鈴木淳也のPay Attention

第135回

元LINE Payの長福氏がネットスターズで描く「キャッシュレス第2章」

インバウンド需要は2022年に復活するか。京都の清水寺参道にて

中国での新型コロナウイルスの感染状況とその政策を見る限り復活にはまだまだ時間がかかるかと思うが、インバウンド需要の取り込みは日本という国の政策の大きな柱の1つだった。JTB総合研究所がまとめた日本政府観光局(JNTO)の集計資料によれば、2019年の訪日外国人数は3,188万人で、2014年以降はほぼ右肩上がりで急増してきた。その割合の多くは中国をはじめとするアジア方面からの訪日客だったといわれるが、このトレンドを下で支えていたものが訪日外国人向けの決済サービスだ。

主に中国となるが、銀聯カードをはじめ、AlipayやWeChat Payといった同国独自の決済手段に小売店などが対応することで、訪日中国人が現金両替をせずとも母国と同じ決済手段で支払いがそのまま行なえるようになった。銀聯カードは2010年代に入った時点で対応ソリューションが多数登場していたが、AlipayやWeChat Payの店舗利用が解禁されたのは2013年以降で、メジャーな決済手段として広く利用されるようになったのは2015年以降となる。

この決済サービスに日本でいち早く対応したのがネットスターズだ。

日本でも2017年以降に登場したQRコードなどを使ったコード決済サービスが広まり始めたが、ネットスターズでは「マルチQR決済ゲートウェイ」サービスを提供し、インバウンド対応とともに、こうした国内で急遽盛り上がったサービスを店舗が素早く導入するための仕掛けを展開し、業績を伸ばしている。

今回、同社取締役COOの長福久弘氏に話をうかがう機会を得たので紹介したい。

訪日外国人の年別推移(出典:JTB総合研究所)

インバウンドで市場に食い込む

2009年創業の同社は代表取締役CEOの李剛氏がネットワーク技術者でもあった経緯もあり、国際通信のゲートウェイ事業の会社としてスタートした。

大きな転機となったのが2015年のWeChat Payへの国内初の対応で、「インバウンドを含むマルチQR決済ゲートウェイ」の会社としての方向性を明確にした。実際、以降は空前のインバウンドブームもあり空港や商業施設での同社の決済サービス「StarPay」の導入が相次ぎ、2018年時点で導入店舗10万店を達成している。この頃には日本でもコード決済サービスが登場し、接続先のブランドが増加することでマルチQR決済ゲートウェイとしての役割が大きくなる。

2017年以降は複数の会社との資本提携や出資により拡大路線となり、2019年には国のキャッシュレス政策実現に向けた補助金を利用し、小売店向けにSunmi(スンミ)の端末の大量配布を行なっている。

これは、コード決済対応も可能な安価で実績のある中国Sunmi製の端末を購入し、補助金を利用して大量配布、以後はStarPayのサービスで手数料収入を得るというビジネスモデルだ。

中国Sunmiの決済ターミナルの例

とはいえ、2016年当時はまだ社員30名程度の小規模なスタートアップであり、大規模な展開は難しい。そこでパートナー戦略ということで地銀、カード会社などの決済サービス各社と組んで、決済サービスの拡販を行なっていた。パートナーの中にはALSOKのような変わり種の企業もいたようだが、基本的にネットスターズは決済ゲートウェイの会社であり、あくまで黒子の存在。ゆえに大手決済サービスを提供する企業に対し、マルチQR決済ゲートウェイを提供するのが目的で、インバウンドのトレンドを利用して市場に食い込んでいく流れを作った形だ。

だが多くが知るように、インバウンド需要にも氷河期がやってくる。2020年以降訪日外国人は激減し、当然ながらこれを主軸の1つとしていたネットスターズも無縁ではない。長福氏によれば「順調だったWeChat PayとAlipayが前年比98%減という厳しい状況にまで落ち込んだ」という。一方で、2019年に入ったあたりから国内コード決済市場も成長カーブを描くようになり、2020年にはある程度の地位を確立したのも確かだ。

結局、国内コード決済の伸びによりWeChat PayとAlipayがあったころの水準まで売上を戻すことが可能になり、一時の危機を乗り切ることができた。

そして現在、事業のウェイトをWeChatでお馴染みの「ミニアプリ(ミニプログラム)」にシフトしつつあるという。

同社は2020年にLINE Payとの戦略提携で同サービス向けの決済機能対応ミニアプリの販売を発表しているが、このような形で複数の大手企業のミニアプリ構築を「StarPay-mini」のサービス名称で支援している。後述するが、モバイルオーダーを含む店舗DX事業が今後の主力の1つになっていくという流れだ。近年、飲食店のDXがモバイルオーダーフードデリバリーサービスからやってきているという話題があるが、ネットスターズの次のターゲットはこの部分にあるのだろう。

ネットスターズの事業年表(出典:ネットスターズ)
「StarPay-mini」の導入事例(出典:ネットスターズ)

LINE Pay出身の長福氏が描く決済サービスの未来とは

ご存じの方もいるかと思うが、長福氏は2021年後半にネットスターズにやってくるまで、LINE Payの代表を務めていた人物だ。LINE Pay自体はOrigami Payと並んで日本最初のコード決済サービスであり、同分野の草分け的存在といえる。そんな同氏がネットスターズへとやってきた経緯だが、LINE時代からの付き合いでの流れという。

ネットスターズ取締役COOの長福久弘氏

「LINEもネットスターズに出資していたのですが、これを担当していたのが私です。ネットスターズCEOの李氏とは、2017年に私がLINE Payにジョインしたばかりのとき、一緒に中国に行ったのがきっかけです。Tencentへの顔つなぎをいただき、LINE PayがWeChat Payの契約を得られたのはこれがきっかけでした。また、いろいろな会社と話をしていくなかで、一番対応が速かったのがネットスターズであり、ゲートウェイの仕組みが浸透していなかったころに最初につなぎ込みに漕ぎつけました。その後は同じ業界の中で互いに切磋琢磨しながら、QRコードを含めた決済サービスの拡大を盛り上げてきました。そしてネットスターズにやってきた理由ですが、ご存じのようにZHDとLINEの統合もあり、私自身がライブドア時代も含めてLINEで古株になっていたということもありました。39歳という年齢でいい区切りであり、『QRコード決済の拡大』という第1章が終わったので後任に譲りたいという思いもありました。キャッシュレスとは、私の感覚でいうとDXの中の1つであり、次の第2章があると思っています。私自身20代のときはアイスクリームの会社をやっていたわけですが、その経緯もあって商売が生涯のテーマなんです。テクノロジーで店舗が効率化できるポテンシャルもあり、いろいろできることがあるのでチャレンジしてみたいというわけです」(長福氏)

では、同氏の考える第2章とはどのようなものなのだろうか。

「QRコード決済については陣容が完結したというところです。業界でいえば、ZHDがPayPayとどう連携していくのかという段階になり、Origamiがメルペイに買収され、そのメルペイ自身はdポイント導入でどちらかといえばドコモ陣営といえます。auも楽天との提携で伸びていますし、つまり基本的にはキャリアの戦いだったのが第1章なのではないでしょうか。第1章のラストでは、『pringさんはこうなるんだ(Googleに買収され、決済から送金に注力)』とも思っていました。これから非常に面白い第2章が始まるなと思っています。GoogleもGoogleマイビジネス(現名称:ビジネスプロフィール)を伸ばそうと数年前からやっていて、もっと利便性があるのではないかと考えていました。中国にはここ2年ほど行っていませんが、相当な進化を遂げていて、その根底がミニプログラムだといわれています。同国ではラッキンコーヒーがありますが、日本でもマクドナルドではモバイルオーダーが主流になってきて、この流れが加速します。すべてに共通するのは『キャッシュレス前提でないと成立しない』ということで、日本の従来からある振り込みの仕組みではこんなライトなサービスは成立しませんでした。記者からよく『キャッシュレスの利便性は何か』という質問をされますが、当時は店舗側の利便性がなく、ユーザーには還元しかメリットがなかった。それがモバイルオーダーの登場でユーザーと店舗の両方にとってサービスのあり方が変わり、効率化の実現に結びついていくのです」(同氏)

この考えを推進するため、現在ネットスターズはミニアプリ事業と合わせ、飲食店のオーダー業務をデジタル化する「StarPay-Order」の提供も始めている。前述のように店舗DXの一部であり、究極的には利用の活発化でさらにキャッシュレス決済が進み、同社の決済サービス事業にもプラスとなっていくだろう。その意味で「キャッシュレス」の世界は長福氏のいうように、すでに次のステージに移っているのかもしれない。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)