西田宗千佳のイマトミライ

第125回

アップルが力を入れる“個人修理”と日本の現状。海外で広がる「修理する権利」

アップルは11月17日、「Self Service Repair」と呼ばれるプログラムを2022年初めよりスタートすると発表した。iPhoneやMacなどの修理部品を個人にも提供するプログラムで、アメリカからスタートし、順次各国へ広げていく、としている。

米Apple、修理用部品を一般販売へ。まずはiPhoneから

このことから、一部では「日本でもiPhoneの修理が簡単に自分でもできるようになる」という声が見られた。だが、それはちょっと早計であり、特に日本ではおそらくそうはならない。

それはなぜなのか、という説明は簡単なのだが、一方、なぜアップルがアメリカでこのような展開をするのか、という背景には、なかなか面白い話がある。

今回はその点について解説してみたい。

「Self Service Repair」とはなにか

「Self Service Repair」は、個人でiPhoneなどを分解し、アップルから供給された純正の修理パーツを使って修理できるようになるものだ。

これまでアップルは、自社での修理を基本に据え、それ以外だと、契約とトレーニングを行なった一部の「認定パートナー」が修理を担当していた。修理パーツについても、そうしたパートナー以外には純正のものが供給されなかった。

この方針はiPhoneが存在する前からのもの。アップルは、基本的には「自社が目の届く範囲」に修理を集約する方針だった。

特にiPhoneの場合、純正の部品を使わないと一部の機能が使えなくなるなど、かなり徹底した管理が行なわれてきた。

これは、スマホメーカーの中でも特に厳しい姿勢だったといえる。

他社も「修理はメーカーに」という方針を基本には据えているものの、パーツ供給や修理対応について、アップルほど強い方針では望んではいない。

だからこそ、そんなアップルが方針を転換したことは、特にアメリカでは大きなインパクトを持って受け止められているのだ。

日本で個人修理は問題あり。メーカーや「登録修理業者」が基本

アメリカでこのニュースのインパクトが強かった理由は、「スマホの修理」に関して、日本とアメリカでは認識に大きな差がある、という点を知っておく必要がある。

日本の場合、スマホが壊れたら、まずどこへ持ち込むだろうか?

iPhoneの場合にはアップルストアや認定修理店だろうし、他のスマホの場合には大手携帯電話事業者の店舗、いわゆる「キャリアショップ」に持ち込むのではないだろうか。最近は「登録修理業者」資格を持った修理会社も増え、安価に表面のガラスやバッテリー交換などを請け負っている場合もある。とはいえ、まず考えるのは「メーカーかキャリアショップ」であり、その次に街の修理事業者……というところだろう。個人で修理、という人はほとんどいないはずだ。

日本の場合、そもそも個人がスマホを修理するために分解し、その後に利用するのは適法ではない。

スマートフォンのような通信機器は「技術基準適合証明」(技適)制度のもとに使うことになっていて、適切な資格を持たない人間が分解などをしたのちに通信を行なうと、電波法違反に問われる可能性がある。

このルールがあるため、仮に日本で今「Self Service Repair」のようなプログラムにより正規パーツが手に入ったとしても、分解・修理すると電波法違反に問われる可能性がある。だから、日本ではこの問題が解決しない限り「Self Service Repair」はスタートしない、と考えていい。

ルールの是非はともかく、日本ではそういう運用になっているので、2015年から「登録修理業者」制度がスタートした。携帯電話の修理を適法に行なう事業者は総務省に「登録修理業者」として登録し、電波法上の問題が起きない形で業務を行なうことが求められている。

日本では独立した修理事業者向けに「登録修理業者」制度が2015年からスタートしている。総務省へと登録し、電波法上の問題が起きない形で業務を行なう

ただし、メーカー以外の「登録修理業者」で修理したとしても、メーカーとの関係が存在するとは限らないため、修理後にメーカー保証がなくなる可能性がある。

というわけで、日本の場合、スマートフォンは「メーカーが修理する」のが基本であり、そうでない場合にリスクを認識して他の事業者を使う……という形が一般的なはずだ。

より修理がカジュアルなアメリカ。広がる「修理用パーツ」市場

一方、アメリカはかなり違う。

もちろんメーカー修理は多い。特にアップルの場合、街中に多数のアップルストアがあることから、こちらを利用する場合も少なくないだろう。

だがそれと同等以上に、「スマホ修理を請け負う店」が多いのも事実なのだ。

ショッピングモールの通路やホテルなどには、必ずといっていいほど「ワゴン形式のスマホ修理店」が出店している。ワゴンで出しているくらいなので、複雑なことができるわけではない。ガラスやバッテリーの交換が基本だ。日本で言えば合鍵製作や靴修理のチェーン店のような感覚で、ごくごく安価に、いろいろな場所でカジュアルにスマホ修理が行なわれている。その場で分解しながらやってしまうので、時間も短く、数十ドルで済む。

そんな関係から、「スマホが壊れた時どうするのか」という考え方が、日本と海外、特にアメリカでは大きく違っている。

そうしたカジュアルな事業者に、各メーカーはパーツを正規供給しているわけではない。アップルはその一例だが、他社も同様である。大手修理チェーンなどならともかく、小さな店は別の市場からパーツを調達する場合が多い。

それらはどこから来るのか? 壊れたスマホや横流しされたパーツから集められたものが再流通しているのだ。

以下の写真は、2017年春に筆者が中国・深圳を取材した時のものである。ビルの中には大量の小さな事業者が集まり、スマホを分解しながらパーツに小分けし、そこから卸売をしていた(実際の販売はタオバオなどのオンライン経由であり、店頭で大きな決済が行なわれているわけではない)。

2017年に中国・深圳を取材中に撮影した写真。多くのスマホがパーツ単位に手作業で分解され、細かく整理され、それぞれまとめて出荷されていく

見かけることが多かったのは、iPhoneとGalaxyのパーツだ。両方ともにシェアが大きいだけに、パーツのニーズも圧倒的に大きいからだろう。今取材すると、さらにパーツの種類も変わっているものと思われる。

日本の修理店でも、メーカーから直接パーツを仕入れられない場合には、こうした事業者を経由して調達したパーツが使われており、その調達ノウハウが事業者の信頼性と経営効率に直結している、と言われている。

日本だけで見ればパーツ市場ができるほどの規模はイメージしづらいが、アメリカでの動きを見ると、そうした市場の存在は必須だ。全世界で「修理パーツ」を求めていると思えば、深圳のような生産地に近い場所にパーツ市場ができるのも頷ける話だ。

スマホが日常の道具になり、修理の必要性が増えるとそれだけパーツの需要も増す。自動車における修理パーツの市場と同じような構造が生まれる、ということなのだろう。

アメリカ、EUで広がる「修理する権利」

ここで話を、「Self Service Repair」に戻す。

アップルは頑なに自社での修理にこだわってきた。スマホのセキュリティは重要さを増しており、バッテリーに質の悪いものが混ざると事故の可能性も増える。それを考えれば、ニーズがあるのは分かっていても、自社と認定パートナーでの修理にこだわるのは理解できない話ではない。

一方、コストや「自分で直す自由」などを重視する観点で見れば、メーカーのコントロールの中でしか行なえないのではなく、適切な形で自分の手で修理をする権利を得たい……というのもわかる話だ。

そこで頑なな態度を続けると、結局は「勝手修理」の過程で正規のものでないパーツが紛れ込み、消費者側で問題が発生する可能性もある。

EUでは2021年3月から、「修理する権利(Right to repair)」に関する規則が履行された。メーカーや輸入事業者は、その機器の最後の製品がEUに納入されたのちも、一定期間は修理事業者や個人がパーツを入手できるようにせねばならず、メンテナンスに関する情報も公開せねばならない。

アメリカでもさまざまな州で「修理する権利」についての法案が議論されており、アメリカ政府としても、FTC(連邦取引委員会)が7月21日、メーカーや販売者に対して「修理方法に制限を課すことがないように」とのステートメントを発表している。今回のアップルの発表は、それを受けてのものだ。

「修理する権利」への対応は世界的な動きなのだ。

7月21日付でFTCが公開したステートメント。修理機会・方法に制限を課すことがないよう求められている

日本で「個人修理」は難しいが、「修理しやすい環境」はできる

では、日本にはどのような影響があるだろうか?

前述のように、日本は電波法のルールが変わらない限り、個人での修理は難しい。ルールは変えていくべきだと思うが、それと「勝手にやっていいかどうか」は別の話。なので、「Self Service Repair」が日本で個人向けとしてすぐに提供される、とは考えづらい。

だが、パーツ供給が変わるのは間違い無いだろう。自社とのパートナー契約を交わした事業者以外でも、純正パーツをアップルから直接入手して修理しやすい環境を整えやすい状況になっていくと考えられる。

また、海外での「Self Service Repair」の適応の影響から、バッテリーなどの交換がしやすい設計になっていく可能性も高いだろう。一部報道に対し、アップルは「新しいMacBook Proのバッテリー設計は交換のしやすさを配慮している」とコメントしている。

日本の市場や文化を考えると、メーカーやキャリアショップ経由の修理が主体である状況はそう変わらないと思う。だが、それであっても、いろいろな面で影響を受け、「より修理しやすい」状況が生まれる可能性は高い。

そして、トップシェアであるアップルがこうした判断をしたことは、当然、他のスマホメーカーにも影響を与えていくことだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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