鈴木淳也のPay Attention

第124回

2022年、日本で「個人間送金」が拡大する

米国で移民が多いエリアを歩いていると送金や両替サービスを提供する店舗をよく見かける

昨年(2021年)に金融IT業界で話題となったトピックに「Googleのpring買収」が挙げられるが、モバイルアプリなどを使ったデジタルでの個人間送金の世界は近年急速に変化しつつあり、Apple PayやPayPayなどの“ウォレット”アプリの普及と合わせて2022年以降に利用が進むと考えられている。

これは日本に限らず、米国などの他国でもいえることで、環境の変化が少しずつこの市場を後押ししつつある。一方で、金融サービスとは地域ごとの事情に根ざしたものでもあり、その姿は一様ではない点にも注意したい。

前述のGoogleのpring買収で1つ重要な点は、Googleのようなグローバル企業でさえローカル事情を無視できないという部分にある。これは「BNPL(Buy Now, Pay Later)」の日本事情の記事でも触れた、お金にまつわる習慣や文化、そして法規制は国によって異なる。ゆえに手早く市場参入するにあたっては現地で一定のプレゼンスのある企業を買収し、そのシステムをうまく活用するのが近道となる。

モバイル端末を使った個人間送金は、もともと東南アジアやアフリカを中心に2000年代後半から盛り上がった。「Unbanked」と呼ばれる銀行口座普及率が低い地域において、急速に普及しつつある携帯電話(フィーチャーフォン)を使って金融サービスを提供できないかと検討されたのが始まりだ。ケニアなどでスタートした「M-Pesa」が有名だが、銀行支店こそないものの、出稼ぎでの送金や預金などのニーズはあり、これらを安全で素早く処理するための仕組みとして利用が進んだ背景がある。

携帯電話サービスもプリペイド方式が一般的で、携帯電話の料金支払いと送金サービスが一体化しており、小さな村であっても出張所のような形で携帯電話会社のサービスコーナーが設置され、これが一種の銀行ATMのように機能している

冒頭の写真にあるように、先進国の移民が多いエリアでも携帯電話サービスと金融関連サービスの複数が一体化した店舗をたびたび見かけるが、これは出稼ぎ労働者や移民が必須サービスとして携帯電話を契約しつつ、本国への送金も行なうという事情に由来する。エルサルバドルが国外からの送金における手数料支払いを嫌ってBitcoinを導入したのも、それだけ送金ニーズがあることの証左となっている。

ウォレットの普及と小切手利用の置換

途上国における送金利用の中心が「仕送り」にあるとすれば、先進国ではどうなのだろうか? 皆さんが日本における送金手段を考えたときに思い付くものとして「現金書留」「銀行送金」などが思い浮かぶだろうが、最近ではそれにモバイル送金が加わった。

筆者のケースでいえば「pring」「PayPay」を多用しており、仲間内への送金はだいたいこの2サービスで事足りている。

米国に目を向けると、モバイル以前の送金手段としては「小切手」がメジャーだ。銀行口座間での直接送金もあるものの、簡単で安全な送金という意味ではいまだ小切手の利用が多い。企業の返金処理などにおける“リファンド”での送金手段では小切手に遭遇する機会が多く、以前までであれば受け取った小切手片手に銀行の支店まで出向いて換金または口座への入金をお願いするのが一般的だった。

現在ではATMでの小切手預け入れのほか、モバイルアプリで小切手をカメラ撮影することで預け入れも可能になり、銀行前の行列に遭遇する機会は減っている。

PayPal傘下にVenmoという個人間送金アプリのサービスを提供する企業があるが、もともとの設立経緯が「紙の小切手」の置き換えにあった。前述のように個人がアパートの家賃や公共料金を支払う際に小切手を“切る”行為が必要だったりするものを、アプリで代行できるようにするのがその狙いとなる。さらに、アプリ内の残高をマーケットプレイスにおける個人間での支払いや、家族や知人への送金、割り勘などに利用できれば、小切手のみならず現金を取り扱うケースも減って便利だ。

米国における個人間送金アプリとしてはVenmoのほか、大手銀行がコンソーシアムで運営しているZelle、Square改めBlockの提供するCash Appなどが提供されており、これらアプリの利用率は米国で過半数を超えているともいわれる。米国ではApple PayやGoogle Payに送金機能が付与されているため、これらウォレットアプリの普及もまたモバイル個人間送金における普及ドライバーとして機能している。

また、Zelleのようにモバイルバンキングのアプリからその機能を直接呼び出せる仕組みも存在する。筆者はBank of Americaのモバイルアプリを利用しているが、アプリ上のZelleアイコンをタップすれば、あとは携帯電話番号を入力するだけでエンロールが完了して、すぐにでもZelleを使い始められる手軽さだ。

調査会社の資料によれば、主に55歳以下の層でモバイルバンキングアプリの利用率が85-95%の高水準にある。Zelleは米大手7銀行のコンソーシアムで運営されるサービスであり、送金先として指定できるのはZelle参加銀行の口座のみだが、参加銀行自体はかなりの数に上るため実際には不自由しない。日本でいうJ-Coin Payに近い位置付けだが、利用ハードルは低いだろう。実際、PYMNTS.comの調査報告によれば、2021年12月のアンケート調査において57%のユーザーが個人間送金の利用を報告しているなど、かなりメジャーな送金手段となりつつあることは確かだ。

Zelleの初期セットアップ画面。バンキングアプリでZelleアイコンをタップする
Zelleの動作画面。独立アプリではなく、BofAアプリの送金機能として実装されている

ビジネスモデルをどう構築するか

個人間送金アプリにおける課題はあるが、1つが「ユーザーへの認知と普及」だとすると、もう1つは「ビジネスモデル」の問題だろう。

即時送金、手軽、安全とメリットの多いモバイルでの個人間送金だが、国際送金と違って実際に送金で手数料が請求されるケースはない。サービスで得た残高を銀行口座に“出金”すると手数料を請求されたりするが、残高同士のやり取りで請求されることはない。仕組み的には残高の移し替えなのでほとんどコストはかかっていないのだが、ユーザーにはありがたい反面、事業者にとってはビジネス上問題だ。

Venmoが登場当初、ユーザーを急速に獲得して盛り上がったものの、「無料サービスだけでいったいどうやって稼ぐのか?」ということが毎回指摘されていた。

Venmoの場合、個人間ではない取引、例えば店舗など相手が“ビジネス”であるケースでは手数料を請求したり、Mastercardのブランドが付いたデビットカードを発行することで稼ぐ手段を見出している。カードブランドのネットワークを介することでアクワイアラ経由で売上の一部を手数料として徴収できるため、微々たる水準ではあるものの、利用に応じた収益化が可能になった。これは、日本におけるpringのビジネスモデルに近いといえる。pringは店舗決済の手数料、あとは業務用pringと呼ばれる企業内利用において有料化することで、個人利用のサービス提供における補填を行なっている。

Venmo決済が可能な店舗。PayPalやBNPLのKlarnaも利用可能だ

そして興味深いのがZelleだ。実はZelleそのものは基本的に利益を生み出すサービスとなっていない。先ほど大手銀行らによるコンソーシアムの話をしたが、同サービスを運営するEarly Warning Servicesは基本的に処理業務に特化しており、それ単体で稼ぐことを前提としていない。Zelleの出資銀行らがユーザーサービス活用でさらに盛り上がればいいというスタンスだからだ。

一方で、ビジネスでの個人間送金サービス利活用が進むことを受けて、税制法上の監視も厳しくなっているようだ。CNBCなどが報じているが、個人間送金サービスをビジネス用途での支払いに活用する場合、以前までであれば年間200トランザクション、総額で2万ドルを超過しない限り税金申告は特に要求されなかったが、これが2022年1月1日以降に600ドルの水準まで一気に引き下げられた。

金額から判断して、個人で売り買いやサービス提供を行なって対価を得ている層をターゲットにしているようだが、それらも含めて細かくチェックが入るようになったのだろう。

個人間の報酬支払いに「小切手ではなく現金で支払い」をお願いされるケースがたまにあり、これはもともと税金申告における追跡を逃れる狙いも含まれているが、今後デジタルシフトに合わせてこうした利用例を捕捉していこうという意図があると考えている。

米国で収税を司るIRSのForm 1099-Kのページで細かく解説されているが、2022年ぶんの会計、つまり2023年の会計シーズンから適用されることになる。

「ことら」の始動

2022年に個人間送金が日本でもう少し利用が進むと考える理由に、Googleのpring買収や“ウォレット”アプリの普及と合わせ、メガバンク連合の出資する「ことら」が立ち上がることが挙げられる。「ことら」代表取締役社長の川越洋氏によれば、2022年度第2四半期程度をサービス展開のターゲットに見据えており、銀行各社の提供するモバイルバンキングアプリを通じて“安価”な送金サービスが提供されることになるだろう。

「ことら」代表取締役社長の川越洋氏

「ことら」はみずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、りそな銀行、埼玉りそな銀行の5行が出資したジョイントベンチャーで、社名は「Cooperative Transfer」をもじったものとなっている。常々「高い」と揶揄される全銀システムを使った銀行間送金の代わりに、J-Debitのインフラを用いて銀行口座をまたいだ送金サービスを提供することを目指している。

川越氏によれば、日本における銀行口座の総数は8億で、そのうち大手だけで1億以上の口座を占めているという。本来であればJ-Debitに参加する国内1,000行以上の金融機関の同時参加が望ましいが、全銀協の参加金融機関すべての合意を得ることはスピード感を出すうえで大きな課題となる。まずは5行でのスモールスタートから始め、以後は対応行を拡大させつつ、資金移動業者などとの接続も視野に入れているという。

参考にしたのは先ほどから名前の挙がっているZelleで、モバイルアプリ内でいかに簡易に送金機能を呼び出すかという点に主眼がある。そのため、基本的なシステムを構築後はAPIで各行の提供するモバイルバンキングアプリから機能を呼び出せる形態とし、例えば「ことら」ボタンを用意して「アプリ内の送金機能は“ことら”」のような実装となる。

送金では、携帯電話番号またはメールアドレスを送金先に指定できる。“ことら”へのエンロール時に口座番号とエイリアス(この場合は電話番号やメールアドレス)を登録しておけば、相手側がこの情報を指定したときにマッチングして口座番号の紐付けが可能になる。通常の銀行送金でも銀行名、支店名、口座番号が分かれば処理可能だが、利用者的には普段使いの連絡先の方がなじみ深いだろう。

ただ、最大の違いは送金手数料にあり、従来の銀行送金であれば1件につき2百数十円などを要求されていたものが、より安価になる、あるいは月あたりの上限付きで無料など幅を持った設定が可能になる。

これが可能なのも、すでに稼働実績があるJ-Debit基盤を利用しつつ、トランザクションごとに全銀ネットワークを通さない安価な仕組みを構築するという点で、料金メニューの設定方法に柔軟性が生まれることによる。Zelleとは異なり、採算度外視というわけではないため、J-Debitネットワークへの接続料を含むシステム利用料が参加行各社に要求されるが、これをどのような形で吸収していくかは今後の議論の進展による。

多頻度小口決済インフラ イメージ図

また興味深い話題として、地銀からのヒアリングで「税公金の支払いに対応してほしい」という要望が多かったという。税金や公共料金の請求書にQRコードを付与して、これを読み取ることで送金までをモバイルアプリ上で可能にするというものだ。この仕組みは総務省と全銀協が議論を進めているが、資金移動業者も巻き込んで一般的な仕組みにしていきたいというのが川越氏の考えだ。

現在ではコンビニでの請求書払いが多いが、コードの共通化によりPayPayなどのモバイルアプリ上での支払いも個別対応が必要なくなり、よりキャッシュレスへと近付いていく。

「税金とキャッシュレス」については後日の連載で改めて扱う予定だが、日本における送金アプリへの大きなニーズとして「税公金の支払い」があるというのは、やはり日本ならではの事情なのだろう。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)