鈴木淳也のPay Attention

第2回

スマホ送金が日本で普及していない理由。“送金”だけど送“金”じゃない?

海外ではメジャーなスマホ送金サービス

Kyashの送金機能

「○○Pay」の名称でスマホ上での決済サービスが花盛りな昨今だが、実際のところQRコードやバーコード以外の決済手段、例えばNFCやFeliCaを使った決済は通常のプラスチックカードでも可能なわけで、何もスマホ決済特有のサービスではない。

それでもあえてスマホ決済を使う理由は「どこでもスマホで残高を確認してオンラインチャージできる」「(LINEやメルカリなど)普段使いのアプリでそのまま決済が行なえる」「リアル店舗だけでなくオンラインショップでの買い物がそのままスマホが使える」といった、スマホ決済ならではの便利さを享受できる点にある。

「個人間(ピア・ツー・ピア)送金」もそうしたスマホならではの便利な機能の1つだ。銀行やATMに行くことなく、スマホ上で相手を指定してそのまま送金できる。送金が必要な場面はさまざまだ。

例えば友人同士でレストランや買い物をしたときなど、割り勘や代金の立て替えというシーンはよくある。特に飲み会の料金徴収など1人1人まわってお金を集めていくのは一苦労だが、スマホアプリであれば一斉に送金依頼を出してお金を集めるのも容易だ。距離を問わずに送金できることも大きく、文字通り時間と場所を選ばない点でメリットがある。

実際、米国ではeBayでの売買を主な用途にPayPalによる個人間送金サービスが2000年代前半から広く利用されている。また、決済サービスの一環としてSquare Cash、Google Pay、Apple Pay Cashが存在し、FacebookもまたMessengerを使った送金サービスを提供している。

この分野での人気サービスとしては、PayPal傘下のVenmoが若年層を中心に人気を博していることで知られる。またVenmo対抗を目標に米大手金融機関らの出資でZelleというサービスが立ち上げられ、一部調査会社の報告によればすでに金額ベースでVenmoの取扱高を上回っているという話もある。筆者の使っているBank of AmericaのバンキングアプリにはZelleの機能が組み込まれており、電話番号の登録だけですぐに利用開始できる手軽さがあるあたりが理由だろう。

米国では若年層を中心に利用が広まっている個人間送金サービスVenmo。ソーシャルストリームが特徴

米国外に目を向ければ、中国のWeChatPayはもともと送金を主体に発展してきたサービスであり、キャッシュレスでは先進国といわれるスウェーデンのSwishは国民の多くが利用するメジャーな存在だ。

一方で、日本国内に目を向けると、PayPalは米国とは異なり個人間送金の機能が提供されておらず、主なスマホでの送金手段はバンキングアプリを使った銀行口座間送金だ。最近でこそLINE PayやKyashのようなサービスが登場したり、銀行系のJ-Coin Payといったサービスが提供され、以前に比べるとはるかに便利にはなっているが、このスマホ送金について、サービス間で“送金”に関する意味の違いが存在している。

「出金」できるサービスとできないサービスの違い

この送金に関するサービス間の差異については以前のレポートでも触れられているが、サービス事業者が資金決済法で定められた「前払式支払手段」あるいは「資金移動業」のいずれの免許を取得しているかによって異なってくる。

「前払式支払手段」は電子マネーやプリペイドカード、商品券などを扱う事業者のカテゴリで、「資金移動業」は銀行ではない事業者が100万円以下の為替取引を対象に送金サービスを提供可能なカテゴリという位置付けだ。銀行免許を持っていない事業者が提供する「送金サービス」の場合、この2つのいずれかの免許で運用されている。

一見するとどちらも同じようなサービスに見えるが、利用者目線でいう両者の最大の違いは「出金可能か」という点にあり、後者の「資金移動業」の場合は(手数料がかかる場合もあるが)サービスの残高を銀行口座に移動したり、ATMで現金として下ろすことが可能となっている。

下記は「送金」機能をうたう(銀行を除く)各社の主なサービスを免許別に分類したものだ。

なお、楽天ペイについては楽天が、PayPayについてはヤフーが、という形で親会社が資金移動業免許を取得しており、あくまで現状のアプリでの対応状況ということで把握いただきたい。このほか、資金移動業免許を取得しているものの、現時点で送金サービスを提供していないPayPayやメルペイのような事業者もある。

前払式支払手段:Kyash、PayPay、楽天ペイ
資金移動業:LINE Pay、pring、メルペイ

万能性の高さで「資金移動業」の免許の方がメリットがありそうに思えるが、こちらは登録に厳密な本人確認が必要であり、サービス利用開始までのハードルが若干高いという難点がある。サービス事業者としては登録のハードルを下げてサービスを広く利用してもらったほうがメリットが大きいため、この点は非常に悩ましい。

また、基本的には銀行口座接続による残高の充填しか行なえず、この点で柔軟性に欠けるというデメリットがある。

一方で「前払式支払手段」では「ポイント残高を購入してサービスや物品の購買に充てる」ことを基本としており、ポイントを購入……つまり残高を増やす手段としては銀行口座経由での入金やクレジットカードなどでの購入、あるいは付与された“ポイント”を充当するという選択肢もあり、出金できないデメリットこそあるものの柔軟性に富む。

また本人確認も最低限のレベルを維持していればいいため、利用開始のハードルが非常に低いのも特徴だ。そのため、「資金移動業」ではなくあえて「前払式支払手段」でサービスを提供している事業者もいると思われる。

LINE Payは代表的な「資金移動業」による送金サービス。割り勘場面などで重宝する
Kyashは「前払式支払手段」の性質をうまく使い、残高のクレジットカードによるチャージが可能

また、「資金移動業」で定義されるサービスの残高は出金も可能で現金と完全に等価で扱われる一方、「前払式支払手段」が扱う“ポイント”とは、同じ残高であっても完全に“色”で区別されている。

例えば、PayPayは残高の種類として「PayPayライト」「PayPayボーナス」の2種類があり、通常の口座チャージによる残高充填は前者に、ポイントバックによる還元は後者に付与される。ただ前述のようにPayPay自体は「前払式支払手段」の免許で運用されているため、今後もし出金可能な送金機能が同サービスで提供開始された場合、新たに「PayPayキャッシュ」のようなカテゴリが追加され、残高の種類が増える形でお金の“色”分けが行なわれるだろう。

これも「資金移動業」で管理される残高のデメリットなのだが、いつでも出金可能と非常にお金の移動の自由度が高い。そのため、同免許でサービスを運用するLINE Payではポイント還元用の「LINEポイント」と決済・送金用途にのみ利用できる「LINE Payボーナス」の2種類の残高を追加で用意し、還元したポイントがあくまでLINE Payのエコシステムで循環するよう工夫している。

以上が現在日本国内で提供されているスマホ送金サービスの概要だ。単純に送金すれば……という話ではなく、2種類ある銀行以外の事業者免許をうまく利用して、各社がサービスを組み立てている様子がわかる。

ただし利用者目線でいえば「なぜ同じ残高なのに使える用途が異なるのか」など不便な面も多く、この点が今後スマホ送金が一般化していく中で大きな課題になるはずだ。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)