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地方選で「インディーズ候補」が増えている? 統一地方選の楽しみ方(前編)

この春、統一地方選が実施されます。地方選では国政選挙に比べて組織的な支援がない「インディーズ候補」が増えているといいます。なぜこういった傾向にあるのか、またバックアップが少ない中で候補者はどのように情報発信しているのでしょうか。投票に行く予定はないという人も、幅広く候補者を理解することで「一票を投じよう」という意識が芽生えるかもしれません。

2021年には衆議院議員選挙、2022年には参議院議員選挙と2年連続で国政選挙が実施されました。2023年は、4年に一度の統一地方選が実施されます。地方選と聞くと、国政に比べて目立ちません。そのため、各地の投票率も低い傾向にあります。

地方公共団体の長と議会の議員の選挙を、全国的に期日を統一して行う選挙を統一地方選挙といいます。有権者の選挙への意識を全国的に高め、また、選挙の円滑かつ効率的な執行を図る目的で、昭和22年からこれまで4年ごとに行われてきました。(総務省 「選挙の種類」より)

政治という言葉は、小難しい印象を抱かせます。そのため、どうしても関わりたくないという気持ちが芽生え、投票へ行かない有権者も増えています。しかし、選挙は民主主義の根幹をなす重要な「政治イベント」です。

私たちは政治に無関心で生きることはできますが、政治と無関係で生きることはできません。自分が拒否しても、政治は否応なしにあなたの生活を変えていきます。だったら、政治を、選挙を存分に楽しんだ方がいいと思いませんか?

各地の選挙戦を取材した著書『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)で2017年の開高健ノンフィクション賞を受賞したフリーランスライターの畠山理仁さんに、来たる統一地方選に向けて選挙の楽しみ方を聞きました。

畠山理仁さん

“泡沫候補”との烙印を押されるとインディーズ候補は報道機関に黙殺される

――畠山さんの著書『黙殺』では、積極的にインディーズ候補と呼ばれる、いわゆる泡沫候補を取材しています。その理由から教えてください。

畠山氏:国政選挙に立候補するには、衆参とも最低でも供託金300万円が必要です。そのほか、選挙には選挙カーや事務所を借りる費用、ポスター・チラシを作成する代金もかかります。

同じ金額の供託金を納めて選挙に立候補しても、新聞やテレビといった報道機関は立候補者を“主要候補”と“その他の候補”とに独自に選別し、独立系のインディーズ候補は大きく取り上げられません。

報道機関に“泡沫候補”との烙印を押されると、選挙期間中はテレビ・新聞でインディーズ候補を扱わなくなります。いわば、インディーズ候補は黙殺され続けてきたのです。

このような環境では、有権者が全立候補者の公約や人柄などを知ることはできません。テレビや新聞は、勝手に有権者の選択肢を狭めているわけです。それは、正しい民主主義なのかな? という疑問がインディーズ候補を取材する出発点でした。

自分の力で選挙を戦い、社会を変えたいという志を持つ人たちを泡沫候補と呼ぶのは礼儀に欠けると思い、私は敬意を込めてインディーズ候補とか無頼系独立候補と呼ぶようにしています。

インディーズ候補という呼称を使うようになってから、約25年が経過しました。最近はインディーズ候補という呼称が世間に浸透してきたという認識は強くなりました。なぜなら、地方選ではインディーズ候補がたくさん立候補するようになっているからです。

畠山さんは全候補者に声をかけ、候補者の討論会を主催している。畠山さんが主催する討論会はニコニコ生放送の定番企画。写真は2014都知事選の討論会の様子

――インディーズ候補は増えているんですか?

畠山氏:インディーズ候補は確実に増えています。特に、国政ではなく地方選で増えていると感じます。地方選でインディーズ候補が増えている理由は、いくつか考えられます。まず、なによりも大きいのが供託金の問題です。国政選挙の供託金と比べると、地方選の、特に市区長村議会議員選挙の供託金は安い。もっとも安い町村議会議員選挙の供託金は15万円です。

そして、もうひとつの理由が大選挙区制という選挙制度です。市区町村議会議員選挙は、政令指定都市を除けば大選挙区制になっています。大選挙区制なら、インディーズ候補は上位当選が難しくてもギリギリの得票で当選する可能性があります。

例えば、大選挙区を採用している市区町村でもっとも人口が多い自治体である東京都世田谷区です。人口は約93万人で、区議会議員選挙の定数は50です。2019年の世田谷区議選は75名が立候補し、50番目の当選者は3,667票でした。この票数なら、政党や支持団体といった組織的なバックアップがないインディーズ候補でも地道に活動すれば手が届く範囲です。

人口が少ない地方都市は定数も少なくなりますが、当選ラインが100票前後の選挙もあります。また、立候補者が足りなくて無投票当選になるケースも増えています。さらに、地方の知事選・市長選は、地元のテレビ局が候補者同士の政策を戦わせる討論会などを実施し、立候補者が全員呼ばれて議論を交わす番組を放送しています。インディーズ候補でも現職の知事と同じ土俵に立って、テレビ番組で政策議論ができるのです。これもインディーズ候補が地方選に出馬する大きな理由のひとつと言えるでしょう。

畠山さんは、討論会だけではなく開票特番も主催している。写真は、2016年の都知事選開票特番の様子

愛知県知事選では政党や支援団体をバックに持たない候補者が約9万票

――有権者はインディーズ候補をどう見ているのでしょうか?

畠山氏:インディーズ候補は組織的な支援がないので、実際の選挙活動を目にする機会は少ないと思います。売名行為だ、と揶揄されることも珍しくありませんが、駅前に立ったり、街頭演説をしたり、それぞれができることを精力的にしています。政策をよく見ると、先進的なものもあります。そのためたまたま通りかかった人が選挙を手伝うケースもよく見られます。実際に会ってみると、選挙に立候補する人は誰もが強烈なエネルギーの持ち主だからです。

今年2月5日に投開票された愛知県知事選挙の例をあげますと、立候補者は6名。当選したのは現職の大村秀章候補で、得票数は約145万2,000票でした。もっとも得票が少ない安江朗候補は政党や支援団体などをバックに持たない候補者でしたが、それでも約8万9,000票も得票しています。かなり多くの有権者が安江朗さんに一票を投じていることがわかります。

私も愛知県知事選を現地で取材していましたが、安江朗さんはほとんど目に見える形で選挙活動をしていません。それなのに8万を超える有権者が安江朗さんに票を入れたのです。

――約9万票は凄いですね。

畠山氏:安江朗さんが立候補したのは単独で行なわれる愛知県知事選だったため、地元メディアは安江朗さんの政策などを伝えました。これが同時に複数の選挙が行なわれる国政選挙だったら、インディーズ候補の政策や選挙活動がテレビ・新聞で伝えられることはなかなかありません。

情報を伝えないと、有権者は立候補している人を把握できません。立候補していることを知らなければ、掲げている政策に注目することもできず、選挙そのものを棄権してしまうかもしれません。

インディーズ候補の選挙戦を伝えないということは、「選択肢は主要候補しかない」というメッセージになります。世の中には多様な人が生きているのに、報道の段階で切り捨てられる人が出てしまえば政治離れがいっそう加速するのではないでしょうか。

地方選はインディーズ候補でも報道機関が取り上げてくれる傾向が強いので、300万円を投じて国政選挙に立候補するよりコスパがいいと感じます。どうしても国会議員になりたいという信念があるなら別ですが、「社会をよくしたい」「地域をよくしたい」という思いを実現させるために、現実的な判断からインディーズ候補が地方選に立候補する傾向が強まっていると考えられます。

ニコニコ超会議でも、インディーズ候補と語り合うブースを出展

マスクで「顔の見えない選挙」と情報発信

――畠山さんは著書『コロナ時代の選挙漫遊記』の中で、コロナ時代の選挙は「顔の見えない選挙」と表現しています。コロナ禍の前と後で、選挙に変化があったということでしょうか?

畠山氏:「顔の見えない選挙」と表現したことは、いろいろな意味を含んでいます。まず、立候補者がマスクをしながら選挙活動をしていたということです。文字通り、マスクによって顔の見えない選挙になりました。

ほかにも、3密を回避するための措置として、人が集まる街頭演説が減少傾向にあります。これまでなら、政党や支援団体は家族・親類や知人、会社の上司、取引先の人に支援のお願いに行くこともありました。コロナの影響で、顔を合わせての票の掘り起こしが難しくなりました。

一方、有権者の目線で見ると、コロナ禍で立候補者と街頭で出会うことが少なくなりました。従来、立候補者は街で少しでも多くの人と握手などをして支持を拡大しようとします。接触が敬遠されるようになり、大きな声を出しての会話も難しくなりました。候補者と有権者が出会う場が激減したのです。

コロナによって、有権者は自分から率先して選挙の情報を取りにいかなければならなくなったのです。その手段として、インターネットによる情報収集が盛んになりました。インディーズ候補でも、政党公認の候補者と対等に情報発信ができるようになっています。

――それまでは公職選挙法に触れるという理由から、候補者や政治家が公示期間中にTwitter・Facebook・InstagramなどのSNSやHPの更新は禁じられていると解釈されていました。2012年の衆院選で、当時は大阪市長だった橋下徹さんが強行的に選挙期間中にツイッターを更新。それから10年が経過しています。SNSで選挙情報を発信することが当たり前になったと感じられますか?

畠山氏:2013年に公職選挙法が改正され、インターネットを使った選挙運動が認められることになりました。それから10年の歳月が経過したことで政治家にも有権者側にもインターネットによる情報発信が定着してきているのは事実です。

それまでは政治家も立候補者たちも「SNSでの発信は、やらないよりマシ」ぐらいの感覚でした。それが、今では「やっていて当たり前」という捉え方に変化しています。それでも、選挙期間中だけSNSの発信をしているという立候補者もいます。これも時代とともに少しずつ変わっていくでしょう。

――インディーズ候補はインターネットによる情報発信がうまいと感じることはありますか?

畠山氏:テレビ・新聞に無視され続けてきたインディーズ候補は、これまでインターネットによる発信が頼みの綱でした。そのためインディーズ候補の中には、選挙におけるネットの使い方が長けている人もいます。ただ、現状を見る限りは選挙結果を大きく変えるような威力を発揮しているとは言い切れません。また、政党から公認を得ていても、SNSの使い方が上手な候補者はいます。

とはいえ、インターネットによる発信は今後も重要であることは変わりなく、立候補者にも情報発信のスキルやセンスが必要になることは間違いありません。そうなると、これまでは報道機関に任せっきりだった情報発信を自分から率先してやらなければならなくなります。“泡沫候補”と見られていた候補者が主要候補を抑えて当選するという事態が出てくることも予想されます。

2017年の開高健ノンフィクション賞授賞式

(後編につづく)

畠山理仁(はたけやま・みちよし)
1973年、愛知県生まれ。早稲田大学在学中から取材・執筆活動を開始。日本国内のみならず、アメリカ・ロシア・台湾などの選挙にも足を運ぶ。2017年に『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)で第15回開高健ノンフィクション賞を受賞。そのほかの著書に『コロナ時代の選挙漫遊記』(集英社)や『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)などがある。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。