トピック

機械式時計を拡大するシチズン スイスと日本の技術が融合

ザ・シチズン メカニカルモデル Caliber 0200

2021年3月に発表された「ザ・シチズン メカニカルモデル Caliber 0200」は、フラッグシップのラインナップである「ザ・シチズン」において、機械式ムーブメントを新開発で搭載するというインパクトのある内容で、「シチズンが機械式に本気」と思わせる内容だった。以降、シチズンは矢継ぎ早に機械式腕時計のラインナップを強化し、高級モデルだけでなく普及価格帯にまで、“一味違う”ラインナップが広がっている。

こうした最近の機械式への注力には、シチズンとしてどのような背景があるのか、担当者に話を聞いた。

お答えいただいたのは、シチズン時計で「ザ・シチズン」「シリーズエイト」などのメカニカルモデルの企画を担当する商品企画の伊藤惠己氏と、ムーブメント「Cal.0200」の開発を担当した時計開発の土屋建治氏だ。

左から土屋氏、伊藤氏

(機械式は)地下水脈のように

シチズンはそれまでも機械式時計をラインナップから無くしていたわけではなく、中価格帯を中心としたモデルの販売は続けていた。実は、機械式ムーブメントの外販事業ではグローバル市場で実績と信頼を得ていたが、一般にはあまり知られていないのが実際だった。

その一方で、「新しい機械式に挑戦していきたいという想いが、会社の中に、地下水脈のようにあった」(土屋氏)という。

同社は懐中時計を製造するところから始まるなど機械式にルーツがある。マニュファクチュールとしてメッセージを発信できる機会を探っていたという。マニュファクチュールとは時計を自社一貫製造できることを指し、時計業界で実際にこれができるブランドは非常に限られている。

Cal.0200が生まれたきっかけは、2012年にスイスのラ・ジュー・ペレ社を買収し、グループ傘下に収めたことだった。シチズンはこのときすでにムーブメントメーカーとしても確固たる地位を築いていたが、ラ・ジュー・ペレ社がグループに加わったことで、製造技術でシチズンとの相乗効果が見込めることとなった。大局的には、スイスと日本の国境を越えて新しいデザインや価値を生み出す取り組みになる、という点は興味深い。

ラ・ジュー・ペレ社はムーブメント製造の精密加工技術に加えて装飾技術にも長けており、審美性の高いムーブメントに定評がある。「シチズンを代表する、良いムーブメントにしたいという想いがあった」(土屋氏)というように、シチズンの製造技術にラ・ジュー・ペレ社の装飾技術を融合させて完成したのがCaliber 0200だ。

「ムーブメントと外装はそれぞれチームがあり、バラバラに作ってしまいそうになるが、チームを繋いでムーブメントの設計思想から外装デザインまでを一貫して表現し結びつけたのが、高い評価につながったのではないか」(伊藤氏)と、チームが連携して独自のデザインに仕上げたことも成功の要因として指摘している。

ザ・シチズン メカニカルモデル Caliber 0200 限定モデル
Caliber 0200。限定モデルはローターがK22仕様

スイスと日本の融合、時計ブランドとしてのメッセージ

ムーブメントであるCaliber 0200の見どころは、スイス由来の装飾技術による審美性を持ちながら、インダストリアルな(工業製品のような)「日本らしい雰囲気」を加えたところ。華やかな装飾加工がある一方で、直線を多用したデザインや、パーツの縁を45度で直線的にカットする加工、繊細なヘアライン加工も組み合わされており、「スイスの技術を使いながら、味わいは日本のインダストリアルデザインで、シチズンらしい仕上がりになった」(土屋氏)という自信作だ。

もちろん精度についても追求しており、「精度と審美性の両立」が大きなテーマになっている。テンプ、ガンギ車、アンクルなど精度を司る中心パーツはシチズンの技術で作り込み、高いグレードの製品として製造。平均日差が-3秒~+5秒と非常に高精度になっている。

Caliber 0200

今後の展開については、「我々の想像以上に評価をいただいており、『ザ・シチズン』にふさわしく、また期待に応えられるものを、より深く進化させていきたい。いろいろな方向性を考えることができる」(伊藤氏)とのことで、トップモデルのムーブメントのバリエーション展開にも期待がかかる。

あえてクラシックにせずシチズンらしさを追求

「ザ・シチズン メカニカルモデル Caliber 0200」と同時に、「Series 8」(シリーズエイト)を機械式のシリーズとして復活させたこともまた、注目を集めた。

「ザ・シチズンの価格(約60万円)は、高価格帯。ライフスタイルやデザインの志向の違うユーザーの要望に応えられる、別の提案もしたかった。そこで(新生)シリーズエイトが誕生した」(伊藤氏)。

シリーズエイト 870 Mechanical 1周年記念限定モデル(中央)

この新しく登場した、ザ・シチズンと新生シリーズエイトの2つの機械式のラインナップは、腕時計としてのクラシックなデザインに過度に頼ることなく、モダンなデザインに振っているのも特徴だ。「両方ともクラシックなデザインにはせず、シチズンとしてのオリジナリティが出せた。シリーズエイトのムーブメントについては、よりアクティブなライフスタイルを想定したからこその知見を入れたかった」(伊藤氏)。

伊藤氏が指摘しているのは主に耐磁性について。機械式時計の精度を司るテンプのヒゲゼンマイは、非常に繊細なパーツで、一般的には金属製のため磁気を帯びると精度が落ちてしまう。復活させるためには脱磁と調整のためメンテナンスに出す必要もでてくる。電子機器やガジェットが多用するマグネットは、多くの機械式時計にとって天敵で、現代の機械式時計の利用における課題のひとつになっている。

シリーズエイトに搭載される新開発のムーブメント「Cal.0950」「Cal.9051」は「第2種耐磁」として耐磁性能を強化しているのもトピックで、ビジネスパーソンが普段遣いしやすいスペックに仕上げた。

このうち「Cal.0950」はパワーリザーブや精度も高めた上位版で、シチズンのミドルクラスの機械式時計で中心的役割を担えるムーブメントになっている。腕時計の製品としては20万円台になる。

もうひとつの「Cal.9051」は精度・パワーリザーブともに控えめとなるが、耐磁性は確保されており、腕時計としては10万円台になる。同価格帯のダイバーズウォッチにも搭載されるようになるなど、現実的な選択肢として存在感が高まっている。

シリーズエイトのラインナップ

歴史的なモデルのDNAを継承したデザイン

ザ・シチズンやシリーズエイトのモダンに映るデザインは、実際には過去のアーカイブを巧みに活用して構成された、シチズンのDNAを継承するものになっている。

同社は1966年に国産初の“電子腕時計”として「エックスエイト(X-8)」を発表。これはクオーツ式が普及する前のトランジスタ式で、レトロフューチャーな雰囲気もあるラグ一体型の斬新なデザインだった。2008年にはくしくも「エイト」の名を持つ「シリーズエイト」が展開され、やはりクラシック路線やラグジュアリー路線とは一線を画す、独自のスマート路線のデザインを特徴としていた。2021年の新生シリーズエイトも、「エイト」の系譜としてモダンなデザインをまとっており、まずデザインを気に入って手にする人が多いという。

また上記にあるように、耐磁性を高め、性能・価格ともに手に取りやすいモデルを実現できる「Cal.9051」が登場したことで、ダイバーズウォッチも機械式のラインナップが拡充されている。2021年3月には、ザ・シチズン、シリーズエイトと同時に、プロマスターシリーズのダイバーズウォッチでも「メカニカルダイバー」が発表され、1年後となる2022年3月には過去の名作「チャレンジダイバー」を復刻したデザインのダイバーズウォッチも発表されている。

「機械式のダイバーズウォッチは海外でも好調。プロマスターに限らず、機械式のラインナップは強化していく」(伊藤氏)と、今後も精力的に追加される方針が語られており、こちらも期待がかかる。

チャレンジダイバーを復刻したデザインの、プロマスター メカニカル ダイバー200m
NB6021-68L、スーパーチタニウムを採用し軽量
NB6021-17E
1983年、フジツボに覆われて海岸で発見された「チャレンジダイバー」の実物

もちろん、シチズンのソーラー発電「エコ・ドライブ」や電波時計など、既存の技術路線やラインナップはこれまで通りで、機械式に注力するからといって何かが置き換わるわけではない。エコ・ドライブとメカニカルといったように、二軸で展開していくということだ。

その一方で、身につけて使う、特別に近い存在の時計について「機械と人間の幸せな関係。独特な愛着が湧くのが機械式の特徴ではないか」(土屋氏)と言うように、機械式時計は、開発者にとっても特別な想いがある様子だった。

チタン素材の開発や表面硬化処理技術などムーブメント以外のさまざまな分野でも優れた技術を持つシチズンだけに、アナログな機械式や過去の名作のDNAと、それら最先端技術の融合は、楽しみな展開ではないだろうか。