西田宗千佳のイマトミライ

第85回

au「povo」と“トッピング”に見る、日本の携帯プランの転換点

1月13日、KDDIは新料金プラン「povo」を軸に、携帯電話料金プランを全面的に刷新した。注目は、「20GB・2,480円」のpovoだが、これは、KDDI/auにとってだけでなく、携帯電話事業者全体にとって転機となる可能性を秘めたプランである。

au、20GBで月額2480円の新料金プラン「povo」

それはどういう意味なのか? キーワードは「トッピング」=アンバンドルだ。

「自分で選ぶわかりやすさ」を狙ったpovo

povoは「月額2,480円(税別)・データ量20GB」が特徴。NTTドコモの「ahamo」やソフトバンクの「Softbank On LINE(仮称)」に比べて500円安いが、もちろん理由がある。

povoは2,480円

他社が「国内通話5分間まで無料」であるのに対し、povoは標準では定額ではなく、30秒あたり20円になっている。定額通話が必要な人は月額500円(税別)で追加する「トッピング」形式が採用されている。

月額500円トッピングで5分間無料の通話

武田総務大臣はここに「非常に紛らわしい」とかみついたようだ。条件は明確で、別に誤魔化しているわけでもないので、「ちゃんと理解すれば紛らわしくないのでは……」と筆者は思うが、まあ、そう思わない人もいるのだろう。それは各人の判断だ。大臣のコメントとしてはどうかと思うが。

武田総務大臣、auの「povo」通話定額なし“最安値”に「紛らわしい」

コメントの是非はともかく、「必要なものを自分で選ぶ形式」をどう評価するかは、確かに重要な要素である。

従来の感覚で言えば、携帯電話料金に含まれるサービスの内容は「契約する時に選ぶもの」「契約するときについてくるもの」で、入れ替えが前提ではなかった。

通話は「電話回線」で行なうものであり、同時に「通信」がある。携帯電話サービスは電話と通信がセットになっているのが当たり前だ。携帯電話の料金体系は、携帯電話事業者が提供する「料金プラン」の内容で決まるものであり、どの料金プランを選ぶかで、料金とサービスの内容は決まっていた。

だが、povoはちょっと違う。サービスの内容はシンプルで、通話についても「必要だから用意されている」形。定額制のような部分は付加価値と定められた。

要は、「20GB分の通信」「携帯電話網での通話機能」を基本機能とし、通話定額やデータの使い放題などを追加要素と切り分け、自分で必要なものを追加していくのがpovoなのだ。

「わかりやすさ」にはいくつもの形がある。

定額で使い放題というわかりやすさもあれば、追加契約しなくていい、というわかりやすさもある。だが一方で、「自分が求めるものだけを使いたい」という、見通しの良さを求める人もいる。追加のやり方や料金体系が複雑ならともかく、そうでないなら、「選べるわかりやすさ」もあっていい。

武田総務大臣のように「選ぶのは煩わしい、他と同様についているのが望ましい」というのならそうかもしれないが、それでは差別化できない。

KDDIの高橋誠社長は、「スマホでの20代以下の通話時間は月間10分未満」と明かす。LINEなど各種メッセージングアプリでも音声・ビデオ通話ができるので、携帯電話網での通話機能を使う必然性が薄れているためだ。

だとするなら、価格での差別化のために定額通話をオプション化して料金を下げるのもアリ。同社はシンガポールのCircles Asiaと協力しこのプランを作り上げた。Circles Asiaは、「通話定額」「1日データ定額」などのオプション形式での契約を特徴としたMVNOで知られており、そのアプリ開発ノウハウもある。

若者向けの料金プランを作る上で、Circles Asiaのノウハウと協力を得て作ったのがpovo、ということになる。

KDDIはpovoで「トッピング」という言葉を使っているが、やっていることは「必要なものを選んで使う」オプション型の料金体系を作り上げることだった。

バンドルに熱心なKDDIが最初に「アンバンドル」へ

携帯電話でメールとウェブが使えるようになり、スマートフォンになって、日常的に使う機能のほとんどが「インターネット上のサービス」になった。フィーチャーフォンの時代以上に、ネットの中で自分が自由にサービスやアプリを選んで使うのが、誰にとっても当たり前のことになった。

一方で、携帯電話事業者にとってこれは悩ましいことでもあった。

今はあまり使われなくなったが、フィーチャーフォンからスマートフォン、3Gから4Gに移行する過程で使われたキーワードに「土管化」というものがある。通話も含めたサービスがインターネット回線の上で提供されるようになるなら、携帯電話事業者に提供できるのは「回線」だけになる。サービスの領域での差別化が難しくなり、水道において土管を提供するような立場に陥る。そこで「土管化」と言われたわけだ。

ではどうするのか? 料金施策では意外と差別化しにくい。価格を下げるにも限界があるし、日本では特にサービス品質が求められる。結局ある程度の価格に収斂せざるを得ない。その中で差別化するには、「お得感」を打ち出すのがベストだ。そこで出てきたのが「セット化」「バンドルプラン」である。

auの「データMAX 5G ALL STARパック(P)」はNetflix、Apple Music、YouTube Premium、TELASA、Amazonプライムが「バンドル」

携帯電話事業者は、インフラ投資に負担がかかる。たくさんの人が契約するので収入は大きいが、その分出ていくものも大きい。携帯電話回線の新規契約者が増えにくくなってきた以上、1人あたりの収益(ARPU)を高くすることを狙いたくなるものだ。

土管化を押しとどめるのは難しい。通話についてはVoIP(Voice over IP、IP網での通話)が導入されて以降、インフラに与える負担は小さくなった。結果として、通話定額の提供に対するハードルも低くなった。

映像などは、携帯電話事業者自身がサービスを作ることもできるが、規模の大きなものは世界的な事業者の方が有利になる。自社で提供する方法もあるが、パートナーと組む方法もある。

どうせ多くの人が使うサービスなら、自分たちで積極的に関わり、セット料金にして「お得感」を打ち出す。さらに、家族でのセット割引や長期契約割引などを組み合わせて、「多くの要素を組み合わせ、長く契約してくれた人」ほどお得になるようにしたわけだ。

フィーチャーフォン時代から続く商慣習に加え、スマートフォン以降も「サービスをバンドルする」という形でバンドル型の料金プランが増えていく。KDDIは特にその傾向が強かった。できる限り使う人が多い、魅力的な要素を打ち出すことでバンドルの価値を高める、というのは、決して悪いことではない。

だがKDDIは、povoでは他社に先駆けて、通話までシンプル化した「アンバンドル」プランを、トッピングという呼び名で採用することになった。

大手は「若年層獲得競争」を慎重に準備していた

KDDIは、日本の携帯電話事業者の基本形だった「バンドル」から離れた形を提示しようとしている。これは非常に大きなことだ。

アイデアの元になったCircles Asiaは、KDDIとは違い「MVNO」だ。借りる立場であるがゆえの自由な発想のサービスモデルを、インフラを持つ立場であるKDDIが取り込んできたわけだから、非常に大きな驚きでもあるし、KDDIとしてもチャレンジだったはずだ。

まだあくまで「povo」という1プランでの取り組みだが、もしこれがうまくいけば、KDDIの他のプランも、バンドル型から「トッピング型」へと変わっていくのかもしれない。

KDDI高橋誠社長

povoの発表の前には、NTTドコモが「ahamo」という形で、「ネット専売」というチャレンジをしている。これもまた、日本の携帯電話事業者としては大きなことだったはずである。

若者向けを強く打ち出す「ahamo」

これらのプランは、企業文化の面を考えても、システムの面でも、相当に長い期間をかけないと準備できないものだ。大臣から言われてすぐに用意できるものではない。

つまり、もともと大手は「若者」を軸に競争をしかける準備をしていたのだ。逆にいえば、大手は大手なりに、「競争がない」と言われつつも、「そのままでは勝ち抜けない」という危機感を持っていた、ということなのである。

政府の圧力に意味がなかったとは思えない。事務手数料や契約手続きの簡素化などは、政府の指導がないとここまでスムーズに進まなかっただろうし、値段はもっと高かったかもしれない。しかし、政府からの圧力だけで競争が生まれたのではなさそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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