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AI与信と改正割賦販売法で変わること

クレジットカードや後払いの決済手段などに関連する割賦販売法(割販法)が2020年6月に改正され、2021年4月1日から施行された。この改正割賦販売法のポイントはいくつかあるが、その中でも特に規制緩和により「認定包括信用購入あっせん業者」が創設された点は大きい。端的に言えば、この認定を受けた業者は、ビッグデータやAIを活用した与信審査だけで与信枠を決定できるようになる、というもの。

すでに認定業者への申請を済ませたメルペイの取締役である信川享介氏に、改正割賦販売法が与える影響や今後の与信について話を聞いた。

メルペイの信川享介氏。取材はオンラインで行なった

割販法改正とメルペイの対応

今回の割販法の改正では、これまで一般的に行なわれていたクレジットカードなどの与信審査に加えて、「利用者の支払実績等の膨大なデータに基づいて、各社の創意工夫により与信審査を行う」(経済産業省)ことが可能になった。

従来の与信審査では、利用者の年収や貯金額、勤務先、勤続年数、世帯人数など、さまざまな情報を聞き出していた。さらに信用情報機関の情報を元に他社の借入金額や支払い状況も確認するなどした上で審査を行なっていた。

通常は、年収を元に1年間に使うであろう生活維持費を差し引き、さらに他社の債権(ローンなど)の返済額を除いて0.9をかけたものが支払い可能見込額として算出されていた。

こうした与信審査は今後も継続されるし、クレジットカード会社などの包括信用購入あっせん業者が信用情報機関へ利用者の情報を照会、登録することは継続して義務化されている。規制緩和となったのは、この包括信用購入あっせん業者内に「認定包括信用購入あっせん業者」と「登録少額包括信用購入あっせん業者」が新設されたこと。

このうち、登録少額包括信用購入あっせん業者は、10万円までの与信枠を限度とし、参入要件を緩めるなどして新たな事業者の参入を促す制度だ。高額商品ではなく、比較的少額の様々な商品を頻繁に購入する用途で後払いを選択するような利用者を想定している。

認定包括信用購入あっせん業者と登録少額包括信用購入あっせん業者の位置づけ(経済産業省の資料より)

後払い分野でオンラインモールなどが参入しやすくなる規制緩和だが、メルペイではさらに与信枠の制限がない認定包括信用購入あっせん業者への申請を行なっている。

従来、利用上限額30万円を限度として、過剰債務や延滞などを確認する簡易な審査で与信を行なうことが認められていた。このため、メルペイは「メルペイスマート払い」において利用限度額を最大30万円と設定し、この方式による審査で与信を行なっていた。

この与信では、メルカリやメルペイの取引情報が審査に利用されている。ユーザー間できっちりと取引を行ない、丁寧に取引がされているか、売上金が定期的に入っているか、メルペイの支払い状況といった情報から「少額の与信をしていた」(信川氏)という。

さらに、それまで一括払いのみだったメルペイスマート払いに、一定金額ずつ毎月返済する定額払いを追加し、信用情報機関への照会をスタート。それでも、30万円以下にしたことで年収などの情報を自社で取得せず信用情報機関の情報を用いた基準のみで審査が行なえていたそうだ。

メルペイが定額払いを導入したのが2020年7月。毎月一定額を返済する仕組みで、ユーザーが支払額を柔軟に設定できる。現状のメルペイスマート払いの与信枠は、翌月一括払いと定額払いをあわせた上限が30万円となっている

認定包括信用購入あっせん業者で何が変わる?

今回の改正による認定包括信用購入あっせん業者は、こうした取り組みをさらに推進するためのもの。この認定を受けると、延滞率について事業年度ごとに経済産業省に報告を行ない、過剰な与信をしていないかなどを調査されるが、その代わり、年収などによる支払い可能見込額調査をせずに事業者独自のデータを使って30万円を超える与信も可能になる。

ここで活用するのが同社の機械学習モデルだ。認定包括信用購入あっせん業者になれば、30万円の限度額にとらわれずに与信が行なえるようになるが、信川氏は「大きくサービスが変わることはない」と話す。何らかの新サービスを開始するのではなく、あくまで「これまでの与信審査の幅を広げていきたい」(同)という考えだ。

信用情報機関へ照会して借入や支払い状況を見て、債務の件数や金額や支払い遅延などがないかを確認して与信をすることは継続するが、それを拡張するのが機械学習を活用した与信になるという。

人が与信をすると、担当者自身の経験などで「以前貸し倒れたものと似たような案件」といったバイアスがかかる場合がある。信用情報や申告されたデータだけではなく、メルペイが持つ独自のデータを使うことで、与信の確度を上げようというのがメルペイの目論見だ。

メルカリで取引しているユーザーで本人確認が完了していれば、与信の際の本人確認の手間はなくなる。こうしたデータを活用した機械学習のモデルによって、利用者が「どれだけ支払えるかを定量的に算出」(同)しており、利用が進むことでデータが蓄積され、「与信の精度は着実に進歩している」と信川氏は自信を見せる。

この機械学習モデルには2つのフェーズがあるという。1つ目はどういう情報を入力して学習させるかを決定して与信モデルを構築するフェーズで、2つ目は最新のデータに基づいて、ユーザーへの与信額を決定するフェーズ。この2つ目のフェーズは自動化されており、申し込みしてすぐに与信額が判明して利用開始できるため、ユーザーにメリットがある。

しかし、1フェーズ目は「人手をかけて分析している」と信川氏。あらゆるデータを入れるわけではなく、その人の返済実績と一定の相関があるデータでなければ意味がない。メルカリやメルペイの履歴をどのように加工して変数とするか、貸倒れ確率をもとにしてどの程度の与信額が適正か、こういった判断は「AI任せにはできない部分」だと信川氏は言う。

メルペイでは、与信に関連する部署の社員が毎週集まって議論を重ねており、AIが算出した与信の結果や、機械学習モデルを改定することで与信が上下したり、回収率が変化したり、といったデータの評価をしているという。特にAIに関する技術の進化は速く、どういったデータを入力するかは「かなり重要な部分」(同)。メルペイは、メルカリの取引データを活用できるのが強みで、「メルペイスマート払いで半数近くがメルカリの売上金を支払いに使っている」ことから、与信の精度に大きく影響するという。

機械学習モデルを使うと、与信額決定までの経緯がブラックボックス化してしまうが、それを解釈するための技術もポイントで、「どういった項目が信用判断に対してインパクトがあるか、間違った判断をしていないかをチェックできる」(同)ことが必要だとしている。

これはプライバシーや差別の問題にも関わってきて、機械学習モデルに特定の属性だから与信額が上下するといった問題がないか、「AIにフリーハンドで任せるのではなく、人が介入する部分を作るなどの技術が、今後与信の分野でAIを活用する上では重要になってくる」と信川氏は強調する。

これまで通りの与信審査に加えてメルカリ、メルペイの独自データを使った機械学習モデルを活用することで、「与信を受けられる人の対象が広がり、バイアスもかからずに信用評価ができる社会になる」。過去の信用情報がなく、与信枠が認められなかった若い人や職業の人でも与信審査に通るようになり、裾野が広がる。それがメルペイの与信の狙いだと信川氏。

法改正によって、新サービスというよりも既存のサービス内で与信の対象拡大を目指すメルペイ。今後、同様にAIを使った与信を中心に据える事業者も増えるだろう。

日本は海外に比べて翌月一括払いの利用者が多く、リボ払いなどに対する忌避感が強い。ただ、無理なく設定された与信枠で無理のない返済をすることで、それまで買えなかったものも買いやすくなるメリットはある。単に貸し出せば良いわけではなく、無理のない与信枠が適切に設定されることが重要で、法改正と各社の取り組みによって、安心して後払いを利用できる環境が構築できるかが注目される。