西田宗千佳のイマトミライ

第156回

NEC PC・ソニーが「ゲーミングPC」に注目する理由

NEC PCは発売するゲーミングPC「LAVIE GX」

7月5日、NECパーソナルコンピュータ(NEC PC)が、ゲーミングPCへの参入を発表した。

また7月8日には、ソニーがゲーミングPC向け製品ブランド「INZONE」を立ち上げ、製品の国内発売を開始した。INZONEはPC本体ではなく、ディスプレイやヘッドフォン向けのブランドだ。

ソニーが7月8日から発売したゲーミング製品「INZONE」

ソニー、ゲーミングモニタ参入。ブラビア技術も投入した「INZONE」

ソニー、ゲーミングヘッドセット参入。強力NC、1000XM5の技術も投入

海外に比べ遅れている、といわれていた日本のゲーミングPC市場も盛り上がりつつある。この2社の動きは当然、そこに影響されている。

2社の動きを中心に、現状を考察してみたい。

LAVIE GXは「Project 炎神」第一弾

今回「PC-9801発売40周年」であることから、「NECとしてはPC-9801がゲーミング製品の始まりであり、24年ぶりのゲーミング製品への参入」(NEC PC・コンシューマ事業 プレジデント 執行役員の河島良輔氏)としている。

NECとしてはPCゲームの世界を拓いたのは「PC-9801」と主張するが……

……まあ正直なところ、これは少々無理やりだと思う。PC-9801はゲームにも使われており、多くの名作ゲームが生み出されていたことは間違いないものの、当時の主軸は「ビジネス」であり、当時のPCゲーマーは違和感を持つだろう。当時はまだ子供だったが、PCゲームに憧れた当時の子供の一人として、「そりゃ無茶な主張だな」と思った。

ただ重要なのは、そうしたキャッチフレーズを用意しつつ、NEC PCがゲーミングPCに、本気で取り組もうとしている、という点だ。

NEC PCがゲーミングPCへ参入すること自体は、2019年に「Project 炎神」という社内プロジェクトの存在を公開したことから、周知の事実ではあった。

NEC PC社内ではゲーミングPCプロジェクトを「Project 炎神」と名付けている

その後、2021年に「CES 2021」で「LAVIE MINI」を公開している。こちらはまだ発売されていない。

NEC PCが8型2in1「LAVIE MINI」投入、第11世代Coreでゲームも

その先に、より一般的なPCである「LAVIE GX」が発売されたことになる。

NEC PC 商品企画本部 本部長代理で、プロジェクト炎神 総合プロデューサーの森部浩至氏は「複数のプロジェクトが進行している中で、最初に世の中に出るのがLAVIE GXになった」と話し、ゲーミングPCプロジェクトの中で複数の製品が作られていることを明かす。

LAVIE GXは比較的シンプルなデスクトップ型だが、リビングに使えるようにデザインなどに配慮されている。

LAVIE GXは奥行きが比較的短く設計されており、机の上やリビングなどでの設置しやすさに配慮しているという

NEC PC・河島氏は「いきなりこの製品だけで多くのシェアを確保できるとは思っていないが、数年後には、PC全体の中で15%くらい、すなわち海外と同じくらいの比率までは持っていけるのではないか」と予想を語る。

コロナ禍以降、日本でもゲーミングPCは成長が続いており、そのことがプロジェクトの展開を後押しした可能性は高そうだ。

コロナ禍での拡大から、ソニーもゲーミング市場へ

同じように、ソニーも、ゲーミングPC市場への可能性の高さを語っている。

ソニーはなぜゲーミング市場に参入したのか。ゲーマーを導く新たな“ゾーン”

以下のグラフは、6月29日にソニーが開いた会見で公開されたグラフだ。コロナ禍で、日本のゲーミング・ヘッドホンやゲーミング・ディスプレイの市場が大きく伸びており、今後も安定的な成長が考えられる。

ソニーが「INZONE」会見で示したグラフ。コロナ禍では日本のゲーミング・ヘッドホンやゲーミング・ディスプレイの市場が大きく伸びたという

リビングでプレイするのでなく、オンラインゲームを中心に個室でプレイする人も増えている。家庭用ゲーム機も個室で使う人は増えているのだが、ゲーミングPCはそうした市場の中核にある。テレワークが増えたことで、自宅で過ごす時間も増えており、そこでじっくりとゲームを楽しむことは珍しくなくなった。

もちろん、日本では家庭用ゲームとモバイルゲームの利用率が多いのもまた事実なのだが、ソニーの調べによると、500万人規模まで増えてきたとされている。

ソニー調べ。日本国内でもPCゲームは500万人市場に拡大しているという

なにより大きいのは、PCでゲームをする人の多くは、「よりゲームをするためにコストをかける人」であり、濃いゲームファンだ、ということだ。

ということは、良い製品にお金を払う可能性がある、ということであり、高級品を売り込みたいソニーのような企業にとっては良い市場である、ということにもなる。

INZONEシリーズを筆者も短時間だが試した。ディスプレイの「H9」の画質はゲーム向けにはかなり良いものだし、ヘッドホン、中でも「M9」は、なによりも装着感が良かった。それでいて、音質もゲーム向けとしては十分に良い。

特にディスプレイについては、日本での販売価格が他社製品に比べてかなり高く、どこまで支持を得られるか不透明な部分はあるのだが、ビジネスの狙いとしてはわかりやすい。

「NEC PCのゲーミングPC」の価値とは

NEC PCの場合も、ゲーミングPCが「高性能かつ高付加価値なPC」として売りやすい、という点が魅力であるのは明白だ。

正直、目をつけるのは遅かったと思う。

海外では、ゲーミングPCは一大ジャンルになっている。日本でも、海外から製品が入ってくる形で定着しつつある。

それをNEC PCも横目で見ていたのだろうが、PCでゲームする層はマスとは言えず、量販店などでも多く販売するタイプのメーカーには手を出しづらいところがあったのだろう。NEC PCにではないが、他のメーカーなどから「ゲーム向けPCには手を出しづらい」という話を聞いたことは何度もある。

ポイントはやはり「店頭などでも訴求が多いメーカーである」ということだ。東京などの都市部は別だ。ロードサイドの家電量販店で多く売れるPCメーカーは、いまだ限られている。NEC PCはそうした企業の1つだ。高いリテラシーがあり、PCを自作できるような層や、BTOのメーカーで適切なスペックを選べる人々だけが相手ではない。

「サポート」を同社がウリにするのも、そうした点を考慮してのことだ。

LAVIE GXには1年分の「ゲーム専用サポート」が付属する。

PCゲームは動作環境が複雑だ。トラブルが起きないことがほとんどだが、トラブルが起きると、ネットで情報を漁り続けることになる。そうした部分もちょっとした醍醐味だとは思うが、ハードルであるのは間違いない。

NEC PCのビジネス構造や顧客層を考えると、そうした点に注目するのはよくわかる。

一方で、LAVIE GXはスペック的に見るとコストパフォーマンスが悪いように見える。この点は、既存のゲーミングPCファンにはウケが良くない。

NEC PCにしろソニーにしろ、大きなメーカーの常として、「高付加価値ゾーンを狙う」ことになっている。

ここから重要なのは、「ゲームに向けた付加価値をどこに置くか」ということだと考える。

ソニーのINZONEもゲーマーからの支持が得られたかはまだ微妙だが、「ゲーマーのための違い」ははっきりしている。

個人的には、LAVIE GXについては、キーボードなどが「普通である」ことが弱いと思う。そこで「ゲームのためのPCとはここが違う」とアピールすることもポイントだったのではないか。

Xboxのコントローラーをつけたのは良い発想だが、「ゲーミングPCとはなにか」という明確な部分を見せることが、この市場でブランド価値を高めるために重要なことだと考えている。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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