鈴木淳也のPay Attention

第3回

Amazon Goであえて「キャッシュ」決済。いたたまれない買い物体験に……

「レジなし」「行列なし」で「Just Walk Out」をキャッチフレーズに全米4都市で店舗展開が進んでいる米Amazon.comの「Amazon Go」だが、先日同ストアを3店舗抱える米カリフォルニア州サンフランシスコ市では、Amazon Goの大きな特徴の1つである「キャッシュレス」の部分に異を唱え、クレジットカードなどが利用できない低所得者に配慮した形でキャッシュレス店舗を禁止する法案を提案し、それが2019年5月8日の時点で実際に施行される見込みとなった(FOX Businessの記事)。

こうした話題の一方、その前日にあたる5月7日には米ニューヨーク市でAmazon Goとしては初の「キャッシュ決済が可能」な店舗がスタートしたことが話題になった(AP通信の記事)。

本来は、クレジットカードを登録済みのAmazonアカウントをアプリに紐付けることで、入場から決済までがAIと各種センサーを駆使したシステムで自動化されることで、非常にスムーズな買い物体験を楽しめるのが特徴のAmazon Go。

西田宗千佳氏もシアトルの店舗での体験をレポートしているが、普段の買い物でストレスの原因となるレジの待ち行列や会計の手間をすべて排除し、買うものがすでに決まっている人はものの数十秒で、そうでない人もじっくり商品を選んで好きなときに退店できるというユーザー体験を非常に重視している。

それがもし、これらを無視する「キャッシュレス」の部分がなくなるとどうなるのだろうか。実際にニューヨークでできたばかりの店舗を体験する機会を得たので報告したい。

2人のスタッフがかかりきりで“いたたまれない”買い物体験

本稿執筆時点でニューヨークには2つのAmazon Go店舗がある。

1つは新たに立てられたワールドトレードセンタービルの道路向かいにあるBrookfield Placeの店舗、もう1つはニューヨーク北方面のターミナルであるGrand Central駅に近いPark Avenue沿いの店舗。AP通信の記事で話題になっていたのは前者だ。実際には現在どちらもキャッシュ決済を受け付けており、希望者は通常のアプリ決済ではなくキャッシュ決済を選択できる。

米ニューヨークのロウワーマンハッタンにあるAmazon GoのBrookfield Place店。同ストアとしては初の“キャッシュ決済”対応店舗となる
基本的なストアデザインは既存のAmazon Goと同じ。オフィスビル内に位置する店舗のためかやや店舗が狭く、すぐに食べられるタイプの食品中心の品揃えになっている

両店とも基本的な店舗デザインは既存店舗と一緒で、アプリを使わない場合の処理フローが追加されているだけだ。入り口には必ずスタッフがおり、このスタッフに「キャッシュで決済したい」旨を告げると、奥のスタッフと連絡をとったうえでゲートを手動で開いて中に通してくれる。

おそらく内部でアプリ利用時と同様に行動追跡は行なわれていると思われるが、実際の会計は店舗奥にいるスタッフに声をかけ、スタッフが持つハンディで商品をすべてバーコード読み取りで登録してもらう必要がある。

入り口ゲート横にカードリーダーがあり、ここで店員がカードをかざすとゲートが開くようになっている

スタッフのいる場所には現金を入れるドロワーがあるので、キャッシュを渡すとお釣りをそこから返してくれるという流れだ。

ハンディ自体は通常の決済端末のため、カード決済なども行なえるようだ。おそらくこの仕組みは、カードを持っていない人よりは、「スマートフォンを持っておらず、アプリを利用できない」「何らかの理由でアプリの登録がうまくいかないが、中で買い物がしたい」という顧客を対象にしているようだ。

商品を選び終わったら、店舗奥に控えているスタッフに声をかけて会計をしてもらう
店員は手持ちのハンディ端末でバーコードをスキャン。商品を登録していく
今回はキャッシュ決済だったが、実際にはクレジットカードなどでも支払える模様

また、会計中も「次回はちゃんとアプリで登録を行なってから買い物をしてくださいね」という趣旨の話をずっと聞かされており、非常に肩身が狭い。Amazon Goとしても例外的な処理という扱いなのだろう。

本来はものの2-3秒で終わる入場処理が説明込みで2分ほど、会計処理で店員呼び出しから実際の支払い完了までやはり4-5分かかる。

通常のAmazon Goの入場フロー。ものの2-3秒で済む
キャッシュ決済を選択した場合の入場フロー。動画だと20秒程度だが、実際には事前にいろいろ説明を受けているので2分近くかかっている

退店時にもスタッフに声をかける必要があり、ユーザー体験とかかる時間には雲泥の差がある。しかも、通常の店舗では常駐スタッフは入り口で待機している店員のみなのだが、この仕組みを使ったときはあらかじめ別のスタッフを呼び出して奥で待機していてもらう必要があり、この点でも効率が悪く時間がかかる原因になっている。

今回は筆者以外にもう1人同じ仕組みを利用していた来客がいたが、作業フローの効率の悪さはいかんともしがたい。

今回の買い物例。余計に時間がかかるのでAmazon Go最大のメリットである気軽さはない

もう1つの店舗にも顔を出してみたが、こちらは昼時を外したせいか客数もスタッフの数も入り口の1人のみと少ない。聞けば、キャッシュ決済を選択した場合には奥から店員を別途呼び出してくれるというが、この体制を維持するのはなかなかに厳しい。

実際のところ、Amazon Goにおける問題の1つは「スマートフォンアプリが必須」という点にあり、会計さえちゃんと行なえるのであれば別に非接触決済対応のクレジットカードや、あらかじめキャッシュをチャージした状態のプリペイドカードのような仕組みでも問題ないはずだ。

今後やり方はいろいろ洗練されてくると思うが、Amazon Goのユーザー体験を損ねないためにも、現在の基本フローはできるだけ崩さないでほしいところだ。

ニューヨークにあるもう1つのAmazon Go店舗。Grand Central駅にほど近いPark Avenue沿いにある
Park Ave店舗の他店との大きな違いとしてコーヒーマシンが設置されており、用意されたカップにコーヒーを注ぐだけで自動的に会計が行われているという
店舗奥には「Coming Soon」と書かれた秘密の店舗領域がある。店員によれば間もなくオープンとのこと

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)