西田宗千佳のイマトミライ
第119回
アマゾンがロボットを作る理由と各国スマートホーム事情
2021年10月4日 08:20
9月29日、Amazonが秋の新製品群を発表した。AmazonのハードウェアといえばKindleやFire TV Stickが思い浮かぶが、それらは先だって発表済みである。本連載でも解説した。
Amazonがテレビメーカーになる? 新しいFire TVと“テレビ”の関係
ではなにが発表になるのか……? と身構えていると、最後に出てきたのはなんとロボットだった。
アマゾンの家庭用ロボ「Astro」登場。潜望鏡カメラや家族の見守りも
一方、開発途上であるAstroはもちろん、今回発表されたこども向けデバイス「Amazon Glow」、フィットネストラッカー「Amazon Halo View」など、多くの製品は日本ではまだ発売予定がない。唯一日本市場投入が公開されているのは、15インチの大型画面を備えたスマートディスプレイである「Echo Show 15」だけだ。
壁掛けできる「Amazon Echo Show 15」。15型大画面で29980円
ロボット・見守り・健康・Echo Show 15。新しいAmazonデバイス
このあたりはAmazonのハードウェア戦略の中でどういう意味を持っているのだろうか? そして、日本市場の位置付けはどうなっているのだろうか? 29日の発表会後、同社のデバイス部門責任者である、Amazon Devices & Services・シニアバイスプレジデントのデイブ・リンプ氏を取材することもできた。彼の言葉も合わせて、Amazonのハードウェア事業がどこに行こうとしているのかを考えてみよう。
自宅の中を動いて「見守る」Amazonのロボット
Astroとはどんなロボットなのか?
家に入るロボットは多数ある。aiboのように「愛玩」を軸にするものもあるが、今一番数が増えているのはルンバに代表される「ロボット掃除機」だろう。
ではAmazonが目指すロボットはどこなのか? それは「コミュニケーションとセキュリティ」だ。
Astroは2輪式のボディにタブレットが載ったようなデザイン。タブレットは表情の表現に使えるほか、カメラも複数搭載されていて、遠隔地に住む家族などと話すためにも活用される。宅外からスマホでアクセスし、コンロの止め忘れを確認したり、侵入者をチェックしたりできる。
要は、スマートディスプレイであるEcho Showとセキュリティカメラを組み合わせ、自律移動するものなのだ。
この存在の伏線として、昨年発表された「The Always Home Cam」がある。こちらは家の中を飛び回るドローンであり、必要な時に室内を監視できるのがウリだ。
だが、ドローンよりもロボットの方がひとあたりはやわらかい。「一緒に暮らす」ならこうした形の方がいいだろう。監視・管理というとお堅い印象になるが、一緒に暮らす家族が見守ってくれると思えばわかりやすい。
かといって、それを実現するテクノロジーは簡単なものではない。ロボット掃除機にEcho Showを載せてもAstroにはならないからだ。
リンプ氏は「課題は速度だった」と話す。
リンプ氏:開発は4年くらい前からスタートし、完全な自社開発で進めてきました。難しかったのは「適度な速度での自律航行」させることです。他のロボットとは適切な速度が違います。ロボット掃除機と同じアルゴリズムを使っていては、人やモノにぶつかってしまうし、快適な製品になりません。実際、ロボット掃除機とは非常に多くの点で技術的にも異なっているのです。
Astroはひとと一緒に暮らすロボットだ。しかも、aiboなどのペットと違い、人と一緒に家の中を動くことを想定している。だから、移動速度は人に合わせないといけない。リンプ氏曰く、テスト後に見えてきた速度は「秒速1m」。時速に直すと3.6kmだから、そこそこな速度である。一般的なロボット掃除機はそこまで早く動かないし、重量もAstroの半分くらいしかない。
この速度で安全に動き、人やモノにぶつからないように技術開発していくのがAmazonとしては大きな課題だったという。
「セキュリティ」がスマートホームの軸になるアメリカ市場
ここからわかるのは、Amazonにとって、一つの大きな用途が「家の見守り」である、ということだ。
Amazonは傘下に監視用ビデオカメラのメーカーである「Ring」を抱えており、Echo Showやスマホと連携する機能をアピールしている。今回の発表でも、監視系の機能がかなり多かった。
特にアメリカ市場で、この種の製品は市場が急速に拡大している。スマートホームというと日本では家電を動かして連携させる、というイメージが強いのだが、特にアメリカでは、スマートホームというと「セキュリティ」が軸になってきている。治安に不安があるという土地柄もあるが、DIYに関する意欲の高さなどもあってのことだろう。Astroもその流れで見れば、かなり納得のいく製品である。
今回、Amazonが発表した製品について発売の予定が公表されていないのは、スマートホームに関するニーズが違うから、という部分はあるのだろう。
アメリカにおいては、AmazonとGoogleがこの種の市場で直接競合しており、積極的な開発合戦が続いている。軸になっているのは画像認識によるAIと、オンラインサービスと連携してのスマホ活用だ。
Googleの見守り“ドアベル”登場。訪問者を認識・通知するNest CamとDoorbell
Googleは一歩先に日本市場参入を決めたが、Amazonはどうするのだろうか。確かにニーズの違いは大きいが、アメリカで磨かれた新しい可能性は、日本でも十分に価値を持つと思うのだ。
明らかに“次世代”インターホン「Google Nest Doorbell」
これらの製品は有料のサービスと連携しているところがポイントだ。サービス自体が収益源にもなるわけだが、「サービスによる収益モデルを拡大しているのか」という筆者の問いに、リンプ氏は「そういうわけではない」と説明する。
リンプ:意味があるものであれば、いつサービスをセットにしたものを作ってもいい、と考えています。逆にいえば、有料サービスを提供したいからハードを作っているわけではありません。
私たちのすべてのデバイスは、お客様にとって有用な機能を、追加サービスなしで提供すべきだと思います。例えば、Halo(同時発表になったヘルスケア向けのウェアラブル機器)は追加サービスなしで様々なことができます。
しかし、Ringのように映像をクラウドに保存したり、Haloのようにイベントを検知して動きを追跡したり、歩数以外からも体脂肪率を把握したりする機能を追加することで、お客様には大きな価値を提供できると考えています。
それを毎日のコーヒー1杯以下の価格で提供できるわけですから、十分価値のあることだと考えています。
それぞれの国にそれぞれのニーズ。軸になるのは「AI」技術
ニーズが違っていても、それぞれの国で価値があって商品化が決まったものもある。
日本でも発売が決まっている「Echo Show 15」がそれだ。
リンプ氏は「アメリカと、ヨーロッパや日本では使い方が変わってくるでしょう」と説明する。
リンプ:アメリカではキッチンに置く台所用テレビの人気が高まっています。張り出したキッチンテーブルの上に15インチや24インチの台所用テレビを置いて、それで料理中などにテレビ番組を見る人が多いんです。そうした製品を持っている人々には、ネットもより広く活用できるEcho Show 15がぴったりです。伝言板などの家庭内情報整理機能もありますし、ネット動画も見られます。
一方、ヨーロッパの各国や日本のように、家の中のスペースに限界があるところでは、キッチン用テレビという形は少ないでしょう。そうした国々に普及していく上で重要なのが「壁の空きスペース」です。Echo Show 15を壁にかけて使うわけです。(スマートスピーカーである)Echoとしての機能だけでなく、フォトフレームとしても使えますし。
大きすぎてどうなのか、という印象も抱くが、窓のように映像を表示するディスプレイ、もしくは壁掛けの絵画のようなイメージで考えればいいのだろうか。そうすると、壁にどうかけるのか、電源をどう引っ張ってくるべきか、といった課題も出てくるが、確かに面白い発想かと思う。
日本でも発売してほしいと思うのが、子供むけの機器である「Amazon Glow」だ。これは卓上プロジェクターに手の認識機能をつけ、ディスプレイとカメラによるコミュニケーション機能をセットにしたデバイスだ。
この種の製品はいくつかすでにある。日本では、ソニーが2017年に発売した「Xperia Touch」が有名だろう。
投写画面を指で操作、ソニーモバイルの小型プロジェクタ「Xperia Touch」
それらと違うのは249.99ドルと安いこと、そして「子供むけ」にフォーカスしてサービスまで組み込んでいることだろうか。
リンプ:いかにもこの困難な時期にぴったりの製品なのですが、開発チームは、パンデミックの前からこのコンセプトを考えていました。そして、パンデミックが製品の必要性を高めたことは疑いの余地がありません。
ビデオに直接接続できるスクリーンと、投影されたマット上での没入型プレイ体験の組み合わせは、非常に楽しい組み合わせだと思っています。それに、親や親戚と自然に話せることも重要ですしね。
こうした製品を作る上で、Amazonは多数の技術を開発している。Echo Show 15では新しい半導体である「AZ2」も開発し、従来クラウド上で処理していたデータもデバイス上で処理できるようにしていく。多数の製品を作る上での技術戦略について、リンプ氏は次のように説明する。
リンプ:ひとことでいえば「適材適所」です。入力が必要な部分には、我々独自のプロセッサーを多く使っていくことになるでしょう。AZ1を昨年導入し、今年AZ2を導入したのはそのためです。
一方、パートナー企業のAIコアを利用することもあると思います。
Astroが代表例です。Astroはクアルコムのプロセッサを2基搭載していますが、クアルコムのプロセッサに搭載されているAIコアを利用して、エッジコンピューティングで推論を行ないます。
私たちは今後も進化し続け、AI用の半導体を作っていくでしょう。そのことには確信があります。そしてその結果、より多くのAIがエッジに移行していきます。これは間違いなく起こることです。