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引越し時の変更手続きをラクに。「引越しワンストップサービス」の将来像

引越しの際の各種手続きをオンラインで一括して行なえるポータルサイト「引越しワンストップサービス」のサービス検証が、内閣官房IT総合戦略室「デジタル・ガバメント実行計画」の一環として進められている。引越し時の煩雑な手続きが簡略化されれば便利そうだが、具体的に生活者にはどのようなメリットがあるのか、検証に参加する大日本印刷(DNP)に話を聞いた。

引越しワンストップサービスとは、引越しの際に必要となる行政機関や民間事業者に対する各種手続きをオンラインで一括して行なえるポータルサイトだ。DNPは2020年度から、引越しワンストップサービスのポータル事業者(協力主体会社)に名を連ねている。今回は、DNPでこの事業を担当する、情報イノベーション事業部 山廣弘佳氏に話を聞いた。

大日本印刷 情報イノベーション事業部 PFサービスセンター デジタルトラストプラットフォーム本部 企画・販促部 第1グループ 山廣弘佳氏

このサービスを利用する一番のメリットは?

まず知っておきたいのは、引越しワンストップサービスを利用すると、具体的にどのようなことができるのか、ということ。たしかに引越しとなるとあらゆる手続きが必要となるが、どんなサービスを提供してもらえるのだろうか。

「引越しの際は住所変更やライフライン契約・停止など、たくさんの手続きが必要です。あまりにやることが多過ぎて、いつ、何をしたらいいのかわらない人も多いと思います。そこで“引越しをしたい”と思った時に、いつ、どの手続きをすべきか案内し、電気会社や水道局などと基本情報を連携することで生活者への負担を軽減するのがこのサービスです。つまり、一度、基本情報を入力してしまえば各事業所とデータを共有できるので、個別に電話で知らせる、Webフォームから入力する、といった手間を省くことができるわけです」

手続きが必要な事業者と生活者の間に入り、手続きの回数を最小化する仕組みがユーザーにとっての一番のメリットとなりそうだ。

内閣官房IR総合戦略室による引越しワンストップサービスの全体像。連携する民間事業者は「受け手事業者」と呼ばれ、各種手続きの一括化を目指した構想に(出典:政府CIOポータル)

「ただ、自治体との連携については、まだ見えない部分も多いんです。政府が発信しているデジタル・ガバメント計画上でも自治体のデジタル統一化を目指すことが謳われていますが、現状、デジタル化の進み具合にはバラつきがありますから。その他にも課題が山積していますが、将来的な構想としては転出・転入など自治体への手続きもできるポータルサイトを目指しています」

DNPは、引越しワンストップサービスのポータル事業者として'20年11月から12月に実サービス検証を行なっている。水道局や電力会社といったライフライン系の事業者と連携し、実際にユーザーが使える形でサイトをオープン。引越しの閑散期に実施したこともあってアクセス数は伸び悩んだが、課題の洗い出しはできたと山廣氏は語る。

実サービス検証時にオープンしたDNP引越し手続き一括サービスのポータル画面。生活者が想起しやすいよう、デザインや画面構成、操作性に配慮しユーザビリティを高めたという

「サイトでは、どんな手続きがあれば便利か、引越しの際はどのようなサービスを使いたいか、といったアンケートをとらせていただきました。とりまとめの結果、一番の課題は手続きができる事業者が増えていかなければ厳しい、ということ。先ほどの自治体もしかりですが、通信事業者など、引越しに伴い手続きが必要な事業者はたくさんあります。ですから事業者の枠を広げることが“引越しワンストップサービス”の利便性を上げるカギになると実感しました」

将来的には忘れがちな各種住所変更もサポート

行政がこのサービスに注力している理由は様々だが、住所変更届けの漏れをなくすことも、取り組む理由の1つになっている。

「住所変更をしなくても使えるものは、変更手続きを後回しにしたり、放っておいたりする方が多いんです。銀行に至っては3割から4割は住所変更をしない、という実態があるくらいですから。携帯電話も住所変更をせずに使い続けることができてしまいますし、保険会社もネット保険の普及やデジタル化により書類の郵送が減り、住所の重要性が低くなっている。さらにクレジットカードも住所変更をしていなかったために更新通知が不着になってしまった、という話もあります。おそらく面倒で住所変更の手続きをしないという方が大半だと思いますので、その煩わしさも“ワンストップ”で解消する形ですね」

手続き漏れは各事業者の課題になっているため、その部分でも協力できるのではないかと山廣氏。政府の取り組みも含め、引越しワンストップサービスでは、このような住所変更漏れをなくすシステムまで創り上げるところをゴールと定めているようだ。

なぜ引越しサービスに着手したのか

引越しワンストップサービスの実サービス検証に参加したポータル事業者は数社あるが、DNPの強みとなるのが民間事業者との接点が多いこと。ライフライン以外の様々な事業者と連携できる大きな可能性を秘めているというわけだ。それにしても、DNPが展開する事業と、「引越し」のサービスと結びつけるのは難しい。なぜ、引越しワンストップサービスに名乗りを上げたのかも聞いてみた。

「弊社には、長きに渡り個人情報を取り扱ってきた経緯があります。個人情報の管理には必須となるセキュリティについても長年積み重ねてきた技術と知見がありますし、本人確認・本人認証ビジネスにも力を入れてきました。さらに、情報銀行などの取り組みもしているため、“このような実績を転用できるサービスはないか”と検討していた中で、このサービスを推進してみようとなったのです」

本人認証ビジネスはカード会社とともに10年近く進めてきた実績があり、国内外16拠点のBPOソリューションセンターを中心に、月間1億件以上の個人情報を管理・運用しているという。

「そんな背景があるので、生活者は安心して個人情報を預けることができますし、受け手事業者もしっかりしたところから受け取ることができる、と自負しています」

さらに、新型コロナウィルスの影響で非対面化が進んでいること、そして、政府が推進していることも参加を後押しした、と山廣氏。たしかに今、政府が推進するデジタル化は加速の一途を辿っている。マイナンバーカードを持つメリットを高めるために運転免許証や保険証との一体化もスピード感を持って進められており、手続きを簡単にできる仕組みを国民に還元すべき、という動きもある。

「弊社ではeKYCや公的個人認証サービス(JPKI)での本人確認ビジネスも展開していますので、金融関連など受け手事業者の業種も広げられると考えています。マイナンバーカードの普及率アップにも繋げられると思いますので、その結果、自治体との連携がしやすくなる。ですから状況を見つつ、バージョンアップを繰り返す形で進めていければと思っています」

情報銀行などのビジネスも展開するDNPとしては、情報を集めるきっかけにもなり、次に生かす展開まで見通すことができるのもメリットの1つだ。引越し時の手続きに本人確認が必要なケースもあることから、eKYCやJPKIと合わせて提供できることが、課題である「参加する受け手事業者を増やすこと」にも寄与すると強調した。

受け手事業者のメリットはプロモーション効果

引越しワンストップサービスを利用するユーザー側のメリットは前述の通りだが、受け手事業者側にはどのようなメリットがあるのだろうか。

「まず、手続きできる窓口が増えることで、電話対応が減るメリットがあります。手続きが電話の場合、その後にデータ化の作業をしなければなりませんが、データでお渡しできるので手間を減らすことができるのも利点です。さらに、引越し先にはどんな事業者があるのか、生活者は調べなければわかりませんが、サービスの過程でその一覧を見ることができるのでプロモーションにも繋がります。電力が自由化されましたが、小売業者は名前を知ってもらう機会がなかなかありませんから、名前が表示されるだけでもメリットになると思います」

しかし、実サービス検証の結果、新たな事務手続きが増える可能性があるなど、デメリットもいくつか上がっているという。受け手側のメリット・デメリットを見つつ、生活者のメリットを大きくとりながら推進していくことになるだろうと話してくれた。

地域コミュニティの発信までを視野に入れて

最後に、DNPが思い描く引越しワンストップサービスの今後の展開についてお話いただいた。

「引越しワンストップサービスの先にある、地域情報の発信まで提供できればと思っています。このサービスは非常に便利だと思いますが、単純に事務処理だけのサービスではどうしても引きが弱いですから。地域コミュニティの情報提供まで展開できればおもしろくなりそうですし、ユーザーにも魅力に感じていただけるのではないかと思っています」

山廣氏が言う通り、引越し前に引越し先の情報が入り、ある程度暮らしの想像ができるのは大きな魅力だ。自治体までしっかり連携ができれば、利便性もより高くなるだろう。

「補助や助成についてもどういった制度があるのか自治体によって異なるので、最終的にはそういった情報まで提供できるといいですね。そのほかに周辺の塾の情報や、商店街の情報など、生活に役に立つ情報を提供できればと考えています」

それが実現すれば、かなり便利なサービスになりそうだ。実用化はまだまだ先になるだろうが、ぜひ魅力的なサービスに発展することを期待したい。