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「マリー・ローランサン」展が開幕 1920年代、パリのオシャレ番長

アーティゾン美術館「マリー・ローランサン ―時代をうつす眼」展

西洋美術が最も輝いていた時代のひとつ、1920年代。パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックなどと同時代に影響し合い活躍した、女性画家の展覧会「マリー・ローランサン ―時代をうつす眼」が、東京・京橋のアーティゾン美術館で始まった。

彼女を知っている人であれば、「ローランサンといえばパリだよね」とイメージするだろうし、1920年代のパリと言えばローランサンの絵画をイメージする人も少なくないだろう。

ローランサンがパリに生まれたのは、1883年のこと。パブロ・ピカソは2つ、ジョルジュ・ブラックは1つ歳上。日本で言えば明治16年ということになる。美人画を得意とした女性画家の、上村松園(明治8年生まれ)や池田蕉園(明治19年生まれ)と同世代。日本が1868年の明治維新を経たと同様に、フランスは1871年の普仏戦争を経て、ナポレオン3世が失脚。第三共和政が成立して間もない、時代の大きな変革期に誕生した女性画家だ。

本展は、ピカソやブラックなどと交流した20代から、第一次世界大戦や第二次世界大戦をはさみ、72歳で亡くなる3年前の1953年までの約65点の(挿絵本等の資料約25点を含む)作品と、同時代に活躍した画家たちの作品約25点で構成されている。

展覧会概要

マリー・ローランサン ―時代をうつす眼
会期:2023年12月9日(土)〜2024年3月3日(日)
会場:アーティゾン美術館(東京・京橋)
料金:1,800円(ウェブ予約チケット)・2,000円(窓口販売チケット) / 学生無料(要ウェブ予約)※中学生以下は予約不要

なお作品のだいたい半数以上は、撮影やスケッチが可能だ。

鑑賞にあたっての注意事項

ローランサンとキュビスム

マリー・ローランサンは21歳の時に、アカデミー・アンベールに通い始め、そこで本格的に絵画の勉強を始める。24歳の頃(1907年)に、ピカソやブラックなど同世代の新進画家たちが集まっていた、パリ・モンマルトルの「洗濯船(バトー・ラヴォワール)」に出入りし始める。ちょうどピカソが《アビニヨンの娘たち》を制作した時期だ。

展覧会の序章「マリー・ローランサンと出会う」では、1904年から1927年までの自画像4点が並べられている。彼女が様々な画家の影響を受けつつ、それぞれの作風にどっぷりと浸かることなく、自身の作風を確立していく様子がうかがえる。

1904年から1927年までに描かれた自画像4点が並べられた序章の展示風景
序章「マリー・ローランサンと出会う」の展示風景

また、1章「マリー・ローランサンとキュビスム」では、キュビスムの著名画家の作品を交えながら、主に20代の頃に描いた作品を紹介。

上述の通りローランサンは、芸術革命ともいえるキュビスムの、その震源地「洗濯船(バトー・ラヴォワール)」にいた。当然彼女も、多くの影響を受けている。だがマリー・ローランサンの作品は、ピカソやブラックなどの「これがキュビスムだ!」というような……一般には「ちょっと何が描かれているのか、分からないんですけど……(汗」と言った作品とは、一線を画している。

同じ空間に、ローランサンと、ピカソやブラック、ロベール・ドローネーなどの作品と見比べることで、彼女がキュビスムから何を吸収し、独自の画風を確立していったのかが分かる展示となっている。ローランサン作品だけを見ていくと、見過ごしがちのキュビスム要素が浮かび上がってきて、「ほんとだ! マリー・ローランサンって、けっこうキュビスム画家だったんだね」と分かるはずだ。

主に20代の頃の、キュビスムの影響が見て取れる作品が展示されている、1章の展示風景
1章「マリー・ローランサンとキュビスム」の展示風景
1章では、ピカソやブラックなど、キュビスムの仲間たちの作品も展示

詩や詩人との深い関わり

2章の「マリー・ローランサンと文学」以降は、「人物画」や「舞台芸術」、「静物画」と、活躍した場やカテゴリーごとに章立てが続く。

まず「マリー・ローランサンと文学」では、主に詩や詩人との深い関わりを示す作品を展開。1922年に制作された『マリー・ローランサンの扇』は、12人の詩人の新作に、挿図10点が添えられたもの。また1926年に小説家のジャック・ド・ラクルテルが著した『スペイン便り(原題:Lettres Espagnoles)』には、挿絵11点を描いている。さらにアレクサンドル・デュマ・フィスの長編小説『椿姫』の英語版を出版するにあたり、挿絵12点を描いている。

『マリー・ローランサンの扇』の原本や、堀口大學によって訳編され、日本で出版された『Marie Laurencin詩画集』などの展示風景
『小動物物語集』などの展示風景
『スペイン便り』の挿絵用に制作された銅版画11点が、ずらりと並ぶ展示風景
『椿姫』の挿絵のために制作された水彩画12点の展示風景

ローランサンと、同時代に活躍した画家たちによる人物画

ローランサンといえば、淡いピンク色や青色、灰色などを使って描かれた、優雅な人物画をイメージする人も多いだろう。描かれた女性も、さぞ嬉しかっただろうなと感じさせる「これぞローランサン」という人物画が、3章「マリー・ローランサンと人物画」で、多く展示されている。

3章「マリー・ローランサンと人物画」の展示風景
人物画が並ぶ3章の展示風景

1923年頃からローランサンは、パリ社交界で人気を博することになるのだが、3章では、同じく1920年代のパリ社交界で人気のあったケース・ヴァン・ドンゲンの《シャンゼリゼ大通り》や、パリに在住していた日本人画家の東郷青児や藤田嗣治などの人物画作品が並べられている。

ローランサンの、女性を明るく優雅に描いた作品はもちろんだが、筆者は特に藤田嗣治の3点の作品に釘付けとなってしまった。1点は1923年に描かれた、群馬県立近代美術館所蔵の《人形を抱く少女》。展示室にはローランサンのパステルトーンの作品が多いため、藤田嗣治の白を背景とした落ち着きのある雰囲気に惹かれたのかもしれない。または、彼が描く女性の、焦点の定まっていない少女や猫、それに人形の瞳の(悪い意味ではない)違和感に惹きつけられたのかもしれない。

そのほか、鉛筆で描かれた《婦人像》と《少女像》(いずれも石橋財団アーティゾン美術館蔵)も素晴らしかった。特に藤田嗣治の多くの人物画は、オシャレではあるけれど、たいてい生気を感じない気がするのだが……これらスケッチに描かれた女性は、描かれた1927年に実存していた人たちなのだろうと、感じさせるものがある。それに鉛筆で描くのが、こんなにも巧みな人だったかと、今回初めて知った。

藤田嗣治の作品3点が並ぶ展示風景

一般的には人物画で定評のあった画家として知られるローランサンだが、その才能はファッションや舞台芸術でも高く評価された。1924年には、バレエ団「バレエ・リュス」の『牝鹿』の、舞台衣装と舞台装置を担当。また同年の『薔薇』や、1928年の戯曲『乙女らは何を夢見る?』でも衣装と舞台装置をデザインしている。

ローランサンが衣装デザインを手がけた、公演の公式プログラムなどを展示する3章の展示風景
4章「マリー・ローランサンと舞台芸術」の展示風景

さらに本展では、ローランサンが描いた静物画や、絵付を手がけた椅子などを展示。終章の「マリー・ローランサンと芸術」へと続いていく。

ローランサンの作品は、色彩豊かな印象がある。だが、終章の解説パネルによれば、意外にも彼女が使っていた絵の具の色は、それほど多くなかったようだ。彼女から絵の手ほどきを受けたという、詩人でフランス文学者の堀口大學は、ある日、ローランサンからメモを渡された。そこにはローランサンが使っていた、絵の具の色が書かれていたという。

記されていたのは、コバルトブルーと群青、茜紅色、エメラルドグリーン、象牙黒、銀白、鉛白の7色。青と白が2種ずつ入っているので、色の種類は4つのみ。後年には黄色も加わったが、基調とした色は変わらなかったという。

終章では、3人もしくは4人の女性を描いた、キャンバスのサイズが少し大きめの作品が展示されている。ここまで来て気がついた。ローランサンが描いた男性の作品がないなと……。いや本展の2章ではピカソを描いた作品が見られるし、そのピカソを含む洗濯船の仲間たちを描いた作品もある。だがそれらは、明らかに「ローランサンっぽい」作品ではないし、上述した7色の絵の具で描いたものでもない。とすると、この7色(または8色)の絵の具は、女性を魅力的に描くために絞り込まれていったものなのだろう。

ゆったりと過ごしたい美術館

「マリー・ローランサン ―時代をうつす眼」の展示室を出てからも、アーティゾン美術館で見られるものは多い。筆者は、ローランサンのほかに、同館所蔵で重要文化財に指定されている、青木繁の《海の幸》と《わだつみのいろこの宮》が見られたら良いなと思いつつ、主に石橋財団コレクションが展示されているフロアへ急いだ。同コレクションは、現ブリヂストンの創始者である石橋正二郎氏が、1927年頃から蒐集し始めたもの。石橋氏と同じ福岡の久留米出身の画家、青木繁の作品は、氏が美術館創設を目指し始めた、大きなきっかけの一つ。他の展覧会で見たことはあるものの、やはり所蔵されているアーティゾン美術館でも見てみたいと思っていたのだ。

結果としては、2作品とも見られて満足だった。だが、そこに辿り着くまでにも見ておくべき作品が多く、予想外に時間がかかってしまった。例えば、今回のマリー・ローランサンとも関連する、ポール・セザンヌやアンリ・マティス、それにパブロ・ピカソの作品もある。そのほかにも、クロード・モネの《睡蓮》や、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、フィンセント・ファン・ゴッホなど、誰もが知る画家たちの作品がずらりと並んでいる。

モネやセザンヌ、ゴッホやピカソ、マティスの作品がずらりと並ぶ展示室
《わだつみのいろこの宮》をはじめ、青木繁の作品が展示されている

実は「マリー・ローランサン ―時代をうつす眼」展にも、同館所蔵の少なくない数の作品が展示されている。それぞれ、いつ頃に所蔵されたのかは分からないが、ものすごいポテンシャル(所蔵品)を備えた美術館であることは確か。

「マリー・ローランサン ―時代をうつす眼」展を見た後にも、他フロアでじっくりと過ごせるよう、時間配分またはスケジュールには気をつけたいところだ。