鈴木淳也のPay Attention

第152回

10月スタート 小口送金サービス「ことら」とはなにか

ことら(COTRA)のホームページ

10月11日、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、りそな銀行、埼玉りそな銀行の5社を株主として2021年7月に設立された「ことら」のサービスが開始される。普段使いの銀行アプリから相手を指定することで、10万円以下の金額において無料での小口送金が可能になるというサービスだ。代表取締役の川越洋氏によれば「当初は(株主の)5行でのサービスが開始できればくらいに思っていたが、40以上の銀行にお声がけをいただいて非常に力強い感触を得ています」という。

今回、ことら開始直前に川越氏にインタビューの機会を得たので、スタート前の感触や今後について話を聞いてみた。

危機感が銀行のことら参加を後押し

「ことら」は、通常の銀行送金であれば口座番号を使って振込を行なうが、「エイリアス」と呼ばれる紐付け情報を使って電話番号やメールアドレスでの送金も可能。ことらに対応した銀行アプリにはことらアイコンやメニューがあるので、ここで送金相手を指定すると相手先情報が表示され、金額を指定して送金を行なう。

10万円以内の送金は無料とあるが、ビジネスモデルとしては送金元となる自身の銀行(仕向元)と送金先口座のある銀行(仕向先)からそれぞれ「広く薄く利用料を徴収する」(川越氏)ことで成り立っている。1年前に同氏に話をうかがったときは利用料金は不明とのことだったが、参加行との調整を経て最終的に利用者側からみて「無料」という形に落ち着いたようだ。

また、ことらのシステムは基本的にJ-Debitの仕組みを利用する。ただし、仕様としてプロトコルなどが共通化されているだけで、既存のJ-Debitのネットワーク上にそのまま乗るわけではない。接続用の決済プラットフォームとしてBank Pay、銀行Pay、J-Coin Pay、Wallet+の4種類をサポートし、これを経由して各銀行が接続してくる形となる。

注意点としては、これらプラットフォームに対応した銀行ですぐに「ことら」が利用できるわけではないことが挙げられる。

アプリで操作する画面手続きのほか、バックエンドシステムの対応、稼働テストなどの必要があり、自動的には対応しない。ことらによれば、申し込みから対応まで6カ月程度の期間を見込んでいるとのことで、対応が完了しだい順次リストに追加されていく。なお、6月6日の発表時点で対応銀行として37の名前が挙げられているが、実際には名前が出せないだけでインタビュー時点で40以上の申請が行なわれているとのこと。ただし、10月11日時点でサービスを開始できるのはそのうちの8行のみで、残りは順次対応となる。

「われわれのモデルでは、(サービス開始)6カ月前にまずは事前申込書を出していただいてテストの調整に入っていただくことになりますが、それより短いケースもありますし、そうでないケースもあります。ローンチの時点ですべてが同時というわけではないのは、それをやるとスタートが遅い方に合ってしまい、準備のできている側が待つことになり非常にもったいない。われわれとしても申し込み期間を区切っているわけではないので、あくまで順次という形にしました」(川越氏)

ことら代表取締役の川越洋氏

また、ことらに対する各銀行の感触も悪くないようだ。本来であれば「銀行振込」で得られる手数料を失う可能性があるわけで、ことらの取り組みに渋い顔をする金融機関がいてもおかしくない。川越氏はこれについて「両者は共存するものと考えており、ことらが担うのはこれまで現金でやりとりされていたような部分」と説明する。以前のインタビューで同氏は米国でのVenmoやZelleの例を挙げており、日本がキャッシュレス社会に向かうなかで、どういったサービスであればニーズを満たせるかを検討しているか述べていた。

「最初は5行でのスタートと考えていたサービスも、いまの時点で説明したような数字が見えています。銀行側に危機感があり、『いまやらないでどうする』という考えもあるのでしょう。為替業務は銀行本来の業務であり、送金は究極の顧客接点ともいえます。それをきちんと維持向上させていくことで、銀行の本業に直接影響します」(川越氏)

スピーディで低廉なサービスインフラ

ことらはJ-Debitの仕組みを使って各銀行に送金用APIを提供するだけなので、基本的にフロントエンドのアプリを用意するのは各銀行の役目だ。「送金先の指定時に、必ず相手の名義を表示すること」などの基本的なガイドラインこそあるものの、送金画面などのUI・UXもすべて各銀行の裁量にお任せになる。もともとJ-Debitの仕組みを利用したのも、1,000以上の金融機関が接続されており、バックエンドの1から構築するよりは、すでにある仕組みを利用した方が安価で素早くサービスを提供できるという考えによる。

「2021年に会社を作って1年後にサービスインというのは、これまでの金融システムの時間軸からするとスピード感がかなり改善したといえるでしょう(ことらの本番サービスそのものは7月にスタートしている)。日銀プロジェクトが5年、全銀ネットが8年スパンで進んでいることを考えれば、大きな差だと考えます」(川越氏)

また、ことらには銀行のみならず“スマホ決済”を提供する資金移動業者の参加も想定している。これにより、スマホ決済サービスを通じて残高の銀行送金が容易になるからだ。現時点での参加はまだないが、どのくらいの銀行が参加するのか、状況を見極めてから動くのではというのが川越氏の分析だ。

「取り組みそのものは資金移動業者からも評価をいただいています。ただ向こう側の事情というか、新しいプロジェクトを考えていたり、現在進行中の“ホット”な案件に検討リソースを割いているとかの理由があるのかもしれません」(川越氏)

なお、今年10月には資金移動業者の全銀ネットワークへの参加解禁が予定されている。これまで、資金移動業者とユーザーの銀行口座では間接的なやり取りしか行なえなかったものが、全銀ネットへの接続により直接的なやり取りが可能となる。この仕組みを使えば、現在は難しい「異なる送金サービスを利用するユーザーや銀行口座への送金(振込)」ができるようになるが、さまざまなハードルが存在するために「全銀接続よりもことらを選ぶ可能性の方が高いのではないか」と同氏は推測する。

今年10月から解禁が予定される資金移動業者の全銀ネットワークへの参加

「全銀のトラフィックを取りにいこうと思っているわけではなく、あくまで併存すると考えています。資金移動業が全銀ネットに接続する場合、7,000万円からの費用や14カ月の試験のリードタイム、そして日銀の当座預金口座が必要になります。このほかにも運用にあたって供託のみならず担保を求められたりと、参加のデメリットに見合ったものが得られるとは限りません。そういった意味で、全銀に参加する事業者がどれだけいるのかという考えがあります」(川越氏)

資金移動業については、2023年春の解禁が予定される「給与デジタル払い」がある。これがことらに与える影響について質問したところ、次のように同氏は答えている。

「ユーザー目線では“Payout”の部分で(資金移動業者に)制約があり、銀行口座とのやり取りがスムーズになるという点でことらが活用できます。資金移動業の100万円の滞留規制もそうですが、いまでも給与振込は会社指定の口座で、家賃やその他の支払いは別の安い口座を使って支払うといったように、実際には1つの口座では処理が完結しておらず、その間を現金などでやり取りしたりするわけです。その部分をことらを使ってスムーズにできれば、資金移動業自体のバリューにもつながります」(川越氏)

10万円という上限 「ことら」がめざす安価なインフラの姿

今後のことらだが、基本的に個人間の小口送金に特化し、法人向けサービスなどは想定していない。10万円という上限が設定されており、このままでは法人のニーズに応えられないことによる。

そもそも「なぜ10万円が上限なのか」という話だが、「調査のリスク管理の枠組みとリンクした話」(川越氏)ということで、全銀システムを守るなどの規制ではないようだ。いったん上限を上げるとリスク管理のリソースが増大するので、その兼ね合いで10万円を現状の閾値としている。

ただし例外があり、ことらもサービス提供を予定している税公金のQRコードを使った支払いについては10万円の上限が撤廃される。理由はシンプルで、固定資産税など10万円の上限では払えないものがあるためで、やはり利便性との兼ね合いで決定された数字のようだ。

「ことらの事業はいまのところ計画通りという状態で、まわりからは期待値が高くロケットスタートのようなものを期待されているようですが、あくまであとはサービスに対応する皆さんの時間軸しだいです。よく取引件数や金額などKPIを聞かれたりしますが、実際にやってみるまでは分からないもので、数値目標は打ち出していません。多くの銀行と接続し、いずれは信用業者ともつながれば、トランザクションは自然についてくると思っています。一般的なECなどとの違いは、先に動かさなければいけないお金やモノがないことで、『知っていただければ使いたくなる』レベルのサービスにはなっていると自負します」(川越氏)

問題は、現状で「ことら」が業界関係者のみが知っているようなサービスにとどまっている点で、一般への浸透度はそれほどない点にあると筆者は考える。プロモーションが大事になってくるが、ことらでは2つのチャネルでの宣伝活動を考えており、1つは加盟事業者経由で、もう1つはことら自身がデジタルチャネルを活用していくという。加盟店事業者の場合、支店やATMの操作画面を通じた宣伝で、そうした活動に活用してもらえるようロゴやマスコットをデザインして後方支援を行なう。一方でことら自身はSNSなどを通じてのプロモーションで「送金でこういうことができる」というのをアピールしていく。「1回使ってもらえれば、その便利さが分かる」という考えが根底にあり、それを後押しするマーケティングだ。

ただ川越氏が念を押すのが「スピーディーで安価なインフラというのが重要で、プロモーションのかけすぎは違う」ということ。あくまで裏方のインフラ事業であり、サービスを大量のプロモーション費用を投入して宣伝し、後から利を得るわけではない。そこがスマホ決済サービスなどとの大きな違いだろう。

ことらのロゴとマスコットをあしらった同社の入居するビル(FinGATE)の案内板

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)