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「3Dフードプリンター」とは? 一般家庭にも宇宙食にもつながる最先端の現場

3Dフードプリンターで食品を調理している様子。画像提供:山形大学 古川英光研究室

昨今はAI、IoT、バイオテクノロジーを「食」の領域に掛け合わせるフードテックと呼ばれる技術の革新が目覚ましく進んでいます。かつては衰退産業と見られていた農業も、フードテックの進化によって、有望な産業になるのでは? という期待も高まっています。

山形大学で卓越研究教授を務める古川英光教授は3Dフードプリンターや瞬間凍結といった最先端技術で食料問題や環境負荷、労働力不足、農家の収益確保といった食にまつわる問題の解決に挑んでいます。工学の専門家ながら食の問題にも取り組む古川教授に話を伺いました。

山形大学 工学部 卓越研究教授 古川英光氏。画像提供:山形大学 古川英光研究室
古川英光(ふるかわ・ひでみつ)

1968年、東京都出身。埼玉大学を卒業後、東京工業大学(現・東京科学大学)大学院博士課程を修了。2009年に山形大学の准教授に着任し、2012年に教授。2025年より卓越研究教授。2018年、やわらか3D共創コンソーシアムを発足して会長に就任。

「3Dプリンターは化学・工学用」は先入観 食品にも使用できるはず

――3Dプリンターは世間に普及してきましたので、知っている人は多いと思います。一方、3Dフードプリンターの存在を知っている人はまだ少ないと思います。フードプリンターとは何なのか? どういった研究が進められているのか? からお話いただけますでしょうか。

古川:私は工学を研究しておりまして、それまでは3Dプリンターでゲルを作製するといった研究に取り組んでいました。ゲルという素材の名称を耳にすることはあると思いますが、どういった素材なのか、身近なところでは何に活用されているのかを知っている人は少ないと思います。

簡単に説明をさせてもらうと、ゲルはコンタクトレンズとかオムツの吸収材料に使用される、柔らかい水を含んだ材料です。化学系・工学系の研究をしていた2000年ぐらいに、高強度ゲルという素材が開発されました。

私は超高強度ゲルの研究を北海道大学でしていましたが、それを実用化するための大きな国家プロジェクトが走っているときに、「材料だけがよくても、なかなか実用化に至らない」ことを痛感したのです。例えば、私が取り組んでいたのはゲルを膝関節軟骨の半月板の形に成形することでした。当時は3Dプリンターが普及していなかったこともあって、とても難しいことだったのです。

試行錯誤を続けながら研究をしていたのですが、2009年に山形大学へ移りました。山形大学では、高強度ゲルを自由に造形する方法として、光を当てながら作ることを思いつきました。

その発想から、工作機械を自主制作することになりました。それが、今では3Dプリンターと呼ばれる装置です。完成した装置によって、いろいろな形のゲルを作れるようになり、それが結果的に医療分野において、医療機器の目覚ましい進化につながっています。

3Dプリンターの開発によって医療分野は画期的な世界が到来し、2012年の秋頃からは3Dプリンターのブームが到来したので社会に認知されました。

それ以前、私も研究費を獲得するのに苦労していましたが、3Dプリンターが注目されたことで世界に先駆けてゲルの3Dプリンターを研究している教授ということで研究費の獲得はスムーズになりました。そうして研究を加速させているときに、ゲルを研究している研究者で食べ物について研究している人もいたことを思い出したのです。

私たちが普段食べている食品でも、豆腐やプリン、ゼリーといったゲルに似たような食べ物がいっぱいあります。また、高齢化社会によって介護食の分野でもゲル化して食べやすく、あるいは飲み込みやすくした食品はたくさんあります。

ゲルは化学系・工学系の素材ですので、3Dプリンターも化学・工学の分野で活用されるという先入観があったのです。よくよく考えてみれば、食品にも使用できる「3Dフードプリンター」があってもいいはずです。そこから3Dフードプリンターの開発・研究が始まりました。

3Dフードプリンターの研究・開発を始めた当初は、特に定まった目標はありませんでした。それでも介護食は柔らかい食べ物だったり、プリンのようなドロっとした形状・食感のような食品ばかりということを見聞きしていましたので、講演時に「寿司そっくりの外見で調製できる、素晴らしい食べ物に変えられるのが3Dフードプリンターなんです。味とか色とか形を再現できる装置です」といった具合に3Dフードプリンターの可能性について言及し、その存在の広報に努めました。

3Dフードプリンターでつくった寿司。従来と見た目は変わらないレベルで再現できる。画像提供:山形大学 古川英光研究室

――通常の3Dプリンターと3Dフードプリンターは何が違うんでしょうか?

古川:世間では3Dプリンターと大雑把に表現していますが、厳密には金属プリンターやセラミックプリンター、樹脂プリンター、ゲルプリンターといった具合に加工する素材ごとに違った装置なんです。化学・工学系でも加工する原料や素材が異なれば、それに応じた3Dプリンターが必要になるんです。

だから食品を加工するのが3Dフードプリンターで、3Dフードプリンターと一口に言っても加工する原料が異なれば機構の違うプリンターが必要になります。

化学系・工学系と食べ物の大きな差は、固めるときにゲル化剤のようなものが必要になることです。どうやってゲル化させて食品に加工・形成するのかという部分が普通の3Dプリンターと大きく異なっていて、それを解決することが難しい点です。

3Dフードプリンターの機材類。画像提供:山形大学 古川英光研究室

――先生は3Dフードプリンターの第一人者ですが、瞬間凍結の技術でも先駆者です。瞬間凍結についても、お話を伺いたいと思います。

古川:3Dフードプリンターは、あくまでも食品加工の技術です。農家はたくさん野菜や果物を収穫できても規格外品と呼ばれる形状がいびつだったり、色がちょっと変だったりするようなものは出荷できません。しかし、それらは決して食べられないわけではありません。

そうした見た目の悪い規格外品でも加工することで無駄なく美味しく食べられるような技術は、これまでにも多く開発されてきました。身近なところでは缶詰だったり、レトルト食品だったり、パウダー状にして加工食品に混ぜ込むといったものです。

3Dフードプリンターは、そうした加工する技術をさらに進化させたものといえます。ただ、いくら加工技術が発達しても野菜や果物といった原材料そのものが美味しくなければ美味しい加工食品はつくれません。

野菜や果物には旬があり、それら旬の時期には大量にスーパーやコンビニに出回ります。しかし、大量に流通すると卸値は低くなってしまいます。大量の野菜や果物を収穫する手間・暇をかけたのに、です。

それは生産者にとって働き損になってしまい、プラスになりません。だからと言って、貯蔵して出荷を遅らせれば美味しく食べる時期を逸してしまいます。これは消費者にとってもマイナスです。

美味しい原材料を使って調理するから美味しい料理になることは当たり前ですが、3Dフードプリンターの開発・研究を始めたばかりの頃は、そうしたところまで考えが至っていませんでした。

3Dフードプリンターで料理を試作する際、農家から廃棄される野菜や果物をもらってきていましたが、何度も試しているうちに原材料が美味しいと料理も美味しくなるという当たり前のことに行きつきました。お寿司屋さんの職人が、わざわざ市場まで足を運んで仕入れる魚を選ぶのは、素材で料理の味が決まってしまうからですよね。

原材料を収穫されたばかりの美味しい状態のまま保存することができれば、大量に生産した野菜・果物をわざわざ安い卸値で流通させる必要はなくなります。それは農家の収入を安定させることにもつながり、農業・漁業といった第一次産業の保護にもつながります。旬の野菜・果物の鮮度を保ちつつ貯蔵する方法はないものか? という思いから、美味しいまま保存できる方法を模索するようになったのです。

3Dフードプリンターの技術は、例えば美味しいウニをもらってきて、それをバラバラに解体して、そこから再び成形しています。通常の料理だったら、そんな料理工程は意味がありません。

これが介護食だったら、食べる人のために柔らかく加工する、食べやすいように固めるといった工程にも意味はありますが、普通の人が食べるような食品だと、わざわざ固いものを一旦バラバラにして再成形する必要はないわけです。そんな回りくどいことをしなくても、そのまま食べれば美味しいわけですから。

そうなった時に、たどり着いたのが未利用の食べ物を液体窒素で凍結する技術でした。未利用というのは形が悪かったり、小さかったり大きかったりして規格外品として一般に流通しない食料です。

見た目は悪いけど、味はよく、鮮度もいい。それを瞬間凍結によって固め、固まった食材を粉砕する、または3Dフードプリンターで成形して新しい食品にする。それができれば、味を落とすことなく長期保存が可能になります。

3Dフードプリンターを使うことによる農業・飲食業への変化イメージ図。画像提供:山形大学 古川英光研究室

3Dフードプリンターは宇宙での食の楽しみを広げる

――高齢社会において介護食は考えなければならないテーマですが、ほかの用途として宇宙食ということも考えられるかと思います。

古川:宇宙食はこれまでも大きく進化してきましたが、長期保存性・軽量性・安全性が重視されるため、どうしても地上の食事に比べると制約があります。瞬間凍結や3Dフードプリンターの技術を組み合わせることで、宇宙での食のバリエーションを増やし、長期滞在中の生活の質を高めることにつなげたいと考えています。

瞬間凍結や3Dフードプリンターといった技術を用いれば、宇宙食のバリエーションも増え、それは宇宙の生活を地球上の生活に少し近づけることができると考えています。

例えば、これまでの宇宙飛行士が口にする料理は、地上で加工・調理してから宇宙船に積み込んで持っていっていました。そうなると、どうしても軽くて、日持ちする食品に限られてしまいます。地球上だったら冷凍食品という日持ちする食品もありますが、ISS(国際宇宙ステーション)では電子レンジを使用できませんから、電子レンジで調理する冷凍食品もNGです。

今は宇宙飛行士という限られた人間だけが宇宙へ行っているので、日々の食事をそれほど考える必要はありません。しかし、人類が1年~2年かけて火星へ行くような時代になることを想定したら、2年分の食糧をストックしなければなりません。宇宙へ行っている間、ずっとフリーズドライの食品を食べ続けたら気が滅入ってしまいます。そんな苦行に耐えてまで、人類は月を目指すのでしょうか? 火星を目指すのでしょうか?

ISSで生活することが当たり前になったり、さらに月や火星で長く暮らすことが現実的になったりすると、持参した宇宙食が賞味期限切れになってしまう事態が起きることも想定しなければなりません。また、宇宙で植物工場・食品工場のような生産から加工まで手がけていくことも今後は検討されることになるでしょう。

そうなると、宇宙で野菜や肉・魚を生産して、それらを調理することを可能にしなければなりません。材料が調達できれば、その次は調理をしてアツアツのできたてを楽しめるような技術開発や環境整備が必要になってくるのです。

その時に3Dフードプリンターのように、自分で調理をしなくても食べ物が自動的に出てくるような装置があることで、宇宙での食の可能性も広がります。

現在は、山形大学を中心に、宇宙での食の楽しみや長期保存、3Dフードプリンティングを組み合わせた「STAR-MEALS」という構想も進めています。単に宇宙で栄養を摂るだけではなく、宇宙でも「おいしい」「楽しい」「人と食卓を囲む」という体験を実現することを目指しているのです。

3Dフードプリンターは宇宙食の可能性を広げる。画像提供:山形大学 古川英光研究室

――月や火星、ISSで多くの人が長期滞在する未来は時間がかかると思いますが、例えば南極は日本を含む各国の観測隊員が多く、長く生活しています。南極は瞬間凍結や3Dフードプリンターを試行する場になりそうに思いますが、いかがでしょうか?

古川:私は山形大学に勤務しているのですが、研究室のある山形県米沢市には天元台高原スキー場という有名なスキー場があります。天元台高原の標高は約1,300mで、そこに実験施設を設置して、寒い環境下でも瞬間凍結や3Dフードプリンターがきちんと作動するか、美味しい食べ物をつくれるかといったことを試しています。ですので、南極といった厳しい環境下でも機会があったら挑戦してみたいですね。

南極のような日常とは違った環境下で試作をすることも重要になってきますが、そのほかにも食文化の違いで瞬間凍結や3Dフードプリンターが受け入れられるのかといったことも模索しているところです。

実は3Dフードプリンターに興味を最初に持ってくれたのがスペインの人たちで、スペインの展示会に参加して実機を披露したところ、そこでハンガリー料理のレストランを経営しているオーナーと知り合うことになったんです。

そうした縁から、ハンガリーに3Dフードプリンターを持ち込んで日本の寿司を再現しました。ハンガリーは内陸国なので、魚介類はあまり鮮度がいいものを食べることができません。

私は3Dフードプリンターを使って、寿司もどきみたいな料理を提供しました。3Dフードプリンターを使ったので、奇しくも臭みのない魚になり、現地の人たちからは「寿司って、こんなに臭みのない食べ物だったのか!?」と驚かれました。そして今年の5月にスペインのバスク地方へ行って、再び3Dフードプリンターによる日本料理を披露してきました。

実はハンガリーへ3Dフードプリンターを持ち込む直前まで、料理の専門家から3Dフードプリンターや瞬間凍結による食材について意見を聞いていませんでした(笑)。研究に没頭するあまり、肝心の完成した料理については疎かになっていたんです。

3Dフードプリンターや瞬間凍結を使ってレストランでも通用する料理をつくろうとしているわけですから、プロのシェフに食べてもらって意見を聞かないと、いくら3Dフードプリンターや瞬間凍結の技術そのものが優れていても使い物になりません。

そこに気づいてから、すぐに東北芸術工科大学で客員教授をしているイタリアンの料理人・奥田政行さんに手伝ってくださいとお声がけをし、プロの料理人から意見をもらい、それを研究・開発にフィードバックできるようにしています。

そのほかにも瞬間凍結した食品を調理するときにシェフやパティシエ、また飲み物にするときはソムリエといった具合に多くの専門家に協力を仰いでいます。

料理の専門家との協力体制を築くことができたので、私はあくまでも3Dフードプリンターや瞬間凍結といった工学系の技術を磨くという役割分担ができています。

東京・高輪ゲートウェイシティには古川研究室のラボがあり、定期的にイベント・ワークショップを開催。画像提供:山形大学 古川英光研究室

3Dフードプリンターが小型化すれば一般家庭でも使われるように

――料理の専門家との協力という話が出てきましたが、研究・開発を進めるにあたり、今後は企業による事業化ということも視野に入ってくるかと思います。

古川:企業が有する人材・スキルはすごいと感じています。例えば、瞬間凍結や3Dプリンターをいろんな食品メーカーと研究していますが、食品メーカーも先ほどのシェフと同じく味のプロです。

そのため、企業側からは「美味しくすることは自分たちに任せてくれればいいから、3Dフードプリンターで造形する技術を磨いてください」といったことを話されるんです。食品を美味しくし、それを事業として成り立たせることに関して食品メーカーには絶対にかないません。

一方、企業は収益という面も大事にしなければならず、そうなると企業ゆえに大量生産・大量消費型の食品が求められます。ところが3Dフードプリンターはオーダーメイドに近い食品・調理技術に対応できる点が強みです。料理をオンデマンドで出せる技術は、食品メーカーのような大量生産というよりも、レストランで食事を提供する料理人に必要だと感じています。企業の知見はもちろん必要ですが、それでもシェフなどの専門家個人の助けが必要です。

それは食材を供給する農家にも同じようなことが言えるのではないかと思っています。農家も規模の大小によって機械化が進んでいますが、それでも人力が占める部分は依然として大きいままです。

企業は規模が大きいので、レストランや農家と比べると設備をいろいろと揃えています。3Dフードプリンターや瞬間凍結といった機械や装置を導入すれば使う機会は毎日、それこそ1日に何回も何時間もあるでしょう。

個人で経営している飲食店は、毎日使うかわかりません。仮に使っても1日に1回だけかもしれません。そうなると、わざわざ莫大な費用を投じて3Dフードプリンターや瞬間凍結の設備を揃えるだろうか? という疑問が出てきます。

ただ、それはコンピューターでも同じことがいえます。大企業や大学などの研究機関では、早い時期からスーパーコンピューターを導入していました。それが、どんどん技術的に発展を遂げてパソコンへと行きつき、さらにスマホのような小型のデバイスでもインターネットができるようになり、今では誰もが持つようになりました。

3Dフードプリンターも似たようなものだと考えていまして、今は量や機会が多い大企業が使用するだけかもしれません。しかし、時代とともに3Dフードプリンターや瞬間凍結の機械・装置が小型化・汎用化していきます。そして、いずれは一般家庭でも使用できるレベルになるでしょう。

冷蔵庫ひとつ取っても、研究所や工場に置いてあるもの、レストランなどに置いてあるもの、家庭で使うもの、それぞれサイズも求められる機能も、もちろん値段も違います。

機械や装置は用途・頻度に合わせて変化を遂げてきました。3Dフードプリンターや瞬間凍結と聞いてしまうと未来の技術という印象を受けますが、これらの技術はどんどん世間一般に浸透する段階になっています。決して、最先端の研究者だけの技術ではないのです。実際、3Dフードプリンターは個人の料理店にも置けるぐらいの省スペース型が出てきています。

他方、瞬間凍結は-80℃まで温度を下げられる機能が必要です。通常の冷凍庫は-20℃までしか下げられませんから、そう考えると-80℃という瞬間凍結の機能を有したフリーザーを個人経営のお寿司屋さんに置くことは現実的ではありません。

ただ、お寿司屋さんは毎日のように市場へ行って、そこでマグロなどを仕入れてきます。仕入れてきたマグロは店の冷凍庫に入れますが、-80℃は必要ありません。個人の飲食店とはいえ、マグロを1カ月も冷凍庫に入れっぱなしにしておくことは考えづらく、日々の営業で使っていくわけです。

-80℃という温度は生物医学の世界でも人から採取した細胞を培養するために保存するといった場面で使われていますが、そういう時は生きたまま凍らせる必要があります。-80℃の環境では、微生物の増殖や酵素反応、酸化などの品質劣化につながる反応を大きく抑えることができます。

そのため、通常の冷凍保存よりも長期間、品質を保てる可能性があります。私たちは、こうした低温保存と粉砕・再成形技術を組み合わせることで、食品の長期保存と新しい加工利用の可能性を広げようとしています。

一般的な飲食店では、10年もマグロを冷凍保存することは想定しにくいと思います。瞬間凍結した食品も保存温度や条件によって少しずつ劣化が進みますので、用途や保存期間に応じて適切な温度管理を選ぶことが重要です。個人経営の飲食店が必ずしも-80℃の冷凍庫を用意する必要はなく、仕入れ先の事業者や加工拠点が所有していれば十分な場合もあります。

ちなみに、-80℃の冷凍庫は家庭用として一般的に市販されているものではありませんが、生物系の研究室では1台ぐらい所有していることも珍しくありません。だいたい家庭用洗濯機と同じぐらいのサイズです。

――瞬間凍結の普及拡大は、フードロスの解消にも一定の効果がありそうです。

古川:私が瞬間凍結の研究で使っている食材にはラ・フランスといった高級食材もありますが、これらは農家から規格外品と呼ばれるものを提供してもらっています。また、農産物の栽培では必ず摘果という作業が発生します。摘果というのは、例えばミカンやリンゴの木を植えて、生長していくにつれて実がなるわけですが、その過程でいくつかの実を間引きする作業です。

摘果をしないと、木がすべての実に栄養を行き渡らせようとして、逆にすべての実が中途半端な味になってしまいます。そうした事態を防ぐために、農家は必ず摘果をしています。

摘果は農業従事者にとって重労働なんですが、摘果された野菜・果物は当然ながら出荷されることはありません。廃棄するにも費用がかかります。自家消費に回されることもありますが、それでは農家にとって収入につながりません。重労働をしたのに、収入はマイナスになってしまうのです。

こうした摘果した野菜や果物はジャムや缶詰、そのほかにも加工食品にして少しでも農家の収益増につなげることが模索されてきました。瞬間凍結してから粉砕してパウダーに加工すれば、お菓子やケーキなどに混ぜることもできます。これは加工の選択肢を増やす話です。

野菜や果物は農産物ゆえに収穫量が天候にも大きく左右されます。そのため、豊作の年は価格が下がってしまいます。収穫作業という労働量が増えるのに単価は下がるのです。

農産物などの価格が下がることは消費者にとってありがたい話ですが、一方で農業従事者の人にとってはマイナスです。収穫量が増えたのに農家にとってプラスにならないのでは、農業従事者がモチベーションを上げることはできません。

採れすぎた野菜・果物を倉庫で貯蔵することもできますが、それでは鮮度・味は落ちてしまいます。だから収穫しすぎた野菜・果物を瞬間凍結してパウダーに加工するということを選択肢として増やすことに意義があると考えています。

2025年には米不足が起き、米価の高騰は社会問題にもなりました。生産者にとって米価が毎年のように上下することは経営安定化という面で不安を覚えますし、消費者も米価を気にして買い物をすることにストレスを感じます。

瞬間凍結や3Dフードプリンターは、こうした食料の供給安定化に向けた新しい選択肢になり得ます。もちろん生産計画や需給調整が不要になるわけではありませんが、採れすぎた時期の農産物を高品質のまま保存し、必要な時期に加工・利用できるようになれば、生産者と消費者の双方にとって有益な仕組みをつくれる可能性があります。

その結果として、農家が収穫量を増やすことや、美味しい野菜・果物を栽培することに、より前向きに取り組めるようになるかもしれません。これは生産力のアップにも資する技術といえるでしょう。農家の経営安定化は新規事業の予算を組みやすくしますし、それに伴って銀行から融資を受けられるようになります。農家の経営安定化は農業にとって、日本全体にとって好循環にもつながります。

ただ瞬間凍結のような大掛かりな設備を農家個人が所有・導入して使うことはコスト面・効率から踏まえると今すぐの実現は非現実的です。そのため、JAなどの団体や食品メーカーといった企業が瞬間凍結の装置を導入して、農家が収穫した野菜や果物の瞬間凍結をサポートしていくような仕組みづくりが求められるようになるのではないかと思います。

日本では当たり前の断熱技術も実は世界一

――瞬間凍結の食べ物が世の中に流通するようになると、今度は宅配業者やコンビニ・飲食店の配送トラックなどにも瞬間凍結用の装置を取り付けるといった変化も起きそうです。

古川:そういった需要が増えていけば、配送のトラックにも瞬間凍結した食料品を積み込む装置が必要になるでしょう。それは需要とのバランスで決まることですが、瞬間凍結用のディープフリーザーは技術革新によって、家庭にも普及できるレベルのサイズになっています。配送用のトラックを大規模に改造する必要はなく、大手の配送事業者なら大きな障壁にならないと考えています。

私は日本の断熱分野における技術は世界一と言っても過言ではないと感じています。例えば、水筒に氷水を入れて放置しても1日ずっと氷が保たれています。それが当たり前になっています。

日本では当たり前のように受け止められている断熱技術は、世界的に見ると非常にすごい技術なんです。日本の断熱技術は思ったほどエネルギーを使わないで物を冷やすことができますし、低温を保つことができます。これら保冷・断熱技術は私たちの知らないところで日本の食を変えています。

瞬間凍結・3Dフードプリンターは未来の技術と受け止められて、それは研究者としてありがたいことですが、断熱技術のように広く普及して当たり前になることが大事です。

技術の普及には、いかに導入コストを下げて、それで一般の人に使ってもらうようにするかということに尽きます。本来、技術を安く提供して多くの人に使ってもらえるようにすることは技術を研究・開発する人間が考えることではありません。事業化を考える人たちの担当分野です。

だからといって、技術者がそれを無視して研究を続けていくことはできません。研究の成果を、いかに社会に還元していくのかといったことも重要になっています。

私は日本の機械工学の研究開発が優れた性能を有する装置を創造し、それによって生産技術が高まることは素晴らしいと思っています。その一方で、すでに美味しい料理が世に溢れている中で、わざわざ莫大な研究開発費を投じて、今よりもすごい技術や装置、測定法を発明し、それを食べ物のために使う必要はあるのかという葛藤はあります。

ただ、日本の人口は減少傾向にあり、当面は増加する見込みはありません。農業従事者も減少していますし、耕作放棄地も増えています。生産・貯蔵・加工・流通が現状のままだと、食料の需給に支障が出てくることも予想されます。

カップ麺や調味料は貯蔵できる食品ですが、大企業は、これらの工程を機械化・自動化して大量生産できる技術を生み出し、加工・貯蔵・流通といった工程に関しても合理化することで事業化してきました。

規模の小さな農家や飲食店には導入コストの課題により前時代的な生産方法・技術が残っていて、新しい技術を求めることは難しい面もあります。大企業が技術開発に取り組み、それが進んで一般化して普及していくことで費用面をはじめ導入のハードルが下がり、それは食全体の向上にもつながっていくはずです。

最新調理技術の進化による可能性を示したチャート図。画像提供:山形大学 古川英光研究室
小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『鉄道がつなぐ昭和100年史』(ビジネス社)、『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。