西田宗千佳のイマトミライ

第199回

「FCNT破綻」で考えるスマホ生産の困難

5月末に、驚きの発表が飛び込んできた。

「らくらくホン」や「arrows」で知られるFCNTが、民事再生手続開始の申立てを行ない、受理されたというのだ。サービス関連事業は他の企業の支援を受けて継続される見通しだが、スマートフォンの製造・販売について事業を停止する模様だ。

「富士通」ブランドで長く展開してきたスマートフォンがなくなるわけで、驚いた人も多いだろう。筆者もその1人だ。

ただ、筆者を含め、スマホ業界をある程度知る人は「いつか来ること」と予測はしていた。それが今だった、というのが驚きであったにすぎない。

なぜFCNTが苦境に陥ったのか、その点から遡る形で、現在のスマートフォン事業の状況を考えてみよう。

携帯電話事業者は「サポート継続」というが……

いきなり端末生産やサポートが終了して困るのは、それらの端末を使っている人々であり、それを販売している携帯電話事業者だ。

FCNTの携帯電話端末は、NTTドコモ・KDDI・ソフトバンク・楽天モバイルと、4つの大手携帯電話事業者で売られていた。

このうち、明確に「終売」としているのは楽天モバイル。それ以外の3社は「販売を継続」とのコメントを出している。

とはいうものの、現状、FCNTは端末の製造もサポートもできない状態にあり、継続にも不安がつきまとう。

例えば故障については、代替機の送付や機種変更の推奨で切り抜けられるかもしれない。だが、OSのアップデートはメーカーによる検証も必要。セキュリティアップデートくらいはなんとかなるかもしれないが、OS自体の新バージョンへの書き換えは難しいだろう。

現実問題として「ビジネスが継続していないなら、端末も継続しては使えない」と考えるべきだ。

スマホを含めた「ネットワークにつながる製品」を考えた場合、過去の家電やデジタル機器との違いはここにある。「動いているから大丈夫」は通用しない時代だ。

先日、スマートロックの「Qrio」の初代モデルがアプリ更新を止めて使えなくなったものの、製品は直前まで売り続けていて炎上……という話があったが、本質的には同じ話と言える。

資本側から支持されないFCNTの「端末事業」

FCNTが苦境に陥った直接的な原因は「円安」と「部材価格上昇」だ。

その中で事情が複雑になるのは、FCNTの場合、すでに親会社は富士通グループではなく、OEM/EMS(生産受託)事業をベースにするREINOWAグループであったことだ。

REINOWAグループ自体が円安などの影響で収益が悪化すると、経営と製造を同グループに依存するFCNTも収益悪化分をコントロールできなくなり、今回のような自体になった。

FNCTの端末についても、現在は生産自体をREINOWAグループ内のEMSであるJEMS(ジャパン・イーエム・ソリューションズ)に委託している。JEMS自体が立ち行かなくなっているので、FCNTの端末製造・サポート自体も行なえない状態にある。

実のところ、JEMSにはすでに、投資ファンドの「エンデバー・ユナイテッド」など3社が事業継承を前提に支援することになっている。ただ、継承する事業の中にFCNTの事業は含まれない。だから端末製造は継続されないのだ。

FCNTの事業の中でも、コミュニティ系である「らくらくコミュニティ」については、複数のスポンサーから支援の声が上がっているものの、端末事業については、本原稿を執筆している6月3日現在、表面化していない。

資金を出す側からの評価として、富士通からFCNTまで至る「携帯電話端末」事業は、ほとんど評価されていないのだ。

携帯電話事業者からも、FCNTの端末事業自体を支援する動きは見られない。

海外との競争で「数」「ブランド力」の影響が拡大

スマホ端末で安定的なビジネスをするにはどうしたらいいのか?

結局は「数」と「ブランド力」としか言いようがない。

現在のスマホは、大量生産に特化した部材の生産ラインと、それを使うことを前提にした最終製品の生産ラインのせめぎ合い、という見方ができる。

独自性の高い端末を作るには、まだありふれていない高価なデバイスを使う必要がある。最新の技術を使っていなくても、サイズや形状が違うだけでコストは劇的に上がってしまうのが世知辛い。

そうなると、「性能が良くて独自性のあるスマホ」を作るには、とにかく量産する前提を整えた上で部材と最終製品の生産ラインを押さえる、ということになる。

これはまさにiPhoneのビジネスモデル。アップルはその上で、自社独自のOSとプロセッサーも使う。世界中で同じものを大量に売る前提で、ソフト開発と維持費、プロセッサー開発とその維持費までコントロールするわけだ。

サムスンやGoogleなども似たやり方だし、中国系のメーカーも同様。特に中国系については、「中国そのもの」が巨大な単独市場であり、それを勘案する必要がある。

携帯電話事業者との関係が変わった「スマホの15年」

ではなぜ、過去に日本にはあんなに携帯電話のメーカーがあったのだろうか?

それは、大手携帯電話事業者と連携していたからだ。

端末は携帯電話事業者から供給されるものであり、商品企画もメーカーと携帯電話事業者が共同で行なうもの。端末を一定数買い上げることが前提であり、端末メーカーの経営は安定しやすくなる。携帯電話事業者としても、端末を安く提供することで契約を得られるし、継続にも役立つ。

過去にはこのサイクルが非常にうまく回っていた。

だが、それはもう成立しない。

1つは、携帯電話回線の契約数が「どんどん増える」時代ではなくなったこと。

事業者を移動する人も、そもそもそんなに多いわけではない。契約継続のためのインセンティブ、という部分はあるが、新規顧客獲得ほど収益が上がるわけでもない。

2つ目は「海外勢」の進出。

大量に作ることが有利な構造になると、数の少ないメーカーは不利になる。「数を追う」方に回るには他国にも大量にスマホを売る体制を整えなくてはいけないのだが、そのためには生産や技術だけでなく、他国の携帯電話事業者とのパイプを太いものにしないといけない。

「SIMフリーで家電のように売ればいいのでは」と思うかもしれないが、実のところ世界中で売るには動作検証も必要だし、いまだに携帯電話事業者経由での販路も小さくはない。だから、「商品を持ってきて販社と組めばたくさん売れる」というほど簡単なものではない。

資金が豊富で「大量に売る」側へすでに回っている企業は、日本に進出する余力もある。結果として、海外勢と日本勢の競争も生まれる。

座れる椅子の数が減った中で競争が始まると、「利益率も低いし勝ち抜けない」と考える会社も増えてくる。

フィーチャーフォン時代のメーカーの中で撤退を決めた企業は、この状況ではやっていけないと判断したわけだ。

実のところ、富士通も「端末は厳しい」と判断していた。だから、2010年には東芝と「富士通東芝モバイルコミュニケーションズ」として端末事業を統合、さらに2016年に、PCと携帯電話事業は分社化している。

FCNT自体、2016年に分社した際に「富士通コネクテッドテクノロジーズ」として発足、さらに2018年に富士通が投資ファンドのポラリス・キャピタルグループに株式を譲渡、2021年には富士通が持ち株をすべてポラリスに売却し、「富士通」の名前がなくなり、正式に社名が「FCNT」になっている。

端末ブランド価値向上やビジネス環境拡大がうまくいけば、FCNTとしてやっていくこともできたのだろう。

だが、半導体不足から急速な円安、部材価格の乱高下など、スマートフォンメーカーをめぐる環境は大きく変わってきている。その中で体力がもたなかった……という予測は成り立つ。

どのメーカーも「ハイエンド」「ブランド」スマホを売りたい

他のスマートフォンメーカーについても、決して楽な状況にはない。世界中がそうなのだ。

ソニーグループの十時裕樹社長は、自社のスマートフォン事業について「ストレッチ(販売数量が拡大する)状況ではない」と話す。Xperiaは日本だけでなく世界で売られているが、それでも、ハイエンドスマホ自体の販売は大きく伸ばせる状況にないという。

シャープも同様。日本国内でかなり堅調なビジネスをしており、Androidスマホの中でのシェアは拡大しているが、世界中にどんどんAQUOSブランドのスマホが売れる、とまではいかない。

携帯電話事業者と組んで、彼らのいう量を生産していくビジネスはシュアに見えそうだが、実際にはもうそれだけでは厳しい。

特に大きいのが「ブランド価値創造」と単価維持だ。

「FCNTといえばらくらくホン」と書いたが、そのことを理解している人は少数派だ。らくらくホンを使っている人の多くは、それがどこで生産されたものかを理解していない。

特に今は、サービスと端末の「完全分離」があるので、割引も2万円まで。ブランド名のついていないスマホを安く売ることに特化していくと、単価が上がらないので利益率は低くなる。そして、単価が低いスマホほど量産効果が重要なので、国内主体のメーカーには不利になってくる。

実はソニーにしろシャープにしろ、「単価が安い製品をたくさん売る」体制から脱却したからやってこられたようなところはある。

シャープは携帯電話事業者から、ルーターや「らくらくホン的端末」を受注することも増えているが、本音では「もう少しハイエンドな製品を売りたい」と思っているはず。

5月には、バルミューダや京セラなどのスマホ撤退が相次いだが、今の状況でやっていくには「どうやって国外勢とは違う形でビジネスをして、単純な体力勝負にならないようにするか」がポイントになってくる。

とはいえ、どうもKDDIはタスネススマホとして人気の「TORQUE」シリーズについて、一部ユーザーに「新機種に関するご案内」を出したようである。

ブランド価値があると話が変わってくる、ということなのだろうか。

また携帯電話については、「割引額を2万円から4万円へ拡大する」という動きも見られた。この結果、スマホの単価も変わってくる可能性は高い。

この話がFCNT民事再生申請と同日にニュースになるあたり、実に皮肉なものを感じたりもしてしまう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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