鈴木淳也のPay Attention

第15回

「キャッシュレス・ポイント還元事業」の本当の役割

10月1日の「キャッシュレス・ポイント還元事業」開始に合わせて行われたキックオフイベントで経済産業大臣の菅原一秀氏を囲んでの一コマ

10月1日になり、経済産業省らが主導する「キャッシュレス・ポイント還元事業」がスタートした。同事業に登録した小売店などにおいて、利用者が同事業に対応した“キャッシュレス”な決済手段を用いて支払いを行なった際に、2%または5%の還元が受けられるというものだ。キャッシュレスな決済手段としては、クレジットカードやデビットカード、電子マネーからスマートフォンを使ったQRコード(バーコード)決済アプリが対応する。9カ月限定という条件ながら、決済サービスを提供する各事業者は単純な政府側からのポイント還元だけでなく、各社独自のキャンペーンを組み合わせてさらなるサービスの利用を促しており、業界全体で盛り上げていこうとしている。

今回の事業は当初のコンセプトから実施に至るまでの過程、そしてスタート前後の状況まで含め、功罪さまざまなものが折り重なっていると筆者は考えているが、「国としてキャッシュレスを推進する」という方針を示し、具体的なアクションまで踏み込んだ点では評価している。その効果は後ほどゆっくり検証していくが、今回の「キャッシュレス・ポイント還元事業」に最も期待する部分であり、かつ実際に成功させなければいけない重要なポイントに少し触れたい。

最大のポイントは「認知向上」

「キャッシュレス・ポイント還元事業」そのものを成功させるうえで経済産業省らが重視しているのは、まず「この仕組みそのものを広く利用してもらう」ことにある。そのため、9月後半から告知ポスターを広く掲示したり、TV CMも積極的に展開するなど、10月1日の開始日に合わせる形でアピール活動を続けている。街を歩けば、還元事業に対応した店舗が入り口にポスターやステッカーを掲示して還元をアピールしているわけで、否が応でも目に付くことを目指している。

還元事業を上手くまわすには店舗誘導が大事。TV CMを含め、街中へのポスター掲示や地図アプリでアピール

このほか、対応店舗が検索できるモバイルアプリをAndroidとiOS向けに提供したり、地図上で店舗の絞り込み検索も可能な、主にPCを対象としたWeb版アプリケーションも用意している。ただ、モバイルアプリについては急造感が否めなく、そもそも検索機能や絞り込み機能がないうえ、周辺地図に対応店舗をプロットするだけのシンプルな仕組みだ。Web版も含め、対応店舗一覧はデータに誤りがあることも指摘されており、あくまで補助的なものと考えた方がいいかもしれない。

AndroidやiOS向けに提供されているアプリ。周辺店舗を探すことは可能だが、検索やフィルタ機能がないため繁華街では使いにくい
PC向けのWebアプリケーション版では検索機能がある。じっくり今日のランチやディナーの場所を探すにはこちらだろう

正直、モバイルアプリについてはオマケ程度と筆者も考えており、本当に重要なのはアナログな手法であれ街でポスターや決済風景に何度も遭遇することで「認知」が広がることにあると思う。これまでキャッシュレスに触れたことがない、あるいは興味がなかった人の目にも否が応でも「キャッシュレス・ポイント還元事業」のロゴが映り、街ではこれを機会に何らかのキャッシュレス決済を行なう人が増え、支払い待ちの行列において、自然と現金よりもキャッシュレス的な決済手段を目にする機会が増えるはずだ。

平澤寿康氏が還元事業の対応店舗となった「紀の善」のレポートで紹介しているが、それまでAirレジ導入後のキャッシュレス比率が1~2割程度だったものが、初日で3割まで一気に跳ね上がっており、その翌日に4割近い水準まで達したと聞いている。紀の善の業態はキャッシュレス・ポイント還元事業で一気に顧客が殺到するタイプの場所ではないと考えているが、それにも関わらずこの数字だ。

つまり、少なくとも普段より2倍以上は同店でキャッシュレス決済を見かける確率が増えたことを意味する。筆者は、この宣伝効果こそが同事業の本当の狙いなのだと考えている。

ポイント還元事業に合わせて宣伝を進めるカード発行会社もある
店頭に大きなポスターを掲示する店舗もあれば、このように配布シールを他のアクセプタンスマークと一緒に掲示するケースもある
ポイント還元未対応の店舗でその旨を掲示しているこのケースは親切な方。チェーン店なので混乱やクレームを防ぐためとみられる

ポイント還元事業のその先

認知が向上するとどういうことが起きるのか。

対応店舗も増え、これまでキャッシュレス的な決済手段に興味を持っていなかった人が参入する機会が増えることになる。先日PayPayがユーザー数を急増させて1,500万人の大台に達したことを報告したが、加盟店にあたる小売店と利用者ともにキャッシュレス対応が加速するだろう。

還元事業は9カ月限定ではあるが、投入された予算をいかに効率的に使ってこの期間に認知向上に結びつけられるか、特にスマートフォンのアプリを使った決済サービスを提供する各社のユーザー数と加盟店数が期間中にどのように推移したのか、このあたりが効果検証のバロメータになる。

しかし、真に重要なのは認知向上で利用者と加盟店を増やしたうえで、いかにその後も継続して利用してもらえるかという点にある。PayPayでは今夏から「ワクワクペイペイ」の名称でスーパーやドラッグストアなど特定業態の小売店と提携した期間限定キャンペーンを実施し、「普段使いでPayPay決済を行なうメリット」を小売店とユーザーの両方にアピールしている。

同社はサービス参入時の「100億円キャンペーン」など派手な演出で話題をさらったが、この手の単純な大型キャンペーンは一時的な認知度向上にはなるものの、その後の継続利用には結びつかない。むしろ、地道なキャンペーンを継続して普段使いの利用を促し、習慣づけさせることの方が重要であり、同社自身も「決済回数を増やすこと」を現在の至上命題にしている。

これは非常に重要な話で、キャッシュレス化比率向上の最大のネックになっているのが「少額決済」の分野だからだ。

日本の年間最終消費支出が300兆円といわれているなか、3年前の時点でキャッシュレス化比率が19%台後半で、現在は24.4%程度といわれる。金額ベースでいうと現金が圧倒的に多いことになるが、実はリアル店舗決済でその多くを占めるのが少額決済だと考えられる。自分の1日の行動を考えてみるとわかるが、1回の買い物は数百円から1,000円前後としても、数千円単位の買い物は1日に1回か2回程度なのに対し、おそらく数百円から1,000円程度の買い物の回数はそれ以上あるはずだ。

トータルの金額ベースで逆転する人も少なくないだろう。こうした日々の行動をキャッシュレスに置き換える仕掛けを作り、習慣化させることが次のステップだ。例えば次はJCBのスライドだが、「キャッシュレス・ポイント還元事業」を通じて浸透させたいのはこの市場ということになる。

キャッシュレス・ポイント還元事業」で重要となるのは、キャッシュレス決済可能な“すその”を拡大することにある

還元事業が終わった後、キャッシュレス化において次にやってくるのは「地道な普及活動」と「ポイント還元に頼らない便利さのアピール」だ。

JCBは先日、新橋の飲み屋街で「みんなのキャッシュレス」というキャンペーンの開催実施を発表したが、各社が現在考えているのはいかに普段の生活においてキャッシュレスを身近にするかだ。JCBがこの手のキャンペーンを張るのは珍しいが、最近ではメルペイを筆頭に、PayPayやLINE Payなど、各社が地方商店街や高齢層などを中心とした独自のキャンペーンやキャッシュレス決済教室を開催し、地道な普及活動を続けている。効果のほどは微々たるものかもしれないが、先ほどの紀の善の例のように接触機会を増やすことで、その周囲もまた利用機会が広がる効果が高まることに期待したい。

JCBが東京の新橋駅周辺にある線路下の飲み屋街で実施しているキャッシュレスキャンペーンの様子。こうした地道な普及や宣伝活動が今後につながることになるかもしれない

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)