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「デジタル庁」とはなにか。行政サービス「スマホで60秒で完結」へ

デジタル庁 平井大臣と菅総理

9月1日、「デジタル庁」が発足しました。菅政権の看板政策の一つである「デジタル改革」の核となる新しい省庁としてスタートしましたが、9月1日の人事で本格的な体制が固まり、同体制のもと「新重点計画」を作っていくこともあり、まだ全貌がわかりにく部分もあります。

しかし、政府が推進するデジタル政府と、それを中心的に推進するデジタル庁の役割分担は徐々に見えてきています。行政のデジタル化により、我々の生活はどう変わるのか? そして、デジタル庁はどのような役割を担っていくのか? 現在わかっている情報を元に整理してみましょう。

デジタル庁のミッション

誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を。

デジタル庁の発足時のミッションは上記のとおりです。加えて、「一人ひとりの多様な幸せを実現するデジタル社会を目指し、世界に誇れる日本の未来を創造します。」と補足されています。

デジタル庁準備段階で目標としていたのは以下の3つの項目です。

  • ライフイベントに係る手続の自動化・ワンストップ化
  • データ資源を活用して、一人一人に合ったサービスを
  • いつでもどこでも自らの選択で社会に参画

1つめの「ワンストップ化」は、スマホだけで、出生・就学・子育て・介護などのライフステージに合わせて必要となる手続をワンストップで行なえるというもの。また、「適切なタイミングでプッシュ通知を受けられ、忘れずに手続きできるようにする」としています。

2つめの一人一人に合ったサービスでは、散在する健診情報、既往症、薬歴、日々のバイタル情報などを連携させ、安全に健康・医療サービス等が受けられるというもの。また、鉄道・バスの運行状況、カーシェアの空き状況等などを連携させた、リアルタイムの移動ニーズに応えるといったことも、デジタル庁の目指す形として挙げられています。

こうした仕組みが実現していけば、様々な申請のために役所に行く必要がなくなり、手続きなども容易になり、移動や健康管理も便利になると見込まれます。

一方、上記のような取り組みを実現する場合、出生・就学などは地方自治体、教育関連は文部科学省、医療・介護は厚生労働省、交通は国土交通省など、自治体や省庁ごとの管轄が分かれており、別の場所、手法での手続きが必要になる場合も数多くあります。我々の日常では、「まずどこの誰に聞いたらいいかわからない」といった状況も少なくありませんし、ようやくたどり着いた先で「書類が無い」「印鑑が必要」「同じことを何度も書面に記載する必要がある」といった面倒に直面した人も少なくないでしょう。

市民目線で言えば、こうした縦割りの枠を超え、シームレスに扱える“仕組み”を生み出すことがデジタル庁の大きな目標です。

コロナ禍とデジタル庁。「スマホで60秒で完結する」行政サービスへ

上記のような、自治体・国・省庁などの連携の“まずさ”は、このコロナ禍において様々な面で露呈しました。一人につき十万円の「特別定額給付金」の申請・支給に関する混乱、最近ではワクチン接種予約でのトラブルなど、行政のデジタル化の遅れや未熟さが招いた様々な混乱に直面しました。

こうした混乱の大きな原因は、省庁や自治体間でシステムなどがバラバラで、その間の連携がうまくいかなかったことが上げられます。

そこで、こうした課題解決のために、省庁を横断して国や自治体のデジタル化を担う「デジタル庁」が発足することとなりました。行政サービスについては、「スマートフォンで、60秒で手続きが完結する」を目標としています。

そのため、デジタル庁では、まず「デジタル社会の共通基盤の整備」「包括的データ戦略」「徹底したUI・UXの改善と国民向けサービスの実現」などに取り組む予定です。

「デジタル社会の共通機能の整備・普及」では、IDや認証、ガバメントクラウドなどのインフラなどを整備し、それらを自治体や省庁が共通で使えるようにしていきます。また、データ戦略においても分野別に「ベースレジストリ」を作り、データ活用の基盤とする方針です。

デジタル庁が目指す姿。中核に「デジタル社会の共通機能の整備・普及」

その上で、国・自治体においてもデータ標準を策定し、共通のシステムのもとサービスを提供。また、準公共分野、民間分野などで共通に扱えるデータ標準を策定し、官民をまたいだオープンなデータのやり取りなどを実行します。その上で、UI/UXを徹底して改善した国民向けの“使いやすいサービス”の提供を目指すとしています。

この中の「デジタル社会の共通機能」として、マイナンバーや法人番号などのID制度の整備や普及促進が盛り込まれています。そのため、マイナンバーカードの普及やマイナポータルの活用などもデジタル庁の担当領域となっています。

従来も、政府のデジタル戦略を“横串”で見る組織として、内閣官房IT室が存在していましたが、基本的には“政策調整”を担っていました。一方、デジタル庁は「司令塔」として、省庁への勧告権を含む調整機能のほか、予算配分の機能を持ちます。また、デジタル庁自体も予算を持ち、共通機能においてはデジタル庁が自ら開発を担っていくという点が大きな違いといなります。

人材においては9月1日時点で600人規模となる予定で、そのうち民間出身が200人程度とのことです。

クラウドとワクチン。デジタル庁のモデルケース

デジタル庁が稼働するのはこれからですが、モデルケースと言える事例もあります。

それが、内閣官房IT総合戦略室が担当した「ワクチン接種記録システム(VRS)」の導入です。

VRSは、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種にあたり、個人の接種状況を記録するシステム。「接種者情報」と「接種記録情報」により、いつ・どこで・どのワクチンを接種したかが記録されます。このVRSは、国が提供するクラウドのシステムで、市区町村が接種者情報や接種記録情報を管理するという形で、デジタル庁が目指す姿に近い事例となっています。

VRS設置の目的は、「ワクチン接種の円滑な進行」。加えて、迅速なデータ集計を元にしたスピーディな政策決定なども特徴としています。

既存の仕組みとして、自治体の「予防接種台帳」を活用した場合、2回のワクチン接種後に情報を登録するなどで、接種情報のデータ化までに2~3カ月が必要となってしまいます。また、市区町村ごとに異なるデータ管理をしており、データ集計も困難。さらに、災害などで市区町村で管理しているデータや紙の接種済み証が消失するおそれもあります。

VRSを導入したことで、データが標準化されているため、集計は「ほぼリアルタイム」で行なえ、接種データを迅速に把握できます。そのため、政策・施策の反映もスピーディに行なえるようになったとします。

ワクチン接種においては、接種実績の管理だけでなく、足りない場所にワクチンを適切に配分する仕組みが必要です。この仕組みは厚労省の「V-SYS」が担っており、どこにどのくらいワクチンを送ったかが確認できます。V-SYSとVRSのデータを掛け合わせることで、どこにワクチンが配られて、どこに足りないのか、あるいは自治体をまたいだワクチン接種の状況などが即座に把握できるようになり、ワクチンの効率的な接種に役立てられるようになりました。

また、VRS導入後の5月時点ではワクチン接種は1日20万件でしたが、菅総理が1日100万件に目標を設定。その目標達成のために、どのような施策が必要か検討する際にも、接種会場や接種会場のシミュレーションなど、日々変わるデータとその効果を見ながら必要な施策を検討・決定していきました。V-SYS連携などで問題は生じたものの、VRSの「データに基づく政策決定のためのシステム」というのは、これまでの自治体向けシステムの考え方とは大きく異なるものとなったとのことです。

また、VRSのデータの一部は一般公開されており、全国と都道府県別の接種数、人口に対する接種率の日次推移が確認できます。市区町村では、さらに詳細なデータが確認できるようになっています。

このようにVRSでは共通基盤の構築による大きなメリットはあったものの、実施においては、数々の課題もありました。

その最たるものが、タブレットによる接種券のコードの読み取りです。新型コロナワクチンの接種券は、18桁の番号をタブレットのカメラで「画像」として読み取るという仕組みですが、昨年末に厚労省が定めたの規定は、「18桁の番号」ということのみ。市区町村によってフォントや文字サイズなどが自由に決められていました。

自治体によって文字サイズなどが異なっており、カメラでの読み取りも、様々なパターンに対応する必要があります。そのため、当初は2~3秒程度と想定していた読み取り時間は、実際には5秒(中央値)程度となり、ワクチン接種の現場では「遅い・読み取り精度が悪い」という声が強く上がりました。データ処理を想定し、接種券の券面に全国統一のバーコードを採用していれば、こうした問題は起こらないはず。問題を防ぐためには、「カメラで読み取る」という仕様だけでなく、コードのデザイン、書面の印刷など、業務全体を見通しながら、どこがボトルネックになるかを把握していく必要があります。

デジタル庁のスタートにあたっての課題として、データの標準化やシステムの提供だけでなく、こうした事業全般に関わり、業務を最適化していくことが必要となります。

そのためデジタル庁においては、デジタルの知識・技術や個人情報保護などの法律知識だけでなく、自治体事務の知識に長けた人材も必要となってきます。そのための人材募集や、人材交流などもデジタル庁において強化していく方針です。

ワクチン接種は基本的に自治体の担当になりますが、「自治体を超えて、接種を把握できる」というのもVRSの目的の一つ。この点も「ガバメントクラウド」としての先行事例となっています。

データは全国共通の形式ですが、クラウド(AWS)上にそれぞれの自治体ごとにデータを持つという形で分離し、自治体のデータは当該自治体のみしかデータを見られません。しかし、自治体間のデータの移動等は管理されているため、引っ越しなどに伴う自治体をまたいだデータ管理も行なえるようになっています。

自治体ごとに別のシステムを組んだ場合、こうしたデータの「移動」を追跡するのが難しくなりますが、VRSの導入時に、将来「接種証明」が必要となると想定したことから、データを標準化して、クラウドで一元管理するシステムを導入。自治体をまたいだ移動に対応し、引っ越した際などでも接種証明を出せるようにしています。

マイナンバーカードも強化。「人に優しいデジタル化」を実現できるか

多くの人にとって行政のデジタル化の“接点”となるのが「マイナンバーカード」です。

デジタル庁は、マイナンバーカードの普及・促進の役割も担っており、令和4年度(2022年度)末までにマイナンバーカードがほぼ全国民に行き渡ることを目指します。そのため、健康保険証としての利用(2022年10月までに本格運用)、運転免許証との一体化(2024年度末)、在留カードとの一体化(2025年度末)などに取り組むほか、行政サービスのオンラインポータルサイト「マイナポータル」も改善を続けていきます。

今後、行政手続きのオンライン化やワンストップ化など、「スマートフォンで60秒」で完結するサービスが増えていく見込みです。また、引っ越し手続きと同時にガス・水道などの公共料金も移転手続きする「引越しワンストップサービス」なども検討されており、こうした動きをきっかけに、行政が民間サービスを巻き込みながら、日本全体のデジタル化を進めていくことが期待されます。

行政のデジタル化には、多くの課題が残されています。また、わかりにくさ、使いにくさというデメリットが強調され、メリットが十分に伝わっていない部分もあります。デジタル庁が目指す「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」のためにも、デジタル化でなにがどう便利になっていくか、しっかり把握していく必要があります。