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ハウスが冷凍幼児食と食品自販機に参入する理由 育児で気付いたブルーオーシャン

保育園に自動販売機を設置して惣菜販売を行なう新事業「タスミィ」

2022年の合計特殊出生率は1.26となり、2005年と並んで過去最低を記録しました。日本の人口減少対策は喫緊の課題になっています。政治分野では岸田文雄首相が異次元の少子化対策を打ち出し、こども家庭庁も4月に発足。行政が少子化対策を加速させる中、民間企業でも育児支援のサービスが生まれています。

「バーモントカレー」や「とんがりコーン」でお馴染みのハウス食品グループは、社内で生まれた新規事業の事業検証を行なうというビジネスモデルの新会社「パッチワークキルト株式会社」を設立しました。

現在、パッチワークキルトでは、これまでハウス食品が手がけてこなかった冷凍幼児食や保育園にレトルト食品の自販機を置くといった新規事業の検証に取り組んでいます。

そこで、パッチワークキルト 代表取締役社長の藤井弾さん、冷凍幼児食を担当する岸健人さん、保育園にレトルト食品の自販機を置く事業を担当する石井英貴さんの3人に、同社が検証を進める新事業について話を聞きました。

左から、石井英貴さん、藤井弾さん、岸健人さん

探してみると少ない、簡単に食べられる幼児食

――ハウス食品グループ本社が立ち上げた新会社のパッチワークキルトについて話を伺いたいと思います。

藤井氏:ハウス食品グループでは、グループ全社から新価値創出することを目指して、2020年からグループ横断の新規事業公募プログラム「GRIT(グリット)」を立ち上げています。今年で4年目を迎えましたが、審査を通過した複数の領域・テーマで、現在事業化に向けて準備を進めています。

その「GRIT」の第1期を通過したのが、冷凍幼児食のEC事業「キッズレーション」と、保育園設置の自動販売機による惣菜販売事業「タスミィ」という、偶然にも育児の悩みを解決する2つの事業でした。

これらの事業は、ハウス食品が手掛ける従来の事業から掛け離れています。そのため、新規事業としてGOサインを出しても順調に事業が進むのかは不透明です。

そうした社内で生まれた事業を試す場として、パッチワークキルトという新会社を立ち上げました。そして、キッズレーションは1月から、タスミィは4月から事業実証を開始しています。

藤井弾さんによれば、スタートした新規事業が育児の悩みを解決するものだったのは偶然だという

――キッズレーションはどういった事業なのか、担当の岸さんにお伺いしたいと思います。

岸氏:キッズレーションは冷凍の幼児食をECサイトにてサブスクリプション型で販売する事業です。私も子どもがいまして、レトルトの離乳食を食べさせていました。しかし、離乳食の期間は1歳半ぐらいまでしかなく、それ以降、6歳ぐらいまでは幼児食に変わるんです。

離乳食はたくさんのメーカーが出しているのに、幼児食を販売しているメーカーの数は一気に減ります。まして、レンジでチンしてすぐに食べられる幼児食を見つけることは容易ではありません。

そうなると、大人向けの唐揚げとかコロッケ、ハンバーグを食べさせざるを得ない状況になります。ところが大人を対象にした冷凍食品だと、塩分過多だったり野菜が少なかったりと栄養バランスが気になります。

そうした自己体験をもとに、幼児食期に特化し栄養バランスに配慮した冷凍幼児食をつくりたいと思ったのがきっかけです。キッズレーションは、ある意味自分のために考えた事業です。

――幼児食ならレトルトで食べられる食品でもいいように思います。あえて冷凍にこだわった理由は何でしょうか?

岸氏:冷凍食品を選んだ理由は、レトルト食品は高温で加熱処理しますので、野菜の食感や色、さらには本来の美味しさを保つことが難しいと考えたからです。冷凍なら、これらを維持することができます。新たに立ち上げたキッズレーションの冷凍食品はすべてのメニューに、食べやすい固さ・大きさに調整した野菜を5種類以上入れています。そこには、できるだけ多くの野菜を子どもに食べてもらいたいという思いがあるからです。

お客様から「野菜が苦手な子どもが食べてくれた、完食してくれた」「忙しいとき、疲れているときに便利でラクでした」という声をいただけた時は、サービスを形にできて本当によかったと思いました。

岸健人さんは、子どもに野菜を食べてもらいたいという自身の思いを形にした

――ハウス食品は食品会社であり、幼児食も同じ食品を扱うわけだから新規事業というほどではないのでは? と思ってしまうのですが……。

藤井氏:実は、ハウス食品は冷凍食品をほぼ扱ってきていません。「バーモントカレー」のような調味料にしても、「とんがりコーン」のような菓子類にしても、常温で販売できる食品がほとんどです。今回、ハウスが得意とする量販店などの既存タッチポイントとは違う、ECで販売する冷凍食品の可能性について検証をしている段階です。

岸氏:食品会社のハウス食品では、冷凍幼児食のメニューをつくること自体は難しいわけではありません。ただ、今回のキッズレーションは、単に製品をつくって販売したわけではありません。

その前段階として、お客様に対して「冷凍幼児食をつくろうと思っていますが、どう思いますか?」とヒアリングをし、ポップアップストアで試験販売をしています。そうしたシミュレーションから、どういった要素があったら冷凍幼児食を買いたいと思うのか? というアンケートを取りました。

ヒアリングを通じて「家庭でつくる幼児食は野菜を多く含む料理を出せないから、野菜が多い商品だったら付加価値を感じられる」といった結果を得ました。

販売方法も考え抜きました。キッズレーションは新規事業ですから、スタート時からいきなり大きな売上は期待できません。そのため、冷凍幼児食はECサイトで販売することで経費削減や省力化をしています。

ハウス食品は、これまでECサイトによる冷凍食品販売を手がけていません。そのため、ECサイトの立ち上げから、倉庫はどういった立地・機能を必要とするのか? また、受注から配送までをどうするのか? 工場・倉庫からお客様まで届く仕組みを構築するのが大変でした。

――HPを拝見すると、ラインナップは洋食が多いように感じます。そのあたりも意識されているんでしょうか?

キッズレーションの商品例。「保育園で大人気の鯖カレー」(左上)、「トマトを効かせたハッシュドビーフ」(左下)、「ふんわり卵の親子煮」(右上)、「骨取りさわらのクリーム煮」(右下)。「初回限定モニター6食セット」を1,980円(1食あたり330円/別途送料880円)で提供し、2回目以降のお届け周期と食数は任意で設定できる。通常時の価格は1食あたり598円

岸氏:メニューは、保育園の管理栄養士が監修した保育園給食をベースに考えていますので、特に洋食を意識していることはありません。

メニュー開発前には、50人ぐらいの保護者にアンケートを取りました。そのときに、冷凍幼児食で買いたいメニューをリストアップしてもらいました。その上位からメニュー化しているので、ママさんたちが無意識的に洋食を欲していて、それがアンケートという形で表出したのかもしれません。

そのほかに気をつけている点としては、喫食者は幼児になるので食材をノドに詰まらせることがないように心がけました。野菜はかなり細かく刻み、肉も小さく切っています。

ただ、和食が少ないという意見は、これからの参考にさせていただければと思います。というのも、サブスク販売なので商品のラインナップは少しずつ入れ替えていかなければ利用者から飽きられてしまいますので、新メニューの開発は怠れません。

――現在はECサイトでサブスクという販売手法を取っていますが、今後は小売店での展開も考えているんでしょうか?

岸氏:サブスクで始めたのには理由があります。新規事業を立ち上げるうえで、私はストック型のビジネスモデルを構築する必要があると考えていました。フロー型の都度販売では、毎月お客様をゼロから獲得していかなければなりません。Webマーケティングコストの高さを考えると非効率的です。サブスクのようなストック型のビジネスモデルなら、途中で購入をやめてしまう人が出てくることもありますが、少しずつ積み上げることができます。

他方で、サブスクでは買いづらいというお客様がいることは承知しております。そうした声もあるので、サブスク販売で安定的な売上を確保してからECサイトで単品販売を検討するのが次の段階になるかなと考えています。小売店での販売の検討は、さらにその次の段階になるでしょう。

ただ、冷凍幼児食はマス向きの商品ではありません。冷凍幼児食の対象である1歳半から6歳は人口比で4~5%しかありません。料理が得意な人なら自分でつくってしまいます。そうしたニッチな市場ですので、食品スーパーに並べても大きな売上につながるとは考えにくく、小売店で販売するにはもう少し工夫がいると思っています。

タスミィのおかげで「子どもとのコミュニケーションが増えた」との声も

――石井さんが考えたタスミィはどういった事業なのでしょうか?

石井氏:保育園で働く管理栄養士が監修した「パウチ入り惣菜」を、保育園に設置した自動販売機で販売する事業です。メニュー数は10種類で、パウチのまま電子レンジで温めるだけで調理できる商品を取り扱います。

保育園に設置されている自動販売機

――岸さんのキッズレーションは自己体験から発案されたものですが、タスミィも石井さんの自己体験によるものでしょうか?

石井氏:同じように自分の体験が元になっています。私は7歳と3歳の子を持つ親ですが、妻の第二子妊娠時、第一子妊娠時に切迫早産を経験したことで安静を余儀なくされた妻に代わり、上の子の育児を担当することになりました。いわゆるワンオペ育児です。

私は料理が苦手ではありません。当時、コロナ禍で在宅ワークだったこともあり、何とかこなせると高をくくっていたんです。

そのワンオペ育児は結果的に4カ月にも及びました。子どもを保育園へと迎えに行って、その後で家で夕飯をつくる。1日だけならともかく、これが毎日で、しかもいつまで続きいつ終わるのかも見当がつかない。結果的に、音を上げていました。

そんなときに、園長先生に「給食が余っていたら、分けてもらうことはできませんか?」とお願いしてみたんです。しかし、「どうしても分けることはできないんです」と断られてしまいました。

保育園は衛生面からも、また法的にも給食を分けることができません。しかし、給食を必要としている保護者は多いはずで、食品会社が給食を販売することを代行できるんじゃないかと思ったのです。それでタスミィという事業を起案しました。

保育園の給食の余りを分けてほしいという思いから、タスミィの事業を起案した石井英貴さん

――ニーズがあることは把握できても、保育園に自販機を置こうと実行することは段違いの大変さがあると思います。

石井氏:最初から自販機で給食を販売しようと考えていたわけではありません。最初はお弁当の販売を試しました。弁当の場合、持ち帰りの問題が大きく立ちはだかりました。例えば4人家族ですと、弁当を4個買って持ち帰ることになります。保育園の帰りに、弁当を4個も抱えることは大変ですよね。また、オカズはいるけど、ゴハンはいらないといったリクエストも出てきます。

そうした意見を踏まえながら改良に改良を重ねて、最終的に自販機にたどり着きます。保育園に迷惑をかけずに、保護者にサービスを届けるには無人販売という手段がベストだと考え、自販機を活用することになったのです。

また自販機で販売する製品形態にもこだわりました。レトルトパウチ1袋は約240gで、それに大人1人前+子ども1人前の分量を入れることで、親子で一緒においしく召し上がっていただけるように工夫しました。パウチのまま電子レンジで1分強温めれば完成するので、家事の時短にも繋がります。実際にお客様からは「子どもとのコミュニケーションの時間が増えた」という嬉しい声をいただいています。

タスミィの商品例。「ごろごろ野菜のキーマカレー」(左上)、「こだわりだしの親子丼」(左下)、「5種の野菜入り麻婆豆腐」(右上)、「彩り野菜とひき肉のガパオ風」(右下)。いずれも400円

――発想の流れとしては理解できますが、園の目の前にジュースの自販機を設置するにも、かなりうるさく言われそうに思います。子どもが買い食いするとか、自販機を置いたら通路が狭くなって危ないといった具合に、ダメな理由はたくさん出てきそうです。自販機を置く交渉はどうやったのでしょうか?

石井氏:タスミィのように、保育園に自販機を設置してそこで食品を売るという事業はこれまでにありません。そのため、説明をしてもイメージがわきづらいようで、各園で一から説明して回りました。反応は保育園・運営団体によってまったく異なりましたが、設置する自販機は大きな筐体にはしないでほしいという要望が多くありました。

実際に設置してみると、飲料でなく食品の自販機は、お子さんにとって珍しく感じるようです。お子さん自ら今晩のメニューを決めることや、ボタンを押して商品を買うことを楽しんでいる様子が伺えます。

そして、最近はツイッターなどのSNSで紹介されることが多くなり、保育園や保護者にもタスミィが知られるようになりました。そのため、ありがたいことに先方から設置のリクエストをいただくこともあります。

また、タスミィの自販機は災害時の備えという役割も果たせるため、役所や児童館、学童などから設置してほしいという相談も多く寄せられています。

ただ、現在は事業検証段階ということもあり、検証終了後に自販機を拡大していくかを検討することになります。

――タスミィの事業展開が千葉県北西部に偏在しています。なぜでしょうか?

石井氏:現在、千葉県の野田市、印西市、流山市の保育園10カ所に自販機を設置しています。千葉県流山市は、“母になるなら、流山市。”のキャッチフレーズを掲げ、子育てしやすいまちづくりを推進しています。そうした背景もあり、子育て世帯が流山市を中心に千葉県北西部には多いのです。だから、タスミィの自販機も受け入れてもらいやすいと考えました。

タスミィはキッズレーションのようにECサイトで販売するわけではありませんから、地域を固めてドミナント戦略で事業を展開する方針を取っています。

また、現在は事業実証中なので、売上を立てることよりも次のステップに進むためのデータを集めることを優先しています。そのため、それなりに子育て世帯の人口があり、実証しやすい環境が大前提になります。

――話を伺っていて、パッチワークキルトで検証されている新規事業とハウス食品の事業とは、明らかにビジネスモデルが異なっていると感じます。

藤井氏:ハウス食品は、これまで商品を量販店に卸して日本全国津々浦々で販売していくというマス向けのビジネスモデルで事業を展開していました。時代とともに、老若男女が全国各地で一律的に同じ商品を買うことはなくなりました。少子化が加速してニッチな市場になっていても、離乳食や幼児食といった食品を欲している人もいます。そうした時代の変化を捉え、スモール・マスの商品を届けていく必要性が高まっています。

パッチワークキルトでチャレンジしている冷凍幼児食のキッズレーションも、保育園にレトルト食品の自販機を置くタスミィも、そうした考えから出発しています。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。