでは複数の電波を使っているが、通常スマートフォンは「L1」と呼ばれる、1575.42MHzの電波を受信して測位に使う。そこにもう1つの周波数、「L5」(1176.45MHz)を組み合わせるのが「高精度2周波GPS」だ。
GPSの精度はいくつの衛星からの電波を受信できるかで決まる。L1とL5の両方が使えると、スマホが掴める衛星が増えることになるので、測位精度が上がる、という仕組みである。
特に日本において、L5対応は大きな意味を持つ。日本独自に打ち上げた、日本列島のほぼ真上をカバーする測位衛星である「準天頂衛星システム(QZSS)」、通称・みちびきの活用の幅が広がるからだ。
みちびきはアメリカのGPSと互換性があり、これまでも「L1」を使って対応してきた。だがL5も使うことになると、日本の真上を通るみちびきの衛星をつかみやすくなる。結果的に、ビル街や森の中などでの測位精度が上がる、と期待されるわけだ。
L1+L5という2周波GPS対応自体は、シャオミやシャープ(AQUOS R5GやAQUOS R7)が対応スマホを販売済みなので、アップルの独壇場とは言えない。とはいえ、販売台数の大きな製品に搭載されることにはインパクトがあるし、スマートウォッチへの搭載となると、まだあまり例がないように思う。
地味な点だが、こうしたところも注目しておいてほしい。