トピック

アマゾンのハードウェアはどこへ向かうのか アレクサとテレビ・クルマの未来

米Amazon デバイス&サービス担当 デイブ・リンプ上級副社長

Meta、Google、Microsoftなどのビッグテック企業では、リストラの嵐が吹き荒れている。Amazonも例外ではない。特にハードウェア部門は「利益を産んでいない」と指摘されることもあり、またアレクサ(Alexa)関連でのリストラも伝えられている。

そうした環境下で、Amazonはなにを考えているのか? そして、今後の戦略はどうなるのか? ハードウェア事業責任者である米Amazon デバイス&サービス担当デイブ・リンプ(Dave Limp)上級副社長に聞いた。

アレクサの中断もハード事業中止も「ありえない」

まず聞かねばならないのは、Amazonのハードウェア事業の状況についてだ。赤字であることが伝えられ、そこから「アレクサをやめるのでは」と伝言ゲーム的に話が拡大している。

同社の事業の現状はどうなのだろうか? リストラについて、リンプ氏はまずこう述べた。

リンプ氏(以下敬称略):私は経済学者ではないので、市況を正確に予測することはできません。しかし、非常に不確実な経済の時代であるのは間違いありません。

その中では、自分たちのビジネスを違った角度から見つめ直す必要があり、Amazon(全体)もそうしている状況で、この経済がどのように発展していくのか、より明確な見通しが立つまで、ビジネスに対してより意図を明確にしながら取り組んでいるところだと思うのです。

結果として、Amazon全体では18,000人を手放すことになりました。非常に難しい選択です。

18,000人のうち約2,000人が私の組織に含まれ、デバイスやサービスを担当していました。非常に良い友人・同僚も含まれていましたが、ここからの不確実性を考慮すると、必要なことだと思いました。

ただこれは、噂されるような「アレクサの開発停止」や「新しいハードウェアの開発停止」のようなことは「まったくない」と明言する。

リンプ:発明のペースが遅くなるとは思っていません。しかし、何に発明するかということについては、より意図的になっていくだろうと思います。そして、新製品の発売、新製品のパイプライン構築など、大きな賭けはまだ続けています。

Amazonとしては、地球低軌道を周回する衛星群にも取り組んでおり、数カ月後には最初の衛星を打ち上げる予定です。自動運転車にも取り組んでいます。

そして私の組織では、アレクサを作り続けています。日本でも、新しい「Echo Dot」と「Echo Dot with clock」を発表したばかりです。お客様のために、これからも新しい発明を続けていきます。ただし、より意図的なものになっていくでしょう。

新Echo DotとEcho Dot with clock

では、アレクサ自体の利用状況や、収益性はどうだろうか?

リンプ:アレクサは以前も、今も、多くの人々に使われています。アレクサを人々が愛しているか、といえば「イエス」です。

我々は利用状況のデータを持っています。アレクサのエンゲージメントインタラクション、すなわち世界中で使っている人々の数は、前年比で30%も増えています。これはパンデミックの最中であったにもかかわらず、過去最高のものであり、まだ成長中ということです。

一方で収益性については、次のようにも説明する。

リンプ:アレクサについて、私は常に楽観的な立場でいますが、確かにまだ、「アレクサで収益を上げる段階」にはありません。

しかし、収益につながるであろうものは見つけ続けています。

全世界のアレクサユーザーの50%が、このデバイスをなんらかの形でショッピングに使っています。ドッグフードを注文したり、レタスを注文したり、という感じですね。

Amazonのコアビジネスは小売業です。アレクサ搭載デバイスによって、買い物がより簡単になっていきます。

また、アレクサを使ったスマートホームが広がっていますが、電球など、そこで使われる機器の多くはAmazonで売れています。もちろん、他の店舗で買う人もいるでしょうが。こうした関連機器販売もまた、アレクサのマネタイズ方法の1つなんです。

デジタルサービスからの課金もありますね。私はAudibleで本を読んでもらうのが好きですが、音楽サービスもあります。Apple MusicやSpotifyも使えますが、アレクサの上ではAmazon Prime MusicやAmazon Music Unlimitedを選んでいる人が多数います。

このように、アレクサをマネタイズする方法はすでにたくさん見つかっており、まだまだやることもあります。

ですから、私たちは正しい道を進んでいると信じているんです。

AI黄金時代にアレクサを鍛えるには

アレクサが重要であり、Amazonが投資を続けたいと考えているのはよくわかる。では、その進化についてはどう考えているのだろうか? アレクサに対して批判があるのは、「音声アシスタントが期待ほどには賢くない」ことも原因の1つかと思う。この先の進化をどう考えているのだろうか?

リンプ:私たちはコンピュータサイエンスの黄金時代に生きていて、その黄金時代を動かしているのはAIです。過去10年間を見ると、AIが進化するにつれて、アルゴリズムが何段階にもわたって進化していることがわかります。AIも敵対的学習・強化学習へと進み、より良い機能を持つようになっています。

そして今、大規模な言語モデルOpen AIが台頭してきており、私たちはその恩恵を受けることができるようになったのです。

実際、アレクサの内部では、半年ほど前に発表した「Alexa Teacher Model」という大規模言語モデルが動き始めています。ChatGPTほど大きくはないのですが。ある言語でアレクサの新機能を立ち上げると、Alexa Teacherの大規模な言語モデルを使い始めて、他のすべての言語で効果的に学習、その機能を、過去よりもずっと早く伝搬させることができる、というものです。

Alexa teacher modelに関する詳細

アレクサはとても賢く、より会話しやすくなっています。音声の質も格段に向上しています。この大規模な言語モデルによって、アレクサをより会話しやすく、よりパーソナライズし、より使いやすく、そしてさらに知識を深めることができるようになります。

アレクサは、質問に答えることができるという点では、現在最も賢い音声アシスタントですが、私たちの追求はまだまだ続きます。「スタートレックのコンピューター」に辿り着くまで、私たちの開発は終わりません。

2019年6月にAmazonが開催したカンファレンス「Amazon re:MARS 2019」の取材写真より。初期から同社は、アレクサの発想が「スタートレックに出てくるコンピュータ」であると明言している

一方、そこで課題となる「演算資源」についてはどうだろうか? 大規模AIになるほど、演算資源の確保とコストが問題になってくる。

リンプ:この点については良いニュースがあります。私たちには「AWS(Amazon Web Services)」があることです(笑)。ここで重要なのは、AWSだけでなく、AWSが発明したものが大切、ということでもあるのです。

現在はAWSのカスタム・シリコンを使って、大規模なモデルを「学習」しています。過去にも現在にも、私たちはAIの学習にGPUを使用しています。しかしやがて、GPUから、より電力効率の高い、より強力なカスタム・シリコンに移行することができるでしょう。

さらにアプローチは「推論」に移ります。AWSでは「Inferentia」というアクセラレータを使うようになってきました。Inferentiaを推論に使うことで、よりパワフルなことができるようになります。

決して安価なハードウェアではないのですが、顧客にとって非常に大きな成果が得られるので、やらざるを得ない。

過去数年間の、私や私のチームに対してAWSから送られた請求書の額を見れば、それがどれだけ重要なことなのかが分かりますよ(笑)。

注力する「ロボットとテレビ」

アレクサへの投資を続けると同時に、Amazonはハードウェア領域への投資も継続するという。ただし、「方向性は定める」としている。それはどんな方向性なのだろうか?

リンプ氏は「先の製品についてはコメントしない方針だ」としつつも、フォーカスするものとして「ロボット」と「テレビ」を挙げた。

リンプ:私たちは「アンビエント・インテリジェンス」という考え方を信じています。家がより賢くなり、あなたの代わりに家自体がもっと働くようになるはずです。将来、あなたの家にロボットがいない世界なんて想像できないでしょう。

Amazonは「アンビエント・インテリジェンス」をキーワードにしている

Astroは、コミュニケーションやセキュリティのために非常に優れたロボットですが、さらに、他の家事支援ロボットも登場します。私たちはiRobotの買収を発表しました。同社の製品は、床掃除や掃除機などの家事支援ロボットです。

私たちはロボット工学に関して、非常に野心的であり続けます。

Amazonがアメリカで限定的に販売を開始しているホームロボット「Astro」

もう一つは「テレビ」です。

テレビは、フラットスクリーン化と4K以外、長い間、再発明されていません。私たちが見ているテレビは、長い間、同じものです。

しかし2022年に、私たちは新しいテレビ「Omni」シリーズを発表しました。このテレビは、アンビエント・インテリジェンスのアイデアを取り入れた製品です。テレビにレーダーを搭載し、あなたが部屋に入ると、レーダーがあなたの存在を感知します。

そして、家族のフォトフレームや美しいアートワークを表示したり、天気やカレンダーなどの情報ウィジェットを表示したりできます。

私たちが長年にわたって「Echo」でやってきたことの多くを、家庭で一番大きく、あまり使われない、テレビというスクリーンに持ち込むことができるのです。

リンプ氏がいう「Omni」とは、アメリカでAmazonが、自社ブランドで販売している「Fire TV Omni」シリーズのこと。昨年秋には「Fire TV Omni QLEDシリーズ」も発表され、このモデルに、リンプ氏が指摘するような機能が搭載されている。

アメリカで販売している「Fire TV Omni QLED」

では今後、テレビ市場でAmazonは、他のテレビメーカーとの直接対決を目指しているのだろうか?

そう質問すると、リンプ氏からは少し違う答えが返ってきた。

リンプ:私たちは、テレビを作ることよりも、むしろ、「テレビがどう進化できるのか」ということについて、目印を示し、差別化を図りたいと考えています。

また、テレビを販売するチャンネルとしても、Fire TV OSをテレビに組み込むことで、差別化を図ることができます。日本では、ヤマダが販売している「Fire TV」が良い例です。この製品は、Fire TVの機能を非常に手頃な価格で、美しい4Kスクリーンを搭載しています。

このようなアプローチを採れば、他のメーカーも自社ブランドのテレビにFire TVを搭載し、市場に投入することができます。今年は、TCLとHisenseが、Fire TV OSを採用すると発表しました。

つまり、自社が大きなテレビメーカーになるのではなく、テレビを進化させることを目指してOSの活用を広げる。その結果として、テレビメーカーでのFire TV OSの採用拡大が起きれば、Amazonにとってはプラスに働く……という判断なのだ。

AlexaはMatterの最も大きなプラットフォームに

スマートホームに関して、現在大きなキーワードとなっているのが「Matter」だ。まだMatter対応製品は市場にあまり出回っていないが、Amazon・Apple・Googleの大手3プラットフォームは、すでに自社プラットフォームのMatter対応を明言しており、OSなどでの対応を進めている。

MatterがAlexaとスマートホームに与える影響をどう見ているのだろうか?

リンプ:まず、私たちAmazonは標準規格をとても大切にしています。Matterを重要だと考え始めた理由は、Wi-FiベースのIoTデバイスを取り巻く標準規格がまとまっていないと感じたからです。ZigBeeデバイスやBluetooth、Bluetooth LEデバイスはありましたが、誰もそれを推進できていなかったのです。そのため、Wi-Fiベースのデバイスには相互運用性がなく、ネットワークに接続しづらく、消費電力も大きいという問題がありました。そのため、電池で動くものを手に入れるのは大変でした。

Matterは、問題の多くを解決してくれました。

プロトコル・レベルでは、BluetoothやZigBee、Wi-Fiなどがあります。しかし、私たちがやりたいのは、それらすべてを統合する最高のインテグレーターになることです。

そのため、何百万台ものEchoに対して、Matterのサポートを展開しています。今後数カ月の間に、さらに何千万台ものEchoを追加していく予定です。

その結果、アレクサは、家庭内のMatter対応ハブの中で最大のインストールベースを誇る機器になります。Matterデバイスの電源を入れると、Echoがそれを認識して設定の準備ができるようになります。

さらに、Matterの標準的な製品に付加価値をつけ、インストール基盤の価値を高めたいと考えました。

我々のスマートホームAPIには「フラストレーションフリー・セットアップ」と呼ばれる技術があります。クラウドに暗号化して保存しているWi-Fiなどの認証情報を使って、電源を入れだけで設定が終わります。

この仕組みはMatterの規格には含まれていませんが、Matterの上で働く付加価値として、お客様がネットワークにデバイスを導入するのをより簡単にするために使われます。

日本から学んだ「マンガ」対応、Fire TV Stickの大ヒットに満足

Amazonが日本でハードウェアビジネスを始めてから、昨年秋で10年が経過した。電子書籍端末「Kindle」からスタートしたビジネスが、現在はスマートスピーカーからテレビまで広がっている。

リンプ:日本のお客さまからのポジティブな反応に驚いています。私は楽観主義者ですが、この10年あまりの間に日本で達成した進歩は、私の期待をはるかに超えるものでした。

私たちはKindleからスタートしましたが、日本市場からは、多くのものを学びました。我々の中に、Kindleでマンガをどう見せるか、というノウハウはなかったのですが、Kindleを愛用している人たちからのフィードバックも受け、我々のアプリケーションに素晴らしいマンガのソリューションが生まれました。

Kindle Scribe

もう一つ、おそらく最も驚くべきは「Fire TV」の成功です。Fire TV Stickは日本で、ストリーミングメディアプレーヤーとして圧倒的なシェアを誇っています。しかも、一度購入したお客さまはずっと使い続け、Fire TV以外の製品に乗り換えることはありません。

野球やワールドカップを観戦したり、Disney+で『マンダロリアン』の最新エピソードを観たりと、お客様が望むアプリケーションをFire TVに搭載することができています。

彼の指摘は正しい。日本ではFire TV Stickが非常に多く普及し、ABEMAとも共同マーケティングが行なわれた。結果、テレビでワールドカップが多く視聴されることになった。さらに、Amazon Prime Video自体が日本でトップシェアの有料映像配信事業となっており、大きな影響力を持つようになっている。

Amazonは「自動車」にどう対処するのか

最後に1つ、テクノロジー業界の大きなトレンドについて聞いてみた。それは「自動車」だ。多くの企業が「ソフトで駆動される自動車」の世界を目指し始めている。AIを軸にするAmazonも、アレクサについて、自動車メーカーとの連携を進めている。

当のAmazonは、「ハードウェアとしての自動車」をどう考えているのだろうか?

リンプ:私たちは、車に対して3つのことを行なっています。

もしお客様があまりスマートでない古い車を持っていて、アレクサを使いたい、あるいはセキュリティ機能を使いたいという場合、ハードウェアを後付けできるような製品を作っています。「Echo Auto」や「Ring Car Cam」がその一例です。

Echo Autoはアメリカでモデルチェンジ。自動車用監視カメラ「Ring Car Cam」も発売されている

また、多くの自動車メーカーがアレクサを車に搭載することを望んでいます。私たちは、世界中の自動車メーカーと一緒に、アレクサを搭載することを発表し、出荷してきました。トヨタ・BMW・GM・フォードなどです。そして、このSDKを進化させ続けています。

最近では、複数のボイスアシスタントにも対応しました。

これはディズニー版Echo Showでも使っている技術ですが、車載版では自動車メーカーがアレクサを車に搭載するだけでなく、独自の音声アシスタントを並行して構築できるようにしました。

もしあなたが「アレクサ、ワイパーを付けて」と言って、本来はその機能がBMWの音声アシスタントに搭載されている機能だったとします。でもこの機能があれば、アレクサはその命令をBMWのアシスタントに渡すので、問題なく動作します。

この機能を最初に発表した大きなメーカーはBMWで、数カ月前に発表しました。

AlexaではBMWと提携して価値向上を図る

そして3つ目は、自動車向けの完全なオペレーティングシステムと車内スタックを構築しているところです。

というのも、自動車メーカーの中には、より速く、よりカスタマイズされたOSを車に搭載したいが、携帯電話のミラーイメージをそのまま車に載せるのではなく、独自のブランドやアイデンティティを持ちたい……というところもあるからです。

私たちが開発した車載用OSとフレームワークにより、ブランドやOEMは環境を完全にカスタマイズし、顧客に提供することができるようになりました。

そして、このOSを最初に導入することを決めたのが仏・Stellatesです。彼らとは非常に密接に連携しています。

最後に、Amazonは「自分たちのブランドの車を作りたいか?」と聞いてみた。

答えは「ノー」。ただし、話はもう少し幅広い。

リンプ:私たちのブランドとして「自動車」を作る予定はないです。

しかし「ビークル」を作っているところはあるんです。自律走行型タクシーですね。「Zoox」という数年前に買収した会社ですが、これは私の組織の中にあります。

私たちが作っているのは、事実上、ロボタクシーで、どんな乗り物にも似ていません。見たこともないような車です。ハンドルもペダルもありません。中に入ると、自律的に目的地まで運転してくれます。

これは人口の多い都市向けです。

我々は現在試験中ですが、数年後には製品化される予定です。

Zooxの開発している自律走行タクシー
西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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