石野純也のモバイル通信SE
第28回
らくらくiPhoneがらくらくホンの穴を埋める?
2023年6月14日 08:20
6月5日から9日にかけ、米カリフォルニア州クパチーノでWWDCが開催された。高い注目を集めているのは“初モノ”の「Apple Vision Pro」だが、例年通り、iOSやiPadOSといった主要OSの新バージョンもきちんとお披露目されている。iOSに焦点を絞ると、コミュニケーションや共有、インテリジェントな入力など、テーマがしっかり立ったアップデートだったと言えるだろう。
WWDCの“前フリ”に登場した「らくらくiPhone」
Apple Vision Proを含む新製品と、製品ごとに採用されるOSのお披露目を2時間にギュッと詰め込んだこともあり、それぞれに割ける時間は従来のイベントより短めだった。
こうした事情もあり、アップルはWWDCの本筋から外れるものの、比較的重要度が高い製品、機能、サービスを事前に発表している。App Store経済圏の規模は5月31日に、Apple Musicのコンサートディスカバリ機能は5月16日にといった具合だ。
筆者が注目したアクセシビリティの新機能も、iOS 17に搭載される新機能だが、5月16日に発表されている。アクセシビリティとは、何らかの障がいがあるユーザーが、問題なくiPhoneを使えるようにするための機能。身体的な機能が衰えるシニア世代にとっても、重要な設定項目になる。iOS 17で採用されるのが、「Assistive Access」や「Personal Voice」といった機能だ。
中でも前者のAssistive Accessは、その見た目が“らくらくiPhone”と形容できそうなデザインで、ネットでも反響が大きかった。いち早く、「らくらくiPhoneじゃん」とつぶやいた筆者のツイートは、11万を超えるインプレッションを獲得し、想定外のバズりになってしまったほどだ。
らくらくiPhoneじゃん、これ。https://t.co/8YwRkpYbyI
— Junya ISHINO/石野純也 (@june_ya)May 17, 2023
大きな文字とアイコンが並ぶホーム画面や、画面遷移の「戻る」を明示してボタンとして表示するようなスタイルは、どことなく「らくらくホン」の面影がある。
アップルは、プレスリリースで「認知的負荷を軽減するため、デザインにおけるイノベーションを用いてアプリケーションと体験から重要な機能を抜き出します」としており、この機能の主なターゲットを認知障がいのあるユーザーに定めていることが分かる。一方で、こうしたユーザーインターフェイス(UI)は、スマートフォンを初めて使うシニア層にも役立つはずだ。
Assistive AccessのUIが適用される機能は電話、FaceTime、メッセージ、カメラ、写真、ミュージックに限定されるため、より多機能な現行のらくらくスマートフォンよりも限定的な使い方にはなりそうだが、携帯電話としての基本的な機能は満たしている。この機能があることで、3G停波に伴ってフィーチャーフォンから移行する際に、iPhoneが選択肢の1つになる可能性もありそうだ。
WWDCにみた「らくらくiPhone」の予感
翻ってWWDCでは、Assistive Accessを含むアクセシビリティへの言及は特になかったものの、iOS 17には、らくらくiPhone的な使い方をするための一助になりそうな機能がほかにも採用されている。
コミュニケーション機能の1つとして発表された、「安否確認」はその1つだ。ユーザー自身がチェックインの情報を設定する必要があるため、Assistive Accessばりに簡単に使えるようにはならなそうだが、家族に安全を自動で知らせるにはいい機能だ。
また、留守番電話の文字起こし機能である「ライブ留守番電話」も、迷惑電話撃退に活用できる。指定した番号からの着信以外は、すべてライブ留守番電話で出るような設定にでき、詐欺の電話をダイレクトに取ってしまう心配も防げる。
残念ながらiOS 17導入時は英語のみの対応で、日本語を含む多言語対応の時期は明かされていないものの、文字起こしは端末側で処理しているため、Apple Cardなどの金融サービスよりは他国展開のハードルは低い。手書きをテキスト化する「スクリブル」のように、1年程度の遅れで導入されるといったことも十分ありうる。
細かな点では、iOS 15で導入された植物の名前を調べる機能がアップデートされ、写真だけでなく、動画にも対応する。実は、同様の機能は「花ノート」として、「らくらくスマートフォン」にも搭載されており、ひそかに人気だ。花ノートは、単に名前が調べられるだけでなく、記録も兼ねたものという違いはあるが、どちらもAIを使って植物を解析しているところは共通点と言える。
らくらくiPhoneはらくらくホンの穴を埋めるか?
その「らくらくスマートフォン」を開発していたFCNTは、5月31日に30日に民事再生法の適用を申請。奇しくも、iPhoneのAssistive Accessが発表されたのと同じ5月に経営が破綻してしまった。経営再建をサポートする支援企業は現時点でも見つかっておらず、端末の新規企画や製造、販売、サポートなどが停止している。
シニア向けSNSは別の会社が引き取り、運営を継続しているものの、FCNTのスマホが今後継続的に発売されるかは不透明な状況だ。
らくらくホンやらくらくスマートフォンは、ドコモのシニア向け端末で、いわゆるキャリア限定モデル。初号機を手がけたのは、FCNTにスピンアウトする前の富士通ではなくパナソニックだった。ここの事実を踏まえると、キャリアモデルを得意とするメーカーが引き継ぎ、開発を継続する可能性はあるが、iPhoneのAssistive Accessのような機能の登場で、その必要性が以前より低くなってきているのも事実だ。
実際、ドコモが運営するモバイル社会研究所が4月に発表した調査結果によると、70代でシニア向けの従来型ケータイを使うユーザーは年々減少していることが分かる。シニア向けスマホの割合は年によって開きがあるものの、漸減傾向だ。
一方で、この世代が使う汎用的なスマホは、Androidの比率が高い。シニア向けスマホもAndroidのため、合算するとその数値はさらに上がる。出荷台数シェアと比べ、iPhoneの存在感は薄いと言えるだろう。
アップルが、Assistive Accessやシニア向けに使えそうな各種機能を導入するのは、そのため……とまでは言い切れないものの、少なくとも、アップルがiPhoneのユーザー層拡大を狙っていることは間違いない。
キャリアが店頭でどこまでプッシュするかにもよるが、経営破綻したFCNTや、コンシューマー市場からの撤退を表明した京セラの穴を埋めるのがアップルだったという予想外の結果になることもありえそうだ。