西田宗千佳のイマトミライ

第164回

iPhone 14で注目 いま「スマホで衛星通信」が盛り上がる理由

iPhone 14シリーズが登場

米・クパティーノのアップル本社で開催された、同社新製品発表会を現地取材してきた。3年ぶりに、iPhoneの新製品発表を現地で取材したことになる。

日本では円安の影響から「高い」との声が多いようだ。その点はしょうがない部分もある。

一方、iPhone 14の目玉の1つである「衛星通信による緊急通報」機能が日本でも使えたならば、少し印象も違ったのかもしれない。この機能は現状アメリカ・カナダ向け(11月から開始)となっている。

iPhone 14シリーズは衛星通信による緊急通報に対応

それ以外にも、今回のアップル製品には「衛星」にまつわる話題が多いし、携帯電話や通信と「衛星」に関する話題も多い。

ここでちょっと改めて、「スマホ」と「通信」と「衛星」の話を整理してみよう。

iPhone 14搭載の「衛星によるSOS」の仕組み

今回の新製品の概要は以下の記事に詳しいが、注目したいのは、今回、iPhone 14シリーズ全てに、衛星を使ってSOSを発する機能が搭載されたことだ。この機能は11月にアメリカ・カナダで開始され、入手から2年間は無料で使えるという。

アメリカ・カナダでは11月から、iPhone 14シリーズで「衛星を使ってSOSを発する」機能が搭載に

アメリカにおいて、アップルはこの機能をかなり重要なものと考えているようだ。アップルのiPhone同士を比較するページには、「SOS」という項目が設けられた。そこでiPhone 13と14シリーズを比較すると、ちゃんと「衛星経由でのSOS」が表示されるようになっている。

アメリカのアップルのウェブには「衛星経由でのSOS」の記載が

今回は同じくiPhone 14シリーズ全モデルに、自動車事故を想定した「衝突事故検出」機能が搭載されている。その関係もあって、日本のアップルのページにも同じ項目があるが、こちらには衛星関連の記述はない。

日本のアップルのページには、衛星でのSOSに関する記載はない

では日本で販売されるiPhone 14に衛星経由でのSOS機能がないのか……というと、そうではないそうだ。

今回の機能は以下の記事にもあるように、アップルと米Globalstarの提携によって実現している。Globalstarは低軌道衛星(LEO)を多数組み合わせて使う「LEOコンステレーション」を使って衛星電話などを提供している会社なのだが、iPhone 14もそのLEOコンステレーションを利用する。

iPhone 14シリーズの「衛星通信でSOS」 米Globalstarと提携

このサービスではGlobalstarが持つ5Gのn53(2.4GHz帯)の電波を使って行なわれるのだが、iPhone 14は、日本で販売されるものもn53に対応しているため、「機能としては存在する」ことになる。

そもそも、衛星通信SOSはカナダでもサービスされることになっており、iPhoneのハードウェアとして、アメリカ仕様と日本仕様は違うものだが、カナダ仕様と日本市場は、対応周波数帯は同じになっている。だから「おそらく使える」と発表時から予測はされていたのだが。

LEOでの衛星通信が続々と登場

日本にも、スマートフォンと衛星の直接通信を考えている企業もある。楽天モバイルだ。

同社は米・AST SpaceMobileと提携し、スマートフォンから直接通信を行なうことを公言している。ここでも使うのはLEOコンステレーション。AST SpaceMobileが構築する衛星ネットワーク網を使う。

楽天モバイルが手を組むAST社の衛星通信「SpaceMobile」

楽天モバイルは、山間部などのエリア化について、AST SpaceMobileの衛星を使う

楽天モバイルの計画は、1.7/1.8GHz帯をそのまま使い、4Gもしくは5Gでスマホと衛星の間を直接つなごう、というものだ。もちろん、都市部などをカバーするだけの能力はない。しかし、山間部など、基地局を設置する経済合理性が薄い部分については、衛星でカバーすることでネットワークの確保を狙う。

現在はテスト段階であり、6月には「まもなく実証実験」とされていた。現在の総務省の計画では、2024年度以降の実現、という流れになっている。

総務省の「周波数再編アクションプラン」案概要より。「1.7GHz帯/1.8GHz帯携帯電話向け非静止衛星通信システム」は、2024年度以降の実現、と記載

最新「周波数再編アクションプラン」案、スマホと衛星の通信システムなど

現在、LEOコンステレーションを使った通信を提供している企業としては、Space Xの「Starlink」が最も有名だろう。すでに「ベータ版」としてサービスを展開しているが、ロシアから侵略を受けたウクライナに対し、通信回線として提供されたニュースも記憶に新しい。

同社はKDDIとも提携しており、auの基地局バックボーン回線としても活用される予定だ。

KDDIがSpaceXと業務提携、衛星通信「Starlink」活用へ

さらに8月25日には米T-Mobileと提携し、通信エリアを拡大する「Coverage Above and Beyond」計画を発表した。

そのほかにも、Amazonが「Project Kuiper」を計画中で、ソフトバンクは2021年5月に、OneWebと提携し、LEOコンスタレーションの導入を検討している。

ソフトバンクとOneWeb、衛星通信サービスなどの展開に向け合意

スマホではまず「テキスト」が現実的? インフラ向けから端末での利用へ

このように並べると、「なるほど、もうすぐ衛星で携帯と通信をするのが普通になるのだな」と思うかもしれない。

だが、それはちょっと誤解もある。

現実問題として、ここで語られている「通信」の内容はいくつかが混ざっており、整理が必要だ。

まず、現在のStarlinkが行なっているような「一般的なインターネット」に近い衛星通信を、手持ちサイズのスマホで行なうのは色々困難が伴う。「衛星から携帯で直接通信」することと、今回iPhone 14で実現された「衛星からSOS」はかなり異なるものだ。

現実問題として、小さなスマートフォンで衛星との通信を直接行なうのはかなり難しい。アップルは会見の中で、従来の衛星携帯電話を示して「大きく扱いにくいものとは異なる」と説明したが、アップルがiPhone 14でやっている「テキストベースのSOS」と、衛星携帯電話がやっている「通話・通信・テキストメッセージ」では、イコールで語れない部分がある。

衛星携帯電話が「大柄」であるのには、現状それなりの意味がある。スマホと条件は同じではない

業務用機器としての衛星携帯電話は当面必要で、個人が緊急時に使うものに限ったシステムがアップルのもの、と考えるべきだろう。「メッセージの送信には長い時間がかかり、QAに応える方が反応は早い」という注意書きもある。

アップルのサービスの説明には、送信には時間がかかることなどの注意も

Starlinkが今使っている地上用のアンテナは大きなものだ。特に上り速度を安定的に稼ぐのが大変であるため、今は「大きなアンテナで安定的な通信を目指す」ものが多い。KDDIとの協業が「基地局向け」であるのも、十分な通信速度を稼ぐにはその方が現実的で手堅いからだ。

Starlinkのスターターキット。アンテナはかなり大きなものだ(出典:SpaceX)

T-Mobileとの提携による展開も、まずは「テキストメッセージから」ということで、アップルが今回選んだ「テキストメッセージでのSOS」に近いデータ量しか扱わない。

一方で、AST SpaceMobileと楽天モバイルの計画は、まさに「携帯電話での通信・通話」を想定している。スマートフォンのアンテナで現実的に可能なのか、と疑問を持つ関係者もいるが、彼らは実現性に自信を持っているようだ。

AST SpaceMobileは10m×10mの大きな衛星を畳んで打ち上げるとしている。このサイズはStarlinkのもの(現行のGen 1が高さ3m程度、開発中のGen 2は6m程度と言われている)よりかなり大きいので、そこがカギなのかもしれない。

T-MobileとSpaceXの提携でも「将来的には音声通信やデータ通信も行なう」としているので、衛星の世代交代やアンテナ技術などの進化によって、不利はカバーされていく可能性は高い。

とはいえ、これはどの場合も同じだが、「街中でスマホを使っている時に衛星で通信する」ことはまずあり得ない。コスト的にも技術的にも、既存の基地局の方がはるかにリーズナブルだ。

人里離れた場所のエリア化が難しいからこそ、そこを空からカバーする、という話が出てくるのである。

アップルがアメリカ・カナダで「衛星からのSOS」を展開するのも、国土が広大であり、少し車や飛行機で移動するとエリア外に出てしまうからでもある。

そういう意味で、衛星での対応は実にアメリカ的なニーズにあった、アメリカ的なやり方でもある。日本でも、山間部や島しょ部、船の上などのエリア化には重要であり、各携帯電話会社が考えているのも、まずその部分である。

そう考えると、アップルがやったような緊急通報対策は、仕組みさえ整えば日本でも行なわれる可能性は高い。レスキューや警察などとの連携も必須でシステム化コストは重いが、それをやることが「iPhoneから顧客を逃さない」ことにつながる、とアップルは考えたから、投資を始めたのだと考えている。

SOSに対応するには、単にiPhone 14が対応するだけでなく、緊急通報に関する当局などとの連携が必須

「高精度2周波GPS」がiPhoneとApple Watchに

最後にもう1つ、衛星がらみの話をしておこう。いわゆる「GPS」だ。

iPhone 14シリーズのうち「iPhone 14 Pro」と、新しいApple Watchである「Apple Watch Ultra」は、新しく「高精度2周波GPS」に対応する。

GPSでは複数の電波を使っているが、通常スマートフォンは「L1」と呼ばれる、1575.42MHzの電波を受信して測位に使う。そこにもう1つの周波数、「L5」(1176.45MHz)を組み合わせるのが「高精度2周波GPS」だ。

GPSの精度はいくつの衛星からの電波を受信できるかで決まる。L1とL5の両方が使えると、スマホが掴める衛星が増えることになるので、測位精度が上がる、という仕組みである。

iPhone 14とApple Watch Ultraは、L1とL5の「2周波GPS」に対応

特に日本において、L5対応は大きな意味を持つ。日本独自に打ち上げた、日本列島のほぼ真上をカバーする測位衛星である「準天頂衛星システム(QZSS)」、通称・みちびきの活用の幅が広がるからだ。

みちびきはアメリカのGPSと互換性があり、これまでも「L1」を使って対応してきた。だがL5も使うことになると、日本の真上を通るみちびきの衛星をつかみやすくなる。結果的に、ビル街や森の中などでの測位精度が上がる、と期待されるわけだ。

発表会でも、山の中などだけでなく、ビル街を走る人々に有効であると説明された

L1+L5という2周波GPS対応自体は、シャオミやシャープ(AQUOS R5GやAQUOS R7)が対応スマホを販売済みなので、アップルの独壇場とは言えない。とはいえ、販売台数の大きな製品に搭載されることにはインパクトがあるし、スマートウォッチへの搭載となると、まだあまり例がないように思う。

地味な点だが、こうしたところも注目しておいてほしい。

Apple Watch Ultra。L1+L5の2周波に対応
西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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