鈴木淳也のPay Attention

第14回

コンビニATMは、人口減少時代の中核社会インフラになる

「ATM+」を披露する日本電気(NEC)代表取締役執行役員社長兼CEOの新野隆(左)とセブン銀行代表取締役社長の舟竹泰昭氏(右)

セブン銀行とNECは9月12日に東京都内で記者会見を開き、両社が共同開発した新型ATM「ATM+」を発表した。2019年9月から順次展開を開始し、現在セブン銀行が日本全国に約25,000台設置しているATM装置を2024年までに入れ替えていくという。顔認証による手ぶらでのATM利用や、スキャナ機能を通じて身分証を読み取ることでその場で口座開設が行なえたり、あるいは最近利用が増えているQRコード読み取りに対応したりと、現在主に展開されている世代のセブン銀行ATMと比較しても大幅に機能強化されている。

だが、9月12日の記者会見で何度も質問されていたのは「キャッシュレス対応をうたう時代に新型ATM開発に数百億円規模の投資はどうなのか」「全国のATM台数は減少傾向にあり、メガバンクでさえ競合行との提携による統廃合を進めているなか、ビジネス的に大丈夫なのか」といった、割とネガティブな評価からくる疑問の数々だった。

セブンイレブンの国内店舗数は約21,000店舗であり、店舗外の施設への設置数もそれなりにあることを意味する。しかも同社が公開しているデータによれば、微少ではあるものの年々増加傾向にある。

実のところ、コンビニATMというのは他の金融機関各社がATMを減らせば減らすほどその需要が増し、キャッシュレス時代においてはかえってその役割が大きくなるという特性がある。そうでなければ、昨年2018年にローソンが銀行免許を取得してわざわざ「ローソン銀行」としてコンビニATMの拡充には乗り出してきたりしないわけで、今後10年以上先を見据えるうえで、社会インフラの一部として重要なポジションを占めることになると筆者は考えている。

2018年9月に開催されたローソン銀行の発表会でのスライド。安定した手数料収入を基とした新規事業展開を狙う

街角の“キャッシュポイント”となるコンビニATM

銀行ATMが普及して振り込みや支払い作業が容易になり、銀行の窓口行列をほとんど見なくなったのは割と最近の話だと考えているが、こうしたATMが減少傾向に転じた理由は「維持コスト」にあるというのは間違いないだろう。地方での人口減少のほか、金融機関同士の合併を経て支店の統廃合が行なわれ、その結果として利用率の低いATMであったり、ある程度距離的に近い場所にあるATMは整理の対象となるわけだ。

日本においても年々キャッシュレス決済比率は上昇しており(過去3年ほどで19%台から急上昇して24.4%程度になったといわれる)、こうした理由で現金の引き出しをそれほど必要としなくなったという人も少なからずいるはず。こうしたなか、コンビニATMの需要が増えると考えるのはなぜなのか。

理由の1つはコンビニの利便性にある。現金の引き出しだけをしている範囲ではそれほど感じないかもしれないが、中小の個人商店で現金を扱う商売の場合、売上金などの預け入れに近場のコンビニATMを利用するケースがある。現金を扱う際の大きなコストの1つに輸送コストがあり、銀行ATMのみならず、コンビニATMというのは手近で扱いやすいものなのだ。

完全にキャッシュレスとなった世界ならいざ知らず、日本の300兆円といわれる年間最終消費支出のうちの8割弱は現金決済だ。しかもその多くは日々の買い物で利用される比較的少額の決済であり、現在数多く出現している○○Payが主に狙っているのもこの市場だ。とはいえ、来たるべきその日まで日々の売上金の多くは現金で積み重なっていくわけで、銀行などの金融機関との接点となる“キャッシュポイント”の存在は当面の間必要となる。

機能が大幅に強化され、セキュリティ上も安全になったというセブン銀行ATM

同様に、これら数多ある○○Payでは、そのサービス利用のために「残高チャージ」を行なわなければならない。残高チャージにあたっては銀行口座の接続が必須となるが(現金チャージによる手数料低減というビジネスモデルのほか、本人確認やマネーロンダリング防止などセキュリティ上の理由もある)、この口座接続が煩雑という問題がある。

高齢者を含め最新の機械やサービスを活用するのに慣れていない層や、面倒な手順をこなしてまでサービスを使うメリットを感じていない層は、こうした口座接続を行なう前に利用を断念してしまうケースが少なくない。

そこで最近増えてきているのがコンビニATMを使った残高チャージの仕組みで、LINE Pay、PayPay、pringといったサービスではセブン銀行ATMを使った残高の入出金に対応しており、本人確認さえ終わっていれば銀行口座接続なしでも送金などのサービスも利用可能になっている。本末転倒のように思われるかもしれないが、キャッシュレスサービスを利用するためにコンビニATMが便利なのだ。

これは、地方のスーパーなどでWAONやEdyを利用するためにレジで現金をチャージしてもらい、そのまま電子マネーで決済するという流れに似ているかもしれない。

銀行ATMの減少で利便性が低下するなか、コンビニATMは逆に増加し、完全キャッシュレスがやってくるその日まで“キャッシュポイント”として活躍の場を増やしていく。今後、提携先金融機関はさらに増えてくると思われ、利便性はさらに向上してくるだろう。

次の時代をにらんだ先行投資と最先端機能

冒頭で触れたとおり、新しい「ATM+」はその場での銀行口座開設や顔認証のセールスポイントの1つになっている。

「こんな機能本当に使うの?」という疑問もあるかもしれない。だが、これら機能が単純に銀行ATMではなく、「ATMを使った新しいサービス」への種蒔きだと考えたらどうだろうか。一般に、減価償却サイクルを考えると同じATM機器は最低でも7-8年は使い続けることになる。セブン銀行ATMの場合、次のリプレイスのサイクルは2025年前後ということになるが、入れ替えは一気に行なわれるのではなく、同社によれば2024年まで5年以上かけていく(市場の状況をみて前倒しの可能性には触れている)。つまり、少なくとも「ATM+」が今後10年程度残り続ける場所もあるわけで、2030年くらいまでの利用を想定した機能をATMにはあらかじめ投入しておかなければならないことを意味する。

先行投資の1つは「Plusエリア」と呼ばれる書類やデバイス画面の読み取り装置だ。例えば前述の○○Payの残高チャージでは、現在はワンタイムパスワード的な暗証番号の入力で認証を行なっているが、これをQRコード対応にすることで手順がさらに簡単になる。

Plusエリアで可能なこと

非接触IC読み取りもFeliCaのほかType-A/Bにも対応しており、免許証やパスポートなど、さまざまな種類のカード埋め込み式情報を認識可能になる。また本人確認書類の読み取りと正規の書類かどうかの判定が可能になることは、コンビニATM上でさまざまな取引が可能になることを意味する。その典型が銀行口座開設で、従来であれば銀行窓口に顔を出したり、オンラインバンクであれば書類の郵送などをもって成立していた口座開設が、コンビニATMだけで可能となる。

同様に対人販売が基本となる各種保険契約や申請事項などもコンビニATMを通じて可能になるわけで、これを使った新しいサービスの可能性が出てくる。

まだ実験的なサービスだが、ATMのみで口座開設が可能

先行投資の2つめは顔認証だ。基本的にはカメラを取り付けただけだが、顔認証が可能な程度の精度があることを意味する。セブン銀行のプレゼンテーションでは「ヘルスケア」への応用が語られていたが、カメラを使って顔の状態から健康診断を行なったり、各種の「お勧め」機能が利用可能になったりするという。「今後準備ができしだい発表していく」とのことで、同社としても何かいろいろ考えていることがありそうだが、それだけの機能やサービスを新型ATMに盛り込んだということなのだろう。

顔認証を使ったヘルスケアサービスも検討しているという

これでわかるのは、コンビニATMが“キャッシュポイント”となるだけでなく、対人販売などさまざまな取引の窓口として今後さらに活用されていくということだ。セブン銀行では「取引内容の詳細についてはコメントできない」としているものの、コンビニATMをサードパーティに活用してもらえるよう機能の数々を追加アプリケーションで利用できる仕組みを用意していることを認めており、コンビニATMを単なるATMで終わらせるつもりがないことを示唆している。

今後人口減少時代において、窓口業務や対人サービスに割ける人員は限られるようになり、当然ながらそれが可能になる場所も削減されることになる。場合によっては過疎地など、車で数十分程度移動しないと行けない場所にしか拠点が存在しない可能性もあり、こうした状況の改善の一助として考えられるのがコンビニATMならびに、コンビニ店舗になるということだ。

ローソンの場合は明確に人口減少時代の動向をにらんでおり、先日の夜間無人運営店舗もその試みの1つだ。ローソン代表取締役社長の竹増貞信氏は「当局の許可が出れば」と前置きしつつも、コンビニでの遠隔医療や薬剤の処方サービスの可能性にも触れており、コンビニATMを含む店舗のさまざまな形での活用を見通している。ローソン銀行参入タイミングも間違いなくこのトレンドをにらんだもので、コンビニATMを利用した次世代サービス開発の波が到来しつつあると筆者は考えている。

ローソン代表取締役社長の竹増貞信氏
昨年2018年10月に開催されたCEATEC JAPANでのローソン講演のスライド
コンビニのハイテク化による対人販売ポイントとしての機能を強化する計画

一方で、こうした戦略が利用しにくいのがファミリーマートだ。同社はエリアフランチャイズという地域ごとに本部を設置して、個々のエリアの展開を任せる方針を採っており、セブンイレブンやローソンのような全国統一的な動きを採りにくい。

現在、ファミリーマートで中核となっているのはゆうちょ銀行ATMだが、同業他社の買収合併における店舗統一の過程で異なるATMが混在していたり、前述エリアフランチャイズの影響で特定地域では地銀ATMが置かれていたり(鹿児島などが典型)と、統一性がない。地元の有力企業と提携することで店舗展開が素早く行なえるという特徴のあるエリアフランチャイズだが、こうした場面での決定的な戦略が採りにくいのもまた歯がゆいものだ。

コンビニ流通では唯一「ファミペイ」という○○Payを展開する同社だが、「コンビニが社会インフラの中心」となる時代にどのような戦略を展開してくるのかに期待したい。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)