鈴木淳也のPay Attention

第126回

AppleがSquare対抗決済サービス参入? その狙いを考察

Squareの導入事例。写真は米カリフォルニア州パロアルトのやよい軒(YAYOI Palo Alto)にてオープン間もない2016年に撮影したもの]

先日、気になるニュースが米Bloombergによって報じられた。同紙のMark Gurman氏が「Apple to Rival Square by Turning iPhones Into Payment Terminals」という記事によれば、AppleはiPhoneの持つNFC機能のうち「R/W(リーダ/ライター)モード」を有効化することで、追加ハードウェアなしにクレジットカードなどの読み取りを可能にし、中小小売店などがカード決済の受け入れを可能にする“決済ビジネス”への参入を計画しているという。

Appleは春頃に提供が見込まれる「iOS 15.4」にこの機能を搭載するとみられ(本稿執筆時点での最新版はiOS 15.3)、結果として同種のサービスを提供しているBlock社の「Square」対抗になると報じている。

Apple関連の報道では比較的正確な情報が多いGurman氏のレポートであること、そして2020年8月には「スマートフォンを決済ターミナル化するサービスを開発するカナダのMobeewaveをAppleが1億ドルで買収したニュースが出ていることから、Appleが近いタイミングで決済サービス、それも加盟店を通じての「アクワイアリング」サービスに参入する可能性は高いと思われる。

今回は報道においていくつか疑問に思った点を検証しておきたい。

Appleのアクワイアリング参入はSquareの脅威か

今回のレポートでは下記のような説明があり、iPhoneに依存するサービスを提供している決済事業者、例えばSquare(Block)にとっては脅威になるとしている。これに対する筆者の考えは「短期的にはインパクトはないが、長期的には食い合う部分も出てくる」というもの。実際のところ、Squareのサービスを大きく食うものではなく、将来的に市場が拡大したときに競合していく可能性があると考えている。

The move could impact payments providers that rely on Apple’s iPhones to facilitate sales, such as Block Inc.’s Square, which dominates the market.

かつてのSquareのサービスは、iPhoneやiPadのイヤフォン端子にカード読み取りを可能にする“ドングル”を挿して、中小個店が決済専用のターミナルを導入せずともカード決済の受け入れを可能にする点を特徴としていた。当時はまだ磁気ストライプ(MS)のカードが主流だったが、後にICチップを搭載したものや非接触カード(含むモバイル)が登場し、そちらが主流となってくると対応の必要が出たため、Bluetooth接続の形で読み取り装置を分離する運用形態が一般的になった。

また、Squareが本来狙っていたのは決済部分というよりは「中小小売店でもPOSを導入してデジタル技術の恩恵を受けられるようにする」点にあり、POSレジがビジネスの中核だった。そのため、Squareのビジネスは「mPOS(エムポス)」と呼ばれるスマートフォンやタブレット端末をPOSとして利用する仕組みの先駆者と考えられている。

その過程で決済の仕組みが必要で、前述のような仕組みができたわけだ。そのため、iPadをそのままPOSのように設置できるようにする「Stand」がリリースされたりと、あくまでPOSの導入を想定したのがSquareの特徴といえるだろう。

Square(Block)のハードウェア製品ラインナップ(出典:Block)

このように、Squareのビジネスの原点はiPhoneとiPadという既存製品を上手く活用することで低コストにPOSソリューションを導入可能という部分にあり、その点ではApple依存といえた。同社でハードウェア開発を指揮するJesse Dorogusker氏がApple出身という背景もあるのかもしれない。

ただ、現状のSquareは必ずしもiPhone依存というわけではない。「Register」や「Terminal」といった製品はカスタマイズされたAndroidベースであり、設計そのものも業務用途に特化した形で「対顧客用の2画面ディスプレイ」「持ち運びを重視したプリンタ内蔵型のバッテリ運用端末」など、むしろmPOSの領域から離れつつある。中小小売の狭い店舗スペース、特にレジ周りへの対応には端末デザインの最適化が不可欠で、その過程でラインナップが拡大していった背景がある。

「iPhoneの決済端末化」はこのうちのニーズの1つを満たすに過ぎず、将来的に個人店舗にも広くキャッシュレス決済が導入されるようになった際、SquareでなくAppleのサービスが強力な選択肢として挙がってくるのではないだろうか。

「Tap on Mobile」のウィークポイント

NFCには「CE(カードエミュレーション)」「R/W」「P2P」の3つのモードがあり、「CE」と「R/W」は特性を反転させただけの表裏一体の関係にある。普段はApple Payでの支払いにCEモードのみを利用するiPhoneだが、最近ではカードの読み取りが可能なR/Wモードを活用するケースが増えている。Suicaなどの物理カードの“吸い出し”に利用するのも、このR/Wモードだ。Gurman氏のレポートから判断する限り、このR/Wモードを決済に利用するのが今回Appleが計画しているサービスだ。

すでに先行事例はあり、日本ではJCB系の日本カードネットワーク(CARDNET)がAndroidスマートフォンを決済端末化する「Tap on Mobile」の実証実験を行なっている。このほか、JR東日本やソニーが「交通系IC」の決済サービスをスマートフォンで行なう実証実験を過去に展開しており、知見が積み重ねられている段階だ。

「Tap on Mobile」の実証実験が行なわれていた東京の早稲田にあるクラフトビールが美味しいバー「グランズー」
Androidスマートフォン上で「Tap on Mobile」のアプリを起動したところ
スマートフォン同士の場合は互いのアンテナの位置を把握したうえで、互いを重ねる必要がある

筆者も何度か体験して実情を把握しているが、いわゆる「Tap on Mobile」系のサービスの難点の1つは「アンテナの読み取り範囲の狭さ」にある。

専用のリーダー端末はアンテナの読み取り範囲を受信部全体でカバーできる構造になっており、文字通りカードを近付けただけで読み取りが可能だ。一方で「Tap on Mobile」では、小さいスマートフォンにNFCを実装するためにアンテナの読み取り部が狭く、通常の決済オペレーションとは逆の「読み取り端末をカードに近付ける」という動作が必要だ。

相手がカードの場合はまだいいが、これがアンテナの通信範囲の狭い“スマートフォン”だとやっかいだ。かつての「Android Beam」のようにアンテナ同士を接触させるようなオペレーションになり、時間がかかって数を捌くのは難しい。もともとモバイルNFCのR/Wモードがこのような用途をあまり想定していないこともあり、先端部にアンテナのあるiPhoneはともかく、Android端末ではアンテナの配置も端末によってまちまちで、正直いって使いにくいのが実態だ。

もう1つ、今回気になったのは「iPhoneをNFCリーダーにする」以外の言及が記事中になかったことだ。“ICチップ”を受け入れないというのならばそれでいいが、非接触(Contactless)での取引比率はキャッシュレス決済全体からみてもまだまだマイノリティだ。

Visaは米国の大都市や大規模小売店での非接触決済比率が25%に迫っているというレポートを昨年出しているが、複数の調査会社のレポートやアンケートなどを咀嚼する限り、全体でみれば非接触のトランザクション比率は多くて1割程度というのが実際だ。

もっとも、現在はクレジットカードやデビットカードの非接触対応が急速に進んでおり、先日不正利用扱いで再発行扱いになった筆者のBank of Americaデビットカードも無事に非接触対応かつ、エンボス加工なしの番号等は裏面に表記という最新式のカードが送られてきた。ゆえに、仮に比率が伸びたとしてもすべての決済をiPhone本体のみで済ませることは難しく、そうシンプルな話ではないと筆者は考える。

最近発行される銀行のATMカード(デビットカード)はほとんどが非接触対応になっているようだ

日本を含む国外展開は?

Apple Payがそうであるように、今回噂されているサービスもまたApple単独で提供できるものではない。各地域のパートナーと協業のうえでサービスを提供する必要がある。そのため、Apple CardやApple Cash同様に当初は「米国とカナダのみ」のように北米限定サービスとなる可能性が高い。その後、準備ができしだい提供地域を拡大していくのだろう。

Square(Block)の場合、中小小売を支援するための各種サービスをセットにしており、POSや金融サービスがオプションとして提供されている。一方で、今回のニュースではこれらに触れられていないため、純粋に「非接触のカード決済サービスのみ」を提供する可能性もある。実際、POSが不要で決済のみ導入したいというケースは少なからずあるため、個人商店クラスではSquareよりもAppleのサービスが選ばれやすい状況は考えられる。

日本の場合、過去の事情からFeliCa系決済サービスへの対応が強く求められた。Squareもまた交通系ICやiD、QUICPayなどの電子マネー対応を進めており、Appleについても非接触決済であればこれらのサポートは必須だといって間違いない。iPhoneそのものはFeliCaチップの読み取りも可能だが、物販での決済というのであれば、暗号化したままのデータをクラウドにバイパスして処理するシンクライアントの仕組みもあるので、処理時間はかかるがiPhone内部での複雑な仕組みは必要ない。

ただ交通系IC(を含む電子マネー)には1つ大きな問題があり、「Tap on Mobile」の仕組みを悪用して“残高”を抜き取るという、いわゆる“スリ”行為が可能な点だ。

満員電車などの人が多い場所で特に有効で、これまでFeliCaで「Tap on Mobile」が導入されてこなかった理由の1つでもある。これは物理カード利用を想定していて、モバイル端末であっても特に暗証番号などのセキュリティなしで非接触での通信処理が可能なことが理由だ。

一般的なクレジットカードであっても1万円未満の非接触決済は素通しなので、同様の危険性はある。サービス側に決済時における何らかの制限を設けることも考えられるが(例えば移動中の利用を不可にするなど)、決定的な解決手段がない点も悩ましいところだ。

Apple Payのさらなる利用につながるサービスとなるか

NFC開放は期待できるか

Gurman氏のレポートでもう1つだけ気になったポイントに触れたい。「Appleがもし今回の仕組みをすべてのアプリに開放した場合、Squareは専用ハードウェアなしでAppleのハードウェアを通じて決済の受け入れが可能になるだろう」ということだが、これは先ほど説明したようにSquareのポートフォリオの意味を理解していない文言の可能性がある。そういうサービスも可能だが、これはSquareの一側面でしかない。むしろ、ポイントとしてはAppleがNFCをサードパーティ開放することがあるならば、そちらの方が大きなトピックだ。

現状でAppleのNFCはサードパーティ向けには基本的に「ICタグ」の処理に特化している。セキュアエレメントを含むNFCのフル機能にはいまだ触れないため、もしこうした動きがあるなら業界にとって非常に大きな意味を持つ。

If Apple lets any app use the new technology, then Square can continue accepting payments via Apple devices without needing to worry about providing its own hardware.

前述の文章に続いて、次のような記述もある。「Appleが自社のサービスの利用をすべてのマーチャント(小売加盟店)に要求した場合、Squareにとって脅威になるだろう」としているが、これはAppleにとって自殺行為だ。すでにApple 1社でまわる世界ではないうえ、政府当局や業界団体などと直接ぶつかる可能性が高い。現実的ではないというのが筆者の見解だ。

If Apple requires merchants to use Apple Pay or its own payment processing system, that could compete directly with Square.

個人的に期待するのは、Appleのブランド力と世界規模のネットワークを通じて、キャッシュレス対応の最後の壁となる中小小売への決済端末展開を推進する原動力の1つとして今回のサービスが機能することだ。

Gurman氏によれば、今春に新型iPhone SE、5G対応iPad Air、そしてApple Siliconを搭載した新型Macが3月か4月にも登場し、そのタイミングでこのサービスが発表される可能性を示唆しているが、その時期までもう2カ月ほど。どのようなサービスになるのかを、正式発表を見て改めて検証していきたい。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)