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「本阿弥光悦の大宇宙」が開幕 「始めようか、天才観察。」

特別展「本阿弥光悦の大宇宙」

東京・上野の東京国立博物館(平成館)で、特別展「本阿弥光悦の大宇宙」が始まった。

本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)という名前を聞いたこともないとか、日本史の用語集に載っていた記憶がうっすらと残っているだけ、という人が多いかもしれない。

もしくは刀剣に興味のある人であれば、「刀剣の鑑定や研磨の名門家系に生まれた人だね」とか、書道をする人であれば「寛政の三筆の1人ですよ」と、それぞれ思い浮かべるかもしれない。さらに茶道や陶芸に興味を抱く人は、漆芸などの工芸品に詳しい人は……と、自身が興味を抱く趣味によって「本阿弥光悦」の人物像は異なるだろう。

江戸時代初期に様々な美術領域で活躍。後には俵屋宗達とともに、琳派(りんぱ)の祖と呼ばれるようになり、その後の芸術家に大きな影響を与えた。「本阿弥光悦の大宇宙」は、現代であればマルチクリエイターと呼ばれるだろう本阿弥光悦を、総合的に見通そうという特別展だ。

国宝の《短刀 銘 吉光(名物 後藤藤四郎)》をはじめとする名刀や、《舟橋蒔絵硯箱》、《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》、《黒楽茶碗 銘 時雨》など、本阿弥光悦または本阿弥家が関わった名品を展示。特に、刀剣や漆芸、書や茶碗を趣味とする人にとって、垂涎の作品が一堂に会している。

展覧会名:特別展「本阿弥光悦の大宇宙」

会期:2024年1月16日(火)~3月10日(日)
会場:東京国立博物館平成館
料金:一般 2,100円/大学生 1,300円/高校生 900円

※会期中、一部作品の展示替えが行なわれる

なお、特別展の展示室内の撮影は禁止。以下の写真はいずれも、取材のための許可を得て撮影している。

《名物 後藤藤四郎》などの国宝刀剣を堪能できる第1章

特別展の最初の部屋に入ると「いきなり来たか!?」という感じで展示されているのが、360度ぐるりと見られる《舟橋蒔絵硯箱》だ。だが《舟橋蒔絵硯箱》で多くの入場者が足を止めるはず。もし混雑していたら、後に回して先に進むことをおすすめする。

本阿弥光悦作の国宝《舟橋蒔絵硯箱》。東京国立博物館蔵

先に進んだところで、第1章「本阿弥家の家職と法華信仰―光悦芸術の源泉」が始まる。本阿弥光悦は、刀剣の鑑定や研磨の名門家系に生まれたと同時に、法華宗を篤く信仰していたことも紹介される。

そこで第1章の会場に入ると、鎌倉時代(14世紀)の相州正宗による《刀 無銘 正宗 名物 観世正宗》と《刀 金象嵌銘 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押)》(いずれも東京国立博物館)、南北朝時代の建武元年(1334)に長船長重が作刀した《短刀 銘 備州長船住長重 甲戌》、さらに鎌倉時代の粟田口吉光の《短刀 銘 吉光 名物 後藤藤四郎》(愛知・徳川美術館)などの国宝指定の刀剣が並ぶ。

第1章「本阿弥家の家職と法華信仰」の展示風景
相州正宗の《刀 無銘 正宗 名物 観世正宗》と《刀 金象嵌銘 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押)》(いずれも鎌倉時代。東京国立博物館)
相州正宗の《刀 無銘 正宗》(鎌倉時代。東京国立博物館)。能楽の観世家に伝来したとされ《名物 観世正宗》とも呼ばれる
郷義弘《刀 金象嵌銘 江磨上 光徳 (花押) 名物 北野江》(鎌倉〜南北朝時代。東京国立博物館)
長船長重《短刀 銘 備州長船住長重 甲戌》(南北朝時代)

本阿弥光悦の指料と伝わる唯一の刀剣《短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見》と、それを収める拵(こしらえ)《刻鞘変り塗忍ぶ草 蒔絵合口腰刀》も展示されている。刀剣鑑定の達人ともいえる人が、身近に置いていたものが見られるのは貴重だ。

志津兼氏《短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見》(鎌倉〜南北朝時代)と、《刻鞘変り塗忍ぶ草 蒔絵合口腰刀》(江戸時代)

また、展示順としては刀剣よりも先に見ることになるだろう《折紙》や《「本」銅印》などが並ぶのも、今展の特徴。前者は、「折紙付き」の語源ともいわれる本阿弥家による刀剣鑑定書。会場の向かい側に展示されている《短刀銘来国次 名物鳥飼来 国次》の折紙が見られる。《「本」銅印》は、本阿弥家発行の折紙の紙背に押された黒印だ。

江戸時代の宝永2年(1705)に記された《折紙》(兵庫 黒川古文化研究所)
安土桃山時代の本阿弥宗家9代の光徳が、豊臣秀吉から拝領したと伝わる《「本」銅印》。本阿弥家発行の折紙の紙背に押された

以上のように、第1章では本阿弥家の家職である刀剣間関連の展示が多い。だが本阿弥光悦が、研磨や鑑定に直接関与したとみられる名物刀剣は皆無であり、本阿弥家の一員として家職に従事した記録は少ない。とはいえその審美眼が、家職によって鍛えられたことも、また間違いないだろう。

そして家職と同様に、本阿弥光悦の礎となったのが、日蓮法華宗への篤い信仰心だったいう。会場では、本阿弥光悦が日蓮聖人の「立正安国論」を書写したものや、揮毫した法華宗寺院の扁額などが見られる。

第1章「本阿弥家の家職と法華信仰」の展示風景
本阿弥光悦が元和5年(1619)に書写した《立正安国論》(京都・妙蓮寺)
本阿弥光悦が寄進した《紫紙金字法華経幷開結》(京都・本法寺)。寄進状によれば、平安時代の三蹟で知られる小野道風による写経だという

豪華な蒔絵がずらりと並ぶ第2章

第2章「謡本と光悦蒔絵―炸裂する言葉とかたち」では、後に本阿弥光悦とともに「琳派(光琳派)の祖」と言われ、国宝「風神雷神図屏風」を描いたことでお馴染みの俵屋宗達が登場する(今展では出品されません)。

2人が協働で作ったかもしれないと言われているものは様々。その1つが絵画であり、能における楽譜のような謡本(うたいぼん)であり、蒔絵の硯箱など漆工芸品だ。

第2章「謡本と光悦蒔絵」の展示風景
奥に見えるのが、《桜山吹図屛風》(江戸時代。東京国立博物館)。俵屋宗達が描いたとされる絵の上に、本阿弥光悦が和歌をしたためた色紙が、散りばめられている
《光悦謡本 上製本》(江戸時代。東京 法政大学鴻山文庫)

なお、同展会場の入口に展示されていた、国宝の《舟橋蒔絵硯箱》は、この第2章に来た時に思い出してもらいたい作品。

全体に金粉をまき、波が表されている上に、鉛の板で表現された橋が掛けられている。さらに銀板を切り抜いて散らしている文字が見えるが……いつも何が書かれているのだろう? と思いつつ、調べたことがなかった。

これは平安時代に源等(みなもとのひとし)が詠んだ歌「東路の 佐野の舟橋 かけてのみ 思い渡るを 知る人ぞなき」から取ったもの。硯箱には「東路乃 さ乃ゝ かけて濃三(のみ) 思 わたる を知人そ なき」と、「さ乃ゝ」の後にあるべき「舟橋」を省略している。なぜ省いたかと言えば、鉛板で装飾された橋から連想してねということだ。

本阿弥光悦作《舟橋蒔絵硯箱》(江戸時代。東京国立博物館)

本阿弥光悦の書を満喫できる第3章

特別展「本阿弥光悦の大宇宙」では、寛政の三筆とうたわれた本阿弥光悦の書が、数多く見られるのもポイント。第1章では書状や写経、扁額などが展示され、第2章でも光悦流の謡本などが見られる。そして、いよいよ第3章では俵屋宗達とコラボした《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》や《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》などが展開される。

《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》ってなんですか? という人も多いだろう。かくいう筆者も、京都国立博物館蔵の今作を見るのは初めてで、実際に見るまでは、これほど感動するとは思わなかった。

《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》のある展示室の風景

《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》は、多くの鶴が描かれた料紙の上に、飛鳥から平安時代の36人が詠んだ和歌を、本阿弥光悦が散らし書きしたもの。

長さ約13.6mの全体を見ると、冒頭では水辺に群れる鶴がたたずんでいる。やがて鶴の群れは飛び立ち、海の上を昇ったかと思うと降っていき、最後には陸に降り立ち羽を休める。鶴のほか、雲や波は銀泥と金泥で表現されているが、決して華美ではなく落ち着いた雰囲気だ。

そんな鶴の下絵の上に、柿本人麻呂や在原業平、紀貫之や小野小町などの和歌を、本阿弥光悦がしたためている。能書家と知られる彼の代表作と言われる筆の運びは、俵屋宗達が描いた鶴の抑揚と合わせるように、時には細くそして時には驚くほど太くなり……が繰り返されていく。

本阿弥光悦筆・俵屋宗達下絵《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》(京都国立博物館)

鶴の抑揚と筆線の肥痩を見ていると、そこに書かれた和歌を読めない筆者でも、2人が奏でるセッションを聴いているような、心地よさを感じる。そして最後まで見終わった後に、振り返って作品全体を俯瞰してみると、改めて冒頭から見たくなってしまう。

次に見る時までには、書かれている和歌を調べておき、じっくりと見直したいと思った。

俵屋宗達が描いた下絵に本阿弥光悦が三十六歌仙の詠んだ和歌を書いていった、京都国立博物館蔵の《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》は、長さ約13.6mもある

そのほか、かつては百首すべてが書かれていたと思われる《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》や、《花卉鳥下絵新古今集和歌巻》、《松山花卉摺下絵新古今集和歌巻》など、本阿弥光悦の和歌巻の逸品が揃っている。

現在は分蔵されている本阿弥光悦筆《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》の展示風景
本阿弥光悦筆《花卉鳥下絵新古今集和歌巻》
本阿弥光悦筆《松山花卉摺下絵新古今集和歌巻》
同じく《松山花卉摺下絵新古今集和歌巻》

天才観察による、心地よい疲れ

第1章では刀剣、第2章では漆器、第3章では書が展開され、それぞれに魅了されてしまった。第3章まででも、よくもまぁ色々と才能を発揮できるものだなと、感心したり静かに興奮したりしながら会場を巡った。そして最後に「光悦茶碗―土の刀剣」と題した第4章で締めくくられる。本阿弥光悦が作った茶碗が、宇宙に浮かび上がる星々のように展示されている。

「第四章 光悦茶碗-土の刀剣」展示会場風景(写真提供:東京国立博物館。以下同)
《黒楽茶碗 銘 村雲》本阿弥光悦作、江戸時代・17世紀、京都・樂美術館

特別展「本阿弥光悦の大宇宙」の副題は「始めようか、天才観察。」とされている。

仕事の関係で、これまで何人かの天才を取材したことがあるが、投げてくる情報量が段違いに多いため、脳が疲弊してしまったのを思い出した。本阿弥光悦という天才の軌跡をたどった今回の取材後も、同じような感覚に陥った。見聞きしたことを、まだまだ咀嚼できていないが、本阿弥光悦が各分野で表現したことが、これからゆっくりと筆者の中に取り込まれていくはずだ。

同展は、刀剣や漆器、書や茶碗の、いずれかのジャンルを趣味としている人には特におすすめだ。本阿弥光悦が分野を横断して興味を広げたように、観覧者もまた、その興味の幅を広げたくなるだろう。

さらに特別展を見た後は、総合文化展(いわゆる平常展)を巡ってみてほしい。刀剣好きであれば、3月3日まで展示されている《太刀 名物 三日月宗近》は見逃せない。

特設ショップの今展オリジナルグッズ
《舟橋蒔絵硯箱》関連のグッズが多め
ぷっくりと膨らんでいるところが《舟橋蒔絵硯箱》っぽい、マスコット キーホルダー