西田宗千佳のイマトミライ

第124回

Netflixはなぜ「ゲーム」をサービスに組み込んだのか

11月3日より、NetflixはAndroid向けにゲームの提供を開始。各自のアカウントに順次追加されていく

11月3日、Netflixは同社のサービス内で「ゲーム」の提供を開始した。今夏からスペイン・イタリアなどで先行してスタートしていたのだが、それを日本を含む全世界のサービスに拡大した。

Netflix、日本でゲーム本格展開。Androidで5作品

Netflixの契約者であれば、ゲーム利用に追加料金は不要。当面はモバイル向けのゲームに限られる。まずはAndroidからとなっているが、数カ月以内にiOS向けにも提供される。

同社はなぜゲームをサービスに組み込んだのか? 今回はそこを考えてみよう。

追加料金はなし、会員向けにスマホゲームを追加

Netflixのゲーム事業の特徴は「追加料金を取らない」ことにある。要は、動画と同様に「Netflixのコンテンツの1つ」として提供される、ということだ。

ゲームは普通のスマホ向けゲームと同じように、App StoreやGoogle Play経由で提供される。Netflixアプリからも見つけられるが、その正体はアプリストアへのリンクであり、ダウンロードは各アプリストアから行なう。

とはいえ、ゲーム単位での課金はなく、いわゆる「フリー・トゥ・プレイ」的な追加課金もない。アプリ起動時にはNetflixへの認証確認が行なわれるので、契約者以外は遊べない仕組みだ。

ゲームをダウンロードしても、Netflixのアカウントがないと遊べない

ゲームは基本的に2本だて。カジュアルゲームと呼ばれる、カードなどを使ったパズルゲームのようなシンプルなものと、人気ドラマ「ストレンジャー・シングス」をテーマとした、作り込まれたアドベンチャーゲームだ。

Netflixが公開しているカードを使ったパズルゲーム「カードブラスト」。とてもシンプルなものだが、意外と面白い。
「ストレンジャー・シングス」をテーマとした、作り込まれたアドベンチャーゲーム。スマホでのタッチ操作で違和感なく使えるよう移植されている

後者は2019年にPCやPlayStation 4、Nintendo Switch向けとして発売された「Stranger Things 3:ザ・ゲーム」をモバイル向けに移植したもの。以前は有償で販売していたが、今は販売も停止され、「Netflix会員向け」だけに公開されている。

おそらく今後は、映像作品同様に、こうしたタイトルが次第に増えていくものと思われる。

「IP」としてのゲームに注目するNetflix

Netflixは以前より、試験的にではあるが、ゲームにも取り組んでいた。

2019年にゲームを有償販売したのは、作品のプロモーションという意味合いが強い。発売日は「ストレンジャー・シングス」の第三シーズンの配信日である2019年7月4日だったし、そもそも「ストレンジャー・シングス」自体が1980年代を舞台にしており、古典的なピクセルベースのゲームとの親和性は高かった。

2019年7月、「ストレンジャー・シングス」第三シーズンの公開にあわせて販売されたゲーム。今回のスマホ版のベースになった。ただし、今回のゲーム配信に合わせて販売は終了している

また、アドベンチャーゲームのように「分岐のあるインタラクティブな映像作品」も、2018年以降、年数本の割合で作っている。

映像作品がゲーム的なものの「原作」などに使われる例は多いし、インタラクティブな映像作品の可能性は大きい。

同時に、Netflixの映像作品にも「ウィッチャー」シリーズなど、ゲームと関連の深い作品は多い。原作としても映像からの波及先としても、ゲームは重要な存在だ。

Netflixが「オリジナルコンテンツで戦う」会社になるのなら、作り出したIPを活用するという意味で、ゲームに取り組んでいくというのは必然ではある。

解約防止こそが「サブスクリプション」の課題

とはいうものの、今回の取り組みは、「IPの活用」が主目的ではないだろう。

狙いは比較的シンプルで、「解約防止」と考えていい。

Netflixはいまだ世界中で会員数を伸ばし続けている。10月19日に公開された2021年第3四半期業績発表の中では、契約者数が全世界で2億1,356万人に達したと発表された。前年同期比で9.4%の増加となっている。

この値はそこまで悪い値ではない。だが、コロナ禍ということで2020年度に急激に契約者数が伸びた反動から、どうしても控えめな数字にならざるを得ない。

Netflixが公開した最新の会員増加予測。2021年は2020年の反動で、どうしても控えめだ

月額課金制のサービスにおいては、いかに継続して使い続けてもらえるかが重要だ。

過去のネットサービスにおいては、システム的に解約しにくくしたり、長期的なキャンペーンで顧客を縛って解約を防ぐパターンが見られたが、今はもう、そのようなやり方は許されない。また実際、Netflixはそうした形を採ってこなかった。契約も解約も、そして再開も簡単である、というスタイルにすることで顧客を広げてきた部分がある。

映像配信の場合、なにか1つだけではなく、一家に2つ・3つのサービスを使い分ける例が多い。そういう意味では、他に比べて契約は維持しやすい、と言ってもいい。

ネットのサブスクリプションサービスに関するアメリカの調査会社Antennaの調べによれば、映像配信の解約率(チャーンレート)は5%から8%程度。10%台となっているゲームに比べれば低い。

Antennaが公開している、ゲームと映像サービスの「解約率」(Churn Rate)の違い。ゲームに比べると映像配信は少ないが……

その中でもNetflixは2%台とされており、競合よりも低いと見られている。

同じく、Antennaが今年4月に公開した、映像配信の解約率調査。Netflixは2%台で他社より低めだが、それでも上昇傾向にはある

だがそれでも、現在の映像配信を取り巻く状況は厳しさを増している。最大のライバルが世界的にアマゾンくらい、という時代は良かった。だが現在は、ディスニーなどの映画会社が積極的に自社サービスを展開するようになったことが大きい。

ゲームもコンテンツも「興味をつなぐ」ためのもの

ならば、ゲームはどのような役割を果たすのか?

重要なのは「もうNetflixで見るもの、触れるものはない」と思わせないことだ。

過去にはレコメンドで色々なコンテンツを見せることで顧客をひきつけてきたか、もはやその手法も一般的になり、珍しさは演出できない。最近は「なにを見たらいいかわからない」という人向けに、ランキング表示を強化し、「ランダム再生」も提供するようになってきた。

ゲームがあれば、当然それをプレイする人が出てくる。ものすごく面白くて、それを目当てに入会してくれるならそれに越したことはないが、ゲーム開発とは水物であり、ヒットには一定のブランドとノウハウが必要になる。Netflixもいつかはそうした力のある作品を作りたいと思っているのだろう。映像作品に絡む作品を作るのはそれが狙いである。だが、それには時間がかかる。

一方で、ちょっとした暇つぶしになるカジュアルなゲームには、強烈な力はないものの「一定の力」はある。それをプレイするためだけに入会する人はいないが、それがあればやる、という人も多いものだ。

変な言い方になるが、ゲームでもなんでもいいので、Netflixのアプリを使う機会を増やせれば、それでいいのだ。アプリを使わなくなることは、「サービスへの関心が失われている」ことと同義である。だから、関心をつなぎ止める策として、ゲームというのはとてもわかりやすく、それなりに効果が見込めるものなのである。

もちろん、最大の解約防止策は、「作品」だ。過去に比べ、Netflixはオリジナルコンテンツのアピールを大々的に行なうようになっている。映画会社がこれまでやってきたマーケティング策に倣ったものといっていい。

日本でも、11月9日にはアニメの、10日には実写ドラマのイベントが、YouTubeを介して展開される。そうしたイベントを定期的に行なうのもまた、「存在を忘れられないようにする」ためのものであり、解約防止策の一つなのである。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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