こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第8回

ICTで好きなことを表現する特別支援が、子どもたちの自己肯定感を育む

~つくば市立学園の森義務教育学校 山口禎恵教諭がめざす学びのアップデート③

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先生自身の言葉をお伝えしていく。「簡単なICT活用で安心して学べる子どもたちがいる」と語る、つくば市立学園の森義務教育学校の山口禎恵教諭。今、もっとも力を入れて取り組む、すべての子どもたちにとって大切な自己肯定感を高める支援を紹介する。

苦手なことを頑張るよりも、好きなことを生かす支援が頑張る力につながる

ここまで読み書き計算に困難を抱える子や、ASDやADHDを抱える子どもたちへの支援をテーマに、特別支援における合理的配慮としてのICT活用や、その大切さを述べてきました。しかし、ICTを活用する前に、忘れてはならないことがあります。

それは、そもそも支援学級で学ぶ子どもたちの多くは、読み書きの困難さや障害特性などから、失敗経験を多く重ねており、自己肯定感が低くなっているということです。

そのため、「苦手なことを頑張ってできるようにする」支援よりも、「好きなことを生かす」支援が大切だと考えています。その方が子どもたちの心理的な安定や、学習を頑張る力につながるからです。

具体的に私が取り組んでいるのは、子どもたちの自尊感情が高まるような自己表現活動にICTを活用することです。合理的配慮とは少し離れてしまいますが、保護者の方や通常学級の先生方にも、このような支援もあることを知っていただけたら幸いです。

達成感や責任感を味わうグループ活動で、自信をつけていける子どもたち

私が取り組んでいるICTを用いた自己表現活動は、グループと個人によるもの、2つあります。

たとえば、生き物好きな子が多かった2年生の子どもたちは、グループで協力して、「森の生き物を守るために、私たちができること」をテーマしたデジタル絵本づくりに挑戦しました。子どもたちが手描きした動物の絵をPowerPointに読み込み、動きをつけてひとつの作品に仕上げ、完成した絵本は『WWFジャパン森林絵本コンテスト』に出品。入賞こそ逃しましたが、同サイトに動画が掲載され、多くの人に作品を見てもらう経験を通して、控え目だった子どもたちも自信をつけました。

制作の途中経過
PowerPointに描いた絵を読み込み、動きのある作品に
WWFジャパン森林絵本コンテストに応募した作品

また昨年の2〜3年生は、プログラミング教材「embot」を使った自己表現にチャレンジしました。embotは段ボール素材で、子どもたちがキャラクターに愛着をもちやすく、簡単なプログラムで表現できるのが特徴です。2年生は「お話作り」、3年生は海の生き物を守るための「プラスチック分別のための動画作り」に取り組みました。これも、作った動画を多くの人に見てもらうことで、子どもたちも達成感を味わい、自信につなげることができました。

3年生が作った「プラスチック分別の動画」をまとめたポスター。つくば市のサイトにも掲載された(動画はポスターのQRコードから視聴可能)

子どもたちに大人気の教育版マインクラフト「Minecraft: Education Edition」も自立活動のツールとして、毎年子どもたちの実態に合わせていくつか実践しています。たとえば、コミュニケーションの活性化をめざしたサバイバルモード(探検をメインしたマインクラフトの遊び方)での取り組みには、プロのマインクラフターであるタツナミシュウイチ氏を招き、子どもたちも大興奮の授業となりました。このときの子どもたちには、未だに「次はいつサバイバル(モード)でマイクラやれるんですか?」と言われます。

また昨年度は、「第1回Minecraftカップ全国大会2019」にも挑戦。テーマは「スポーツ施設のある街」で、子どもたちがそれぞれスポーツ施設を担当して作り、工夫したところやアピールポイントを動画にまとめ、ワールド内から動画を見られるようにしました。子どもたちは責任をもって取り組んでいたので、自分の担当したところには自信も愛着もあったようです。作品は残念ながら入賞には至りませんでしたが、子どもたちは入賞する気満々で、そのポジティブさに教師の方が驚きました。

「第1回Minecraftカップ全国大会2019」に応募した作品
役割分担してスポーツ施設を完成させ、施設の中を動画で見られるように工夫

つくば市で毎年開催される特別支援学級の子どもたちによる作品展。ある年、本学園では1年生から9年生までの参加希望者全員が「viscuit(ビスケット)」というプログラミングツールを使って『動くカレンダー』の作品作りに取り組みました。ビスケットは、直感的に操作できるので、就学前の子から使えます。

また学年が上の子どもたちには、ビスケットで作った作品を動画にし、ARアプリ「マチアルキ」と組み合わせて、カレンダーの絵にスマホをかざすと動画が見られる仕掛けを取り入れました。自分で描いたカレンダーの絵が、スマホをかざすと動いて見えることが嬉しかったようで、作品展を見に来てくれた人たちや保護者に喜んで説明する姿などが見られました。

ビスケット作った動くカレンダー。高学年はARアプリと組み合わせて、スマホをかざすと動画が見られるように工夫した

子ども側から「伝える」、教師側がその思いを「受け止める」体験を毎日繰り返す

個人で取り組むICTを活用した自己表現活動も紹介しましょう。

自由を与えられると決められず、休み時間になると「することがない!」とプチパニックを起こしていたUさん。本人が興味を持っていた鉄道や街づくりについて、何か表現したいことはないかを聞き取っていくと、「自分で考えた路線図を作りたい」「緊急地震速報の動画を作りたい」などの意見が出てきました。早速、PowerPointの使い方をレクチャーしてみると、操作をあっという間に覚えてどんどん作品を作るように。

自分がイメージしていたものが形になるのが嬉しかったようで、その後は、休み時間に自分からパソコンに向かうようになりました。余暇時間をうまく使えるようになり、普段の生活でも格段に落ち着いてきました。

電車好きなUさんがPowerPointで路線図を表現

通常学級で不適応行動を起こし、教室を抜け出していたWさん。毎朝1時間目は支援学級で預かっていたのですが、学習に取り組むかたわら、その合間にレゴブロックを使って10~15分ほどで作品づくりをやりました。作った作品は、「今日のポイント」を盛り込んで動画にまとめ、動画ベースの教育プラットフォーム「Flipgrid」に記録するという活動です。

子ども側から「伝える」、教師側がその思いを「受け止める」、そんな体験を毎日毎日繰り返すことで、次第にWさんも落ち着いて過ごせるようになり、数か月後には通常学級でもほとんど不適応行動がなくなりました。今ではもう教室を飛び出すことはありません。

ちなみに、子どもたちの取り組みや作品を動画に撮っておくことが多いですが、ここ数年はすべてFlipgridを使っています。QRコードにして家庭に持ち帰り、家族にも手軽に見てもらえるので、子どもたちの満足感が高まります。

Wさんの、毎日ひとつ、レゴチャレンジ

同じく不適応行動を起こしていたYさんは、絵を描くことが好きだったので、ビスケットを使った作品づくりを提案しました。すると、シューティングゲーム作りにのめりこみ、数か月間毎日来て、喜んで作品を作っていました。Yさんは新しい学年になったのを機に支援学級に来なくなりましたが、もう以前のように通常学級を飛び出すことはないようです。表現することで、ある程度満たされて心理的に安定したのかと感じています。

Yさんがビスケットで作ったシューティングゲーム

Zさんは、学校(支援学級)に5分しか居られない状況が2年近く続き、学習にも気持ちが全く向きませんでした。しかし、美術センスのある子だったので、プログラミングツール「Springin′(スプリンギン)」を使ったゲーム作りを提案しました。そして、「作ったものは、必ずアップする」ことを約束し、学校に居られる時間をスモールステップで増やしたところ、4ヶ月後には60分も居られるまでになりました。作品のクオリティも高く、できた作品は学園内の職員などにも紹介。職員から「Zさんの作ったゲーム、やってみたよ!」と声をかけてもらえるようになり、Zさんも自信を取り戻していきました。

Zさんが「Springin'」を使って作成したゲーム

ただ、コロナの休校から学校が再開した時には、20分からのスタートに戻ってしまったZさん。そこで今度は、プログラミングツール「Microsoft Makecode Arcade」を使った作品づくりを進めたところ、集中できるようになり、あっという間に60分も学校に居られるようになりました。

今回Zさんは、昔、家庭用ゲーム機で大流行したゲームの再現に取り組んでいるのですが、そのクオリティの高さに驚いています。もはや高度すぎて私には教えられず、全く口出ししていませんが、本人から「分からないことがあるから教えてほしい」と頼まれたら、プログラミングに詳しい人を紹介するつもりでいました。

しかし、Zさんは頼ることなく、ネットなどで調べて、自分なりに試行錯誤しながら少しずつ作品を作り上げています。まだ作っている途中なので、この後のできあがりがとても楽しみです。

このように、グループや個人にかかわらず、子どもたちの好きなことや興味のあることに寄り添い、ICTを活用した表現活動を取り入れることで、子どもたちは落ち着きを取り戻し、自信をつけていくことができます。

もちろん、ICTを使わなくてもできますが、材料をそろえたり、失敗したら最初からやり直したりと手間もかかります。その点、ICTを使うと準備も時短できたり、試行錯誤もできますし、何より、作った作品も共有しやすく、教員や保護者、地域の人など多くの人に見てもらう機会ができます。自分の表現したいことを見てくれる人がいる、そんな場をつくることが、子どもたちの自己肯定感や自信につながると考えています。

学校の先生が始めてくれるのを待たないで、家庭からもアクションを!

今まで、特別支援学級におけるICT活用に取り組んできましたが、何度か「先生の学校はICTを推進しているからそんな実践ができる」と言われたことがありました。確かに、私の学校は、全体でICTを推進していますが、残念ながら支援学級までICT活用が進んでいたわけではありません。なぜなら、全校児童生徒数に対してICT機器が圧倒的に足りず、支援学級まで回ってこないのです。

そのため、自分のICT機器を活用したり、企業にお願いして機器を借りたり、保護者に実証の許可をいただいたりして取り組んできました。これは「ICTを使う方が、子どもたち本来の力が発揮できるのでは?」という私の勝手な思いによるものですが、先進的に取り組んで事例を発信することで、支援学級の子どもたちのためなると考えています。

今後は、GIGAスクール構想により支援学級でのICT活用もどんどん進むことでしょう。学校の先生が始めてくれるのを待つのではなく、できればご家庭の方から「うちの子の障害特性には、ICTを使った方がいいので、こういう使い方をやってみてくれませんか」というような提案をしていってください。「ICTに学びを救われる子」は、きっとたくさんいると思います。

つくば市立学園の森義務教育学校(茨城県つくば市)

2018年に開校。つくば市は全域で小中一貫教育を実施しており、市内に4校ある義務教育学校のひとつ。「挑戦・創造・協働」をモットーに、自分の可能性に挑戦し、創意をもって未来を切り開く学園生の育成をめざしている。プログラミング教育や遠隔授業などICTを活用した学習にも力をいれる。特別支援においては、コーディネーターを核とするチーム支援で、9年間を見通した個別支援や、授業のユニバーサル化、ICT機器の効果的な活用について取り組んでいる。

山口禎恵(つくば市立学園の森義務教育学校教諭)

つくば市立学園の森義務教育学校教諭。自閉症情緒障害学級担任と特別支援教育コーディネーターを兼任。特別支援学級・通級指導教室の子どもたち一人一人に合わせたオーダーメイドの支援に様々なICTを組み合わせて実践中。支援学級でのプログラミング授業も色々試しており、embot認定teacherにも選ばれている。2016年よりマイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)としても活動中。